第18話 死に至る病、そして再度侵攻へ
「ちょ、ちょっと。アレは一体どういうことなの!?」
小湊玲奈から見事にビンタを喰らった僕に、ようやく硬直のとけた女性記者が泡を食ったように詰め寄ってくる。
僕は自転車を押して校門の前を離れながら、吐き捨てるように答えてやった。
「どうって、全部あなたのせいじゃないですか」
「わ、私!?」
「ええ。あなたが僕が謎のヒーローじゃないかっていうから、それを利用すれば彼女とお近づきになれると思ったのに。そうしたら結果は見事にこのザマですよ」
「え?」
「だから、僕が謎のヒーローだって彼女に言ってやったんですよ。分かったら僕は命の恩人なんだから、これからは僕の都合のいい女になってもらうぞってね。
なのにあの女ときたら、あんたみたいな最低の人間がそんなわけないでしょってアッサリ一刀両断にしやがって。もしかしたら本当にそうかもしれないじゃないか」
時系列が2日ほど遡っていて内容も僕なりに要約してはいるが、ウソは言っていない。
いやむしろ、僕は真実しか話してない。彼女には僕がバスから連れ出したことを認めたし、謎のヒーローとやらがとんだ変態野郎で彼女にいじめられるべき人間だともちゃんと説明した。それなのにちょっと言い間違えただけでそれらを信じなかったのは彼女の責任だ。
今日だって、校門前で彼女に引っぱたかれる羽目に追いやられたのは全部この女性記者のせいで間違いはない。
「まったく、あなたの策にうかうかと乗った僕がバカでした。分かったらもう、僕につきまとわないでもらえますか。突拍子もないことを突然言われていいように踊らされるのはコリゴリなんですよ」
僕は自転車を止めてジロリと女性記者を睨む。
「それとも……。僕が謎のヒーローだっていう証拠をあなたが何かでっちあげて、僕の彼女になるよう説得してくれるとでもいうんですか?」
女性記者は目を白黒させるばかりだった。
「……無理なようですね。それじゃ、これで」
そう言って自転車にまたがると、今度は昨日と違ってゆっくりとペダルをこいだ。
「あ、ちょ、ちょっと…」
後ろから女性記者の声がしたが、その声は前とは違って弱々しいものだった。
妄想たくましく謎のヒーローと悲劇のヒロインとのドラマを期待していただろうこの記者にとって、今回の出来事はその認識を根底から崩壊させるものだったはずだ。これでもう、僕を追い回すことはないだろう。
こうして女性記者の疑惑を振り切った僕は、ようやく思う存分ニヤけることができた。
自分の部屋に戻ると、僕は急いでスマホを取り出した。そして例の写真を表示させる。
(これだ。後はこれさえ消せば……、僕の勝ちだ!)
メニューをクリックして、選択された写真を消去しますかというメッセージを出した。
指がゆっくりと決定ボタンに伸びていく。
(これで僕は、自由になれる)
そう思った瞬間、不意に炎に包まれるバスの映像がフラッシュバックした。
そして、悪夢の中でもがき苦しむ男の人の姿を思い出す。
「………………………………………………………………クソッ!」
僕は苦い顔で隣のキャンセルボタンを押して選択画面を消した。無残な姿の彼女が映ったままのスマホを、乱暴にベッドの上へ投げ捨てる。
「写真を消したからって。僕の罪まで、消えるわけじゃあない……」
僕は、ドアに背中を預けて深くうなだれた。
「どうして誰も名乗り出ないのよ!」
バフッとベッドに倒れ込みながら小湊玲奈はそう叫んだ。
謎のヒーローの正体など、すぐに分かると思っていた。何か用事があって急いでいたか、思わぬ炎に一時的に気が動転して立ち去っただけなら翌日に判明していておかしくない。
そうでなくとも事故直後はマスコミが盛んに謎のヒーローのことを報道していたし、同じ学校に通う誰かではないかという話まであった。
だというのにどうして正体が分からないのか。いやむしろ、自分から得意になって名乗り出るのがお年頃というものではないだろうか。
自分だったら、自慢したい気持ちを懸命に押し隠しながらオズオズと名乗り出ていたという自信が玲奈にはあった。
(それが普通の感覚でしょ!?)
それでも名乗り出ないとなれば、これは相当な変人に違いない。
例えば学校の成績をわざと落とし、ダサい伊達メガネとボサボサの髪で顔を隠して、ひたすら地味で平凡な存在を装うような人間とか。
(だからもしかしたらと思ったのに!)
それなのにその当の相手は疑惑を利用してヒーローを騙ったばかりか、軽い冗談に過ぎない暴行未遂容疑のことを根に持って自分と彼のことを執拗に貶めようとしてきたのだ。
帰り際の校門前でのやりとりを思い出して玲奈は思いきり顔をしかめた。
(あそこまで最低の奴だとは思わなかった……)
その不愉快な気分を振り払うように勢いよくベッドから起き上がると、玲奈は上から二番目の机の引き出しを開けた。
そこには、赤黒く汚れた一本の携帯ストラップが入っていた。




