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第8話 魔法少女は走り出す

交換日記(筋肉神)


ギルドにて筋肉なき女剣士のことなど調べる暇があるなら、

さあこの美しき私を見るがいい!

ふぅぅぅ! ダブルバ~ィセプスッ!

 それは、とても禍々しい姿をしていました。

 岩石のような灰色の身体はとてつもなく大きく、シーレファイスをぐるり取り囲む防壁よりも頭一つ抜けていて。


「何、あれ……」


 鋭い角に、血走った大きな大きな単眼。

 人間に嫌悪を抱かせる、異様なフォルム。


 ――ガギゲゲギゴガガゴギィィィィッ!!


 遠くからこちらへと逃げてきている方々が、一斉に耳を覆いました。

 耳障りな濁音の咆吼を上げながら、右手に持った石の棍棒を、何度も何度も分厚い大理石の防壁へと振り下ろしています。

 そのたびに大理石の防壁は破壊され、形を変え、砕け散ってゆきます。


「壁が破られちゃう!」


 大理石は美しくはありますが、決して強固な建材ではありません。モース硬度はわずか3。人間の爪よりはかろうじて硬い程度です。でも、だからといってあの壁の分厚さでは、簡単に破壊できるものではありません。


「ものすごい力……」


 見る限り、あれでは時間の問題です。あの怪物はほどなく大理石の防壁を破壊して、シーレファイス内部へと侵入してくるでしょう。そうすれば人的被害は避けられそうにありません。

 それに、壁に空いた穴からサーベルタイガーのような森の怪物たちだって雪崩れ込んでくるかもしれません。

 立ち尽くすわたしの後を追うように、メガネーサンがギルドのドアから飛び出してきました。


一つ目鬼(サイクロプス)か……! シーレファイスは鎧竜(ガイリュウ)の縄張りなのに、どうしてあんな大型の魔物が……?」

「サイクロプス?」


 彼女の言葉を繰り返すと、メガネーサンは汗で滑った眼鏡を中指で押し上げて早口にまくし立てました。


「あなたまだいたの!? 早く家に――いえ、危険だから王城に避難しなさい! あいつはここへもすぐにやってくるわよ!」


 貸しを作っておくべきでしょうか。今後のために。

 それに、どのみちこの事態を放っておいては魔法少女の名折れです。滾ってますし。すでにびんびんのぎんぎんですし。

 細く、小さく、けれどもたしかにわたしの筋肉たちは熱を発し始めていました。

 戦え、戦え、と。

 わたしはそれを誤魔化すように両手の指を絡め、首を傾げながらメガネーサンに問いかけます。


「あの……えっと……。わたし、止めてきましょうか?」

「バカなこと言わないで! できるわけないでしょう!」


 メガネーサンがギルド内へと引き返そうとして足を止めた。


「あなた、魔法使いだったわね。火属性魔法は使える? サイクロプスは知能が低く大きな火を恐れるから、炎の上位魔法なら追い払いやすいんだけど。もちろん至近距離に近づくまではギルドのメンバーに護衛させるから」

「ひ、火属性はちょっと……。苦手で~……えへへ」


 火どころか土も操れませんし、水も風も出せません。ぽんこつ魔法少女ですから。

 小さなため息をついて、メガネーサンは肩越しに手を振りながらギルドのドアを閉ざした。


 火。ならば建物を数軒犠牲にすれば、と思いましたが、残念ながらシーレファイスの建造物はほとんどが木製ではありません。あまり燃えなさそう。

 にわかに周囲が騒がしくなってきました。


「早く、早く行け!」

「荷物はおれが持つから走れ!」

「……お母さん、お母さん……」

「子供と年寄りは担げ! 誰の子でもいい! とにかく王城まで走るんだ!」

「何してるんだ!? 立ち止まるな!」

「軍はまだなの!?」


 サイクロプスに襲われそうな一角に住んでいらっしゃった人々でしょうか。大きな荷物を持ちながら、何人もの集団が早足で通り過ぎてゆきます。

 大人も子供もご老人も。みんな、みんな。一様に悲嘆に暮れた顔をして。

 それはそうです。だってお家がなくなってしまうかもしれないのだから。


 わたしはその中に見知った顔を見つけて。

 つま先立ちになってめいっぱい両腕を伸ばし、ぱたぱたと手を振ります。


「アリッサさぁ~んっ!」

「え、あ、蓮華さん?」


 森林の大海亭のウェイトレス、アリッサさんです。

 こちらに気づいたアリッサさんが、とことこと歩み寄ってきました。手には小さな荷物だけ。


「ご無事で何よりです。アリッサさん」

「蓮華さんも。でも、お店のほうが……」


 アリッサさんの視線は、ちょうどサイクロプスが崩れた大理石の防壁の隙間から、腕を伸ばしているあたりに向けられています。

 サイクロプスはどうにか亀裂をこじ開けようとしていました。


 そっか。まだわたしの頭には、シーレファイスの地図が入っていませんが、森林の大海亭はあの辺だったんだ。

 これは急いだほうが良さそうです。


「落ち着いていますね、アリッサさん」

「二度目だから。嫌なものですね。思い出してしまいました。……五年前のこと」

「魔王に国を追われた話ですか?」


 アリッサさんは少し迷って、首を左右に振って。そうして静かに呟きます。

 誰にも。わたしの他には誰にも聞こえないように。

 寂しげに瞳を伏せて。


「あのとき、魔王は当然のことをしただけなの。わたしは魔王に命を救われたのに、けれども彼の忠告に従わなかった。だから魔王と敵対する人間たちによって、わたしのいた国は滅ぼされてしまいました。家族は……そのときに……」


 魔王ではなく、魔王と敵対する人間によって滅ぼされた……?

 頭が混乱してきます。それって魔王が悪いの? 魔王被害?


「みんなは、魔王が敵を連れてきた、魔王さえこの国に立ち寄らなければこんなことにはならなかったって、口を揃えて言うけれど……でもわたしは――」


 ですが、今そんなことを考えている余裕はありません。


「きっとこれは罰なんです。魔王の心を裏切ってしまった、わたしたちへの」


 アリッサさんは悲しげにそう呟きました。


「よくわかりませんが、そうではないと思います。とにかく今は避難してください」

「蓮華さんは? どうするのですか?」


 そんなの決まってます。森林の大海亭は壊させません。

 わたしは右腕を肩からぐるんぐるんと回して、笑顔で告げます。


「もちろん、()()をぶん殴ってきますっ」


 ここは日本ではないから。この世界では魔法が受け入れられているから。

 だから、いいでしょう?


「こう見えても魔法少女なんですよ、わたし」


 正体バレ、くそ喰らえ!


「さ、アリッサさんは逃げてください」


 わたしはアリッサさんの背中を軽く押し出し、反対側を向いて歩き出します。

 避難する人々の流れに逆らって。


「待って、蓮華さ――」

変身(メタモルフォーシス)


 ありったけの魔力を高めて。

 次の瞬間にはわたしの着衣は光の粒子となって弾け飛び、一瞬の後には黒を基調とした白いレースのあしらわれた魔法少女装束に変質します。


「え……」


 戸惑うアリッサさんの声に振り返り、わたしは左手に顕現した黒金の仮面で目もとを覆いました。


「ちょっと行ってきますね。安心して? ああいう手合いには、わりと慣れっこなので」


 右手を振ると、その中に重量三十キロのキラキラ☆モーニングスターが顕現します。

 そうしてわたしは人々の流れの中で煌びやかに輝く地面を蹴りました。正六面体の建物の屋根に跳び乗り、膝を曲げ、もう一度跳躍します。高く、高く。


 さて、いきますよ~!




交換日記(七宝蓮華)


げぼぉ……っ。

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