第96話 女剣士はすり抜ける
交換日記[筋肉神]
自ら身を投げるとは、あっぱれなり、変態どM女騎士よ!
今日からおまえのお乳は大胸筋だッ!
心臓が痛いほどに高鳴っていました。
アデリナがわたしの背後で、ナマニクさんに命じます。
「ナマニク、ハルピア族が追ってきたら空で攪乱しろ」
――グアァ?
ナマニクさんが長い首を傾けます。
ああ、またいつもの……。ナマニクさんの理解力は、いつになったら上がるの……。
「……オーケー、わかった。適当にそこらへんを飛んでろ。ハルピアどもはおまえと遊びたがっている。追いかけっこだ。わかるな? 捕まるなよ?」
――ガァガァ。
ナマニクさんは巨大な翼を広げて空をつかむと、砂を大量に巻き上げながら青空へと一気に舞い上がり、雲の隙間へと潜り込んでいきました。
太陽に手をかざしてアデリナが呟きます。
「達者に飛ぶようになったな、あいつ」
「ほんと。墜落したり崖に激突しまくってた頃とは大違いですね」
「ああ。よく生きてたもんだ」
「……鎧竜でよかったですね」
古竜ならばいざ知らず、ワイバーンだったら間違いなく頭なんてとっくに潰れてたと思います。まあ、ある意味もう潰れてるも同然の知能なのですけれども。
どうでもいい話を少しだけして、わたしは振り返ります。
黒曜石のような色をした環状列石に囲まれた、その中心に建つ、黒の石盤遺跡と思しき直方体の碑石へと。
そしてその前に立つ、石の鎧をまとった蜥蜴男の群れと、女性しかいない戦闘民族アマゾネス族の集団を。
総勢およそ二〇〇といったところでしょうか。
「まあ、そりゃそうか。見張りがいないわけがない。ハルピア族は国境警備の哨戒が任務だ。遺跡の警護を兼任しているわけがない」
「ですね」
リザードマンたちはすでに殺気立っています。
凶悪に反った大曲剣を抜いて、冷たい爬虫類の瞳をわたしたちへと向けて。
うち一体は、ずば抜けた巨体を持っていました。肩に担ぐ戦斧がすでに、他の個体と同等の大きさを持っています。それに、肉体も傷だらけ。鱗は剥がれ落ち、片目は傷で塞がれていました。
歴戦の強者といったところでしょうか。
アマゾネス族は以前アルタイル前で戦った人たちと同じ、ふりふりのついた鮮やかな赤や青で彩られた幅の広いスカートと、シンプルなブラウスを着ています。
もっとも、担がれた斧の大きさはリザードマンの持つ大曲剣より上なのですが。
「ヤーハー! 久しぶりだね、お馬鹿ちゃんたち! アルタイルであれほど忠告してあげたのに、石盤遺跡にまでやってきてしまうとは驚きだ! ほんっと馬鹿だね!」
その声に視線を向けると、アルタイルでとっちめた赤髪ねーさんとその愉快な姉妹たちが、ちょっと脅えた視線でこちらを見ていました。
いえ、赤髪ねーさんだけは、そうでもなさそうです。
わたしはにこやかに返します。
「写本には近づくなと忠告されたので、原本を読みにきただけですよ。どうせ写本はもう一冊もレアルガルドには残ってないのでしょう?」
ナマニクさんが騎竜となるよりずっと早く、回収を魔王自らが古竜にのって動いていたくらいです。
リリフレイアかアリアーナが守ってでもいない限りは、とっくの昔にアルタイルの断章と同じく焚書済みでしょう。
もしかしたら、その所有者の命も、もう。
「ご名答! 残り二冊は焼き捨てたァァ! もう写本はこの世に存在しないのさ!」
「でしょうね。だからここまできたんですよ。艱難辛苦をこえて、遙々と」
赤髪ねーさんは不敵に笑います。
「その鼻息ッ、殺り合うのが楽しみになってくる! 道中様々あっただろうに、さぁ~すがは魔王様と同じ戦闘民族だァっ!」
相も変わらず、高いテンションです。変なお薬でもキメているのかしら。
背中に背負った戦斧は二振り。彼女はそれを外して、左右の手に持って。
「そんなものを振り回すような生粋の戦闘民族に言われたくないです。そもそも、わたしたち日本人は平和を愛してのほほんと島国で暮らしている農耕民族ですからね」
「うはっ、うっそこっけーっ! 馬鹿力の馬鹿筋肉のくせに!」
失礼な……。本当なのにィ……。
「騙されんなよぉ、妹たちィ! でっけえ剣を担いでるほうが魔法使いで、こっちのちっせえほうが正真正銘のバッケモンだぁ! いっひひひひひ!」
何がおかしいのか、赤髪ねーさんが腹を抱えて大爆笑します。
こんにゃろう、前は見逃して差し上げたのに、人を筋肉扱いするなんて。
わたしが反論するより先に、アデリナが尋ねました。
「で、どうするんだ? 戦るのか? 雁首揃えたって、あたしたちに勝てないのは、アルタイルで思い知ったんじゃなかったのか?」
赤髪ねーさんが両手をコルセットで絞った細い腰にあて、前屈みで挑発的な視線を向けてきます。
なんですか? その大きくて柔らかそうな大胸筋は自慢ですか? あてつけですか?
「おや? おやおやあ? 一〇〇のアマゾネスと一〇〇のリザードマンを相手に、ずいぶんと大口を叩くじゃあないか?」
「笑わせる。三〇〇万の竜人を相手にした後じゃ、ずいぶんと物足りない」
「アハハッ、魔法使いのお嬢ちゃん! そいつはなんの冗談だい? いひひひ!」
冗談ではなかったんですけどね。そうだったらどんなにかよかったか。
カダスの悲劇のときは、甚五郎さんがいなければ死んでいましたから。あの日に比べれば、何ほどのこともありません。
この程度の数。殺さなくても勝てるでしょう。問題なく。
わたしたちは一度、地獄を見てきたんです。
「蓮華、時間の無駄だ」
「そうですね」
わたしは肉体から光の粒子を散らしながら、唯一使える魔法「変身」を発動させます。
黒を基調とした白いレースの魔法少女装束に包まれたわたしは、黒金の仮面で瞳を覆って右手を振りました。
ずしっと、腕に重量の負荷がかかります。
久しぶりのキラキラ☆モーニングスターです。
魔王には斬り飛ばされ、毒竜の鱗を破壊できなかった鈍器ですが、刃物を持つ方々を大量に相手するには、あるとないとでは動きが大きく変わってくるのです。
なければ避けるしかなかった攻撃が、あれば受ける、避ける、受け流すと、選択肢が増えるのです。
「手加減はしてあげます。魔王を敵には回したくないから。でも、骨の二・三本くらいは覚悟してくださいね」
わたしは片手でくるくるとキラキラ☆モーニングスターを取り回し、赤髪ねーさんへと星形の棘を向けました。
ぶぉんと風を切る音がして、わたしの周囲で足もとの砂が流れます。
最近あまり出番のなかった武器ですが、やはりしっくりきますね。これを振り回している間は、自分が魔法少女であることを実感できちゃうのです。もうサイコー。
……まあ、事後になったら大体が返り血で濡れそぼっているんで、虚しい気持ちになるんですけどね……。
「では、さっさと始めましょうか」
「ヤーハー! そう慌てなさんな! 正直言おう! ボクはおチビと戦って勝てるとは思っていない! だが、こっちとしても後がない! だから今回はもう逃げない! どんな事態になってもだ!」
「……?」
赤髪ねーさんの顔つきが変化します。
ふざけた笑いを貼り付けていた顔が急激に表情を失い、抑揚のない声で。
「……石盤遺跡を置いて逃げることは、旧アラドニアに生きた人間どもと同じところにまで、ボクらの身を堕とすことに等しい。だから何人殺されようが、何体潰されようが、ボクらは退かない。黒の石盤遺跡を破壊できる日がやってくるまで」
ぞわっと全身に悪寒が走ります。
今、あきらかに雰囲気が変わりました。
「言っておくが、それは命と等価ですらない。おチビ、おまえはさっきボクらを殺さないと言ったな。できるか? ボクらはおまえより弱いが、死ぬまで戦うぞ。武器を失ったら腕で、腕を失ったら足で、足を失っても牙で、命を失うまで石盤遺跡を守り続ける。それがボクらの矜持だ」
他のアマゾネスたちが、殺気を放ち始めます。
びりびりと電流が走るように、皮膚が痺れました。
空気が重く苦しいものへと変化します。
「おまえたちが石盤遺跡の碑文を読むことができるのは、ボクら全員の息の根を止めてからだと思えってことさ」
本気で言ってる……。
アマゾネスはもう、誰も脅えていない。死すらも厭わない覚悟を終えたんです。
赤髪ねーさんの言葉で。
「さあて! パーティーの始まりだァっ!! ――楽しくいこうッ、姉妹たちッ!!」
一〇〇名の女傑が背負った斧を同時に外し、少しの乱れもなく一斉に身構えました。
騎士団もかくやというほどの統率力です。
遅れて一〇〇体の蜥蜴人間たちも。
最後に、飛び抜けて大きな肉体を持ったリザードマンが、咆吼を上げます。空間をびりびりと震わせ、音波で木の葉を跳ね飛ばし、さらなる声で。
「――我はリザードマン族が長、魔王の盾ガル・ガディアッ!! 我らが誇りに於いて、何人たりとも黒の石盤遺跡には近づかせぬッ!!」
魔王の盾……!
巨大リザードマン、ガル・ガディアが地響きを立てながら、凄まじい速さでわたしたちへと突進してきました。
「――続けッ!! 勇敢なる戦士たちよッ!!」
武器は大斧。アマゾネスたちの斧とは比較にならない大きさです。
……あれは受け止めないほうがよさそうですね。
わたしはその場から退避させるべく、アデリナに声をかけます。
「アデリ――?」
ですが、アデリナは虚ろな瞳で、呆然と虚空を眺めていました。
額から滲み出る汗が頬を伝っても、ガル・ガディアの大斧が眼前に迫っても、まるで視力を失ったかのようになんの反応も示さず、その場に突っ立っていて。
「アデリナごめん!」
わたしは後退直後に大あわてで地面を蹴って、アデリナの胸鎧の背中をかろうじてキラキラ☆モーニングスターの先っちょに引っかけ、彼女を薙ぎ払います。
アデリナは受け身を取ることもできず、ただ地面に転がって。
その頭部を掠めて、轟と風を巻き込みながらガル・ガディアの大斧が空間を裂きました。
何してんの――ッ!?
遅れて赤髪ねーさんを先頭としたアマゾネス族とリザードマン族の第二陣が、大波となってわたしたちを呑み込みます。
「~~ッ!」
わたしは振り下ろされる斧をキラキラ☆モーニングスターで跳ね上げて、女傑と蜥蜴でできた大波をかいくぐるようにして走り、倒れたままのアデリナを片腕で拾い上げ、とにかく離脱します。
一瞬でも足を止めたらそこで終わりです。
斧は雨のように降り注ぎ、アデリナを庇いながら防ぎ続けるしかない状況では反撃に出ることもできません。
「アデリナ、アデリナ! どうしたの!」
「……」
こたえません。大きく目を見開いたまま。
わたしは追いすがってくるリザードマンの斧が振り下ろされるより早く持ち手の部分を蹴り上げ、アデリナを狙って振り抜かれた別の戦斧をキラキラ☆モーニングスターで受け止め、距離を取るべく後方へと跳びます。
が――!
「どんぴしゃあ!」
赤髪ねーさんの左右に持った二振りの斧が、着地点で待っていました。
「死~ね死ね死ねぇ!」
「~~ッ」
一振り目をキラキラ☆モーニングスターで弾き、二振り目を――!
「もう一回ごめん!」
左腕で抱えたアデリナをあえて刃のほうへと押し出して、背中の特大剣ドラゴンスレイヤー(笑)で受け止めます。
ばぎんっ、と鋭い音が鳴り響いて、アデリナの顔が苦悶に歪みました。
「あぐ……っ」
さすがはドラゴンスレイヤー(笑)、最強の盾です! 魔王の盾、何ほどのものぞ!
でもあんまり使いすぎるとアデリナが壊れちゃうかもしれないので、もうやめておきましょう。
舌打ちをした赤髪ねーさんが慌ててバックステップで逃れます――が、わたしは追いすがり、右腕に持ったキラキラ☆モーニングスターをその肩口を狙って振り下ろします。
「こなくそー!」
ですがキラキラ☆モーニングスターが赤髪ねーさんの腕部を破壊する直前、巨大な斧の刃が割り込んでキラキラ☆モーニングスターが跳ね上げられてしまいました。
「うあ……っ!」
ものすごい力でした。
命を奪わないために全力ではなかったとはいえ、わたしの身体が抱えたアデリナごと大きく仰け反り、背後によろけてしまうくらいには。
――ガル・ガディア!
蜥蜴の王は深く斧を振りかぶり、体勢を崩したままのわたしたちへと追撃を振り下ろします。
あ、だめ。
たぶん、ガル・ガディアの大斧はキラキラ☆モーニングスターでは受け止めきれません。かといってアデリナを盾として使うには、あの大斧が相手ではリスクが高すぎるのです。
ああ。せめて両手が使えたなら。
わたしはきっと刃を挟み込んで止められたでしょう。魔王の盾は力こそあっても、速度は魔王の剣には遠く及ばないのだから。けれども、左手のキラキラ☆モーニングスターは投げ捨てられても、この状況でアデリナを転がすわけにはいきません。
もちろん、ドラスレをもう一度盾にすることだって、リスクが高すぎます。
蹴り――上げる!
迷いは一瞬。けれどわたしが足を上げるより早く、アデリナがわたしの腕の中で暴れて地面に手をつきました。
「――土の牙!」
わたしの足もとから一瞬でせり上がった大量の土は、いくつもの刃となってガル・ガディアの腹部へと突き刺さります。
「ぬぅ!」
けれどもガル・ガディアはわずかによろめいただけでアデリナの魔法をものともせず、土の牙を自前の鱗でへし折りながら強引に大斧を振り下ろしました。
「この――!」
わたしはアデリナの頭を片手で押さえながらそれをかいくぐり、ガル・ガディアの股を転がるように二人して抜けて、その場から大きく退避します。
土の牙がガル・ガディアの大斧を一瞬遅らせてくれたことで、回避が間に合ったのです。
「すまん、蓮華。手間をかけたな」
「何してたんですかっ! アデリナ、死んじゃうところだったんですよ!」
アデリナが端正に整った顔を微かに歪めます。
「おまえな……。あたしを盾にしといてよく言うな……」
うへあっ、バレてーら!
「へ、へへ、すみませんでした」
「いいけど。……遠見の魔法を使っていた」
遠見の魔法……。って……何を視て……。
え……。まさか……。
アデリナは苦い、本当に苦い表情でこう呟きました。
「黒の石盤遺跡に記されていた記述を――読んでいた」
交換日記[七宝蓮華]
メルさんにまで迷惑かけるな、このバカ筋肉!
女を捨てるほどの筋肉はいらないって本人も言ってたでしょうが!




