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第9話 鋭利なる鈍器のような魔法の杖

交換日記(筋肉神)


サイクロプスゥ? 見せかけの筋肉に惑わされるな。

おまえが……おまえこそが……真の筋肉だ……。

 建物の屋根から建物の屋根へと飛び移り、わたしは脚力に任せてさらに空を走ります。

 眼下の地面には、パニックを起こしながら避難するシーレファイスの民が見えますが、今はかまっていられる状況ではありません。

 轟音と衝撃。一際大きな空気の波が前方から、空駆けるわたしの身体へと叩きつけられました。


「~~ッ」


 遅れて飛来する大理石の欠片。ううん、欠片というには、あまりに大きく。

 走る男の子、影に呑まれて。見上げて立ち止まってしまって。


「――!」


 わたしは建物の屋上を右方向に蹴って身を翻し、黒と白の魔法少女装束のスカートを跳ね上げながら、自身の倍はあろうかという大理石の瓦礫へと後ろ回し蹴りを放ちました。


「ぃよっしゃ~い!」


 いくら怪力だといっても、地に足がついていない状態で放った一撃では重さに限度があります。粉々に粉砕してやるつもりでしたが、さすがにままなりません。

 わたしは大理石の瓦礫の勢いに跳ねられ、メノウの埋め込まれたシーレファイスの地面に頭から叩きつけられました。


「ぅだ!?」


 ごっ、という衝撃とともに跳ね上がり、顔面から落ちてまた跳ね上がり――、


「にゃッ!」


 前後不覚の状態で背中から叩きつけられ――、


「あんっ!」


 無様に投げ出されて転がりました。

 足音がして、すぐさま男の子が駆け寄ってきます。

 よかった。どうやら無事だったようです。かろうじて瓦礫の落下軌道を変えてやることには成功したようで。


「お、おねえちゃん……! ぼ、ぼくをたすけるために……!」

「はいはい」


 むくり、と起き上がりました。


「ひぃぃ!?」

「ひぃぃってなんですか……。人をゾンビを見るみたいな目で……」


 少々痛みますが、擦り傷程度のもの。

 こういうときだけはこの異常に頑丈な恵まれた肉体に感謝です。


「い、生きてる……の……?」

「ええ。この通りぴんぴんしてますよ」


 ガッツポーズ。あ、だめ。上腕二頭筋が出ちゃう。恥ずかし乙女。

 もっとも、魔法さえ使えたならこんな無様にではなく、もっとかっちょよく、素早い風に乗って男の子をお姫様抱っこでスルリっとかっ攫って「大丈夫かい?」とかキザに言って差し上げられたのですが。


 唖然呆然の男の子を余所に、わたしは砂埃を払いながら立ち上がりました。

 シーレファイスの防壁は、すでに破られたようです。たぶん、さっきの一際大きな轟音と衝撃のときにでしょう。

 サイクロプスはもう街の中に入っていて、足もとの建造物を意味もなく破壊し始めていました。


 急がなければ。アリッサさんのお店が粉砕されては、おいしいパンが食べられなくなります。

 あの巨大ハゲ角どもめ、わたしの食欲の前に立ちはだかるとは、いい度胸です。

 首を左右に倒して骨を鳴らし、両手を合わせて手首を回します。


「キミ、一人で走れる?」

「あ、う、うん。平気だよ」

「ん。じゃあ、王城に避難して。そこまで行くのが怖かったら、冒険者ギルドのドアを叩くの。中にいる眼鏡がなんとかしてくれるから。ね?」


 メガネーサンは危険区域にいるにもかかわらず、未だ避難していません。おそらく何かしらの避難経路を確保しているのでしょう。


「わかった」

「では、わたしはサイクロプスをギッタンギタンのグチャミソに殴ってきますね」

「うん! 頑張って! 闘士様!」


 地面を蹴るべく膝を曲げていたわたしは、その言葉に膝をもう一度伸ばしました。


「魔法使いです」

「え? でもさっき瓦礫を蹴ってた……」

「魔法少女なんですよ、これでも」


 わたしは誇らしげにキラキラ☆モーニングスターを掲げます。


「ほら、可愛い魔法のステッキ。あ、レアルガルドでは(ワンド)って言うのでしたっけ? ね、持ってます」

「え」


 男の子の視線は、わたしの右手にあるキラキラ☆モーニングスターに注がれています。


「それ、モーニングスターだよね? アリアーナの聖堂騎士様が持ってる鈍器の……」


 ……!?

 真顔で見つめ合い、沈黙の時間が流れました。


「違いますよ。キラキラ☆モーニングスターです。星形の先っちょはたしかにバールのようにとても鋭利ですが、ほら、その下を見て? ここにパステルカラーの可愛いリボンがついてるでしょう?」

「……固まった血もついてるよ? 殴ってるんだよね、これで?」


 ああ、なんという純粋な瞳なのでしょう。


「……」

「……」


 心が折れてしまいそうです。

 どがん、と大きな音と震動が響き、防壁際の建物が砂煙とともに地に沈みました。

 こんなことをしている場合ではありません。

 わたしは深呼吸を一つして、謎の笑顔で男の子に力強くうなずきました。


「魔法少女七宝蓮華、行ってきます!」

「い、行ってらっしゃい! と、魔、闘……と……、ま……魔法使い様!」


 幼いのに察してくださいました。くぅ~、泣ける。

 彼の足音が遠ざかるのを確認してから、わたしは走り出します。もはやこの辺り一帯に人影はありません。


 いえ、たった二人だけ。

 シーレファイスに侵入したサイクロプスが、すぐに避難する人々を追わない理由がわかりました。冒険者ギルドから走り出た、二人の冒険者です。彼らがサイクロプスの気を惹き、足止めしていたのです。

 その命を懸けて――!


 ざわり、と血が騒ぎました。血管を押し広げ、熱く、熱く。

 たしか、名前は。

 メガネーサンが読んでいた名を思い出します。


「ゼグルさん、アシドルさん!」


 わたしはメノウの埋め込まれた美しいストリートを蹴る勢いそのままに、遙か頭上を見上げなければならないほどの巨人へと走りながら叫びます。

 剣を持つ、二人の剣士に。


「加勢します!」


 風を切り、空間を切り、歯を食いしばり、わたしは――鈍器のようなものでもあり、鋭利な刃物のようでもあるキラキラ☆モーニングスターの先っちょで地面を引っ掻きながら疾走しました。


「む~~~~!」


 勢いをつけて反時計回りに三回転。両手で持ったキラキラ☆モーニングスターを、サイクロプスの左足首へと叩きつけます。


「ぁえいっさあっ!!」


 鈍い破裂音。皮膚を斬り裂き肉を叩き潰し、骨や血管を粉砕して、キラキラ☆モーニングスターはサイクロプスの(くるぶし)から飛び出しました。


 ――ガギィィァァァァ!?


 耳をつんざく悲鳴。ぶつりと千切れて弾け飛ぶ足首。

 骨片や肉片、血液をそこら中に撒き散らし。


 巨体。建造物よりもさらに大きな、七メートルはあろうかという単眼の巨体が前後に揺らぎ、シーレファイスの大地へと仰向けに倒れました。

 わたしはすかさず跳躍し、大上段にかまえたキラキラ☆モーニングスターを大きな大きな単眼を目掛けて、力一杯振り下ろしました。


「よいっっっしょぉぉ!」


 骨を砕く音など聞こえません。ただただ、爆砕音。一瞬の後にはサイクロプスの頭部は様々な破片や肉片と化し、頭の中のお味噌ごと飛び散っていました。

 わたしはキラキラ☆モーニングスターに付着した肉片を振って払って、目を見張ります。


「――っ!?」


 あああぁぁぁぁっ、メノウの道がああぁぁぁぁ!

 サイクロプスの頭部があった部分。埋め込まれたメノウごと、道がかなり抉れてクレーターのようになっていました。

 じんわりと、冷たい汗が滲み出ます。


 ど、どうしましょう……。

 だって、お高いんでしょう? 二十一円で足りますか?


 ゼグルさんとアシドルさんは、気の抜けた顔で口をぽかんと開けたまま、細腕の小娘の一撃ごときで不思議と大きく抉れてしまった地面を見ています。

 ほんの一瞬、この人たちの口さえ塞いでしまえば……という邪念が鎌首をもたげましたが、さすがにそれはやめておきました。一応正義の味方なので。

 やれやれ。こうなっては仕方がありませんね。ここは覚悟を決めて。


「ま、まま魔法少女、七宝蓮華参上っ! えいっ☆」


 片足立ちでウィンクをしながら横ピースで目もとを覆うという、極めて適当で恥ずかしいポージングとかつけたりして、勢いで誤魔化そうと試みました。

 ですが彼らはわたしを一切見ずに、モース硬度が0か1くらいしかないと思われる柔らか道路の穴を眺めています。

 どうやら彼らは謎の魔法少女の参上よりも、道に空いた穴が気になるようです。


 わたしは人知れず、そっとポージングを解きました……。

 なんかもう余計に恥ずかしい……。乙女涙目……。


「あ、あの。違うんです。これはたぶん、サイクロプスが転んだときに割れたんだと思う……の……」


 冷や汗を掻きながらわたしは思いました。

 もう逃げようかしら……。




交換日記(七宝蓮華)


違う。

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