鏡
夢の中で「コレは夢だ」と気付いた時、やってはいけない行動があるらしい。
それは、鏡を見る事。
夢の中の主観は自分にあるが、別人の中に入っている場合が多いらしい。その為鏡を見てしまうと映った自分を認識できずに頭がパニックになるとか何とか。
しかもその脳の混乱は夢から覚めても続くらしい。
子供の頃から俺は度々同じ夢を見ていた。今でも時々見る事があるので夢の内容は綺麗に覚えている。
ただ、ある時を切欠に続きを見るようになってしまった。
それは、中学に上がる前の寒い日の事。
俺は布団を被って眠り、そしていつもの夢を見始めていた。
暗くて誰もいない家の中をウロウロして、1階に降りて玄関を開けて外に出ると真っ暗な世界が広がっている。
行かなければならない場所がある。夢の中の俺はそう急かされるように歩き出すのだが、途中で何かが追いかけてくる。
姿は見えないが、徐々に距離が縮まって追いつかれ。
そこでいつも目が覚めるのだが、その時の俺はいつものようにはならなかった。
夢を見始めた直後から、これはいつもの夢だ。と、気が付いたのだ。
やってはいけない事。
夢の中で周囲を見渡せば、そこは家の中。親父がヒゲをそる時しか使われていない化粧台がある。
鏡を見てはいけない。
そう思いながらも鏡まで歩く事を止められず、鏡の前で立ち止まった。
足元から太もも、腹、胸、首。徐々に視線を上げていき、顎、口。
そこまで視線は進んだのに、再び視線が下がって、もう1度足元から。しかし、どう頑張っても口と鼻の間の部分から上を見る事が出来ない。
それならと化粧台の引き出しを開けて手鏡を取り出し、バッと顔の前に出す。
鏡に映っていたのは、俺だった。
なんだ、自分じゃないか。そう安心して手鏡を引き出しの中にしまい、1階に降りると、俺の自由度は一気に下がってしまい、後は夢を見ている事しか出来なくなった。
外に出て、何処かに行かなければならない……いや?何かを探しているんだっけ?違う、何処かに行くんだ。
ボンヤリとした目的のまま歩き出すと、後ろから足音が聞こえて来る。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ。
裸足で廊下を歩いているような音。
真っ暗な中を走って、走って。着いてくる足音はペタペタと一定のスピードのままなのに、徐々に距離が縮んでくる。
足がもつれてこけて。後は追いつかれて夢は終わり……。
ペタ、ペタ、ペタ……。
真後ろで足音が止まり、
ポン。
肩を叩かれた。
え?
なに?
終わらない?
急激に怖くなったと言うのに、夢の中の俺は勇敢で、追いかけてきた何者かを確認するために顔を上げた。
足元から太もも、腹、胸、首。徐々に視線を上げていき、顎、口。
あれ?
もう1度視線が下がって、足元から。口と鼻の間で少し視線が引っかかり、バッと顔。
そこに立っていたのは、俺だった。
なんだ、俺か……と安心した瞬間、グルンと視界が回り、俺は右手で座り込んでいる俺の肩に触れていた。
「え?」
今にも泣き出しそうな表情をして、ゆっくりと後ろに倒れていく目の前の俺。
バタン。
倒れた俺の体から転がって行く頭。
黒い空間からザワザワと聞こえて、彼方此方から出て来た口が、倒れた俺の体を噛み千切って、細かく裂いて、食べていく。
俺に見えるようにクチャクチャと良く噛みながら。
頭だけは助ける!
ゴロゴロ転がって行く頭を走って追いかける。俺の足元から聞こえるのは、ペタペタと言う足音。
首は時々振り返ってくるような動きをしては転がり続け、急にコテンと動きを止めた。
やっと追いつけたのに、首を拾うのが怖くてそれ以上足が進まない。それでもまた暗闇からザワザワと聞こえてくるから、守るしかない。
近付いて、首を拾い上げて。グルンと回る視界。
俺を持ち上げていた俺が、後ろに倒れて行く。為す術もなく放り出され、ゴロゴロと転がる俺は、暗闇から出てきた口に噛み切られて食われる自分を眺める。
ガクンと少し角度が変わって、見上げた空には首を吊っている俺が沢山、沢山。
口が、迫ってくる。
「うわぁ~~~!!」
夢の中で、鏡を見てはいけない。