第84話 鎧竜は咆吼する
交換日記[魔法神]
娘……言葉もありませんな。
一発でハッピーな気分になれる不思議な魔法でもお教えしましょうかな?
シーレファイスを旅立ってから、およそ三ヶ月――。
路銀の尽きたわたしたちは、小国の冒険者ギルドで依頼を受けて魔物退治をして食いつなぎ、ようやくこの日を迎えることができました。
大きく落ちる竜の影――。
小柄なわたしはもちろんのこと、モデル体型のアデリナでさえも首を持ち上げて見上げなければならないほどに。
「……ずいぶん育ったなあ、おまえ……」
――ガフゥァァ?
鳴き声がかなり凶暴になってます。見た目もえぐいです。
もちろん我らが鎧竜ナマニクさんです。
今や全長は七メートルを超え、巨大な両翼などは広げれば十五メートルはあるでしょう。頭部は鎧竜独自の角張った強固な兜のような形状の鱗で守られ、肉体を覆う鱗もまた、他の竜など比較にならない異常なまでの分厚さがあります。まるで鉄板を全身に貼り付けているみたいです。
なんというか、かなり凶悪な容姿に育ちました。お母さん鼻が高いです。
ところが、こんなになってもまだまだ甘えん坊なナマニクさんは、よくその兜部分をわたしに擦りつけてきます。猫がするみたいに。
正直、全身を削られる思いで、すっごく痛いのですが。
「ナマニクさん」
――ゴガアアァァ?
視線をわたしに向けて、ナマニクさんが長い首を傾げました。
「わたしたちはそろそろあなたに乗ろうと思います。あなたのような無駄飯喰らいを養っている余裕は、もううちにはありません。クラナス王からのお小遣いも使い切ってしまいましたからね」
「や、こいつ自力で食料調達してる上に、どっちかというと、あたしたちにもよく肉を分けてくれてるぞ。むしろおんぶに抱っこはあたしたちのほうじゃないか?」
あーあー! 聞こえませ~ん!
――ゴフゥァァ?
しめしめ。よくわかっていないようですね。何度も左右に首を傾げています。
やはり古竜に比べれば、数段知能レベルは落ちます。でもお馬鹿な子ほど可愛いです。
「さあ、この母に首をお下げなさい」
――ガゴギオォォ?
「違います。傾げるんじゃありません。下げるんです。こう」
わたしはナマニクさんに見せつけるように、頭を下げてお辞儀をします。もちろん、首から背中まで歩いてのるためです。
「こう。やってごらんなさい」
するとナマニクさんは何を思ったか、戸惑いながら自身の右脚を上げて、わたしの頭にかぎ爪をそっとのせました。
お手。
「……」
――……。
びょお、と風が吹き荒びました。
数秒後、アデリナが肩を震わせます。
「……く……ぷくく、くっくく……っ」
わたしは頭に置かれたナマニクさんのかぎ爪を両手でつかみ、ぽいっと地面に下ろさせました。乱れた髪を直して、ナマニクさんを睨み上げます。
「誰がお手をしろなんて言いました? しかも今のお頭ですし! 次やったらぶん殴りますよ?」
――ガフンッ!? ゴグゥグガギォォォ……。
「言い訳しない!」
――グフゥ……。
しょんぼりと、ナマニクさんが巨大な肩を落とします。ちょうど首が下がったので、わたしはナマニクさんの頭部を踏みつけ、長い首を歩いて背中で立ち止まります。
鎧竜だからでしょうか。鱗がまるで腹筋のシックスパックのように切れていて、思ったよりも座り心地がよさそうです。
鱗と鱗の隙間に足を入れて鱗に腰を下ろせば、そうそう風に煽られて落っこちることもなさそうです。
「ほら、アデリナも」
「うん」
アデリナがわたしと同じく、ナマニクさんの頭に足をかけて首を歩き、
「ぬ、おっと……むむ……のわ、のわーっ!? あだっ!」
途中で足を滑らせて地面に背中から落ちました。
相変わらずの運動神経。歩行速度は速まりましたが、バランス感覚はまだまだ幼児並みですね。
小国で新調したばかりの胸鎧に早くも傷がつき、アデリナがしょんぼりと肩を落としました。
――ガゥグム。
「のわっ!?」
ナマニクさんがアデリナの胸鎧を牙で噛むと、長い首で彼女をそのまま持ち上げて振り返り、背中で待つわたしの隣へとぽとりと落とします。
どうやらナマニクさんにも、ようやくわたしたちの意図が汲めたようです。
さすがは我が騎竜。素晴らしい。
「お、おお。ありがとな、ナマニク」
――ゴギュゥゥ。
騎竜となったナマニクさんは誇らしげに胸を張り、たたんでいた脚を堂々と伸ばします。
「そう、それでいいの。では、アリアーナ神権国家を目指して、北へ!」
「頼んだぞ、ナマニク!」
――ガグゥア!
そうして、のっしのっしと歩き出しました。
「……」
「……」
のっし、のっし。
カダス北の岩場を踏み越えて、小川をじゃばじゃばと渡り、いざアリアーナ神権国家の領域を目指して、たしかな一歩を――って違ぁ~う! なんで歩いてんですか!?
アデリナがじっとりした目をわたしに向けました。
「おまえの教育がだなぁ――」
「だって言葉通じないんですもん」
のっし、のっし。
これじゃわたしがアデリナを背負って走ったほうが数十倍速いです! てか、馬のほうがまだ速いくらいです!
わたしはナマニクさんの首をぺしぺし叩きます。
「ちょっと、ナマニクさん?」
――ゴグゥア?
「違います。飛ぶんです。その図体でしたら、もうできるでしょ?」
――ガァ?
「こう! こうです!」
わたしが両手をばたばたさせて翼を動かすように教えると、ナマニクさんもまた翼ではなく両手をばたばたさせました。
「それ、前にもやったでしょ! まるで成長してませんね!」
――グゥアァァ…………。……! ァァァ、ガアフッ!! ガフガフ!
どうやら思い当たったようです。
ナマニクさんはどしどしと少しの距離を走ると、右脚で踏み切り、ついに翼を広げて空をつかみました。
わたしは右手でアデリナの胸鎧の背中を押さえて、左手で鎧のような鱗を強くつかみます。
「~~っ!?」
「ィィ……!」
直後、前方上空から襲い来るGに、圧し潰されるような感覚――!
う……ああああっ!
その力が収まったとき、瞳を開けたわたしは驚愕します。
空、青く。白い雲が浮いて。
わたしたちは空に包まれていたのです。
轟々と風を切る音を響かせ、ナマニクさんはわたしとアデリナをのせて、大空を滑るように飛んでいました。
鱗につかまりながら下を覗くと、ものすごい速さで地面が流れています。山も、湖も、荒れ地も、何もかもをすっ飛ばして。
すごい風!
「……ご……っ」
「……っ」
わたしやアデリナの長い髪やスカートの裾だけではなく、声さえも後ろに流されて。
アデリナが何かを話しているようですが、わたしの耳には届きません。轟々と鳴る風切り音に、すべての音が流されてしまうのです。
これは困りました。空戦時において意思疎通ができないのは相当なハンデになってしまいます。
ふと思いました。
魔王とシルバースノウリリィさんは、どうやっているのでしょう……? アルタイルでわたしが彼らを追いかけた際、シルバースノウリリィさんは魔王の意志を汲んだかのようにその場に留まり、ホバリングをしていました。
とか考えていると、アデリナが不意に人差し指と中指を揃えて、わたしの全身までカバーするかのように、ぐるりと大きく右手を一周させました。
流されていた髪とスカートの裾が静かに下がり、風が止みます。
「風域結界を張った。これでは寒くてかなわん」
「すご……」
ほんとに万能ですね、この人。ですが、助かりました。
でも、今は――。
空、とっても気持ちよくって。それだけでなんだか満足で。
ああ、いいなあ。空の旅。
アデリナが胸鎧の内側から地図を取り出して呟きます。
「この速さだと、明日にはもうアリアーナ神権国家に到着するな」
ええ、アデリナの見立てでは、徒歩だとまだ一ヶ月ほど先になるはずだったのに。
「すごい。あれ? でもだったら、シーレファイスで三ヶ月過ごしてから旅立っても、数日しか変わらなかったのでは……」
「だろうな。でも、旅は無駄じゃなかっただろ」
その言葉に、ああ、と納得できました。
わたしたちは色んな人に会って、レアルガルドの真実を知った上で、黑竜に挑めるのですから。何も知らずに戦うのとはわけが違います。
悲劇もありましたが、それ以上に楽しかったことや嬉しかったことだって、いっぱいありました。魔法っぽいものもいくつか使えるようになりましたし、アデリナの体力だって三ヶ月前とは見違え――はしないけれど、まあまあ上がったと思います。
うん、無駄じゃない。きっと。全部が未来に繋がってる。
わたしはにっこり笑ってうなずきます。
「そうですね」
「正念場だぞ、蓮華。神竜国家セレスティは放っておいても黑竜戦には必ず動き出す。そういう連中だ。だけどアリアーナ、リリフレイアと魔王は対立中だ。仲良しこよしで肩を並べさせるのは相当難しい。おまえにかかってる。あのハゲ勇者はあてにするんじゃないぞ。あれは保険だ」
二〇〇年前、八人目の英雄だった剣姫ナスターシャはそれを成し遂げました。
だから、わたしも。
「はい。必ず説得してみせます」
「よし、その意気だ」
アデリナが拳を挙げます。わたしは自分の拳をこつんとぶつけました。
少し、笑い合って。
巨大な翼で荒れ狂う風を切りながら、鎧竜はまるでわたしたちの意志を汲んだかのように、雄々しく叫びます。
行きましょう! いざ、アリアーナ神権国家へ!
交換日記[アデリナ・リオカルト]
……おい。
依存性あるだろ、それ。




