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第6話 魔王は動かない

交換日記(筋肉神)


さあ高タンパク低カロリーの食事を摂り、リラックスするのだ。

リラ~ックス……そう、リラ~ックス……。

ふぅぅっ! サイドリラックスッ!

 森林の大海亭――。


 小さなお店でした。カウンター奥にある厨房の他には、五人掛けの円卓が三つ並べられているだけの、可愛いお店です。

 わたしはアデリナおすすめのパンを食べながら、円卓の向かいで小さくパンを手で千切って口に運んでいる彼女に尋ねます。


「魔王は何をしようとしているのですか?」

「目的はわからない。北の地を支配した後は領土を広げるでもなく、ただ闇の眷属を支配地に集結させているだけだ」


 おいしい。パンに練り込まれた木の実が香ばしいです。くるみパンみたい。噛むほどに小麦の香りが湯気と一緒に抜けて、これは癖になりますね。


「戦争準備?」

「常識で考えればそうなるな。だけど、やつがその気になればリリフレイア神殿国もアリアーナ神権国家もすでに壊滅に追い込めるだけの戦力はそろっていると聞く」


 木製スプーンで温かいスープを口に運びます。

 どうやらお芋を磨り潰して裏ごしして、ホワイトソースでのばしたものみたいです。口の中でとろとろと流れるのに喉ごしはよく、バターの香りが少し抜けて。とてもおいしい。温かいビシソワーズなのかも。

 ん~! 幸せ! お腹がぽかぽかしてきます。


「実質、今の魔王軍に敵う軍はレアルガルドには存在しないよ。神竜国家セレスティがリリフレイア神殿国やアリアーナ神権国と手を組むなら別だけど、あいつらも中立を気取って大概動かないしなあ。神竜王イグニスベルと魔王との間には癒着があるって噂が立つくらいだ」


 話の割りにアデリナから緊張感が伝わってこないのは、おそらく魔王が人類を滅ぼそうとする類ではないからのような気がします。


「あと魔王軍に対抗できるやつらと言ったら、亜人国家カダスくらいのものだろうな。もっとも、魔王のいる北の地アラドニアとは相当距離が離れているから、こっちも動くことはなさそうだ」

「魔王に会ってみたいな」


 自然と、ぽつりと言葉が漏れました。

 アデリナが目を見開き、眉の高さを変えます。


「やめときな。やつが人類の敵かどうかはわからないけど、魔王が今いる場所はもともとレアルガルド最大の軍事国家アラドニアって国だったんだ。魔導技術(テクノロジー)の最先端都市さ。だけど、やつはその都市を魔導文明ごと一夜で滅ぼした。軍事国家をわずか一夜でだぞ。魔王は人類の敵じゃあないかもしれないけど、味方じゃないのはたしかだ。人類と魔王との間に距離はあったほうがいい」

「そう……ですか……」


 皿に盛られた薄いお肉を木製フォークで巻ながら、わたしはアデリナの言葉を反芻します。


「魔導技術(テクノロジー)というのは?」

「なんだ、そんなことまで知らないのか」


 もぐもぐと肉を食む。

 あ、これローストビーフだ。柔らかくてお肉の風味が強くて、とってもおいしい。焦がしタマネギのソースがよく合います。

 もう全身とろけちゃう! 筋肉になっちゃう!


「すみません」

「謝ることじゃない。今どき魔導技術(テクノロジー)の伝わっていない国というのも珍しいと思っただけだ。日本というのは相当辺境なのだな」

「あ~……まあ」


 この惑星にはなさそうですが、それなりに発展しています。レアルガルドよりは。


「魔導技術(テクノロジー)は……そうだな、平たく言えば、素養さえあれば誰でも魔術を使えるようにする装置のことだ」

「っ!?」


 手が止まりました。

 それさえあれば、わたし、魔法少女になれる……?

 口に詰めたローストビーフを大急ぎで呑み込んで、わたしはテーブルに手をつき、身を乗り出します。


「詳しく!」

「あ、ああ……、……ずいぶん勉強熱心だな……」


 アデリナはわずかに仰け反って、「落ち着け」と言います。

 わたしが腰を椅子に戻すと、彼女が再び口を開きました。


「念のために確認するが、蓮華は魔法と魔術の違いについて知っているか?」

「違うの?」

「魔法は生まれもってのものだ。呪文や道具といった補助がなくとも発動できる。エルフたちの精霊魔法なんかがそうだな。呪文を唱えるやつもいるが、あれはただ集中するための自己儀式に過ぎない。最初から集中力があれば、そんな行為に意味はない」


 そっか。

 たしかに魔法少女のみんなは、手をかざしたり振るだけで魔法を出していました。わたしに出せるのは怪力(マッソゥ)くらいのものでしたが。

 くぅ~、泣ける。


「魔術というのは、魔導技術(テクノロジー)に基づいたものだ。つまり術式が存在する。呪文であったり、魔導銃なんかの複雑な道具であったり。素養さえあれば、魔法の使えない人間にだって魔法紛いのものを出すことができる」

「素養……」


 終わりました。自信がありません。


「蓮華なら問題ない。魔法で姿を変えられるなら、素養がないはずがないからな」

「そっか」


 い……いける! いけそうです! 本物の魔法少女になれそうです!


「どこへ行けば学べますか!?」

「はは、何を言っているんだ。今さら学ぶ必要あるのか? 蓮華はサーベルタイガーの群れを蹴散らすほどの魔法使いなのだろう」


 それは嘘です。力尽くでぶん殴ってグチャミソのミンチにしてさしあげました。

 素直にそう言えたなら、どれほど楽なことでしょう。しかしわたしにも魔法少女としてのプライドがあります。


「……う。ま、まあ、そ……うなのですが……」


 嘘を重ねました。


「こ、後学のために!」

「ふーん」


 アデリナはローストビーフに葉野菜のサラダを巻いて、ナイフで小さくしてから口に運びます。

 お上品です。さすがはお姫様。絵になります。わたしなんて野菜も巻かずにお肉だけ一口で放り込んで食べてたのに。

 恥ずかしい。乙女恥ずかしい。


「まあ、どちらにしても無理だ。魔導技術(テクノロジー)発祥の地はアラドニアの黒の石盤遺跡。つまりは魔王のお膝元ってことだ」

「行きます。邪魔するなら魔王を殴――じゃなくて、魔王に誠心誠意お願いします」


 即答すると、アデリナが苦笑を浮かべた。


「このシーレファイスからだと、セレスティまでの距離のちょうど倍だ」


 地球二周分っ!! ふぁっ~く! ふぁっくでございます!


「砂漠もあれば魔物多発地帯もある。もちろん戦争している国だってな。竜の背にのって空を行けるならばともかく、とても現実的とはいえない」

「ですか~……」


 仕方なく、わたしは木製カップに入っていた甘いミルクを飲みます。

 おいしい! 絞りたて滅菌前? 高タンパクで筋肉ついちゃいそう! でも飲む!


「ま、途中までなら魔導技術(テクノロジー)を使った飛空挺を乗り継ぎ利用するという手もあるが……まだ運行してたかな……。魔王が魔導文明の礎を壊してしまったせいで、大型の魔導機関(エンジン)はほとんど燃料の供給ができなくなってしまったからな」

「それでも行きます! 運行があるか、行ってたしかめます!」


 わたしは魔法少女になりたい! 魔法少女をあきらめない!

 しかしそんなわたしの希望を打ち砕くように、アデリナが人差し指と親指で円を作って呟きました。


「飛空挺の運賃、高いよ?」


 終わった。日本円はまず使えないでしょうが、諸事情によってお財布には十円玉が二枚と一円玉が一枚しか入っていません。お財布くそ喰らえ。ただのおもり(バラスト)ですよ、こんなもん。

 テーブルに突っ伏していると、果実酒らしきものを飲んでいたアデリナがにんまり笑ってわたしに言いました。


「魔法を使えるんだし、稼ぐか? 仕事(ビズ)の紹介ならできるが」

「稼ぎます」


 こうして翌日、わたしはまんまとアデリナの口車に乗せられて、レアルガルド冒険者ギルドのシーレファイス支部へと登録に向かうのでした。


 ……というのはこのアデリナ・リオカルトという女、かなりの食わせ物だったのです。




交換日記(七宝蓮華)


ボディビルのポージングをさせようとしないで。

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