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第13話 見知った天井

『私は今、事故現場に来ております。事故を起こしたバスはこの辺りで不意に飛び出してきた動物に驚き、急ブレーキを踏みながらハンドルを左右に急に切り返したため。重心を崩して横転してしまい道をふさぐようにしながら止まった模様です。

 そしてバスは、横転からしばらくしたのち、突如炎上してしまいます。その際に、バスの中に取り残された市内にお住まいの会社員の方がお一人、残念ながら亡くなっています。

 事故当時、バスの中には運転手も含めて5名の人がいたとのことですが、亡くなったそのお一人以外の方たちについては、幸いにも脱出が間に合ったため命に別状はないとのことです』


『現場の井上さん。事故当時、バスの中にもう一人いたのではないかという証言もあるようですが、そのあたりについてはいかがでしょうか』


『えー、その点についてはこちらもまだ確認中なのですが。どうやらそれは、事故現場を偶然自転車で通りがかった付近の男子学生ではないかとのことです。複数の乗客の証言から推測しますに、その通りがかりの学生は事故直後のバスの中へ乗り込み、乗客達の救助を行って回ったために乗客がもう一人いたという話に繋がった模様です』


『その話が本当だとすると大変素晴らしい行為ではないかと思いますが、その学生は今どうしているんですか?』


『それなんですが。どうもその学生はその後すぐに現場を立ち去ってしまったらしく、今のところは付近の学生らしいとしか分かっておりません。そのため我々も、現在その学生の行方を鋭意探しているところです』


『分かりました。では井上さん、引き続き調査の方をよろしくお願いします』


 テレビ画面がスタジオの中へと切り替わる。


『さて、コメンテーターの皆さん。この事故、いかがでしょうか』


 司会の男の言葉に、メガネを掛けた年配の男が口を開いた。


『そうですね。バスが横倒しになってしまったのが非常に不運だったと思います。横倒しのために、バスの側面にある出入り口や窓は脱出口として使えません。後部の狭い窓は山側の斜面にめり込んだ形で塞がれているため、バスのフロントガラス部分から脱出するしかないわけです。

 しかも横倒しだと、座席や手すり、ガラスの砕けたサイドウインドウといった様々な構造物が障害となって行く手を遮ってしまい、バスからの脱出にはかなり苦労したのではないのでしょうか。脱出だけならいっそ逆さまの方がまだ楽なはずです』


 周囲のタレントが神妙そうにうなずく。


『特に後部からの脱出は難しく、現にお亡くなりになった人は5人の中で一番後ろの座席に座られています。

 これが横倒しでないか、せめて後部の窓がふさがれていなかったらその謎の学生による救助もすべて間に合い、一人も亡くならずに済んでいた可能性があります』


 すると突然、メガネの男の隣に座っていた女性タレントが興奮気味にしゃべりだした。


『そう、その救助ですよ! いつ炎上するか分からないのにみんなを助けて回るなんて。誰なんですかその感心な学生さん! しかも名乗らずに立ち去ってしまうだなんてカッコ良すぎますよ。私、早くその学生さんに会いたいです!』


 司会の男が困った顔でその女性をたしなめる。


『え~と……。少し落ち着いていただけますか、竹内さん』


『え? あ、そうですね。ごめんなさい』


 女性が頭を下げる隣で司会の男はカメラ目線になり、まとめに入った。


『ともかく、我々としてもその学生の存在については今後も調査を続けていきたいと思います。では、次は可愛らしいワンちゃんのニュースです』


 映像が切り替わった。

 芸をする犬の平和な映像を虚ろな目で眺めると、僕はチャンネルを変えた。そしてどこか事故を扱っているチャンネルを機械的に探す。

 学校は休んでいた。

 薄汚れた制服で遅い時間に帰ってきて無言で自室に引き上げてしまった翌朝に、普段は無遅刻無欠席な僕がいきなり休むと言ったら母親は気遣わしそうな目で見つめてきた。

 それでも結局、最後は何も聞かずに欠席を認めてくれた。

 そんな母親に、僕は何も言えなかった。

 いや、言えるはずがない。昨日、人を一人見殺しにしてきたなどとは……。


 そうして僕は部屋のテレビをずっと眺め続けた。的外れなコメントにも眉一つ動かさず画面を凝視する。

 ニュースやワイドショーをやらない時間には浅い仮眠を取り、トイレに立った時にリビングのテーブルの上に作り置かれたおにぎりを申し訳程度にかじった。そしてそれ以外の時間は、ひたすら事故の報道を追った。

 それは夕方のニュースの時だった。病院から出てくる小湊玲奈の映像が突然画面に映し出された。

 彼女はあっという間に記者に取り囲まれ、質問をぶつけられる。


『事故は怖かったですか』


『助けられた時の記憶はありますか』


 記者たちの迫力に戸惑うように彼女の足が止まる。


『偶然居合わせた学生に助けられたとのことですが、その学生について何か一言』


 その質問に彼女はハッとしたような顔をした。

 しばらくうつむいていたが、やがて意を決するように顔を上げると緊張した面持ちで口を開いた。


『事故の記憶は……ありません。私はずっと気を失っていました。気がついた時にはもう、救急隊員の方がそばにいて、バスは炎上していました。

 でも後で……、そのバスの中から私を助けてくれた人がいると知って、私はその人にとても感謝しています。その人が誰なのか今は分かりませんが、いつかきっと、私はその人に精一杯の感謝の気持ちを伝えたいと思います』


 そこで彼女は痛ましそうに視線を下に落とす。


『それと、亡くなった方がいるのはとても残念です。それも、私のすぐ後ろの方に座っていた人だなんて。

 何かが少しでも違っていたら……、私が死んでいてもまったくおかしくなかった状況だと思います。その人には、まだ小学生のお子さんもいたのに。私なんかが助かって……本当に良かったのかと、そう思うことが……』


 そう言って言葉を詰まらせると、彼女は目元をぬぐう仕草を見せた。すぐ隣にいる両親と思しき二人がそんな彼女を慌てて抱き寄せる。

 すると病院のスタッフがカメラを遮るように前に出てきて声を張り上げた。


『しゅ、取材はそこまでにして下さい! まだ事故から幾らも経っていないんですよ』


 盛大にフラッシュが焚かれる中、記者たちを必死に掻き分け用意されたタクシーに彼女たちを誘導していく。

 その映像を眺めながら、僕は完璧だと思った。

 彼女の本性を知る自分の目をもってしても、その振る舞いは自然で嘘臭さを最後まで悟らせなかった。

 本当の彼女であれば間違っても『私なんかが助かって』などと思うはずがなかったが、お茶の間の人間はそのことを知らない。だから視聴者には彼女がひたすら健気で可憐な少女としか映らず、強い感銘を受けたはずだ。

 それは彼女にとって、最大級の勝利といえた。今頃は必死に笑いを噛み殺していることだろう。


 だけどそうと知ったところで、僕の心は少しも波立たなかった。

 なぜなら、彼女はこの件に関する限りまったく悪くないからだ。

 彼女はあくまで被害者であり、その芝居で傷付いた人間は誰もいない。いやそれどころか、遺族にはせめてもの慰めにすらなっただろう。

 そう考えれば、人殺しの自分が彼女の何を非難できるというのだろうか。

 僕はテレビを消すと、ベッドに横になった。

 見飽きた天井が夕日で血の色に染まるのを眺めながら、僕の意識はゆっくりと闇へ沈んでいった。







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