第53話 魔法の森のグールさん
交換日記[アデリナ・リオカルト]
良い感じに見えたのに、ずいぶんあっさりした別れだったな。
(やはり脳筋か……)
魔法の森。アデリナはそう言いました。
深い森でした。シーレファイスの森よりも、よほど。深く、広く、遠く。
行く手を遮る大きなシダ植物、樹齢に想像もつかない大木、バネのように不気味に曲がりくねった樫木、人の踏み込んだ痕跡すらない重苦しい大地。ときには膝までを水に浸たし、ときには泥の中を掻き分けるように歩き、ときには降り積もった木の葉の大地をいきます。
丘を登り、下り、アデリナが張り続けている蛭や虫除けの小型結界を超えてきた蛇や獣を捕まえて食し、わたしたちは進みます。
もう何日、こうして森を歩いているか思い出せません。頭にナマニクさんをのせて。
騎竜なのに、どうしてわたしの頭にのっかったままなんですか、あなた……。
ちなみに、二頭の馬では到底進めませんので少しばかり可哀想ではありましたが、アルタイルのグラノスさんに預けてきました。
苔生した岩で足を滑らせないように気をつけながら、わたしたちは歩きます。
以前に比べれば、アデリナの歩行速度も少し上がったように思えます。三歳児から五歳児くらいには。
「……ヴォエ……ぅぉぁ……ぁぁ……」
また嘔吐いてる……。ゾンビみたいな声も出してるし……。
「休みます?」
「何を言う。おまえが疲れていないのであれば進むに決まっているだろう」
足もとふっらふら、顔真っ青……。
背中のドラスレを捨てたら、と言いかけて、わたしは口をつぐみます。
あんなクソ重たくクソぶっとい超絶無駄な特大剣でも、一度はわたしたちの命を救ってくれましたからね。それも、魔王の斬撃から。
キラキラ☆モーニングスターが真っ二つに斬られたのに、アデリナのドラスレは鞘こそ切れ目が入っていましたが、刀身は無傷だったことを考えると、案外本当に優れた剣なのかもしれません。
ああ、ちなみにキラキラ☆モーニングスターは変身すれば元通りになります。何度折られようとも関係ありません。
アデリナが強がります。
「それに、この森はあまり時間をかけないほうがいい」
先ほどから背後を何者かがつけてきています。けれども、すぐに襲いかかってくる気配はありません。
わたしがそちらに視線を向けていると、アデリナが首を左右に振りました。
「あれは放っておいてかまわない。ただの食屍鬼だ」
「グールって、あのグール?」
わたしの中ではゾンビ映画のようなリビングデッドが思い浮かびましたが、アデリナの言うグールは違うのでしょうか。
「おまえの言うあのグールがどのグールかは知らんが、後ろのグールどもはあたしたちが生きてる限りは襲いかかってくることはほとんどない。臆病な種族だからな」
「……死んだら?」
「それは食われるに決まってるだろ。食屍鬼だからな」
それって安全なのっ!?
視線を向けても、気配があるだけで姿は見えません。魔法の森があまりに深く、そして暗すぎるのです。
アデリナが横髪を耳にかけ、諭すように呟きました。
「あのな、蓮華。動物ってのは死んだら何かしらの生物に食われるもんだ。それは別にグールに限ったことじゃあない。狼や獅子といった動物という場合もあるし、グールやオーガといった魔物ってこともあるだろう。そういうもんだ」
「まあ、そうなんですけど……」
アデリナが背後を振り返ります。
「だが、まあ、あまりよろしくはないな」
「生きてるうちに襲いかかってくることもあるのですか?」
「稀にあるが、ほぼない。そっちの心配はいらない。ただ、グールがあまり集まりすぎると別のものが現れる。で、別のものが集まりすぎると、また別のものが現れる。そいつがちょっと問題なんだ」
アデリナが片膝をついて片手で地面をなぞり、グールたちのほうへと視線を向けました。
直後、ごごっと震動が起こって背後のほうで気配が散ります。
「……大地の刃を使って追い払った……が」
地属性魔法、大地の刃。
アデリナが黑竜戦で見せた、砂や岩石を剣状へと変化させ、大地から空へと突き上げる魔法です。
「また集まってきていますね。それも、思ったより多いです」
「うーん……。仕留めようにもやつらは逃げ足が速く、隠れるのがうまい。皆殺しにできんこともないが、しかけられていない以上は気が進まないな。あたしたちが食える種族でもないし」
アデリナを背負って走って振り切っちゃいたいところですが、アデリナにもプライドがありますから、まず了承しないでしょう。
アデリナがため息をついて立ち上がり、歩き始めました。
「まあいいさ。当分は大丈夫だろ」
わたしはアデリナに続きながら尋ねます。
「グールってふだんは何を食べているんですか? そうそう死体があるわけじゃないですよね?」
「排泄物だ。動物のな」
「おおぅ……」
絶対に一緒の胃の中には収まりたくありません。
「まあ、進むぞ。疲れたら遠慮なく言え。シェルターを造ってやる。ほんとに遠慮なくだぞ? あたしに気を遣う必要性は皆無だからな? すぐだぞ? すぐに言うんだぞ?」
なんて往生際の悪い……。
すがるような目つきはやめてくださいよ……。
「あ~、えっと……じゃあ、疲れました……」
「だっろーっ!! しょうがないやつだっ、まったくっ!!」
あ、表情が元気になった。これならもう少し行けそうですね。
「でも頑張ります! もう少し今日のうちに進んでおきましょう!」
「………………………………うん……」
真顔になってテンション下がった。可愛い。アデリナ可愛い。
しばらく道なき道を行くと、奇妙な環状列石が見えてきました。中央には石のベッドのようなものが用意されていて、石のベッドには紋様のようなものが刻まれています。
「ようやく魔法の森の中心に到達か……」
アデリナがうんざりしたように呟きます。
「そうなんだ」
どうやらわたしたちは、魔法の森の半分を踏破したようです。シーレファイスを出発したのはわずか半月ほど前のことですが、もうずいぶんと懐かしい過去のような気がしました。
わたしは石のベッドに腰掛けて、ふらふらのアデリナに尋ねます。
「今日はここで休みますか?」
「……あまり気が進まないな」
「どうして?」
地面はしっかりしていますし、拓けた場所ですから見通しもいいのに。
「おまえの座っている台座、生け贄の台座だぞ」
「うへぁ!」
思わず変な声が出てしまいました。わたしは大あわてで生け贄の台座から降ります。
南無南無。反射的に両手を合わせてしまいました。
「そ、そういうことはもう少し早く言ってくださいよ!」
「魔法の森には支配者がいてな。そいつは昔、人間を捕らえてきては台座で斬り刻み、その血を邪神に捧げていた。紋様に見えるのは、血液を一定方向に流すための溝だ」
う、うわぁ~……。お尻置いちゃった……。
そのときでした。
背後からずっとわたしたちの後をつけてきていたグールたちの大量の気配に変化が起こったのは。
交換日記[七宝蓮華]
今生の別れじゃあるまいし、また遊びに来たらいいだけじゃないですか。
交換日記[魔法神]
(脳筋ですな)
交換日記[筋肉神]
脳筋ンンっ!? フハハッ、最高の褒め言葉よ!




