第88話 その姫騎士はヤンデレる
交換日記[筋肉神]
娘、ちょっと言い過ぎだと思いまっする……(´・ω・`)
その空間はまるで遙か高所にそびえる冬の霊峰のように、険しく張り詰めていました。
わたしたちが間借りしたアリアーナ神殿塔の一室の、ちょうど階層を三つほど上に上がった部屋です。
そこにはお人形さんのような銀髪のとっても可愛らしいお嬢さんと、レーゼ様をもっともっと艶っぽくしたような黒髪褐色肌の美しいおねえさんが互いに背中を向け合って、それぞれソファとテーブルに座っていらっしゃいました。
剣呑。雰囲気はとっても剣呑です。
レーゼ様のお話では、お二人とも甚五郎さんのお連れ様とのことです。
しかし驚きましたね。あの人、ハゲの分際でこんな美少女と美人を同時に連れ歩いていたんだって。だって、どう見ても血のつながりらしきものはありません。体躯、筋肉的にも、頭髪的にも。
ノックとドアを開けた音でわたしとアデリナの存在にちゃんと気がついているはずなのに、こっちに視線さえ向けてくれません。
喧嘩中だったのかしら――。
わたしはアデリナと目を見合わせてから、恐る恐る声をかけてみました。
「あ、あのう――」
無言で、ぎょるん、と勢いよく銀髪を揺らしてお嬢さんが振り返りました。直角に傾けながら。
「ひ……」
「今、取り込み中です」
ぎょるん、と首が元通りに戻ります。
ラ、ランドルフさんの同類かしら。この方の目は、もっともっと病んでますが。
わたしはアデリナを見上げて尋ねました。
「……後にしますか?」
「あたしはどっちでも。おまえが受け取った言伝だ。内容は知らんが、緊急性がないなら別にいいんじゃないかとしか言いようがない」
そうでした。あのときアデリナは一人、カダス城謁見の間から去っていたのです。
出直そうとしてふと気づくと、黒髪褐色肌のおねえさんがわたしに視線を向けて、人差し指をちょいちょいと動かしていました。
わたしは少し首を傾げてから、躊躇いつつ近づきます。
するとおねえさんは、蕩けるような甘い笑顔で艶やかな唇を開きました。
「ごめんねぇ? あの子今、拗ねちゃってるから」
わざと! 聞こえる声で! 絶対あのお嬢さんに聞こえてるし! てか睨んでますし!
ていうか、なんかこの人、綺麗を通り越してもはやエロいです。
アデリナよりも大きな胸は組んだ両腕で柔らかに形を変えていて、前開きのスカートからは太ももも露わに、長く健康的な脚を組んでいます。
容姿だけではなく、声や言葉からしてもう艶っぽい。匂いもなんだかこれまで嗅いだことのないもので、鼻腔を素通りして脳に直接作用するような、なんだか、まろぉ~んとした感じでもうわたしは何を言っているのでしょうか……。
とにかく、頭がくらくらするのです。
あちらのお嬢さんも清廉でとっても可愛らしい方なのですが、いかんせん完成度といいますか、熟成されたものがない分、すこぶる相手が悪そうです。
……もしかしたら、わたしとアデリナも他人から見ればそんなふうに見られているのかもしれませんが~……。
「で、言伝って何? ジンさん?」
ジンさん……。
「あ、そう、そうです。甚五郎さんから言伝を受け取ってきました」
その瞬間です。アデリナがわたしの肩に腕を回して、ぐっと自らに引き寄せたのは。直後、びゅうと暴風が吹き荒びました。
「きゃあっ」
神殿塔――この部屋の窓は、閉じられているのにです。
緑色の風。それは魔法の風でした。
髪を暴風に持って行かれて押さえると同時、目を開いたわたしの眼前数センチ先から、銀髪のお嬢さんが大きな瞳でわたしを観察するように覗き込んでいました。
「~~っ!?」
びっくりして、心臓が跳ね上がりました。
人智を超えた速さ。この人、グラノスさん並に速いです。
心臓が早鐘のように打ちます。ですがお嬢さんは、貧相なお胸の前でぱん、と手を合わせると、可愛らしく首を傾げて微笑んでいました。
「まあ、そうでしたか! ジンサマからの言伝を、わたくしに持ってきてくださったんですね! それは失礼いたしました!」
態度! おい!
ですがその直後、再び瞳が濁り、病んだものへと変質します。
ぎぎぎっと首を直角に傾けて。
「ところで、あなた」
「は、はい?」
今度は逆方向に、首がぎぎぎっと倒れました。
こ、怖い。
「あなたはジンサマとどういったご関係ですか?」
ぞわ、と背筋が凍りました。殺気がチラチラ漏れ出しています。
さっきは魔素の動きでアデリナが動いてくれましたが、今度は無反応。ということは、このお嬢さんはただの魔法使いではなく、魔法剣士なのでしょう。
部屋の隅の壁には、細剣と双刀が立てかけられています。
わたしはどうにか愛想笑いを浮かべて、かろうじてこたえました。
「え、ええ……か、関係も何も……わ、わたしたちはただ助けられただけで……」
「助けられて惚れてしまった、……なぁ~んてことは……あ・り・ま・せ・ん・よ・ね……?」
えー……。なんなの、この質問。
しかも語尾に近づくにつれて、声が低くなってましたし。
「よくいるんですよねぇ、そういう変態性を秘めた女が……ふ、ふふ、ふふふ、あのリリフレイアの女騎士にも、いつか消えていただかないとですね……」
言葉に詰まったわたしの横で、アデリナが長い青髪を振って自信満々に言い放ちました。
「安心しろ。蓮華に限ってそれはあり得ん。考えてもみろ。そもそもあの男はハゲている上に超絶キモ筋肉だぞ」
あば!? あばばばばばばっ!?
アデリナは空気を読まずに地雷を踏みます。
「この七宝蓮華というやつは、何よりもあのような気持ちの悪い筋肉を嫌悪している。貧相な頭皮のことはどう思ってるか知らんがな」
ちょ~~~~~っ! 怒られますって!
容赦なく踏み砕きます。
「間違ってもあのようなハゲに惚れることだけはあるまい。どこぞのお人好しの聖堂騎士ならばともかくな」
ひぃぃ! もうやめてぇぇぇ! なんでここでグラノスさんの名前が出るのぉぉぉ!
むしろ踏み抜きました。足を地雷ごと地面まで貫通させて。こうなるともう、地雷といえども爆発どころではありません。
気づけばお嬢さんとおねえさん、そしてわたしの視線は、アデリナへと注がれていました。
それを真正面から受け止めたアデリナが、左右の眉の高さを変えます。
「? なんだ?」
数秒間の沈黙が訪れました。
その直後です。お嬢さんとおねえさんが同時に噴き出したのは。
「ぷっ、ぶはっ、あはっ、あはははははははっ! やーだもう! そんなにハゲハゲ言ったら、ジンサマ泣いちゃうじゃないですかぁ! やめてあげてくださいよぉ! まだ毛一本は生き残ってるんですからぁ! ぷあっははははっ!!」
「ぷ、ぷく、ぷぶふぉぉ~~~~~~~~~っ! グ、グロくて気持ち悪い筋肉は別に言っても、ぷくっ、いいけど、ぷふっ、ハゲは言っちゃだめよ? ぷく、くく、ふぁぁぁぁ~~~~っ! ひぃぃ~~~ふぁぁぁぁ~~~~っ!!」
お嬢さんはお腹を抱え身体を丸めて爆笑し、おねえさんは組んだ脚をバシバシと自分の手で叩きながら引き笑いをしています。
うっわぁ、甚五郎さんってそういう扱いなんだ……。七英雄なのに……。
なんにせよ、雰囲気が少し弛んでくれたのは幸いです。空気を読まないアデリナには感謝しなければなりませんね。
「あ、えっと、わたし、七宝蓮華と申します。こっちはシーレファイスのお姫様でアデリナ・リオカルトです」
おねえさんが機嫌の良さそうな顔でうなずきました。お姫様、という言葉にまるっきり驚く様子もなく。
「ああ、はいはい。あたしはアイリア・メイゼス。こっちはレアルガルド大陸から海を越えて東方に位置するシャナウェルって国のお姫様で、シャルロット・リーンよ」
「シャーリーとお呼びくださいませ」
先ほどまでが嘘のように、シャーリーさんがぺこりと頭を下げます。
ほんとうに可愛らしくて、よくできたお人形さんにしか見えません。
「て、シャーリーさんもお姫様なの……!?」
「はい。ですがもう昔の話です。今は見ての通り、ジンサマの逞しい腕に国からさらわれて、あの方の正妻となった身ですから」
正妻っ!? この子、歳いくつ!?
身長はわたしと同じくらい。ついでに胸のサイズも、手足の太さはわたしのほうが、哀しいことに筋肉分だけ少しありますが、顔はあどけないです。
わたしと変わらないように見えるんですがっ! あ、あのハゲ……わたしと同郷だから東京都の条例を知っているくせに……ロ、ロリコンなの……?
このお人形さんのような少女と、あの腐れ筋肉ダルマの夜の性活を脳裏に浮かべると、ぞわり、と鳥肌が立ちました。
こ、壊されちゃう!
が。
「嘘おっしゃい」
アイリアさんの冷徹なつっこみに、シャーリーさんが笑顔のまま舌打ちをしました。
ええ……どっちなの~……。……態度悪いなぁ、このお姫様……。
アデリナがまたもや空気を読まずに、眉をひそめます。
「シャナウェルの王女はともかく、アイリア・メイゼスの名は知っているぞ。あんた、かつて魔人狩りと呼ばれていなかったか? 海を越えた遙か東方の港湾都市には、人間の、それも女の身で魔人を何体も屠ってきた狂戦士がいると、冒険者ギルドで聞いたんだが。同姓同名か?」
「あら、お恥ずかしい。レアルガルド大陸まで狂戦士なんて悪名が響いていたのね」
「その後、任務中に死んだとも聞いた」
「死んだふりして姿をくらませ、シャナウェル王国の片田舎で女を売っていたのよ。……あの頃はなんだかちょっと……疲れちゃってて」
少しの間、またしても沈黙が訪れます。
アイリアさんと喧嘩中のシャーリーさんや、まるっきり場の空気というものを読まないアデリナでさえ、その発言には押し黙って。
女性にとっては、とってもデリケートなお話だから。
「あれ? あれあれ? ちょっとぉ、黙らないでよ。気を遣わなくてもいいのよ? あたしは全然後悔してないんだから。だってそのおかげでジンさんに出逢えたんだもん。今はこうして彼のそばにいられるんだし」
シャーリーさんがすかさず平べったい胸に手をあてて、朗々と発言します。
「そうですよね! ジンサマと出逢えたんですものね! わたくしの次に! つーぎーに! 出逢えたんですよねー? 次に! 二番目に!」
「うふふ、お馬鹿な仔猫ちゃん。愛に順番は関係ないのよ。選ぶのはジンさんなんだから」
アイリアさんの余裕の笑顔に対して、再び病んだ瞳で口もとをねじ曲げるシャーリーさん。
なんか可愛いです。他人事だけどまぁせいぜい頑張って。
「それで、あなたたちの受け取った言伝って?」
アイリアさんの質問に、わたしはこの部屋を訪れた目的を思い出しました。
「あ。古竜ぶん殴って元気にやってるから心配するな、だそうです」
シャーリーさんとアイリアさんだけではなく、アデリナの目までもが点になりました。
「それだけ?」
「それだけです」
あからさまに肩を落とすお二人。しかし気を取り直したように、アイリアさんが明るく言い放ちました。
「まあ、古竜相手でも簡単に死ぬような人じゃないとは思ってたから、それほど心配はしてなかったけど」
「そうですね。魔人王グリイナレイと比べれば、古竜程度」
……グリイナレイ……グリイナレイ!?
ハッと、アデリナと目を見合わせます。
旧七英雄の一人、魔人姫です。
「あ、あんたたち、まさかグリイナレイと戦ったのかっ!? というか、生きているのか、魔人姫は!」
驚愕するアデリナの質問に、事も無げにシャーリーさんがこたえてくれました。
「ええ。わたくしたちがいた島で、魔人の国を統治していますよ。今も」
「でも、彼女にはさすがに勝てなかったわね。あのときばかりはジンさんを殺されたかと思ったわ」
「うふふ、エリクサーの最後の一瓶がなかったら実際に死んでましたものね。なのにジンサマったら、どうして一滴でも頭皮に塗ってくれなかったのだぁぁぁって生き返った後に号泣してて。ぷ、ぷく、ぷぷ……っ」
「あの発言には笑ったわねえっ」
あはははは、と笑い合って。
なんなの、この人たち……。でも、だとするなら、甚五郎さんの力は旧七英雄にも匹敵するものなのかもしれません……! や、やってることは……プ、プロレスだけど……。
竜人を相手にプロレス技を生き生きとかけまくっていた超絶非常識筋肉ハゲの姿は、今も瞼を閉じれば脳裏に浮かびます。悪夢として。
一抹の不安がぬぐえませんね、あのハゲ勇者。
アイリアさんがにっこり微笑んで口を開きます。
「まあジンさんが無事でいるならいいわ。ありがと、シチホーさん、アデリナさん」
その隣で、シャーリーさんがまたぺこりと可愛らしく頭を下げて。
「感謝します。別任務を承っていなければ、ゼロムゼロムのこともありますし、わたくしたちもカダスへと向かいたかったのですが……レーゼさんが余計な任務を依頼してくるから! ああ、もう! 思い出しても腹が立ちますね、あのタイミング! なぁ~にが魔人盗賊団退治ですかっ! それくらいご自分でやってくださいよって話ですよ! ほんとにあの聖女!」
魔人盗賊団!? 魔人の盗賊団を、この二人だけで退治しちゃったの!?
ああ、でも、それでレーゼ様の疲れた表情の謎が解けました。甚五郎さんのカダス派遣と時期が被っていたから、彼と一緒に行きたかったシャーリーさんに散々八つ当たりされてたんですね。
お気の毒です。心の底から。
「こらこら、ジンさんからも手が足りないからって頼まれたでしょ。レーゼも忙しいんだから、今さら文句言わない。ジンさんが無事だってわかっただけでよしとしましょう」
「アイリアさんはジンサマと離れ離れになっても、愛がジンサマの頭皮くらいうっすぅ~いから別に平気かもしれませんが、わたくしはジンサマなしでは生きられないのです」
「あはっ、あんたの胸よりはあるわよ。愛」
わたしはあらためてお二人を眺めます。また喧嘩腰になっていますが、本当はとっても仲がよいのだと思いました。
そして、どうやら彼女たちは甚五郎さんを取り合いながら旅をしているようです。
何がいいんでしょうね、あのハゲの。まあ、たしかに強くて正義漢に溢れていて優しくて、低く渋い声で囁かれたらすっごく安心させられましたけど。
……。ちょっとだけ……本当に、ほんのちょっとだけは――。
そんなことを考えていると。
「……」
シャーリーさんが首を直角に傾けて澱んだ瞳でこちらを見ていました。
ひぃぃぃ……。こ、心を読めるのかしら……。
「ないないないない! あり得ませんって! ほんと! 筋肉反対! 筋肉きもーい☆」
しゅぅんと、シャーリーさんの首と笑顔が戻ります。
もうなんか怖いわー、この人……。
交換日記[魔法神]
出涸らしではありませんぞ……(´・ω・`)
※3/5
また少し更新頻度が下がるかもしれません。
詳しくは活動報告にて。




