第82話 ハゲ無謀!
交換日記[筋肉神]
超筋肉を持つハゲ勇者の口から語られる衝撃の真実!
筋肉はすべての問題を解決する優れた手段だった!
異様に発達したグロい大胸筋の前で両腕を組み、瞳を閉じてわたしの話を聞いていた甚五郎さんが、ゆっくりと瞼を上げました。
「……因果の渦に、新たなる七英雄と八人目の英雄か。たしかに、まるで二〇〇年前にあったという黑竜戦の再来のようだ」
「信じられないかもしれませんが……」
甚五郎さんは首を左右に振ります。
「いや、偶然にしてはできすぎている」
カダス城、謁見の間――。
わたしたちの足もとでは、未だ目を覚まさない黄金竜ゼロムゼロムが巨大な首を割れた地面に置いて、穏やかな寝息を立てています。
どうやら血液をカダスの死人に分け与えすぎて弱っていたというのは、本当のようです。
それでも、正直なところ、わたしは気が気ではありません。だって目を覚ましたら、またわたしたちに襲いかかってくるかもしれませんし、その場合は謁見の間いっぱいに置かれた黄金像が再び竜人となって牙を剥くでしょう。
けれど、ここには七英雄の――二重の意味でちょっとへんてこ頭の勇者様がいるから。
うん、たぶん大丈夫。この人にはそう思わせるだけの何かがある気がします。こんなにもハゲているのに、不思議です。
魅力的なのかも。
「できすぎているって、何がです?」
甚五郎さんがわたしを指さします。
「七宝蓮華。キミはそう名乗っただろう」
「はぁ。それが何か……?」
「わからんか。案外、本人は気づかんものなのかもしれんな」
わたしが首を傾げると、甚五郎さんが静かに口を開けました。
「七つの宝を連ねる華。つまり八人目の英雄。キミが先ほど話してくれた剣姫ナスターシャを表している……と考えるのは都合がよすぎるだろうか」
「あ……」
ぞくり、と背筋が凍りました。
偶然? ううん、たしかにできすぎている気がします。だとするなら、わたしが産まれた頃からすでに因果は始まっていたということかもしれません。
もしもそうだとするなら、この因果はどれほど強固なものなのでしょう。もはや運命という言葉に置き換えてもよいくらいです。
わたしはずっと自分の意志で人生の途を決めて歩いてきたつもりだったのに、その実、因果の上を辿っていただけだったのかもしれないのです。
あらがえない力――。わたしは、因果を絶たねばならないというのに……。
けれども、名は体を表します。だって、この人もまたそうなのだから。
羽毛田甚五郎。
わたしの視線は、自然、彼の頭皮に向けられます。
ほんと、案外本人は気づかないものなんですね。名前のことって。それとも気づいていて気づかないふりをしているのかしら。
「……ぷ、ぷぶ……っ」
いけない。笑ってはだめ。
とぅるんとぅるん。脂ギッシュに輝いてます。以前日本でお見かけしたときは、まだ横髪や後ろ髪はちゃんと残っていたのに。
名が体を表しすぎてます。まるで冗談のように。
あ、だめ。考えすぎると……!
「……ぷく、んく……んんんんっんぅ! ごほん、ごほん! すみません、咽せました」
「……フ、凝視するのはよさないか。熱い視線にマリアンヌが照れているではないか」
……うわっ、なんか涙がにじんでますよこの人!
思わず、少しだけ笑って。そうしたら、甚五郎さんも破顔して。
「そうだ、甚五郎さん」
「何かね?」
「インガノカ人の話してくれた七英雄にはアリアーナの聖女様も含まれているのですが、先ほどあなたは、彼女はアリアーナ神権国家の外には出られないと言いましたよね?」
「ああ。言った」
困ります。とても。
黑竜と戦う地は、できることなら人のいない場所がいいのです。アリアーナ神権国家はレアルガルド大陸でも有数の有力国。そんな場所を戦場にするわけにはいきません。
どれだけの犠牲者が出るか、想像もつかないのだから。
「それって、どうして?」
「魔王との密約らしい」
魔王……! どうしてここでその名が出てくるの!?
わたしとアデリナを手玉に取った、恐るべき剣技を持つお侍さんです。おそらくその絶技は、わたしはもちろん甚五郎さんであっても手の届かぬ高みにあるでしょう。
彼の殺気を思い出すだけで、今でも背筋が凍ります。わたしにとっては、不完全体の黑竜なんかよりもずっとずっと怖い経験でした。
「どういうこと?」
「魔王とレーゼの間でのみ取り交わされた約束だ」
レーゼ。アリアーナの聖女はレーゼ様。
「ちょっと待って。アリアーナ神権国家と常闇の国アラドニアは対立国家なんですよね?」
「ああ」
「……もしかして、表向きだけ?」
甚五郎さんがハゲ頭をゆっくりと左右に振りました。窓から射し込む光が頭皮でハレーションを起こすのが、若干鬱陶しいです。
「実状も対立している。黑竜の出現で戦争どころではなくなり、規模こそ少なくなったが、それでも国境付近では犠牲者が常に出続けている。だからこそ、魔王とレーゼが密約を交わす必要があったのだ」
「密約の内容は?」
「魔王もレーゼも、強大すぎる力を持っている。魔王の剣技はたったの一振りで二〇〇〇もの命を奪い、レーゼの奇跡は空飛ぶ巨大な船をも一撃のもとに炎上させ、墜とすという」
にわかには信じられない話ですが、あの魔王を実際にこの目で見た以上、簡単に否定することはできません。そもそもアデリナだって、広範囲魔法で数百万もの竜人を葬り去っただけの力を持っているのですから。
今さらながらのことですが、七英雄とはそういう人たちの集まりなのだと、あらためて思い知らされました。
ああ、わたしの力なんて微々たるものです……。
「そのようなやつらが大手を振って戦場に出れば、互いの国にとって取り返しのつかない被害が出る。それは魔王もレーゼも望んではいない。ゆえに、魔王とレーゼの間で密約が交わされたのだ。自分たちは戦地に立つべきではない、とな」
わたしは両手で顔を覆って呟きます。
「……まるで核兵器保有国同士のにらみ合いですね」
「それに近いものがある」
だが、だからこそ小競り合いで済んでいるのだ。そう言って笑っていますが、おそらくこの甚五郎さんも、彼らに匹敵する力を保有しているのでしょう。たぶん、その力は魔王や聖女様とは違って、大量虐殺には向いていないだけで。
徒手空拳でわたしに怪我一つ負わせず無力化できる人間がいるだなんて、初めての経験でした。
といいますか、新七英雄の気持ちを一つにまとめられるのでしょうか……。でもやらないと黑竜倒せませんし、それ以前にわたしも死んじゃいますしぃ~……。
「ところで、キミたちはこれからどうするつもりかね?」
「アリアーナへ向かいます。その後はリリフレイアを経由してアラドニアへ。魔王を説得して黑竜戦に連れ出さないといけませんからね。甚五郎さんは?」
「私はゼロムゼロムが目を覚ますまでここに残る。黑竜は魔素を奪うため、各地の有力国家や古竜を亡ぼして回っていると聞く。眠るこやつを誰かが守ってやらねばならん。それに、こやつを騎竜にする計画もあきらめてはいないしな」
ゼロムゼロムは甚五郎さんを殺しにかかってきているのに、それでも守るだなんて。不憫な外見はともかくとして、中身は本当に男前の勇者様のようです。
うん。輝いてる。二重の意味で。
「それが成った暁には、私もまたアラドニアを目指すつもりだ。魔王に少々用がある」
「魔王に?」
「キミと同じだ。魔王に伝えねばならんことがある。貴様の長くつらい旅は、もう終わったのだと。――この拳でな」
めりめり、と音がして、折りたたまれた甚五郎さんの右腕から唐突に上腕筋が盛り上がります。
きっも。やろうと思えばわたしもできますが。
「私はアリアーナ、リリフレイア連合とアラドニアの戦いを止めるつもりだ。この腕で。どちらかが滅ぶような決着など、絶対につけさせん。振り上げた拳をただ下げさせる。それだけだ」
「……!」
むちゃくちゃ言ってます。子供の理論みたい。
けれど、それでも――。
「できるの?」
「やるんだ。たとえ三国ともを敵にまわそうともな。それが私の正義だ。ふはは!」
彼の表情には、不貞不貞しいくらいの自信に満ちた不敵な笑みが浮いていて。
宣戦布告。勇者も魔王もまとめなければならないわたしの目的とは、正反対。なのにわたしは、不思議と彼の言葉に安堵をおぼえるのです。
理由、わからないまま……。
ううん、彼の目。笑顔。声。言葉。仕草。すべてが信頼できるのです。
わたしは肩をすくめて呟きます。
「残念です。アリアーナまでご一緒いただければ、心強かったのですが」
「ふははっ。アリアーナ神権国家には私の仲間が二人いる。大神殿に厄介になっているはずだ。甚五郎は元気だったと伝えてくれるかね?」
わたしはうなずきます。
「わかりました。それではわたし、そろそろ行きますね。寝床を探さなきゃ」
「ああ。また会おう」
「ええ。また」
そうしてわたしは一人、カダス城謁見の間にハゲ頭の勇者さんと黄金竜を残し、後にしたのでした。
交換日記[魔法神]
それはありえませんな。




