~四つの季節と四人の女王~
季節、外れてしまいました。
(というのも、なかなか書けなかったことが原因なんですけど……)
では、季節外れの物語を、お楽しみください。
あるところに、春夏秋冬の季節全てがある場所がありました。
東に行けば春が、南に行けば夏が、西に行けば秋が、北に行けば冬が、限り無く、奥へと続いています。その場所には、何でもありました。欲しいものを願えば、どんなことでも叶いました。
そこに、ただ一人、少女がいました。
そこは、少女のために用意された場所でした。少女が来る前から、暮らすための家があり、言語が分かるように本があり、一週間に一度、食物が届きました。そして、成長する度、衣服や靴も来ました。だから、少女は言語も独学で、料理も作れるようになりました。
しかし、少女が友だちが欲しいと願っても、叶うことはありませんでした。
少女は、外の世界を夢見ました。自分以外の人間がいる、世界を。ですが、不思議なことに、外界を見たいとは思っても、行きたいと思うことはありませんでした。不満や不信感は、全くなかったのです。いえ、何も知らない少女は、この場所に不満や不信感を抱くことすら、させてもらえませんでした。
しかし、少女は年に四回、四人の人物に必ず会いました。会わなくてはいけませんでした。少女にとって、それらの人物が唯一自分を外界へと繋ぐものだったのです。そうと言っても、四人の人物は、少女に何も教えてくれませんでしたし、少女も熱心に知ろうとは思っていませんでした。
ところが、ある日のこと。
少女の前に、今まであったことがない人物が現れました。
その人物は、自分を『魔女』と名乗りました。
『魔女』が現れたとき、今まで曇ったことがない空が翳り、鳴くことがなかったカラスが鳴いたのを、少女は忘れません。
魔女は、無知な少女を哀れみ、外界のことを教えてくれました。
少女は初めて、人は交わることで家庭を築き、人間関係を築き、幸福や苦悩を味わい、一人きりで生きている人なんかいないことを知りました。
その時、少女の心の中が騒ぎ、何かの衝動に駆られ、周りのもの全てが輝いて見え、世界が広がっていくのを感じました。
いつの間にか隣に座っていた魔女が、少女の肩に腕を回しながら、優しい声色で言いました。私に会ったことは、二人だけの秘密だよ、と。少女は頷きました。自分の世界を広げてくれたこの人のお願いを、断ることなどできるはずがありません。魔女は満足そうにニッコリと笑うと、きっと、また会うわという言葉と共に、消えてしまいました。少女は驚いて辺りを見回すも、翳っていた空はもういつも通りの青空になっていて、カラスも、いつも通りの鳴かないカラスのままでした。残っていたのは、魔女が最後に言った言葉の余韻と、魔女が消えた歪さだけでした。
しかし、魔女が消えても、魔女から教えてもらった外界のことは少女の心の中にあります。少女は突如、自分は何故ここにいなければいけないのか、と思いました。ここには何でもあるけど、少女が欲しいものはありません。ここには、不満などないように見えても、実際は不満だらけなのです。何故、人がいないのか?何故、自分はここにいるのか?会いに来る、四人の人物は誰なのか?そして、外界へ行けないのは何故なのか……?
少女は生まれて初めて、この場所に不信感を抱きます。そして、四人の人物の誰かが来たら、聞かないといけないと、使命のように感じました。
そして、ついに時が来ました。
少女は、その日、ポポと一緒に日向ぼっこをしていました。
ポポとは、少女がこの場所に来たときから、ずっと一緒いるキツネのことです。意図的に、そうさせているように。ちなみに、ポポという名前は、少女がタンポポの名前からとったものです。可愛らしい黄色の花を咲かせ、最後にはフワフワと遠くへ飛んでいくタンポポは、自由を象徴しているようで、少女は好きでした。
急に、春の場所が、少し騒がしくなったと思うと、おかっぱ以外の何でもない髪形をした女性が現れました。その女性は、薄い黄色がかかったふんわりとしたドレスを着ていて、少女は、タンポポみたいだな、と思いました。
その、タンポポみたいな女性は、ゆっくり少女の方に歩み寄り、手を差し出しました。いつもなら、少女はその手の上に自分の手を乗せるのですが、今日は、ただ差し出されたその手を見つめるだけでした。何分か無言の時間が経ち、耐えかねたように、その女性が口を開きました。
「いつもの通りよ。貴方の手を、私の手に重ねなさい」
少女は、その女性の顔をじっくり見ました。頬がふっくらとしていて、穏やかな顔つきでした。少女は、今だ、と自分に言いきかせ、顔を見つめたまま聞きました。
「貴方は、誰ですか?」
聞かれたその女性は、少女が口を開いたことに、とても驚いたようで、目をまぁるくしました。そして、少し考えるように下を向いてから、
「私は、春の女王。春さん、と呼んでもらうのが、一番好ましいわ」
と答えました。
少女は、更に質問を重ねていきます。
「ここに来る、他の三人は、誰ですか?」
「それぞれ、夏の女王、秋の女王、冬の女王と言うわ」
「なぜ、ここは四つの季節があるのですか?」
「貴方に、できるだけたくさんのものを知ってもらう為よ」
「私は、何も知りません」
「知ろうとしないからよ」
少女は、言葉に詰まりました。この『春さん』という女性の言う通り、自分は何も知ろうとしなかった、と思い出したのです。しかし、少女は気を取り直して、ついに重要な質問を始めました。
「貴方たちは、なぜ私に会いに来るのですか?」
「貴方に、用があるからよ」
「いつも、手を添えるだけです」
「それが、大切なのですよ」
「手を添えるだけなのに、ですか?」
「貴方は、自分がどれだけ大切な存在であるか、分からないのでしょう。しかし、それで良いのです」
「では、私は何なのですか?」
すると、春さんは我が子を見るように、優しく言いました。
「貴方も、成長しましたね。いつか、こんな質問をされるだろうと考えていましたが、予想より少し早く来てしまったみたいですね」
春さんは、少し哀しそうに下を向きました。しかし、顔を上げて、真っ直ぐな眼差しで、少女を見つめました。
「良いでしょう。話して差し上げます」
少女と春さんは、春の場所で、今さっき届いたばかりのベンチに座っていました。少女は、膝の上で気持ち良さそうに寝ているポポを撫でながら、さっきの続きを聞きました。
「まず、私は、自分の事について、何も知りません。『名前』というものも分かりません。自分が、何年生きているのかも、分かりません」
「一つ一つ、答えますよ。まず、貴方の名前からです」
少女は、息を止め、生まれて初めて聞くことになる、自分の名前を聞き逃しまいと耳を傾けました。
「貴方の名前は、『四季』です」
「しき?」
「四つの季節で、四季」
生まれて初めて聞く、その自分の名前は、驚くほどしっくりしました。
四季。
私の、名前。
四つの、季節。
四つの、季節?
「貴方のその名前は、とても重要なものです。 しかし、それは言えません」
「どうしても、話していただけないと?」
「ええ。どうしても」
四季は、とても気になりました。自分の、この名前に、何があるのだろうか。しかし、今ここで機嫌を損ねられてしまうと、他の質問に答えてもらえなくなる可能性があるので、四季はすんでのところで押さえ、また別の質問をしました。
「私には、本の中で言う『両親』がいるのでしょうか」
「『いる』と言えばいますし、『いない』」と言えばいません」
「それは、どういうことでしょうか」
「貴方の秘密に関わる事については、話すことは一切ありません」
「自分のことなのに、ですか?私は、自分のことでさえも、知ることが許されないのですか?」
春さんが、遠くを見ながら、ポツリと言いました。
「貴方は、利口ですね」
四季は、自分が利口かどうかは知りませんが、ふと疑問に思い、言いました。
「利口で悪いのでしょうか?私は、本を読んできました。何千、何万という本が、届けられました。私には、一緒に遊ぶ友だちも親もいませんでしたから」
「キツネがいたでしょう」
「ポポとは、話すことはできません」
「時に、動物と人は、言葉が通じずとも、分かり合えるのですよ」
話が逸れましたね、と春さんは言い、今度は四季の目をしっかり見ながら話し始めました。
四季は、その目がどこか哀しそうな目をしているようで、目線を外すことができませんでした。
「利口になることは、悪いことではもちろんありません。言い忘れていましたが、貴方はもう16です。成人が18ですので、ほぼ大人と変わりありません。成人してからは、働かないといけませんので、それに対応する知識や理解、また、利口になることが必要でしょう。しかし、貴方には、少しの知識があれば、それ以外何も必要ないのです」
「なぜですか?」
春さんは、小さな声で言いました。まるで、その言葉が耐えられないかのように。
「貴方が、ここから出ることが、絶対にないからです」
沈黙が、流れました。
春さんは、言ったことを後悔したように横を向き、四季は、恐怖にも似た感情を覚えました。
絶対にない?
「また、貴方がたくさんの知識を得、利口になってしまうと、困ることが多いのです」
その言葉に、四季はついカッとなりました。
「私は、外の世界に行きたいです。ずっと、憧れているんです。友だちだって欲しいです。一人で生きている人なんて、いないと分かったんです」
すると、春さんが見た目からは想像できないような強い力で、四季の肩を掴みました。
「春さん、痛いです…」
そう四季が言っても、聞こえていないのか、更に力を強くして、早口で四季に問いました。
「貴方は、一人だったはずです。他の人間がいない環境で、どうして一人で生きている人なんていないと思ったのですか?」
四季は、マズいな、と思いました。肩が痛かったこともありますが、このままでは、あの魔女との約束が守れなくなってしまう、と思ったのです。
「本で、読みました」
「例え読んでいても、ここには貴方しかいません。私たちだって、今日まで話しませんでした。貴方は、ずっと一人だったのです。他の人間はいないのですよ。その意味が、利口な貴方は分かるでしょう?」
四季は、唇を噛みました。春さんが言っているのは、たった一人なのに、今の今まで一人で生きてきたはずなのに、助け合ったりして生きていくと言うことを知っているというのは、他の人間と接触した、ということです。
四季は、一息ついてから、
「すみません。そうだったら良いな、と言う理想です」
と言いました。一か八かの賭けでした。春さんは、少し疑うように見ていましたが、やがて、
「そうですか。なら、良いのです」
と言いました。それと同時に手の力も抜き、ごめんなさい、ついつい興奮してしまいました、と謝りました。四季は、肩に手をかけながら、大丈夫です、と答えました。
また、四季は内心ホッとしました。魔女との約束を守れたこともありますが、なにしろ、今日初めて話す人を、騙せるのか試してみたかったのです。そして、見事にそれは通用しました。
四季は、自分に少し自信がつきました。
「春さん」
四季は、深呼吸をしました。これから質問することが、自分にとっても正しいのかは分からなかったのです。しかし、覚悟を決め、春さんに聞きました。
「私がここから出ることがない理由とは、また、さっきの様子だと私は貴方たち以外の人間に会ってはいけないようです。その理由も、教えていただけないでしょうか」
春さんは、静かに、目をつぶっていました。しかし、はっきりとした口調で言いました。
「良いでしょう。私の独断ですが、話して差し上げます。元々、私たち四人は、貴方が真実を知る権利があると考えていますから」
四季は、ただ静かに春さんの横顔を見ました。
「初めに、貴方は、自分が普通の人だと思わないで話を聞いていて下さい」
「なぜですか?」
「それを、今から話します」
「すみません」
「謝ることではありません。では、ここからは何も言わずに聞いて下さい。質問や意見は、話が終わったら聞きますから」
「分かりました」
「では」
春さんはそういうと、ベンチから立ち、地面に座ろうとしました。四季が慌てて
「春さん、地面に座ると、洋服が―――」
と言うと、春さんは軽く片手を上げて言葉を制し、人差し指を地面に向けました。それからクイッと指を上げると、地面から草がものすごい勢いで生えてきて、クッションのような形になり、止まりました。
四季が唖然と見ている前で、春さんは当然のことのようにその草のクッションの上に座りました。
「それでは、話を始めますが――」
「いや、ちょっと待って下さい」
四季は、思わず止めてしまいした。そして、草のクッションを指さしながら、
「これは、どうやったのですか?」
と聞きました。すると、春さんは少し怒ったように口をすぼめながら言いました。
「それも、これから話しますから。貴方はもう少し静かに聞いていて下さい」
四季は、春さんからの鋭い視線を気にしながら、教師に怒られた生徒のように恐る恐る頷きました。春さんはよろしい、と満足そうに笑い、今度こそ、と話し始めました。
「まず、もし途中で聞きたくなくなったら、いつでも止めて下さい。話を止めますから」
四季は、頷きました。でも、なぜこんなことを言ったのだろうと、少し首を傾げてしまいました。
「では。この話は、貴方が生まれる時から始まります――」
貴方が生まれる時から始まる、と言いましたが、もう少し前から話すことにします。
貴方が生まれる数ヶ月前、私たち四人の女王は、とても困っていました。隣国からの圧力や、国内にいる邪悪な影により、国民がひどく怯え、国全体が不安定な状態となっていたのです。私たちも尽力をつくしましたが、国民の不安は大きくなるばかりでした。
そんなとき、一つの話が舞い込んできました。山奥にある村に、不思議な少女が現れた、という話です。
その少女は、自由に自然の力を使い、他にも摩訶不思議な能力を使う、とのことでした。始め、そんな少女がいるとは思えないと思った私たちは、その少女を塔に招き、真実かどうか、確かめることにしました。
ちなみに、塔とは、私たちが季節ごとに行く所です。その頃は、夏の女王が塔におり、太陽がジリジリと私たちを照らすような、暑い日でした。
少女はすぐにこちらへ来て、その能力を私たちに見せました。
その能力は、紛れもない本物で、マジックなどでは到底できないようなものでした。私たちはその力に、すかっり魅了されました。
簡単に彼女が使った力のことを言うと、その少女は好きな場所に花を咲かせ、植物の生長を早くさせ、あらゆる自然現象を操ることができました。
そして、私たちはあることを考えました。
この力があれば、国を安定させることができるのではないか、と。
私たち四人の女王には、ある程度の能力があります。先ほど貴方にもお見せしたように、それぞれの季節だったら、植物を操ることができます。
しかし、それだけです。
この世界には、『魔女』と呼ばれる種族以外に、特別な能力を持っている人はいない、と考えられていました。しかし、今回の少女のおかげで、特別な能力を持っている種族が他にもいると言うことが分かりました。私たちは、その種族を目を皿にして探しました。
そしてついに、一番近い村とも40㎞離れている谷底で、その種族を見つけました。
ちなみに、塔へ招いた少女は、人里へ出てくることは禁じられているから、このことは言わないで欲しい、また、私たち種族は人と交わることを好まないから、探すことはしないで欲しい、と約束をし、私たちが頷くと、安心したように帰って行きました。
しかし結果、その少女を尾行し、途中で見失いながらも、先ほど言った谷底で見つけることができ、少女との約束を破ってしまったのですけど。
私たちが谷底に行くと、そこは小さな集落のようになっていました。集落の者たちは、私たちが来たことに驚き、どうやってここが分かったのか、と聞いてきました。丁度そのとき、あの少女が現れ、驚きを隠せない様子で、こちらに寄り、ポツリ、と言いました。
「――探さない、とお約束したではないですか」
私たちが謝ろうしたとき、周りに集まってきた集落の人々のざわめきが止み、変わりに緊張が走りました。奥の方から次々と人が真っ直ぐ綺麗に並び始め、その列が私たちがいるところまで来ると、道のようになった場所から、白髪で、鋭い眼球をした、言ってしまうと老いぼれのような人物が現れました。そして、私たちの前にいる少女を恐ろしい形相で睨みつけながら、しゃがれた声で皮肉のように言いました。
「おやおや、これは女王様ではないか。四人揃って、ここに何の用ですかな」
私たちが、少し答えに臆しているとき、季が言いました。
「長老様、私が、この方たちを連れてきしまいました。申し訳ありません!」
「季!お前は、ここの決まりを知った上で、外へ出たのか!」
季、と呼ばれたその少女は、唇を噛みしめ、震えながら頭を下げていました。
「申し訳ありません、長老様。薬草を採りに行ったとき、困っている村人がおりまして、どうしても見過ごせなかったのです」
そんな季を、長老は、なおも睨みつけながら、
「お前は、ここから出ていけ。決まりを破った者はそうすると、代々決まっておる」
と言い放ちました。その瞬間、季は膝をつき、静かに涙を溢していました。
長老は、今度はこちらを向き、挑戦的な目をしながら聞いてきました。
「女王様たちは、なんのご用ですかね」
すると、私の隣にいた夏の女王が代表で言ったのです。はっきりとした口調で。
「あたしたちは、貴方たちの力にすっかり魅了されたのです。今、国がとても不安定なことは、力を使えば分かるでしょう」
「どうりで、風がこの頃騒がしいと思ったわい」
「流石ですね。そんな今だからこそ、貴方たちの力が必要なのです」
「儂らの力を良いように使いたいだけではないか!」
「まあまあ、落ち着いて下さい。そう思われるのは承知しております。でも、今は国民が安心して暮らせるようにすることが、何よりなのです。一人で構いません。力を貸してもらうのは、一時的にです。貴方たちの存在がバレぬよう、手を尽くしますので、そこの心配はありません」
長老は、一つ大きな溜め息をし、呆れたように言いました。
「季から聞いておらんのか。儂らの種族は、他の者と交わることが、禁じられている。決まりがあるのじゃ。その決まりを破った者は、季のように、ここから永久に追放される。戻ってくることは許されん。例え、頼みに来たのが女王だとしても、一族の決まりをそう簡単に覆すことはできん。申し訳ないが、お帰り頂きたい」
私たちは、顔を見合わせました。無理だな、と全員が察したのです。
「そうですか…。残念です。もう、ここには訪れないのでご安心を。では――」
夏の女王が、残念そうにあいさつをしようとしたそのとき、赤子の泣き声が谷中に響き渡りました。集まっていた集落の人々が誰だ誰だと辺りを見回していると、一人の女性が、赤子を抱きながら前に進み出てきました。その女性は、泣き崩れている季の方へ行くと、赤子を大事そうに渡し、後ろへ下がりました。季は、大声で泣く赤子を優しい顔つきでさすっていました。すると、赤子は泣くのを止め、ニッコリ笑いました。
その時、長老がニヤリ、と不気味に笑いました。
「女王様方、やはり、一人でいいのなら力を貸していいですぞ」
「本当ですか?」
「ああ。いや、貸す、というより渡す、ですかな」
「?」
長老は、ズカズカと季のところまで歩き、乱暴に赤子を抱き上げると、私たちの方へ差し出してきました。
「これで、どうですかな?」
「やめて!」
季が、泣きそうになりながら叫びました。とても、とても哀しい声でした。
そんな季を、長老は一瞥し、
「どうせ、お前はこの村にはいられない。この子も一人になる。他人の迷惑になって育つより、他人の役に立って育つ方がいい。それに、この子が大きくなったとき、自分の親がいない、と知ったらどうなる?なら、自分のお親のことなど気にしない所へ行ったほうが良いじゃろう。そうは思わんかね?」
と言いました。季は下を向き、目を固く瞑っていました。
「女王様、どうですかな?この赤子を引き受けますかな?」
「是非ともお引き受けしたいところですが、この赤子は季さんのお子さんなのですか?」
「いかにも」
「でしたら、季さんが認めていないのに、引き取ることはできません。子どもをどうするかは、その親が決めることです」
「随分お堅いことをいうのですな。まあ、それも一つの考え方であると思いますがな。良いでしょう、この赤子は季と共にここから追放しましょう。親と子は運命共同体だと、儂は考えておりますのでな」
「長老のお考えをわざわざ否定することなどありませんよ」
「では、今度こそお帰り頂こうか。くれぐれも、ここのことは口に出さぬようにしてくださいな」
「はい。私たちを信じてくださってよろしいですよ。では」
こうして、私たちは収穫はほぼなく帰ることになりました、しかし、谷からちょうど上がったとき、思わぬ収穫があったのです。
それは、村から追放された季と赤子が、力を貸す、と申し出てくれたのです。
そして、この二人の力を貸してくれたおかげで、国を安定させることができました。季には、私たちが自分の季節の時に住む塔に住んでもらい、変化や不穏な動きを察知してもらうようにしています。また、赤子には不思議な力があることが分かりました。その力とは、他人に力を分けることができる、というものでした。これは、誰彼構わず力を与えてしまうので、私たちは季の力も借りながら、異次元の空間を作り、そこで赤子を育てました。小さな頃は、季がそこに行き世話をしましたが、途中から、食材や本などを送るだけにし始めました。理由は、私も知りません。
もう分かり始めたと思いますが、その赤子が四季、あなたなのです。
四季は、春さんが話してくれたことが、上手く飲み込めずにいました。でも、なぜ春さんや他の四人の女王が自分に会いに来たのかははっきりと分かりました。
四季がそんなつもりはなくても、力を与えてしまっていた、と考えると、自分がとても危険なのだとあらためて思い知り、その事実にショックを受けました。
しかし、そんなことは小さなことなのです。
四季は、自分に親がいる、ということが分かって、ホッとしていました。
――私は、ちゃんと『人』なんだ。家族がいるんだ。だけど……。
「どうして、私の母は、季は、会いに来ないのですか?」
素朴な疑問でした。自分が読んできた本の中では、母は子に会いたがるものだと思っているのです。
でも、四季は季の存在があることさえ知りませんでした。自分に親はいないのだ、と割り切っていました。でも、もしいるのなら。いるのだったら。
「会いたいです。季に、母に」
四季がそう言うと、春さんは困ったように眉を八の字にしました。
「私も、季にはそう言っているのですが。一向に会おうとしないのです。理由は知りませんが……」
「連れてくることも、できないのですか?」
「はい。もし、真っ当な理由があるのでしたら、無理に連れてくる、というのもどうかと思いますし。ごめんなさいね」
「一目見るだけでも良いんです。母、というものを、見たいのです」
そう四季が頼んでも、春さんは首を縦に振ろうとはしませんでした。
「貴方の力にはなれないわ。どうしても、よ。季には力を貸してもらっているから、出来る限り季の要望を叶えるようにしたいのよ」
四季は、この様子ではダメだな、と思いました。きっと、いくら頼んでも、頷いてくれないことが、目に見えたのです。
「分かりました。諦めます…」
そう四季はそう言い、首をもたげました。すると、突然春さんが立ち上がり、見下すように言い放ちました。
「貴方は、私たちに力を与え続ければ良いのですよ。何も考えなくて良いのです。もっとも、こんな所では考えることもないでしょうけど。季のことも、今話したことも、全て夢とでも思ってください。『外』に興味をもたれてしまうと、色々と困るのです。どっちにしろ、外で育たなかった貴方は、私たちなしでは生きてはいけないでしょうね。貴方はここで生き、ここで死ぬのです。貴方には同情しますよ。もしも季があの谷から出なかったなら、あの谷で育ち、一人ではなかったでしょうに。親に振りまわされるとは、辛いものですね。季を恨むでしょうね。貴方をここに連れてくるきっかけを作ったのは、紛れもない季なのですから。でも、その本人に会うこともなく、貴方は死ぬでしょう。寂しい人生ですね。会ったことがある人物は、たったの四人。それ以外に、貴方を知る人もいない」
四季は、急にそんなことを言った春さんの顔を、驚いたように見ました。
でも、春さんが言ったことは、四季が内心気にしていることでした。
本に出てくるような、友だちも家族もいない自分は、最期、一人で死ぬのだろうか、と。
嫌だ。
一人で、死にたくない。
最期に、良い人生だった、と思えるような最期が良い。
「はっきり言うと、私たちは、貴方を利用しているのです。良いように使えるものがあるのだったら、誰でも使うでしょう?私たちにとって、貴方は『人』ではありません。『物』なのです。とっても有能な。『物』は、ただ操作されれば良いのです」
物……?
利用しているだけ?
その時、四季の中で何かが切れたような音がしました。
その後の出来事は、早送りされたように四季の目に映りました。
春さんの周りにある植物がありえない早さで生長し、春さんを捕らえました。捕らえられたまま、春さんは冬の場所へ移動され、そこにある大きな木と一緒に縛られました。そして、今冬の場所は大吹雪に見舞われています。
そして、今度は四季の周りの植物がまたもやありえない早さで生長し、カマクラのような形になりました。四季は、その中に閉じ込もり、今自分がしたことを混乱しながら考えていました。
植物の急成長、突然の大吹雪……。
そして、やっと四季は気付きました。
――私は、季と、同じ種族だ。季の、子どもだ。だから、季に出来る事は私にもできる。
しかし、それが分かったからといえ、春さんを解放する気にはなりませんでした。もちろんです、自分のことを『物』といい、利用しているだけ、と言う相手を許すほど、四季は優しくありませんでした。それに、四季は『物』とだけは言われたくなかったのです。
誰もいないこの場所で、自分が本当に生きているのか、『人』なのかも分からない環境の中で、意志を持っているのだから、私は生きている、ちゃんと『人』だ、と自分を励ましてきました。しかし、さっきの春さんの言葉で、全てが否定されたようで、怒りが芽生えたのです。
また、自分が利用されているだけなら、季も利用されているだけかもしれない、と思ったのです。
――なら、教えないと。
四季は、生まれて初めて目的を持って動こうとしていました。
――なら、教えないと。
そう思った四季ですが、実際にはかなりの問題があります。まず、自分でここから出られないのなら、話になりません。季に教えるのなら、会わないといけないということは、当然です。しかし、四季はここから出る方法を知りません。出ることができないのなら、会うこともできません。
どうするか悩んだ結果、四季は待つことにしました。
女王が一人いなくなったら、誰かしらここに来ると考えたのです。そうしたら、自分から出なくてはいけないこともないし、一番簡単な方法でした。というか、この方法しか思いつかなかったのです。
しかし、結果、この方法は成功しました。
最悪な結果も引き連れて。
春さんを引き留めてから少し経った時、待ちに待った来客が来ました。
しかしその来客は、四季が予想していた人物と異なりました。
カラスが、鳴きました。
空が、翳りました。
その来客とは、いつかに会った魔女でした。
「ほら」
魔女は四季を見て、笑いました。いえ、口を歪めただけなのかもしれません。
しかし、魔女がその動きをしただけで、四季は背筋がゾッとなりました。魔女から、視線を外すことができませんでした。
「また、会った」
魔女が、ゆっくり四季に近づいてきます。
足が、動こうとしません。今すぐここから逃げ出したいくらいなのに、自分の体ではないように、言うことを聞きません。
「私のことは、誰にも言ってないかしら?」
四季は、かろうじて頷きました。
「そう。偉いわね」
何が面白いのか、魔女はクックッと笑い声を上げました。
「女王がいるでしょう。春の女王が」
四季は、驚きました。なぜ、そのことを知っているのですか、と聞きたいのに、口が上手く動きません。
そんな四季を横目に、冬の場所を見ながら魔女は言いました。
「気配がするのよ。驚くことじゃないわ。……それにしても、ここまで予想通りだと、さすがに気味が悪いわね」
予想通り……?
どういうことだ。
「それは、どういうことですか」
四季は、気づいたらそんなことを聞いていました。
さっきまで動かなかったのが嘘のように、スムーズにその言葉は出てきました。
魔女は、少し驚いたようでした。「まさか解かれるとは……」
「?」
魔女が何か言ったようでしたが、四季には届きませんでした。
魔女は、また歪んだような笑みを浮かべました。
「予想通りなのよ、貴方が行ったことは全てね。途中で春の女王は気づいたようですが、間に合いませんでしたね」
四季は、混乱していました。全て、というのは、どこからどこまでなんだ?春さんの話を聞くところまで?それとも、自分が春さんを引き留めるところまで……?
「知ってる?今、外で起こってること」
唐突に、魔女が聞いてきました。四季は、もちろん何のことか分からず、首を振りました。
「止まっているのよ」
「え?」
「季節が、止まっているのよ」
それでも意味を理解できていない四季を見て、魔女はいらついたように説明をしました。
「この国は、春夏秋冬のそれぞれの女王が塔に入ることで、季節が廻るようになっているの。でも、貴方がここに春の女王をとどめさせているから、廻らないのよ。いつもならとっくに春がきている頃なのに、寒い冬が続いているから、国民は皆、困っているわ。そう言っても、春の季節を飛ばしてしまうと、何があったのか、と不審に思われるし、今の時点でも不審がられているけど、どうやら風邪を引いた、ということになっているらしいわね。でも、いつまで持ちこたえられるかしら?貴方の存在が世に知らされることだけは、防ぎたいようね。こうやって、盗み聞きして、私に襲いかかるタイミングを見計らっているのですもの」
「え?」
その時、影から何か飛び出してきたかと思うと、四季を掴み、すごいスピードで魔女から離れました。
急な出来事に驚いていると、四季を掴んだ何者かが、言いました。
「やはり、バレていたか」
その人は、利発的な顔をしていて、その長い髪は、ポニーテールで高く結っていました。
見られていることに気づいたのか、その人は四季を見て、慌てたように言いました。
「あたしは、悪者じゃないぞ。あんたの味方、ってとこかな。ま、良く言えば、だけど」
それでも、四季は眉をひそめました。確かに、悪者じゃないはずです。なぜなら、この人は、会いに来る四人の内の一人だからです。でも、その中の誰なのか、それが分かりませんでした。
「困惑しているではありませんか。お前は、もう少し落ち着きなさい。いつも言っているでしょうに」
後ろから、呆れたような声が聞こえてきました。慌てて振り返ると、そこには一人ではなく、二人いました。
「今は、そんな話をする時ではない。見なさい、四季が驚いている」
後ろにいる二人の中の、髪が腰まである、静かな、悪く言えば冷たい顔つきの人が言いました。
「ああ、そうだった。こんな話をしてる場合じゃなかった」
また慌てたように、ポニーテールの人が言いました。この人は、静かにする事ができないのではないか、と四季は思いました。
「じゃ、自己紹介。まず、あたしは夏の女王。気軽になっちゃんで良いよ」
ポニーテールの人、なっちゃんは、そう言って、太陽のように二カッと笑いました。
「女王とは思えない振る舞いですね。私は、秋の女王。そうですね…。面倒なので、秋、で良いです」
なっちゃんとは仲が悪いのか、毒舌を吐きながら、お世辞にも髪が綺麗とは言えない、ボサッとした感じの、倦怠感をただよせる人、秋が言いました。自分で言った通り、とても面倒くさそうです。
「二人とも、ちゃんとした自己紹介ができないのか…。僕は、もう分かると思うけど冬の女王。呼び方は、冬君、とか冬さん、が妥当かな。ちゃん付けだけは勘弁してくれよ。一番嫌いな呼び方だ」
いわゆる『僕っ子』らしいこの人、冬君は、やはり笑みを全く浮かべずに言いました。というか、笑みだけでなく、表情さえ浮かべていないので、何を考えているのか全く分かりません。
「自己紹介は終わったようね」
魔女の声が聞こえてきました。しかし、辺りを見回しても姿が見当たりません。
「四季は、私が連れて行く。邪魔はさせない」
突風が起き、四季が驚いて上を見ると、魔女が自分めがけて堕ちてきました。
それが合図のように、なっちゃんは四季をまた掴んで離れたところへ行き、秋と冬君はどこかへ飛んでいきました。
「女王様、貴方たちは四季をなくしたくはないのだと思うけど、本当は貴方たちが関わることではないはずよ。私と四季は、親子なんだから。親子ゲンカに、貴方たちは必要ないわ!」
「ええ、普通はそうね。しかし、あんたはこの子にとって危険な存在になってしまったのよ!実の親でも、子どもを危険な目に合わせる親は、会わせるわけにはいかない」
「分かり合えないわね」
「分かり合えるとは思ってないわ」
「残念だわ」
「あたしもよ」
なっちゃんの顔が、一瞬悲しそうに下を向きました。
「とても残念よ、季」
その瞬間、周りの音が、何も聞こえなくなりました。時間が止まったように思いました。
季?この魔女が、季?待って、季って私の母、と言う存在だったはずだ。もし、もし今目の前で私に襲いかかろうとしているこの人物が季だと言うのなら、なんで、子どもである私を襲うの?どうして、私を……。
「あーあ、バラしちゃって。教えないつもりだったのに。でも、分かってしまったなら、仕方ないわね。――そうよ、私は貴方の母、というものよ。でも、貴方を娘、と思ったことはほぼないわ。私は、貴方を、憎んでいるのよ。貴方が生まれた時からずっと。貴方が、特別な存在であることは、貴方が生まれてすぐに分かったわ。風が、木が、花が、貴方の誕生を喜んでいることが、肌で分かった。長老も、それがもちろん分かったのでしょうね。シングルマザーの私は、みんなから軽蔑されていたけど、貴方だけは重宝された。
憎らしかった。
私の娘のはずなのに、愛情の一つも芽生えなかった。
貴方たち女王があの谷に来て、私が追放されるとき、集落の人たちは何て言ったと思う?『お前が死んでも、その子は死なせるな。その子は、自然から望まれた子だ』……。『お前なら、いつ死んでも良い』そう言ってるように聞こえた。
憎らしかった。前にも増して、とても。
だから、貴方たちに申し出たのよ。唯一、私を必要としてくれていたから。でも、結局、同じだったわ。貴方たちも、私より四季を必要とした。四季の方が力があることに気づいたのよ!私が頼まれるのは、誰でもできるようなことばかり。それに比べて、四季は女王に力を分ける、という仕事。どっちの方が重要か分かるでしょ?だから、もう良いの。今回の私の仕事は、四季を連れて行くこと。邪魔は、させないっ!」
四季の足元の草が、足に絡みついてきました。動くことができません。
「チッ」
なっちゃんが、季に向けて、手を出し高と思えば、手から氷のような物体が飛び出て、季に飛んでいきました。季は、すばやくそれをよけると、何かを投げつけるような素振りをしました。何をしているのかと疑問を思ったのもつかの間、彼女が何をしたのかはすぐに分かりました。四季の目の前で、突然の竜巻が起きたのです。どうやら、さっき季は竜巻の元のようなものを投げたらしいのです。
なっちゃんが止めようとしましたが、間に合わず、四季はまともにその竜巻に巻き込まれてしまいました。四季は、足に絡まっている草と一緒に高く空へ突き上げられ、色々な物と一緒にクルクルと回っていました。竜巻はどんどん移動し、四季の体が竜巻から離れ、堕ちる、と思ったその時、誰かが四季を抱え、地面に着地しました。
「全く…。あの三人は、一体何をしているのでしょう」
聞き慣れたその声に驚き、四季が顔を上げると、自分を抱えているのは、捕らえているはずの春さんでした。
「どうして…」
「元々、あの程度でしたらすぐに逃げられるのですよ。最後の最後まで動かなくて大丈夫だと思っていたのですけど、案の定、簡単に竜巻に巻き込まれているのが見えたので、仕方なく、助けに来たのです。あの二人が何を考えているのかは分かりませんが、まあ、何かしら考えがあるのでしょう。秋はあまり参謀としては頼りないですが、冬はそう言う事に関してはよく頭が回るので」
四季は、自分の力が『あの程度』と言われたことに少し傷つきながら、淡々と話す春さんを見ていました。そして、どうして自分はこの人にあんなことをしてしまったのだろう、と一種の嫌悪感を感じました。
「あの…、ごめんなさい。じ、自分でも、なんでああいうことをしてしまったのか、分からないんです。あ、いや、本当は、ちょっとカッとなってしまったんです。それで、あっという間に…」
自分でも言い訳がましくなっていることは分かりましたが、四季はボソボソと謝罪しました。
「言ったでしょう、あの程度、全く平気だと」
「……?」
「確かに、少し驚きましたが、まだ力の使い方を把握できていない貴方と力を把握している私とでは、差があります。謝ることなどありません。それに、そうするように、私が仕組んだことですから」
「…え?」
春さんが言ったことに疑問を思ったそのとき、なっちゃんがすごい勢いでこちらに転がってきました。しばらく伸びた姿勢のまま動かなかったので、心配して声をかけようと四季が近づくと、ガバッとなっちゃんが顔を上げました。あと数歩近くに居れば、きっととても痛い思いをしていたでしょう。
「あの、大丈夫ですか?」
「平気、平気。このくらい。でも、あんたは違う場所へ行った方が良いね。巻き添えを食らうよ」
そう言うなっちゃんはなぜかとても楽しそうで、目が爛々と輝いていました。
「そうですね。少し、場所を移動しましょう」
春さんはそう言って四季を担ぐと、ビュンッと、あっという間に秋の場所へ移動しました。
秋の場所へ移動して、数分間、沈黙が続きました。四季は、春さんに聞きたいことが山ほどありました。しかし、沈黙を破れないでいると、先に春さんが口を開きました。
「ごめんなさい」
「――え?」
「貴方には、本当のことを話していません。いえ、ほぼ真実ですが、その後に起こった重大な出来事を、話さなかったのです」
「……」
四季が黙ると、春さんは本当に申し訳なさそうな顔をしました。
「…あの、私の母は、あの魔女なのでしょうか?」
春さんは、少し視線を逸らしながら頷きました。
「母は、魔女ではない、と言っていませんでしたか?」
「それは…、なってしまったのです。魔女に」
「?」
俯いている春さんの顔はよく見えませんでしたが、悲しそうな、悔しそうな顔をしているようでした。
「季は、不思議な力があります。その力に目を付けたのは、私たちだけではなかった、と言うことです。
この国には、前にもお話ししましたが、『魔女』と呼ばれる人たちがいます。季や貴方とはまた違う不思議な力を持つ種族です。魔女の一部の者たちは、私たちに反抗し、魔女中心の国を作りたがっています。きっと、季はその者たちに誘われたのでしょう。
私は、貴方が季に会う前に、貴方に話そうと決めていました。しかし、貴方の首筋に、紋章があることに気づいたのです。今は消えてしまっていますが、その紋章は、魔女が貴方に近づいたとき、分かるように現れるものです。そして、その紋章が現れている、と言うことは、魔女が貴方に近づいた証拠です。どうするべきか悩みましたが、貴方を一人にさせれば出てくるだろう、と踏みました。しかし、ここから出ていってしまうと、状況が分からない。ですから、貴方をわざと挑発し、怒らせ、力を使わせて私を縛りあげるようにしました。
結果的には、ねらい通り魔女は現れました。しかし一つだけ、予想外だったことが起きたのです。それは、その魔女が季だった、ということです。心のどこかで、魔女にだけはならないで欲しい、と願っていました。しかし……。私たちは季より貴方の方を優先させてしまっていたかもしれません。あそこまで季を追い詰めることになってしまったのは、私たちのせいです。本当に、ごめんなさい」
そう言うと、春さんは姿勢を正し、四季に頭を下げました。四季は、なんと声を掛ければ良いのか分からず、オロオロしてしまいました。
でも、ふと、疑問に思ったことを口に出しました。
「魔女になることは、いけないことなのですか?」
春さんたちに反対しているのは、一部の魔女たちだ、と春さんは言いました。だったら、その一部ではなかったら、別に良いのではないか、と思ったのです。
「本来なら、その通りです。しかし、魔女たちが作っている集落は、その反対派の魔女たちが統一しています。反抗はではない魔女たちは、なんの力も持たない私たちに反抗もしないかわり、賛成もしない」
少数なのに?と言う疑問は、すぐになくなりました。少数でも、少数精鋭なら、その魔女たちを怖れて、他の魔女たちは何も言えないのでしょう。
「あの…。そもそも、魔女になるって、そんなに大変なことなのですか?」
「ええ。魔女になるためには、契約をしなくてはいけません。その契約は、自分が死ぬまで守ることを強制されます」
「もし、破ってしまったら……?」
「死ぬでしょう」
春さんが、何も臆せず、はっきりと言うので、四季は、その言葉が必要以上に恐ろしい言葉に聞こえました。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
四季は、春さんが見ている方へ視線を向けると、奥の方から、ゆっくりと、しかし確実に、季が近づいてきていました。
「な、なっちゃんは…?」
「大丈夫です。作戦が始まったのでしょう」
「作戦?」
「ええ。と言っても、私も知りませんが」
「…それって、大丈夫なのでしょうか」
「あの三人は、信用できます」
そう言う春さんが、四季はなんとなく羨ましいような気がしました。
信頼できる、仲間がいるなんて…。
そんなことを話している間に、季はどんどん近づいてきています。早く来ないのは、こちらを怖がらせているのでしょうか。しかし、春さんは、まるで何もないかのようにくつろいでいました。
「春さん、こうそこまで来ていますよ。逃げた方が良いんじゃ――」
「もう少しです」
「え?」
「あと少しで、終わるでしょう」
四季は、その意味が全く分からず、混乱しました。それに、季も、もう表情が見えるぐらいにまで、距離を縮めていました。
今までにない恐怖が、四季の体を駆け巡りました。
そして、ついに、季は目を見開き、口を歪ませながら、四季へと飛びました。
四季は、思わず目を閉じ、ああ、なんで私の母というものは、こんな人なのだろう、と自分の理想と現実のあまりにも大きすぎる違いに諦めのような、落胆のような、憤りのようなものを感じていました。
強い衝撃を受ける、と思っていたのに、いつまでたってもなんの衝撃も来ません。不思議に思い、薄く目を開けると、四季から10メートルほど離れたところで、季は黄色い光の中、なにかに押さえられているかのように止まっていました。その目は何が起こっているのか把握できていない、と言うことがありありと浮かび、動揺していました。
四季も、どうなっているのか分からず、首をひねっていると、右の茂みから冬君と秋が出てきました。
「どうだい?ちゃんと足止めはしたよ。まあ、少し時間がかかったけど。眠り薬でも飲ませて、塔に戻ってから色々しようよ。そっちの方が、労働量が少ない」
「これからどうするのですか?簡単な方法でやりましょうよ。この結界を張るので、結構疲れました…」
こんな全くやる気を感じさせない二人を見て、春さんは溜め息をつきました。
「確かに、これをやるのは大変だったと思いますが、もうひと頑張りして下さい」
「そうだよ」
次は後ろから声がしたと思うと、なっちゃんがいました。春さんが大丈夫、と言っていたので、一応安心はしていましたが、やはり少し心配でした。声こそ元気でしたが、なっちゃんは体のあちこちに擦り傷や打撲の痕がありました。でも、まるでそのことに気づいていないかのように、なっちゃんは愉快な足取りでこちらに寄ってきました。
「一番大切なことが残ってるでしょ?それをやらなきゃ、意味がないよ」
「そうです」
「まあ、そうだね」
「はぁ、そうでしたね」
口調こそ緊張感がありませんでしたが、それをいったときの四人の顔は、なにか覚悟を決めたような表情をしていました。
四季は、その様子を見て、ああ、この四人は、やはり一国の女王たちなのだな、とあらためて感じたのでした。
「許さない」
四季はその声に恐怖しました。
まるで、地獄から聞こえてくるような、恐ろしく虚ろな声でした。
「私は、あんたたちを、許さない」
はあ、と秋君が重い溜め息をつきました。
「残念だよ、季。君は、脆かった。僕らが思っていた以上に、ね」
「違う!四季さえいなければ…。私はこんなことにならずに済んだ。四季が、いなければ……!」
ジロリと四季の方へ目を向けた季の目は、痛々しくて、見ていられませんでした。
「そう言って、何でもかんでも人のせいだ!自分で支えられないんだよ。弱い。脆い。自分の娘を悪者にして、そんなに楽しいか!」
「やめなさい!」
春さんが、叫ぶように止めました。
「もう、良いです。しょうがないでしょう、ここで何を言っても。手遅れなんです、もう。これは、私たちの責任でもあります」
「じゃあ、春は季が四季を侮辱することが良いと思ってるのか?母親が子どもを貶して良いのか?」
秋君は、季をそこまで言うのか、と思うほど悪くいいます。四季は、胸がザラッとした感触を感じました。でも、それがなんなのか分からず、四季は気分がスッキリしませんでした。
「季、ここを動かないでください」
春さんがそういうと、何をするつもりなのか、四人の女王たちは結界の方へ歩みを進め、最終的に四人でその結界を囲む形になりました。
「あの、なにをするつもりなのですか?」
我慢できなくなり四季がそう聞くと、春さんが悲しそうに言いました。
「魔女から普通の人間へ戻します」
「でも、それをしたら死ぬって……」
「ええ。しかし、死なない方法を見つけたのです。代償はありますが」
「代償?」
「はい」
春さんは一息ついてから言いました。
「――記憶の消滅です」
「消滅……」
「自我までは失いませんが、その他のことが、ほぼ消滅します。特に、古い記憶が」
「古い、記憶」
「もしかしたら……」
春さんが口をつぐみました。四季は、春さんが言わんとしていることが分かりました。
――もしかしたら、四季の記憶も消滅するかもしれません。
「消滅って、思い出すことはない、ということですか」
「ええ。もしかしたら他の方法があるかもしれませんが、私たちが知っている限り、これ以上代償が小さなものはありません」
四季は、考えました。季が、自分の記憶を失ったら、季にとって娘はいないし、ましてや母親でもありません。しかし、自分に対する季の憎しみや悲しみも、消えてなくなるでしょう。
母親に憎まれて生きるのなら、忘れられてしまった方が……。
「四季、良いですね。始めますよ」
四季は、春さんの方を向き、頷きました。
春さんは、また悲しそうな顔をしました。
「分かりました」
女王たちが、両手を前に出します。そして、小声で何かを唱えました。
「魔女と共にありしもの、いざ引き裂かれん」
風が、巻き起こりました。光が、強くなっていきます。
―――――これで、終わる……。
季は四季のこと、女王たちのことを忘れ、憎しみも消え、全てがスタートに戻る……。
スタートに、戻る。
全部、忘れて。
わたしのことも………
気づいたら、四季は眩しい光の中に飛び込んでいました。目が眩みそうになるのを押さえ、季を探します。やがて、一つの影が目に映りました。
「――さん、お母さん!」
四季は、その身体を抱きしめました。
「大丈夫かな?」
「眠ってるだけですから」
「記憶、無くなってたらどうする?」
「明らかに、怖がられますよね……」
そんな会話が聞こえ、四季は目を開けました。ハッとして起き上がると、自分の横にはまだ目を覚ましていない季がいました。
「あの、結界は……?」
「貴方が飛び込んだので、急遽止めました」
「じゃあ、季は」
「ええ。記憶は、消滅していません」
どっと、力が抜けていきました。
良かった。
「なんで、飛び込んだ?」
え、と思うと、秋君が鋭い目つきで四季を見ていました。
「なんで、というと……」
四季は、どうしてだろう、と思いました。あの時は、ただ、何かに必死だったのです。
きっと、それは……。
「お母さん、だからです。やっと会えたのに、忘れられるなんて、嫌です。身勝手かもしれません。でも、憎まれても、恨まれても良いから、この世でただ一人の『母親』という存在が、無くなって欲しくないんです。季に、そのことを伝えたかったんです」
そう言うと、四季は下を向いてしまいました。
「そうか」
それだけ言うと、四季が初めて見る優しい表情で、呟くように言いました。
「良かったね」
四季は気づいていませんでしたが、隣で寝ているはずの季の目から、一筋の涙が流れました。
空は晴れ晴れとしていて、吸い込まれてしまいそうです。どこかへ隠れていたポポが茂みから出てきました。そして、クーッと気持ち良さそうに鳴いて、お花畑で昼寝を始めました。
すみません。
誤字脱字が、たくさんあります。
あんまり、気にしないで……。