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第14話 震えるスマホ

 朝、僕は制服を着て自転車にまたがった。これ以上学校をズル休みするわけにはいかなかった。

 事故……いや、事件の翌日から何日も学校を休み続けている人間がいればさすがに怪しまれる。犯人がこの街に住む学生だと割れている以上、ズル休みは1日が限界といえた。

 だから僕は、沈んだ気分を引きずるようにして登校する。

 ペダルを機械的に漕ぎ、事件現場に備えられたたくさんの花は必死に前だけを見ることでやり過ごす。

 だけど、正門前にたむろするマスコミの群れを見て僕は思わず急ブレーキを掛けた。


(どうしてここに!)


 呆然と彼らを見た。

 なぜこうも早く嗅ぎつけられたのか、そんな疑問が僕の頭の中を埋め尽くす。

 やがて、路肩に不自然に立ち尽くす僕に彼らがとうとう気が付いた。こちらに向かって男が一人、チラリと視線を向けてくる。

 僕は一瞬、自転車を反転させて逃げようかとも考えたが、発見された時点でそれは既に手遅れだった。

 他にどうすればいいのか思い付かないまま、僕は棒立ちで男の視線を受け止めるしかなかった。

 永遠とも思える視線の交錯の中で、僕は全ての終わりを覚悟した。


 だけどその男は、僕を一睨みするとすぐに視線を外してしまった。それは、邪魔な野次馬に向ける迷惑そうな態度に見えた。

 そのことに僕は再び衝撃を受ける。


(僕じゃ……ない?)


 そして不意に僕は思い出した。昨日、小湊玲奈に群がっていたマスコミの姿を。

 つまり彼らは、悲劇のヒロインの姿を求めてここに張っているだけなのだ。


 僕の体から緊張が急速に抜けていく。上体が泳ぎ、ガクリとハンドルに突っ伏した。

 僕はそんな自分を叱咤しったすると、何食わぬ顔をしてマスコミの間を抜けた。

 やはり彼らは、僕に目もくれなかった。




 それは教室に入っても同じだった。

 入口の戸を開けた時に一瞬だけ視線が集まったが、僕だと分かるとすぐにみんなの視線が外れていく。


(目当ては外のマスコミと同じ、ということか)


 昨日退院した彼女は、僕と同じく昨日は学校を休んだはずだった。そして教室の中に、彼女の姿はまだない。

 そんなことを考えながら僕は静かに自分の席に着いた。やはり誰も僕に注目しようとしない。

 僕は安堵のあまり、思わず吹き出しそうになった。


(まるで自意識過剰な売れない芸人じゃないか!)


 さも大物になったかのように勘違いしている己の姿が酷く滑稽こっけいだった。誰も僕みたいに薄汚れた犯罪者のことなど眼中にないのだ。

 思わずこぼれそうになる笑みを懸命にこらえていると、不意に教室がざわつくのが分かった。


(なんだ?)


 一応は追われる身として、悠長に自己憐憫じこれんびんにひたってばかりもいられない。

 仕方なくみんなの視線を追うと、ガラリと開いた教室の扉の向こうに小湊玲奈が立っているのが見えた。


「「「小湊さん」」」


 クラスの連中が雪崩なだれをうって彼女の方に駆けていく。あっという間に教室の入口は黒山の人だかりになった。


「大丈夫だった小湊さん?」


「もう退院していいの?」


「事故ってどんなだった?」


 まるで蜂の巣をつついたような騒ぎだ。


「みんな心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫だから」


「入院っていっても念のためで、ほとんど検査だけだったし」


「ごめんなさい。私、本当に気を失っていたから。事故のことは救急隊員の人に助け起こされて、バスが炎上してるのをアスファルトの上から眺めただけなの。だから誰が私を助けてくれたのかもまったく分からなくて……」


 人が死んだことなど対岸の火事ほどにも感じさせずただミーハーに盛り上がるクラスの連中と、それとは反対に事故の実感をにじませながら答える彼女に僕はそれ以上耐えられなかった。

 ガタリと立ち上がって反対側の入り口から教室を出ていこうとすると、僕は彼女が驚いたような声を上げるのを聞いた。


「ウソッ!? 謎のヒーローはこの学校の生徒じゃないかって言われてるの?」


 その瞬間、僕は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 それ以上はとても聞いていられず、僕はよろめきながら教室を後にした。


(まさか、学校まで既に特定されているのか!?)


 いや、この街に高校なんてそこまで数はない。その中でブレザーとなるともう少し絞られる。

 早晩、そういう話が出てきておかしくなかった。今頃よその学校でもそんな話で盛り上がっているはずだ。いや絶対そうに違いない。

 そう考えることで、僕は必死に仮初かりそめの平穏を手に入れようとした。




 休み時間になるたびに、僕は教室を出て学校の中を歩き回った。

 事故の話で盛り上がる浮わついた教室の雰囲気にも、小湊玲奈の存在にも僕は耐えられなかった。生きてしゃべる彼女の姿は、嫌でもその裏で物言わぬ存在になったあの男性の姿を僕に思い起こさせた。


 人気のない音楽室や理科室の横を通り過ぎる。

 静かな体育館のガランとした天井を見上げ、誰もいない屋上からうつろに空を眺めていると不意にスマホが振動した。

 仕方なく取り出してみるとメッセージが着信していた。

 苦いものが込み上げてくるのを抑えながら、僕はそれを画面に表示させる。


『放課後にいつもの場所に来なさい』


 要件は当然あの日のことだろう。

 カラオケを切り上げることを勝手に決定し、あげく事故を起こすバスへと彼女を誘導したのだ。そのことで執拗しつようになじられ、屈辱的な罰を与えられるに違いなかった。

 だけどそう考えても、今の僕には嫌悪感がまったく浮かんでこない。いやそれどころか、それはとても自然なことのようにすら思えた。

 僕はうっすらと微笑んだ。


(ああそうだ。彼女には、僕を罰する権利がある。そして僕は、罰を受けなければならない)


 事故以来、初めて僕の心は高揚こうようした。







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