第97話 魔王は唐突に現れる
交換日記[魔法神]
とうとう石盤遺跡を読んでしまいましたか。
まあ、そういうこともありますな。
読ん……だ?
アデリナが、黒の石盤遺跡を――!
けれどもその表情は、お世辞にも明るいとは言えず。あきらかに困惑した様子でした。
「アデリナ、何が書かれていたの?」
「……後にしよう。少し長くなる」
表情から察するに、あまり色よい返事は聞けそうにありません。
わたしはもう、魔法少女になれないかもしれません。石盤遺跡の知識がある人たちと接するうちに、薄々は気づいていたけれど。
わたしは……もう……。
「深く考えるな。まだすべてを読んだわけじゃないし、今は戦いに集中だ。死んだら元も子もない」
「……はい」
少しだけ嘘が混ざっています。わたしにはわかるのです。アデリナがこの一瞬で何を考えたか。
――余計なことを考えていては生き残れない戦いだから、悪い報せは後で言おう。
ああ。ああ……。
けれども落ち込む暇もなく、わたしたちを取り囲むように布陣したアマゾネスたちが一斉に飛びかかってきました。空から半分、足もとを滑るように半分。
刃が風を斬り裂き、わたしたちの足もとと頸に同時に迫ります。
「跳びます!」
「ああ」
わたしはアデリナを抱えたまま真上へと高く跳躍して、間一髪でそれらを躱します。
「――雷槍!」
アデリナが人差し指と中指を揃えて、空で勢いよく振り下ろしました。
パリッ、と小さな音が響いた直後、雷轟とともに雷の槍が発生し、わたしたちの直下で折り重なったアマゾネス十数名の中心に落ちました。
「ぎうっ!」
「あぁ……ッ」
「があっ!?」
「か――ッ」
雷槍は地面を伝って彼女らを感電させ、その場に沈めます。
わたしは着地と同時にアデリナを突き放し、飛びかかってきたリザードマンの戦士を叩き伏せ、けれどもガル・ガディアの大斧の一撃をキラキラ☆モーニングスターで受け流し切れず、勢いに押されて背後に転がりました。
「……ッ」
「後ろだ蓮華!」
地面から掬い上げる軌道で戦斧を振り上げた赤髪ねーさんの腕を狙って、アデリナが大地の剣を放ちますが、赤髪ねーさんは片手に持った戦斧の刃でそれを防ぎながら、もう片方の斧をわたしへと振り下ろしました。
「死ッッッねぇぇぇ!」
わたしは背中を地面につけたまま右脚で刃の腹を蹴って軌道を逸らせ、転がりながら跳ね起きます。
「大丈――く!」
「ぬんッ!!」
けれど両足を地面につけるよりも早くガル・ガディアの大斧が迫り、苦し紛れにキラキラ☆モーニングスターの柄で受けてしまいました。
「く……っ、きゃあ!」
ぐんと全身ごと勢いで持って行かれてしまい、再び大きく吹っ飛ばされて土を巻き上げながら転がり、それでも片手で地面を叩いて跳ね起きて、編み上げブーツで大地を掻いて滑ります。
「痛たた……」
戦闘用の魔法少女装束でなければ、さすがにダメージのあった攻撃です。
変身していてよかった。擦り傷で済みました。
「呆けるな蓮華!」
「はい!」
わたしを取り囲むように追撃に出ていたリザードマンの群れの一角へと、アデリナの炎槌が叩きつけられます。
爆光、爆音とともにリザードマンたちが吹っ飛ばされ、わたしはあえて爆煙の中へと潜り込んで包囲網を脱し、アデリナの隣へと滑り込みました。
わたしへの追撃のため、そろって追いかけてきていたリザードマンの集団へと、いつの間にか胸鎧の裡側からナイフを取り出していたアデリナが叫びます。
「――光波一閃!」
銀閃。ナイフを左から右へと薙ぎ払った瞬間、生み出された大きな光の刃が数十体ものリザードマンを勢いよく後方に吹っ飛ばしました。
この何ヶ月かで、わたしたちの動きも変わってきています。
もともと、わたしの怪力とアデリナの魔力をそれぞれ使って戦ってきましたが、ここ何ヶ月かの敗北から学んだのです。
頑丈な肉体を持つわたしは相手を倒すよりも誘導する役に徹し、敵をうまくまとめ上げたところで、とんでもない威力を秘めているアデリナの魔法で一気に薙ぎ払うほうが安全且つ手っ取り早い、と。
毒竜をやっつけた戦法です。
赤髪ねーさんとガル・ガディアの顔色が少し変わったように見えます。
だってわたしたちは、すでに半数近くのアマゾネスとリザードマンを気絶させたから。動いている個体も、ほとんど無傷ではありません。
わたしがわざと目を惹くように派手に逃げ回っている間も、アデリナはせっせと魔法で減らしてくれていましたから。目立たないように、ひっそりと。
わたしたちは、弱い。
七英雄やその騎竜たち、そして黑竜と比べたってそれほど強くはありません。けれども、二人がそろっていれば別。
わたしたちは二人で一人なのです。
けれど。なのに。彼らは。
わたしは祈るような気持ちで、赤髪ねーさんとガル・ガディアへと向けて言い放ちました。
「まだ、やりますか?」
けれども、なのに、彼らは言うのです。それが極当然のように。力強く。
覚悟を決めた瞳で。
「おチビ。おまえ、ボクの口上がただの脅しだとでも思っているのか?」
「我らは息絶えるまで戦う。たとえ最後の一体になろうとも。それが魔王の盾の役割ゆえ」
腕や足が折れ、倒れ伏していたリザードマンたちが、全身を震わせながら立ち上がります。
身体はもうぼろぼろなのに、闘気に衰えはありません。近く、筋肉を電流で凝固させただけのアマゾネスたちも立ち上がるでしょう。
よくない状況。とても、よくない。
「止めたきゃボクらを殺せ――ッ」
赤髪ねーさんがスカートを躍らせ、飛びかかり様に右手の斧を打ち下ろします。
「がああぁっ」
「こンの――分からず屋!」
わたしはそれをキラキラ☆モーニングスターで力任せに打ち返し、左手の斧を蹴り上げて軌道を逸らせました。
赤髪ねーさんの頸をつかむべく伸ばした腕に、しかし武器を失ったリザードマンの戦士が噛みつきます。まるで知性のない獣のように、うなり声を上げながら。
「ふざけるな……ッ、人間……ッ」
「~~ッ」
追撃を防ぐようにアデリナが炎の壁を作っても、彼らは火傷などまるで気にした様子もなく平気な顔で踏み込んできて。
わたしは腕に噛みついたリザードマンを自分の肉ごと強引に引き剥がし、迫り来るアマゾネスとリザードマンたちへと向けてぶん投げました。
「このぉ!」
爆発でもしたかのように数体を巻き込んで跳ね上がったリザードマンを跳躍で越えて、その後方からアマゾネスとリザードマンの戦士の集団が、津波となって飛びかかってきます。
だめッ、呑まれる――ッ!
「下がれ、蓮華! ――風刃!」
とっさにバックステップをした瞬間、強烈な突風とともに発生した鎌鼬が、アマゾネスやリザードマンたちを大きく後退させました。
鱗で守られたリザードマン族はともかく、ディアンドルのような民族衣装のアマゾネスたちは身を斬り裂かれてその場に転がります。
「う……ぐ……っ」
「ああ……っ」
「くあ……」
アマゾネスたちは苦悶に顔を歪め、傷口から流れ出る血を必死で手で押さえていました。
それでも、立ち上がって。斧を握って。
なんで――ッ!
ガル・ガディアの大斧を後方宙返りで躱し、わたしはその脇腹へと両手持ちしたキラキラ☆モーニングスターを叩きつけます。
どごんっ、と音がして、ガル・ガディアの巨体が曲がりました。破裂した肉が血飛沫を上げ、苦悶の表情を覗かせても、それでもガル・ガディアはわたしへと大斧を薙ぎ払います。
――どうして、こんな!
側方から迫るアマゾネスの斧を躱すと同時に、肩で鳩尾を打って吹っ飛ばし、その背後から喰らいつきにきていたリザードマンの頭部を拳で地面へと叩きつけます。
「はぁ、はぁ、はぁ」
すぐ後方でアマゾネスたちの悲鳴が上がり、炎が弾けました。アデリナの援護でしょうけれど、視線を向ける余裕はありません。
ガル・ガディアの足を狙った薙ぎ払いを跳躍で躱し、その胸部を強く蹴ります。ずどんと音がして仰け反った蜥蜴の王は、鋭く尖った牙の隙間から血を垂らしながらも、わたしの頭部へと斧を叩き下ろします。
「ぐるぁ!」
「……っ」
なんで、そんなになってまで――!
体捌きでそれを躱したわたしの背中を、赤髪ねーさんの斧が狙います。わたしはとっさに足を背面へと上げて赤髪ねーさんの腹を蹴って吹っ飛ばしました。
「ぐう……っ」
「――炎槌!」
その赤髪ねーさんへと向けて、アデリナの炎槌迫ります。
けれども炎色の弾が弾ける寸前、数名のアマゾネスたちが赤髪ねーさんを庇って背中を爆破され、悲鳴を上げる間もなく大地に叩きつけられて転がりました。
――どうして、そこまでするの!?
石盤遺跡の記述を守るために、命を棄てるなんて!
おかしいです、そんなの!
「姉妹たち……」
赤髪ねーさんの形相が変わりました。
「よくも……」
悪鬼のように顔を怒りに赤らめ、わたしに背中を向けてアデリナのほうへと駆け出します。
「魔女めッ! まずはてめえからだッ!」
「させません!」
わたしの横をすり抜けてアデリナを狙った赤髪ねーさんの服の背を指先で引っかけて強引に引き戻し、背後から頸をつかんで。
「かぐ……っ!?」
炎の壁を踏み消して迫っていたガル・ガディアの大斧へと、わたしは赤髪ねーさんの身体を突き出して盾にします。
暴風を巻き起こしながら迫っていた大斧の刃が、赤髪ねーさんの肩口すれすれで止まりました。
「馬鹿! 何してる、ガル! どうしてボクごと殺らな――!」
赤髪ねーさんの言葉が止まりました。
ガル・ガディアはすでに、わたしたちのほうを見てはいませんでした。
背後。わたしの背後。二本の指を揃えて魔法を放とうとしていたアデリナの、もっともっと背後。
ぞわっと、背筋が凍りました。
気づかなかった。こんなに接近されるまで。あのときと同じように。
あまりに静かな殺気は、アマゾネスやリザードマンたちの激しい闘気と殺気に隠されて。
「やれやれ。ずいぶんとまァ、手ひどくやられっちまったもんだねェ? ええ、おい? ガル・ガディアよぅ?」
ああ、声!
この声!
「てめえはまだまだ、兄貴にゃ及ばねえなァ」
「……面目次第もございません」
「いいさ。生きてりゃな」
ガル・ガディアがわたしの目の前で。すぐ目の前で、片膝をつきます。
わたしではなく、アデリナでもなく。
その背後にいる声の主に、蜥蜴の頭を垂れて。
「ったく、ぼろぼろンなりやがって。――ファムウ、生きてるかあ?」
「あったりまえっすよ! 生きてるぜ、魔王様! 正直言って死にそうだったけどさ!」
赤髪ねーさんがわたしに頸をつかまれたまま、言葉を返します。
魔王――!
わたしは長い黒髪を振って勢いよく振り返ります。アデリナは落ち着いた様子でゆっくりと。
「やっぱり嬢ちゃんたちかい。忠告はしたぜ? 石盤遺跡に近づくなってな」
魔王はあいかわらずのざんばら頭に手を入れて、ぼりぼりと掻いていました。腰には例の日本刀が差されています。
「言えた義理じゃあねえんだが、ファムウを放してやっちゃあくんねえかい?」
わたしは上擦りそうな声を、どうにか下げて絞り出しました。
「…………そちらの出方次第です」
「出方次第だあ? おれぁこれでもずいぶんと譲歩してるつもりなんだがねェ?」
ぎらりと、その瞳が輝きました。わたしは無意識に後退し、生唾を飲み下します。
気圧されるのです。どうしても。
アデリナが眉を顰めて尋ねます。
「シルバースノウリリィの姿が見えない」
「察しがいいね。気の毒に、よすぎるくらいだぜ、おまえさん。リリィならちょいと野暮用だ。珍しい竜が見つかってなァ」
空を、指さして。
その言葉が何を表しているのか、わからないほどわたしもバカではありません。
「蓮華、放してやれ」
「……はい……」
わたしは赤髪ねーさん――ファムウさんの頸から手を放しました。
ガル・ガディアは片膝をついたまま身じろぎ一つしません。ファムウさんにも、動き出しそうな気配はもうありませんでした。
草原を滑る風の音だけが流れる、静かな時間でした。
しばらくして魔王は、日本刀の鍔を親指で弾いて少し浮かせ、鞘口を鳴らし始めます。
きん、きん、と。何度も、何度も。
わたしにはその音が怖いです。
「ふぅむ。やっぱあれにのってきたのぁ、おまえさんたちかい。鎧竜はなかなかいい騎竜だが、うちの銀竜を相手するにゃあ、ちと飛翔速度が遅すぎる。……保護させてもらったぜェ」
「ナ、ナマニクさんを解放してください! ファムウさんはお返ししたんですから!」
魔王がきょとんとした表情で、眉根を寄せます。
「ナマニク? あ? ああ!? お、おまえさん、ま、まさか……竜を喰うつもりかよ!?」
「そんなわけないでしょうが!」
何言ってんだ、こいつ……。
交換日記[アデリナ・リオカルト]
蓮華になんて言えばいいんだ……。
おまえは生涯、ただの怪力娘だ?




