第49話 魔王は交渉に応じない
交換日記[筋肉神]
おい、カレーンゴ食って帰る?
圧倒的でした。
きっとこの二人ならば、力を失った黑竜でさえ倒せたのだと思います。
呼吸と血流を止められ、わたしの視界は暗転しました。
その声、その風を感じたのは、意識が身体から離れる直前です。雷光のように滑り込んできた聖堂騎士が、男性の横をすり抜けて女性の足へと剣を払ったのです。
わたしの視界はすでに消えていましたが、後にアデリナに聞いた話では、聖堂騎士さんの放った雷の剣の一撃は、女性が無造作に持ち上げた鉄板入りブーツの靴裏であっさりと受け止められたようでした。
けれども女性は、流れる電流を嫌ったのか、それとも聖堂騎士さんの速さに対応できないと思ったのか、わたしを投げ出して地下室を後退しました。
「……っ……ひ……っ……くひゅぅ……」
喉の奥から奇妙な音が漏れた直後、わたしの肉体は酸素を無意識に取り込んでいました。
真っ暗になっていた視界が、徐々に光を取り戻してゆきます。自然と涙がぼろぼろとこぼれ落ちていきました。
わたしの隣には、アデリナを片手で引きずって男性から強制的に離脱させた、聖堂騎士のグラノスさんが仏頂面で立っていました。
「生きてるな。シチホー、まだやれるか?」
「……は……い……っ」
やれます。やらなきゃ死ぬだけなら。
「アデリナ・リオカルト、あんたはどうだ?」
「おかげさまで怪我もない」
わたしは貪るように酸素を取り込みながら、震える脚でどうにか立ち上がります。バランスを崩したわたしを支えるように、グラノスさんが胸鎧の背で支えてくれました。
わたしとグラノスさん、そしてアデリナが背中合わせで立ちます。
「さて、どうしたものか」
飛び込んでは見たものの、勝てないのは明らか。グラノスさんの表情がそう物語っています。
「……どうして助けになんて……バカですね……」
「まったくだ」
ラトル様が襲われているならばともかく、わたしたちを助けるためなんかにわざわざ飛び込んでくるなんて。グラノスさんは底抜けのお人好しです。やっぱり。
少し、笑ってしまいました。
「笑っている場合じゃないぞ。シチホー」
「わたしのファーストネームは――」
言葉を遮って、グラノスさんが呟きました。
「レンギ隊長とかぶって呼びづらい。シチホーでいい」
「うわっ、やだな。でしたらわたしも七宝でいいです」
あんな頑固おじさんと似ているのは嫌です。
肉体の隅々にまで酸素を行き渡らせ、ようやく力が戻ってきました。
よし、大丈夫。ダメージはありません。
「グラノス、ラトルはどうした?」
アデリナが尋ねると、グラノスさんは事も無げにこたえます。
「途中で置いてきた。人質にされても困る。おまえたちのときのようにな」
返す言葉もありません。
地下室入口側に立つ長衣の男性は、かまえもせずだらりと日本刀を提げたまま。
地下室奥側に立つ着物の女性も、かまえはせずにだらりと両手を提げたまま。
それでも、男性からは死を連想させられるほどの鋭い殺気が、女性からは空間を震わせるほどの闘気が伝わってきます。
やだな。どっちとやっても勝てそうにありません。それはたぶん、一人を相手に三人がかりでも分が悪いでしょう。
震え、止まらないや……。
「おい、貴様」
アデリナが喉奥から声を絞り出します。男性が自らを指さしました。
「おれかィ?」
「そうだ。貴様は――」
「ああ、そいつぁ時間の無駄だ。やめときな、嬢ちゃん。おおかたおれたちがすぐに攻撃に移らねえってんで、迷ってるとでも考えたんだろ? そいつを理由に言葉で揺さぶるつもりなら、大いに無意味だ。いいか、こいつは大前提だ。――おれたちはもう、人間相手に交渉に応じる気はねェ」
アデリナが舌打ちをして口をつぐみます。
どう見ても人間にしか見えません。それも、男性の衣服はレアルガルドのものですが、武器は日本刀。女性の容姿はレアルガルドのものですが、着物は日本のもの。
異邦人が関係しているのは間違いないでしょう。
今度は女性が口を開きます。
「わたしたちがすぐにあなたたちを殺さないのは、観察しているからです。あなたたちが悪かどうかを。ですがご安心ください。悪と判断でき次第、すぐにでもひねり潰して差し上げますので」
ぞくり、と背筋に悪寒が走りました。
グラノスさんが眉をひそめます。
「悪? 我々がか? 一〇〇名以上もの聖堂騎士を斬り捨て、写本を強奪に来た輩の言葉とも思えんが。悪はおまえたちのほう――」
「――そうだよ?」
グラノスさんの言葉が終わるよりも先に、男性が外連味に満ちた声色でにやけながら呟きました。
「おれたちゃ極悪人さ。ンなこたぁ、おれ自身が嫌ってくれえに知ってらァな。そして、おまえさんもよぉ~く知っているはずだ、そうだろ坊主?」
グラノスさんが歯がみして、静かな声で尋ねました。
「………………やはり、おまえが魔王か……ッ」
なん――っ!? ま、魔王! この男性がッ!?
魔王が黒の石盤遺跡の写本を欲しているのは知っています。それでも、まさかご本人が直々に奪いに来るだなんて思ってもみませんでした。
アデリナは身じろぎ一つしません。たぶん、予想していたのでしょう。
男性は、グラノスさんの質問にはこたえませんでした。
肩に置いた刀の峰を、とんとんと上下に動かしているだけで。
この人は明治時代の日本人で、侍。完全体の黑竜の頸を斬り落とした、唯一の人間。人の身でありながら常闇の眷属を統べる、常闇の王。
だとするなら、この女性は――……?
「リリィ、おまえさん、こいつらをどう判断する?」
「どうでもいいです。写本探しで頭を使ってお腹が空いたのでもう帰りたいです」
魔王は一旦渋い表情をしてから、唇を尖らせて呟きました。
「おれもだ」
「どこかでカレーンゴを買って帰りましょう」
カレーンゴ? なんておいしそうな響きなの!
「いいねェ。だがその前に――」
ぞわっ、と、殺気の波がわたしたち三人を呑み込んで地下室で渦巻きました。
「――今のこいつらの善悪は知らねえ。だが、写本の知識を求める輩は、いずれ数多の悪を産み落とす可能性が高え。ラヴロフのようにな」
ラヴロフ! ラヴロフ・サイルス!
魔王が支配するより以前の、旧アラドニア王の名です。
彼は魔王に何をしたの? 彼はレアルガルド大陸に何をしたの? サイルス一族は魔導文明をもたらしただけではなかったの?
「では、さっくり終わらせましょう」
魔王の放った殺気の渦を押し返すように、女性の全身から凄まじい圧力の闘気が溢れ出しました。
足、震えるな。呼吸、戻して。大丈夫。動ける。
「……シチホー。おまえと俺で魔王を殺る。アデリナは後ろの女の足止めをしろ。手段は問わん。必要があれば図書館ごと崩してもかまわん。覚悟を決めろ。もう……やるしかない」
グラノスさんの呟きに、わたしとアデリナが同時にうなずきます。
第二戦、開始です――!
交換日記[魔法神]
そうですな。
交換日記[七宝蓮華&アデリナ・リオカルト]
まだ生きてるから興味を失くすなヽ(#`Д´)ノ




