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第17話 そのふざけた推理をぶち壊す

 重い気分を引きずりながら登校すると、昨日の女性記者が正門からちょっと離れた所に立っていた。

 昨日の晩に大物芸能人が薬物事件で逮捕されたため、もしかしたらもういないんじゃないかと少し期待したがダメだった。

 ただ、他のマスコミはあらかた姿を消している。事故から数日が経っていたし、新たな展開でもない限り交通事故ではこのあたりが限界なのだろう。そう、新たな展開がない限りは……。


 だけど、僕が固い表情で目の前を通り過ぎても女性記者は声を掛けてこようとはしなかった。

 それでも視線だけはしっかりと僕を追ってきているのを、頬に強く感じた。

 授業中も、通りの向こう側に女性記者がジッと立っているのが教室の窓から小さく見えた。そして彼女は、明らかに僕のいる教室を見上げていた。


(監視……いや、揺さぶりか!)


 僕に対する疑惑は、昨日僕が取ってしまったうかつな態度からかなり強い物に変わっているはずだ。

 だけど下世話な推理と状況証拠だけで決定的な物証がない。そうなれば後は自白が鍵を握ってくる。

 そのための揺さぶりや見極めにきていると見るべきだった。

 厄介な状況に追い込まれた僕は、机の下でギュッと拳を握り締めた。




 ここ数日の寝不足と常にない緊張を朝から強いられていたせいか、昼食後の日本史の時間に意識がもうろうとしてくるのが分かった。

 必死に耐えようとするのだがどうもうまくいかない。

 だけどそんな僕の耳に、教室を見上げる例の女性記者の声が突然聞こえてきた。


「人一人殺しておいて、自分は悠々と学校生活なんていいご身分ね」


「君がそんなんじゃ、残された遺族も浮かばれないわ」


「早く自白して楽になったらどう? みんなも犯罪者と一緒に授業なんて嫌だって言ってるわよ」


 次々と浴びせられるその告発に僕はたまらず立ち上がって叫ぶ。


「う、うるさい! 何も知らないくせに勝手なことを言うな!!」


 教室はシーンとして、教師は驚いたような顔をしている。

 僕はハッとして慌てて窓から外を見た。

 すると女性記者は、朝と変わらず通りの向こうに小さく立っていた。窓越しにあんな声がハッキリ聞こえるような距離ではとてもない。それにどうして彼女が殺人の事実まで知っているというのか。


(げ、幻聴!?)


 どうやらいつの間にか居眠りをしていたようだ。そしてまた悪夢を見たのだろう。

 改めて教室に目を戻すと、みんなが僕の方を見ていた。


「き、気分が優れないので……。保健室に行ってきても、いいですか」


 僕は絞り出すような声でそう言うしかなかった。


「そ、そうだな。真っ青な顔をしているし。い、行ってきなさい」


 やや狼狽ろうばいしながらも、先生はすぐに許可をくれた。どうやら僕の様子はよほど尋常ではないようだ。

 僕は逃げるようにして教室を後にした。そして廊下を足早に進みながら思った。


(まずい、まずいぞ。このままでは僕の精神の方が先に参ってしまう。早く何か手を打たなければ)







 僕は下校時の小湊玲奈を待ち伏せた。

 部活のお絵かきが終わって校門を出ようとするところを、偶然を装って鉢合わせするのだ。

 校門から少し離れたところに女性記者が立っているのは既に確認している。


(よし、これで役者は揃った)


 中途半端な時間で下校する生徒もまばらな中、僕は心の中でそう頷くと静かに状況を開始した。

 自転車を押して歩きながら、校門を出ようとする彼女の前をさりげなくふさぐ。


「やあ小湊さん。今帰り?」


「……それが、日下部君に何か関係あるの」


 外行きの表情こそ崩さないものの、彼女は明らかに不機嫌そうだった。一昨日、僕が謎のヒーローになりすまそうとした一件が尾を引いているのは明らかだ。

 それはこちらも想定済みだった。だから僕は気にせず笑顔で彼女に話しかける。


「君も事故のおかげでちょっとした有名人になったんだし、バスでの痴漢にはよく気を付けた方がいいと思ってね」


 そしてそこで意味ありげに声をひそめて彼女にささやいた。 


「特に自意識過剰になって、痴漢冤罪とかを生まないように忠告したかったんだ」


 彼女がサッと顔色を変える。僕が自らに仕掛けられた暴行未遂容疑のことを当てこすったのが分かったのだろう。

 僕は更に畳みかけた。


「なにせ君なら、意識の無い君を背負っただけのヒーローすら痴漢に仕立て上げかねない」


 にこやかな笑顔を維持したまま、僕は彼女とついでに謎のヒーローとやらをこき下ろし続ける。


「ほら、君そういうの得意だろ。助けたはずの相手を脅すのなんてお手の物じゃないか。

 でも君のその胸を背中で堪能したあげく、謎のヒーローだなんて祭り上げられてえつにいってるような変態相手ならそれもお似合いかもしれないね。案外彼も、薄情な女王様にいじめられる方が嬉しいんじゃないかな」 


 もはや誰のことを言っているのか自分でも分からなかった。

 自傷行為にも似たその挑発に対する彼女の返事は、またしても平手打ちだった。


下種げすな心配をしてくれてどうもありがとう。でも、もう二度と私には話しかけないでもらえる? じゃないと、あなたの方の容疑が本当にどうなるか分からないわよ」


 その瞬間、僕は作戦の成功を悟った。

 チラリと例の女性記者の方をうかがうと、明らかに困惑している様子なのが分かった。

 それはそうだろう。テレビカメラの前でしおらしく謎のヒーローにお礼を言いたいと言っていた少女が、名前も言わず現場を立ち去ったその謙虚なヒーローに向かって不機嫌そうに対応したばかりか、公衆の面前で平手打ちをするはずなどないからだ。

 これであの女性記者も自分の思い違いに気付いて、そのふざけた幻想から目が覚めることだろう。


(勝ったな。ああ)


 必死に笑いを押し殺す僕に彼女が冷ややかに告げた。


「そこ、どいてくれる」


(もちろんだよ)


 僕は黙って自転車ごと体をずらし、見事役目を果たしてくれた彼女の前に道を開けた。

 絶対零度の怒りを身にまといながら、彼女が僕の横を歩み去っていく。

 そしてそんな彼女が通りで呆然とたたずむあの女性記者とすれ違うまで、僕はうつむき表情を隠したまま彼女を見送り続けた。

 ありったけの、歪んだ感謝の念を込めて。







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