第55話 女剣士は耐えられない
交換日記[筋肉神]
おい、貴様んとこの娘が足を引っ張ってるぞ。
朝、最悪の目覚めでした。
シェルターの壁一枚を隔てたところから、数十体ものガイストたちの食欲だか殺意だかを浴びせかけられながら起きたのですから。
ナマニクさんはまだ眠っていましたが、アデリナは珍しくわたしより先に起きて空気穴から外の様子を覗いていました。
「おはよう、アデリナ」
「ああ。おはよう」
「外はどう?」
気配から察するに聞くまでもなく。
「多い。昨夜よりも。びっちりシェルターに貼り付いている」
頭を抱えます。
そうだ、話題を変えましょう。
「珍しいですね、アデリナが早起きするなんて」
「……事態が事態だからな。やむを得んこともある」
「まあ、魔物に囲まれたまま眠るなんて、そうあることではありませんからね」
「それはどうでもいい」
ええ……。
空気穴から外の様子を覗いていたアデリナが、血の気の失せた顔で振り返りました。
「……蓮華、漏れそうだ」
「……………………え」
内股でもじもじしていらっしゃいました。
「み、水属性魔法でどうにかならないんですか?」
「無理だ。できるものならやっている」
できたらやるんだ……。
「あの、数十体くらいでしたら、ちゃちゃっと片付けてから――」
アデリナが悔しげに吐き捨てます。
「――無理だ、もう」
「……」
「……限界……なんだ……」
「なんで限界になるまでに動かなかったんですかっ!」
「つ、疲れて寝てた」
わたしの声に反応したのか、ナマニクさんが瞼を上げます。
途端にアデリナがナマニクさんに尋ねました。
「ナマニク。おまえ、喉は渇いていないか?」
ちょ――!
わたしはとっさにナマニクさんを抱きしめて彼女から引き剥がし、頭に上にのせました。
あの沈着冷静なアデリナでも、追い詰められるとこうなっちゃうんだなぁ……。
「いいんだな? 床が水浸しになっても」
「いいわけないでしょ! ちょっとわたし一人で全滅させてきますから、ここで待っててください!」
「頼む」
わたしはナマニクさんを頭から下ろして、シェルターの床に置きます。
「……飲ませちゃだめですよ?」
「善処する」
不安です。ナマニクさんが変な性癖に目覚めたら、わたしは親としてどうしたらいいというの。
「――変身」
光の粒子を散らして衣装を普段着から魔法少女装束に換装し、わたしはキラキラ☆モーニングスターを取り回しながらアデリナを振り返ります。
「シェルターに一人分の穴を空けてください」
アデリナが内股のまま無言で壁に手をつき、わたしに鋭い視線を向けます。
「行くぞ」
「はい」
「せーの」
ごご、と地鳴りのような震動がシェルターを揺るがした直後、わたしの目前の壁だけが崩れ落ちます。そこからガイストたちが雪崩れ込もうと、ひしめき合いました。
わたしはキラキラ☆モーニングスターの先っちょ、星形のトゲトゲを、牙を剥いて首を伸ばしてきたガイストの鼻面に押しあてて地面を蹴り、強引に数体のガイストを吹っ飛ばしながらシェルター外へと飛び出しました。
途端によだれを垂らしながら、無数のガイストたちがわたしへと飛びかかってきます。
シェルターの壁が再び閉ざされたのを確認し、わたしは両手で持ったキラキラ☆モーニングスターを横薙ぎに払います。
「ン……ッべらぼーめーっ!!」
肉を抉り骨を砕き、五体のガイストが血霧となって吹っ飛びました。
足もとに潜り込んできたやつを震脚で踏み潰しながら拳で崩拳を繰り出し、勢いそのままに前方の群れへと背中を向けながら踏み込みます。
鉄山靠――!
十体近くものガイストが同時に吹っ飛びました。
魔王や銀竜とは比べるべくもなく、巨大オーガと比べても手強い魔物ではありません。しかし、とにかく数が多いのです。
つかんで投げつけ、叩き潰し、蹴り上げ、わたしは威嚇の咆吼を上げます。
「ふなあああぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
が、怖じ気づく輩は一匹たりともおらず……。どうやらわたしは女子力もないのに迫力さえ足りていないようです……。
ていうか、ガイストには恐れるだけの知能がないのかもしれません。
キラキラ☆モーニングスターを地面に叩きつけて大地を上下させ、浮き足だったところを掬い上げるようにキラキラ☆モーニングスターで叩き上げます。
ホームラン!
肉体の一部が欠損した五体のガイストが、森の遙か遠くに落ちました。
その後も襲いかかってくるガイストの頭部をつかんで叩きつけ、首をねじ切り、腹を貫き、蹴飛ばし、とにかく数を減らすことに邁進します。
しかし焦ります。
早く、早くしなければ、アデリナが大人の尊厳を失ってしまいかねません! もしかしたらナマニクさんも!
殴り、蹴り、投げ、そうしているうちに、ふいにわたしは何者かの巨大な影に呑まれてしまいました。
「――っ!?」
その巨人は、わたしが殺した大量のガイストを貪り喰らっていました。死体や手足を拾い上げ、口へと放り込んで。むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。
顔、おぞましく。
鋭い牙だらけの口は頭頂部から顎まで繋がっていて、人間のものとは違って縦長なのです。体長はおよそ六メートルほど。二本の腕の先には鋭いかぎ爪があり、真っ赤に充血した眼球は、ぼっこりと飛び出していました。
ぞわり、と背筋に寒気が走りました。
強さ怖さよりも、見た目があまりに不気味だったからです。ダーグアオンのときにも感じたことですが、意志を通わせられる生物のようには見えないのです。
ガイストたちが蜘蛛の子を散らしたような勢いで逃げていきます。けれども巨大なそれは手を伸ばして逃げるガイストをわしづかみにし、ときにはかぎ爪で貫いて、容赦なく縦長の口へと押し込んでいきました。
ぐちゃり、ぐちゃり。口から血を垂らして咀嚼します。
おそらくこの巨人が、魔法の森の生態系の頂点なのでしょう。
巨人は付近の逃げ遅れたガイストやその死体をすべて食べ終えると、ぼっこりと飛び出した眼球をぎょろぎょろと散らしてわたしに視線を向けました。
「まあ、ただで助けてくれるわけはないですよね……」
そうして、突然わたしに覆い被さるかのように、牙だらけの縦長の口を開けて襲いかかってきました。
交換日記[魔法神]
お姫様聖水ですなあ。




