第7話 ギルドは示す、難色を
交換日記(筋肉神)
財布に二十一円……? はは~ん?
さては私に隠れてプロテインでも買っていたのだろう? ん? んん~?
冒険者ギルド、シーレファイス支部――。
白く大きな建物のわりに、あまり人はいません。たくさん並べられた掲示板には、クエストと呼ばれる張り紙はいっぱいなのですが、その前に立つ冒険者らしき人は、かなりまばらです。
受付の眼鏡のおねーさんが、登録に来たわたしを見て眉をひそめました。
「……パパやママはあなたが登録することを知ってるの?」
「いませんよ」
少なくともこの世界には。
どうやら見てくれで難色を示されているようです。日本人は幼く見えるそうですから。その日本人の中にあって、さらに成長が遅れ気味のわたしでは然もありなんといったところでしょうか。
わたしは尋ねます。
「冒険者にはいくつから登録が可能なのですか?」
「推奨はできないけど、規定では十四よ」
「でしたらわたしは十六ですので、問題はありません」
あからさまに眼鏡のおねーさん、略してメガネーサンが表情をねじ曲げました。
「嘘おっしゃい。いくらシーレファイス支部が人手不足だからって、子供を雇うわけにはいかないわよ。まったく、アデリナにも困ったものね」
そう言ってメガネーサンは指先で紹介状を挟んで横に滑らせました。
「あなた、アデリナのことをどれだけ知ってるの?」
「シーレファイスのお姫様なのに冒険者をしているということくらいしか知りません。彼女に何か問題でも? ……あの、もしかして何かやらかしました?」
メガネーサンは眼鏡を外してふつうのおねーさんになり、疲れ目をほぐすかのように指先で眉間を揉んでいます。
「あー……。いえ、なんて言えばいいのか……。極めて優れた冒険者よ。アデリナは」
体力なさそうでしたが。
おねーさんは長いため息をつきます。
「世間知らずではあるけれど、姫様だからって気取らないし、率先して人助けするお人好し――じゃない、正義感溢れる女の子だし」
「でしたら彼女の書いた紹介状は信用してください」
「信用はしてるわ。あなたが極めて優れた魔法使いだってこともね」
ぶわっ、と変な汗が浮き出ました。
だめだめ。そこだけは信用しないで? 疑うことも大切ですよ?
もちろん口に出して言いません。就職に不利になってしまいます。
おねーさんが再び眼鏡を装着し、メガネーサンに戻りました。
似合いますね、眼鏡。髪をアップにしているから、なんだかできる女性っぽいです。
「では、どこに問題があるのでしょう?」
「年齢」
またそれ。こればっかりは証明のしようがありません。身分証は所持していませんし、仮にあったとしても日本のものがどこまで通用するやら。
とりあえず話を逸らします。
「わたしのことではなく、アデリナのことです」
「あ~……。まあ早い話が、アデリナは剣士として魔法使いと組みたいのよ。だから魔法使いや魔術師をずっと捜していたわけ」
「……?」
首を傾げると、メガネーサンがふいに事務的な表情になって解説を始めました。
「あのね、冒険者というのは基本ソロ活動は推奨されないのよ」
「でしょうね」
「生存率を上げるため、基本は二人一組。クエストによってパーティは増えていく」
わたしはうなずきます。
魔法少女だって五人いてこそ、それぞれ欠点を補えるのですから。
「アデリナは自称剣士だから、後衛の仲間を欲しがってる。魔法使いや魔術師のことね」
「それは至極当然のことでは」
「そう。パンにジャムをつけるくらい当然のことよ」
「わたしはバター派です」
メガネーサンが額に縦皺を刻みます。
「話の腰を折らない」
「ごめんなさい」
場を和まそうとしたのに……。
「本来なら後衛側だって、集中や詠唱をする時間を稼いでくれる優れた前衛と組みたいに決まってる。相思相愛になるはずなのよ。ふつうなら」
メガネーサンが胸ポケットから取り出した小さな手帳をめくり、視線を走らせます。
「現在、シーレファイス支部に所属する冒険者はアデリナを含めて十二名。うち三名が魔法使いなのよ。ところが、よ?」
メガネーサンが眼鏡を人差し指でクイっと押し上げて、ため息をつきました。
「魔法使いは誰も、アデリナ・リオカルトとは組みたがらない」
「どうして? アデリナは優れた冒険者なのでしょう? あ、数の問題ですか?」
前衛と後衛の数が合っていません。前衛のほうが多いから、後衛は取り合いになってしまうはずです。
「違ぁ~いまぁ~す」
メガネーサンが手帳を閉じて、胸ポケットに押し込みました。
他に考えられるとするなら、アデリナの立場?
「お姫様だから? 万が一何かあったら、王様に叱られちゃう?」
「それも違います。クラナス王はアデリナの行動を制限したりしないわ。すべては当人が決め、当人が責任を負う。そういうお考えの王だから」
う~……?
「実はすっごく弱いっ。体力ないしっ。あ、もしかして病弱っ」
「超健康体よ。それに、さっきアデリナは優れた冒険者だと言ったでしょ。この国にアデリナより強い人間はいないくらいよ」
あの体たらくで!?
ますますわからなくなってきました。だって体力の他には、彼女に問題があるだなんて思えないのです。
あ!
「実は頭が弱いっ!」
「図書館並みの知識量」
頭、いいんだ。性格だって気遣いができて優しくて、容姿なんてすらっと手足が長くてモデルさんみたいで。
む――!
「心が弱い! 繊細! メンタルがスライム!」
「むしろ岩石。神経なんて、背中に一本図太いのが通っているだけ」
わたしのようなちんちくりんとは大違い。魔法使いの男性冒険者だったら、誰でも彼女と組みたいと願うはずです。なのに敬遠されているだなんて。
ハ――ッ!
わたしは一歩後ずさりながら尋ねます。
「レ、レズビアン?」
「……や、性的対象の話は聞いたことないわね。つか、あんた――」
そのときでした。
重く凄まじい轟音と、大地から突き上げるような震動を感じたのは。
「~~ッ!?」
「ひゃっ!」
四角い形状の冒険者ギルドが激しく揺れて、壁や天井に亀裂が入ります。みしみしと、不穏な音を立てながら。
メガネーサンは立ち上がり、わたしは対照的に尻餅をついてしまいました。
しばらくして、ううん、すぐに震動は止んだのだけれど。心臓が破裂しそうなほどに高鳴っています。
「なに、今の……? 地震……じゃないよね……?」
掲示板に張り出されたクエストを見ていた冒険者たちも、言葉を失って立ち尽くしています。
けれども、メガネーサンだけは。
「ゼグルさん! アシドルさん! ギルドから緊急調査依頼よ! 原因の究明と可能であれば排除を! ケレミーはすぐに王城へ走って! アデリナが手空きなら入浴中でも引っ張ってきて! それから軍にスタンバイ要請!」
二人の男性冒険者と、一人の女性冒険者がすぐさま出口へと走り出しました。
メガネーサンは苛立たしそうに親指の爪を噛みながら呟きます。
「よりによってギルメンの半数以上が遠征中ってときに……!」
わたしは立ち上がり、お尻についた砂埃を払います。
「あ、あの……」
「七宝蓮華って言ったっけ? あなたはまっすぐ家に帰りなさい。登録は認められない。今は忙しいから文句があるなら後日にして」
とりつく島もありません。すぐさま紙と羽根ペンを取り出し、メガネーサンは手紙のようなものをしたため始めました。
わたしは仕方なくギルドを後にします。
けれども、一歩外に出ると――。
「嘘……シーレファイスの壁が……」
シーレファイスを守るため、国を囲むように巨大な大理石を詰んで建造された壁には、大きなひびが入っていて。
その一帯だけがもうもうとした土煙に覆われ、人々の悲鳴が響いていました。
交換日記(七宝蓮華)
うざい。
寝言は寝てから言ってください。