第83話 女剣士は振り返る(第六章完)
交換日記[筋肉神]
ハッピィィムキムキバレンタイィィィィィィィン!
娘よ、この美しき筋肉にィィ、渡すべきものがあるであろう!?
ふぅぅぅぅ……サイドチェスト!
∧_ ∧_
(´・ω ・` )  ̄"⌒ヽ
/ ) ヽ' / 、 `、
γ --‐ ' λ. ; !
f 、 ヾ / )
! ノヽ、._, '`"/ _,. '"
|  ̄`ー-`ヽ 〈 < _ ヽ.
!、__,,, l ,\_,ソ ノ
〈'_,/ / /
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アデリナの大魔法。水乙女の矢雨によって、その大部分を倒壊させたカダス城で無事だったのは、本当に謁見の間くらいのものでした。
廊下も部屋もエントランスも、ほとんど形を留めていません。壁は倒壊し、柱は砕け、支えるものを失った屋根は落ちて瓦礫と化しています。
そして、無数に乱立していた黄金像も、当然のように。
「……」
砕かれた黄金像。カダスの民のなれの果て。
きっとこの中には、アデリナのご友人のナナイさんもいたのでしょう……。先に謁見の間を去ったアデリナがこの光景を見てどう思うかなんて、想像に難くありません……。自身の大魔法を、彼女の意志で発動させて招いた結末なのだから……。
わたしを助けるために。
「……大丈夫……かな……」
この結末が黑竜に殺された三〇〇万ものカダスの民にとって幸せなものなのかどうか、甚五郎さんが語ったようにわたしにも判断できません。
いつの間にか、倒壊したカダス城には赤い夕陽が射していました。
人々は死してなお戦士として黑竜に挑むことを臨むのか、それとも安らかなる永遠の眠りを望むのか、どちらだったのでしょう。
きっと、そのどちらにも正解があって、生きているわたしたちにはこたえなんて出せないのだと思います。
わたしは足もとで砕かれた小さな黄金像に跪き、その頭部を撫でました。ひんやりとした冷たい金属の感触しか伝わってきません。
「……ごめんなさい。救えませんでした……」
けれども、あなたたちの無念は必ずわたしたちが晴らすから……。
わたしは倒壊した城門からカダスの街に出て、あてもなく彷徨います。どこに宿屋があるかなんてわからないし、建物自体が無事かどうかだってわからないのだから。
なんとなくすぐに休む気にはなれず、アデリナとの待ち合わせ場所へと向けて歩を進めます。待ち合わせ時間は明日の朝ですから、きっと彼女はいないのだろうけれど。
「お腹空いたな……」
待ち合わせ場所のカダス市場に到着したら、何かしら食べられるものが残っているでしょう。カレーンゴが残っていたら最高なのですが。
黑竜との戦いで無人の廃墟と化した街並みを歩き、公園を抜け、市場に到着したわたしは、そこで意外な人物と遭遇しました。
彼女は瓦礫に腰を下ろし、わたしの姿を見つけると当然のように手を振ってきました。
「アデリナ」
「やっぱり来たか。おまえのことだ。腹が減ったら前日でも市場に戻ってくると思った」
微笑みながらアデリナが、わたしへとカレーンゴを一つ投げてくれました。
「そんな野良犬みたいな……」
囓りつきながら、わたしは彼女の隣へと腰を下ろします。
「……」
「……」
しばらく無言で咀嚼して。
夕暮れ時の空は赤く、崩壊したカダスの街並みを映し出していました。
「パンあります?」
「カビの生えたぱっさぱさのものならいくらでも選んでくれ。店主はいないから食べ放題だ」
「ですよね~……」
冷蔵庫や缶詰のようなものはありませんからね、この世界は。幾分ましなのは貯蔵庫に入っていた萎れた野菜くらいのものでしょう。お魚やお肉は絶望的です。
カレーンゴの色違いを手に取って囓ると、ほんのり甘い不思議なねっとりとした食感のものでした。果実の味はしませんし、スパイシーでもありません。
むむ。これは。
「……お餅みたい」
セットで食べれば、冷えたカレーライスと思えなくもない。そんな感じです。
うーん、なんだこれ、おいしい!
「おまえさ――」
「むへっ!? はむむ、むんぐ。……はひ?」
どむどむと薄い胸を叩いて嚥下します。
アデリナが苦笑いでわたしを見ていました。
「そうやって気を遣ってくれるのはありがたいが、こうして偶然とは言えない流れで待ち合わせ前日に会ったんだ。別に訊いてもいいんだぞ」
「……? 気を遣……?」
ああ、あああぁ!
アデリナの顔が曇ります。
「そっか……。ただ単に飯が食べたかっただけだったか……。そうだよな……。食いしん坊だしな……」
「いえ、いえいえいえいえいえそんなそんな!」
咳払いを一つして。
「ナナイさんとはどういうご関係だったんですか?」
「婚約者」
最初の質問で、すでに頭が真っ白になりました。
パニクったわたしは、二種類の疑似リンゴを同時に口に突っ込んで、ゆっくり咀嚼します。
「んぐ、んぐ……ん。……え?」
「驚くようなことか? あたしはシーレファイスの姫だ。当然政略結婚も視野に入れられている」
長く重い沈黙が訪れます。
アデリナもまた、手にした果実を囓って。咀嚼する音だけが、夕暮れ時のカダスに響いていました。
かける言葉が見つかりません。
アデリナは以前、シーレファイスの瑪瑙はカダス王からの建国時の提供品だと言っていました。その点からしても、シーレファイスとカダスは、古くから協力関係にあったものだと思われます。
それはつまり、アデリナとナナイさんの関係でもあって――……。
それに、ただの政略結婚だったらあんなにも落ち込むはずがありません。
「アデ――」
「……信じた?」
「え?」
数秒考えた後、わたしは眉を歪めて尋ねました。
「嘘なんですか?」
「悪い」
「あのですね――!」
「半分はな」
嘘だったら本気で怒ろうと思っていたのに、わたしはまたしても戸惑います。
アデリナは果実を囓って嚥下し、少し疲れたような遠い瞳をしました。
「よくある話だよ。あたしは今でこそこんな放蕩娘だが、幼い頃はシーレファイス国内にも父の政敵がいたこともあって、城から出ることをゆるされていなかったんだ」
ふう、と長い息を吐いて。
「でもあたしはどうしても街に出たくて、窓から眺めるだけじゃたまらなくなってさ。ある日城を抜け出したんだ」
やりかねませんね。わざわざ危険なシーレファイスの外に出るために、冒険者ギルドで魔法使いを募っていたくらいですから。
まあ、結果釣れたのは筋肉魔法少女ですが……うう。
「当然、こっそり抜け出したんだからお金なんて持ってなくて、それでも露店の安物の工芸品や武器屋の剣なんかを眺めることが楽しくてさ。見たことのないものだらけで、世界が輝いて見えたよ。今考えりゃ城の中にはもっと綺麗なものや、価値のある剣なんて、いくらでもあったけどな」
わかります。幼い頃、自転車を初めて乗り始めた頃。これまでとは違う行動範囲へと赴く冒険感は、とっても楽しかった記憶があります。
どこへ行っても、街や人なんてそれほど変わらなくったって、知らない景色やどこまでも続く道路が嬉しくて。
「うん」
「あたしは『ロンドレイの騎士王リリエム』の冒険譚を読んだ日のように、胸を躍らせて街を廻った。たった一人でね」
わたしはうなずきます。
「ところが、城からあたしが消えたことを知った大臣が騒ぎ出し、そのことが政敵の耳にも入っちまったのさ。シーレファイスのライオスっていう、いけ好かない貴族だ。どうも自分の息子とあたしを結婚させて、シーレファイスの次期王位を狙っていたらしい」
「貴族……」
「父はライオスのことを危険視していたため、献上品をいくら持って来ようとも追い払っていた。それが気に入らなかったらしい。あたしが城から姿を眩ませた日、ライオスは手下に命じてあたしを捕らえようとした」
「頭悪……」
あははっ、とアデリナが青髪を揺らして笑いました。
「そう。やつは頭が悪かった。あたしなんて捕らえてどうしようってのか。人質にして王位を奪うことなんてできるわけがない。父は決して首を縦に振らないだろうし、民意がついてこなければ王になどなれるものか。あるいは腹いせに暗殺って線もあったのかもしれないが」
「いずれにせよ、自分で自分の途を潰していますね」
「うん。ライオスは短絡的すぎた。だが、だからこそ危険だった。案の定、あたしは街中でライオスの手下に見つかって、追いかけっこの始まりさ」
明るく語ってますが、相当ピンチのような気がします。
「あたしは魔法を駆使して逃げて逃げて逃げ回った」
「当時から魔法が使えたの?」
「魔法は想像力だ。魔素と魔力が備わっているなら、あとは自身の想像する物質や形状に変成させるだけで発動できる」
然も当然のように言いやがって。この天才が。ふつうは魔法学校や魔導書なんかで教えてもらった魔法を真似して使うんじゃないんですか。ちっ。
へこむわたしに気づかず、アデリナは身振り手振りを加えて語ります。
「魔法は想像力だからこそ、まずかった。幼いあたしには相手を傷つけたり殺害したりするような想像ができなかった。正確には魔法で、だ。剣ならばリリエムの冒険譚を読んでいたからできたんだけど……ふ、……いかんせんこれ……」
アデリナも自滅してへこみました。
自分で言うのもなんですが、誰得なの、この展開?
「だからいくら素養があっても、当時のあたしにできたのは花火紛いのことや目眩ましばかりだった。当然、追い詰められてさ。あたしが最後に頼ったのが、リリエムの冒険譚。つまり剣術だったんだ」
「えー……」
身の程知らずぅ~……。もちろん口には出しませんでした。
「角材を拾い上げて、つかみかかってきた男の目を突いた。幸いというべきか、残念ながらというべきか、逸れて眉間にあたったんだが、男は激昂したんだ。あたしの胸ぐらをつかみ上げて地面に叩きつけ、腹を蹴ってきた。もう動けないのにさ」
わたしがいたらミンチにして差し上げますのに。
「朦朧とする意識の中で、視界が真っ赤に染まって、ああ、自分はもう死ぬんだって思ったとき、男が悲鳴を上げた」
「うわっ、えっ? まさかっ!」
まるで物語のような展開に、わたしはにやけてしまいました。
「亜人。獣人。あたしと歳の変わらない小さな獅子人が、男たちの隙間を駆け抜けて、あたしを蹴っていた男の足に噛みついていた」
「わああぁぁぁっ。なんか、なんか恥ずかしい展開ですっ」
「あははっ。ほんとそうだ。絵本の王子様かっての」
わたしたちは並んで肩を揺らし、頭を近づけて笑います。
「ナナイは獣人の怪力で喰らいついた男を噛んだまま振り回し、後ろに控えていた男どもへとぶん投げた。本来なら致命的だ。控えていた十数人の男たちが逆上して雪崩れ込んでくるかもしれない」
「そうはならなかったの?」
「ああ。あたしはシーレファイスの姫だぞ。ライオスが雇ったチンピラ一人の暴走で殺していい人間じゃない。下手をすればライオスごと全員処刑だ。後ろのやつらは、むしろ暴走したチンピラを止めたかった。無傷で捕まえたかった。だから、ナナイがぶん投げた男を担いで早々に逃げ出したんだ」
救出成功! ヒロイックサーガ! 王道展開ですよ、これ!
「で、助かったあたしが礼を言おうとナナイに視線を向けたらさ、あいつ、どんな顔してたと思う?」
「甚五郎さんみたいな自信満々なドヤ顔」
「はっ! ははは! 髪はあるよ! 獅子の獣人なんだから、立派な鬣がさ!」
ええ~……。……言ってない……髪の話なんて……。でも、そうだよね……甚五郎さんのイメージって、やっぱりハゲが共通しますよね……。
「ま、ドヤ顔だったらよかったんだが、ナナイのやつ、ガタガタ震えながらめそめそ泣いてたんだ。わけがわかんないだろ? どうやらあたしが追い詰められていた頃から見てたらしい。でも、怖くてなかなか飛び出せなかったんだって。その上、助けてくれたのに、あたしに謝ってくるんだよ。ごめんね、ごめんねってさ」
「あは、あはは……それはまぁ……なんとも……」
どう言えばいいの? なんとも微笑ましいヒーローです。
だけど、ナナイさんのことを話すアデリナは、とても優しい顔をしています。
「でも、結局助けてくださったんですね」
「うん。あたしは泣いてるナナイを慰めてさ、大変だったよ。なんでボロ雑巾みたくされたあたしが、助けに入ってきたこいつを慰めてるんだって思いながらな」
瞳を細めて、幸せそうに。
「あたしはナナイに身分を明かして、城まで送ってもらうことにした。ヘタレとはいえ、力はあるからな。ところがあいつ、あたしが身分を明かしてもまるっきり驚かないんだ。なんかそれに腹が立って、ムキになってお姫様ぶった言葉遣いをしたのをおぼえてるよ。ですわですわって」
うわっ、似合わない……。
「あははっ、まあ、ナナイさんはレアルガルドの超大国、亜人国家カダスの王族ですからねえ」
「そうなんだよ。一代で築かれた歴史のない地方国家に過ぎないシーレファイスのあたしなんかより、よっぽど高貴な産まれで、その上、あの憧れの騎士王リリエムと肩を並べて戦った、伝説の七英雄の直系ときたもんだ」
「猛獣王カナイ・ククナイさんですね」
「うん。城についてカダス王と面会したときにそれを知って、あたしは開いた口が塞がらなかったね。なんだか自分は特別って思ってたことが恥ずかしくなった。まったく、ナナイのやつもさっさと名乗ってくれればいいものを。女に恥を掻かせるなってんだ」
渋い表情で、アデリナが指先で鼻の頭を掻きます。
「その後、捕らえたチンピラの証言から貴族のライオスまで繋がり、政敵はシーレファイスから一掃された。それからさ。ナナイとよく会うようになったのは。親同士も仲がよかったしな」
「あれ? でもシーレファイスとカダスでは、かなり距離があるのでは?」
わたしたちはすでに何ヶ月もの間、旅を続けてきました。そうそう会える距離ではありません。
アデリナが首を左右に振ります。
「当時は魔王がまだ魔導文明を亡ぼしていないときでな。同盟国である両国間には小型飛空挺の定期便が出ていたんだ。だから、それほど距離は気にならなかった。ま、五年前には魔王の登場ですべてなくなってしまったけどな」
「あーもう! 魔王ったら、余計なことして……」
まったく、人の恋路を邪魔するやつは、ハゲに蹴られて破裂すればいいのに。どぱん。
「ナナイが獅子人であることは気にならなかったよ。姿形は違っても、あいつはとにかく優しくて、いいやつだった」
「それでクラナス王とカダス王が、アデリナたち二人を婚約させたの?」
「まさか! 父はそんなふうにあたしの人生を決めたりはしない。カダス王からそういう申し出があったかは知らないけど」
ああ、たしかにそうかも。クラナス王ったら、人が善さそうでしたから。
「ナナイはすごいやつだった。剣なんてなくても鋭い爪と牙があって、大人なんて比較にならない怪力をしてた。走れば疾風のように速くて、吼えれば大型の魔物だって逃げ出した。でも、ナナイは戦いを嫌う優しい性格だった。あたしとは正反対にな」
アデリナが細い肩をすくめます。
たしかに。肉体性能も性向も、正反対ですね。
「優しさは、ときに情けなさにも映る。カダスの貴族の間では、戦わないナナイは笑いものだったらしい。でも、あいつは違うってあたしは知ってる。そんなんじゃないって知ってる。あたしは世界にそれを証明したかった。ナナイ・ククナイは本当はすごいやつなんだぞって」
「うんうん」
誰だって、自分が好きな人をバカにされたら腹が立ちます。たぶん、アデリナはこの頃からナナイさんのことが好きだったのでしょう。
それは恋ではなかったかもしれません。けれども、たしかに。好きではあったのだと思います。
アデリナが横髪を掻き上げて、少し頬を染めながら唇を尖らせます。
「まあ、そんなわけである日、一緒に遊んでいたときにあたしが言ったんだ。おまえ、あたしと結婚しろって」
逆ぅぅぅっ!? まさかの逆プロポーズ! どこまで奔放なの、このお姫様……。
「もちろん子供の戯れ言だ。二国間にとって最重要なことが、子供の言葉一つで決まるわけがない。ただ、あたしは十にも満たなかった子供で、あいつもそうだったから二つ返事だったってわけ」
「うん。わかるよ」
だから、婚約は半分だけ本当のお話。
アデリナの言葉に嘘はなかったのです。
「そうこうしている間に、魔王が旧アラドニアのラヴロフ王を討って、黒の石盤遺跡から広がった魔導文明を滅亡させた。レアルガルド大陸からはすべての飛空挺定期便が消え、シーレファイスとカダスは分かたれてしまった。手紙のやりとりだけはあったけど……それ以来、逢えていなかったんだ……」
話が終わったのでしょう。
アデリナは瓦礫に座ったまま空を見上げて、後ろに手をつきました。息を深く吸って大きな胸をさらに膨らませ、ゆっくりと吐き出します。
彼女の胸鎧はもうぼろぼろです。どこかで新調させなければなりません。胸鎧がなければドラゴンスレイヤーを担げませんし、それに何度もアデリナの命を救ってきた鎧ですから。
いつの間にか、地平線からお月様が顔を出していました。
「そっか……」
「うん」
広範囲に及ぶ大魔法。
水乙女の矢雨をカダス城で発動するとき、彼女がどのような気持ちだったのかを考えると、わたしの胸は狂おしいほどに締めつけられます。
だって――。
生存は絶望的であるとわかっていても、その亡骸さえ砕いてしまうのですから……。
すべてを聞いても、わたしは何も言えませんでした。慰めの言葉一つ出てきませんでした。何を言っても彼女の心の中で空回りしそうで。
つらくて。つらくて。ただ、悲しくて。
アデリナが首を回して微笑みながら呟きます。
「なんだ、なんでおまえが泣くんだ」
「……だって、アデリナが……泣かないからぁ……」
声が震えて上擦ってしまいました。頬を伝う涙が止められません。
「……泣いてるよ、ずっと」
アデリナがわたしの肩に手を回して、自分のほうへとぐっと引き寄せてくれました。頬を寄せ、静かに、けれども力強く囁きます。
「絶対に黑竜を討つぞ、蓮華」
「はい」
わたしたちは絶対に黑竜を討たなければなりません。
カダスの民の――ううん、黑竜に殺されたすべての命の数だけ消えていった、誰かに対する誰かの想いのために。
カダスの夜は、静かに更けていきました。
交換日記[七宝蓮華]
……引導?




