第60話 魔法少女は闇の中
交換日記[筋肉神]
ふん、亡霊ごとき。
巣である廃墟ごと粉砕してやれば昇天するしかあるまい。
物音で目を覚ましたのは、まだ深夜といって差し障りのない時間帯でした。
わたしは自分がどこで眠っていたかを思い出し、身体を強張らせます。隣のアデリナは眠ったままでした。
「……何? なんの音……?」
ざわっ、と背筋が凍ります。
気配を探っても何も感じません。気のせい、そう考え直そうとした瞬間でした。
――……っ……っっ……。
唸り声! なんで!? だ、誰の……!? 気配なんてなかったのに……!
あきらかに人間のものです。
わたしは隣のアデリナの肩をつかんで揺すりました。
「アデ、アデリナ!」
「……ん、むん? んん?」
アデリナが寝ぼけ眼をうっすら開いて、きょろきょろと周囲を見回しました。
「で、出ました! ついに出やがりましたよ、あいつらが!」
「……おまえな……十六にもなって……。……黙っててやるから早く履き替えろ……」
「お、お花摘みの話ではありませんっ」
いつまで水乙女を引きずるつもりですか! わたしのパッキンはあなたのと違って壊れてないんですよ!
「幽霊ですよ! 幽霊!」
「……ほう。……ん~……魔素反応は特にないが~……」
面倒臭そうにアデリナが大あくびをします。
「耳を澄ませてください!」
――……ァァ……ァ……ッ……。
ぼさぼさになった青髪を掻いて、アデリナは事も無げに呟きました。
「……ああ、うん。なんか聞こえるな」
そうしてぺたんとまた寝転んで。ご丁寧に毛布を被ろうとしたところで、わたしは端をつかんでそれを阻止しました。
「ちょっとぉ!?」
なんで寝ようとするの!?
「んん、寒い……」
「寒い! そりゃ寒いですよ! 幽霊いるんですよ、幽霊! ぞわぞわしますよ!」
鳥肌びんびんですよ!
アデリナが毛布の片側を持ち上げて、わたしを誘います。
「じゃあ入れよ」
わあ、男前……。ばかっ!
「アデリナ、怖くないの!?」
「なんで? あっちもこっちも触れないんだろ? なら放っとけばいいじゃないか」
お、おお……。
「さ、触れないというのは、あくまでも伝承であってですね、実際には首を絞められたり毛布の上にのっかられたりしたという人も結構いるんですよ!」
「むう。安眠妨害は迷惑だな。仕方がない」
アデリナが起き上がり、ぼさぼさの髪を勢いよく左右に振って目を覚まします。
ため息をついて、しばらくぼうっとして。そうして彼女はベッドの端から足を下ろしました。
「ちょっと静かにするよう説得してくる」
「説得!?」
「ゆーれいってのはもともとは人間なんだろ? 話せばわかるんじゃないか?」
あ~……。そう……なの……?
「怖ければおまえは待っててかまわんぞ」
そう言って背中を向けたアデリナに、わたしはしがみつきます。
「こ、こんなところに置いてかないでくださいよっ!」
「ヒュグゥ!? イダダダダダ! 力加減! 力加減を考えろ!」
「あ、すみません」
アデリナが細い腰をさすりながら、じっとりした視線をわたしに向けました。
「まったく、上半身がもぎ取られるかと思ったじゃないか……」
「そんな大げさな。魔物じゃないんですから人間はそんな簡単に壊れませんよ」
「おまえを基準に人間を語るな」
むぐう。
わたしたちの眠っていた部屋を出て、アデリナはずかずか歩きます。まるで夜にうるさい隣室に苦情を言いに行く人のような、不機嫌な表情で。ちなみにドラスレは寝室に置きっぱなしです。まあ、だからといって何がどうということもないのですが。
彼女は幽霊というものを絶対に勘違いしています。
崩れた壁の隙間から覗く闇など気にする様子もなく、アデリナは次々と壊れかけのドアを蹴破っていきます。開かない扉はわたしが押して開けるのですが、不思議と幽霊の姿はありません。
「いないじゃないか」
「透明にもなれるんです!」
「ほう、魔法使いか。光を屈折させてるのか?」
ちーがーうー!
廊下はもう行き止まりです。けれど、行き止まりにはわたしが最も開けたくない、他よりもずっと立派なドアが残っていました。
「……あれ、パーティー広場ですよね……」
「ああ、宴会広間だな。どれ、魔素反応はないが、灰色蜥蜴とやらの顔も拝んでやるか」
平気で手を伸ばすアデリナ。
「ほんとにいるのなら、だが」
そうしてわたしが止める間もなく、全身でもたれかかるようにして扉を押し開けて。
ぎぃ……。
錆びた蝶番の軋む音がした直後、わたしは濃密な闇に呑まれるように、その部屋に吸い込まれるような錯覚を味わいました。
腕を、足を、闇につかまれて、引きずり込まれるような感覚です。
ぱたん、とドアの閉ざされる音が背後から聞こえます。
光の一切が消滅しました。わたしたちの瞳は、月光だけですでに夜の闇に適応できていたのにです。
「ア、アデ、アデデデ……ッ」
「ん? おかしいな。炎が出せんぞ」
きたこれ。おわた。のろいですわ、これ。取り憑かれますわ。
わたしが意識を手放すべきかどうかで悩んでいるうちに、アデリナの声が聞こえました。
「おい、蓮華。あっちで薄らぼんやり光ってる変なやつがいるぞ」
ちょっと! 見つけないでくださいよ、そんなの! てゆーかもう足音がわたしから離れてってるし!
視線を向けると、たしかに薄らぼんやりと緑色の光に包まれている方がいます。
「……」
「へえ、おもしろいな。魔素の流れがないのに自力で発光できるとは。各地で噂になっている件の光る勇者ってやつか?」
そう言って彼女はずかずか近づいていきます。足もとすら見えない深淵の闇の中を。
行くの!? 行くんだっ!? う、うう……。
わたしはやぶれかぶれでアデリナの足音を追いました。
とてもではありませんが、一人逃げ出す恐怖には勝てそうにありません。それならアデリナと一緒のほうがずっとマシです。
追いついて、胸鎧の内側に着る肌着の背中をギュッとつかんで。視線の先、ぼんやりと光る人影を目指して。
じゃり、じゃり。
湿った砂の積もった床を踏みしめる二人分の足音だけが、不気味に響いていました。
そんな静寂を平気で破って、アデリナが口を開けます。古びた椅子に腰掛け、うつむき、唸り続けている幽霊へ。
「おい、そこの妙に明るいゆーれい」
いや、暗いでしょう!? あれ、どう見たって幽霊なんですから!
うふふ、アデリナったら。こんなときにいちいち突っ込ませないで?
涙が出てきました。
交換日記[魔法神]
では研究素材として一体いただけますかな?




