第45話 魔法少女は立ち向かう
交換日記[魔法神]
この世には、触れるべきではない知識などいくらでもありますからな。
すべてを識ることが必ずしも正しいとは限りませんぞ。
それは、地の底から大地を突き上げたような震動でした。横ではなく、縦に激しく揺れたのです。
大聖堂が歪み、天井から埃や小さな瓦礫が降り注ぎます。
「ラトル様!」
グラノスさんが大あわてでラトル様に覆い被さり、身を挺して降り注ぐ小さな瓦礫やガラスからラトル様を守ります。
綺麗なステンドグラスも割れて、豊穣の女神ニフラ像までもが傾いて。
ようやく震動が収まった瞬間、ラトル様が力強い声で叫びました。
「レンギ。すべての聖堂騎士を集めて指揮を執るのだ。神官や修道女らには避難指示を、民へは戒厳令を」
「はっ!」
ラトル様の視線を受けたレンギ隊長が、震動で落ちてきた自らの炎の剣を拾い上げて走り出します。わたしたちにではなく、大聖堂の入口へと向かって。
「やはり来おったか……」
来た? 何が? 誰が?
人間? 常闇の眷属? ううん、たとえばさっきのアマゾネス族が襲撃に来たくらいでは、大神殿がこうも揺れることはありません。
もっと、もっと大きな、何か。たとえばサイクロプスや巨大オーガが群れを成して襲ってきたくらいの。
「アデリ――ナ?」
アデリナが真っ青な顔で呼吸を荒げていました。大きな胸に片手をあて、脅えるように大聖堂の入口の方角を凝視しています。
「なん……ッだ、この魔素は……ッ」
歯を食いしばって、その隙間から声を絞り出して。
アデリナが脅えてる? このような表情は黑竜以来じゃないでしょうか。
けれども黑竜ではありません。あれが近くに来れば、わたしにだってわかるんです。敵意と殺意がものすごく渦巻いているから、気配が読めるのです。
「グラノスや」
「はっ」
「儂を図書館まで連れて行っておくれ」
「…………承伏いたしかねます。御身に危険が及びます」
「ようやくあれが来たのだ。迎えてやらねばならん。それに、どこまで行っても逃げ切れるものではない。これも人類が背負った業よ」
グラノスさんが少し迷ったようにうつむき、わたしとアデリナに視線を向けました。
「恥を忍んで頼みがある。貴公らの力は先ほど拝見させていただいた。どうかこの先、俺とともに大神官ラトル様をお守りいただけぬだろうか」
「よせ、よせ。この者らを巻き込むことはない。お嬢さん方、話はもう終わりだ。写本の閲覧は許可できぬ。そうそうに退避しなさい」
グラノスさんは無念そうにうつむくと、ラトル様に肩を貸して入口方向へと歩き出してしまいました。
大聖堂にはわたしとアデリナ、そして眠ったナマニクさんしかいません。
わたしはナマニクさんの入ったリュックに視線を向けたまま、小声で尋ねます。
「アデリナ、さっき何を感じたの? わたしたちじゃ勝てない敵?」
「……どうかな。あたしには肉弾戦の力を推し測ることはできない。だが魔素濃度は異常だった。おそらく外にいるのは凄まじい魔法使いか、でなければあたしたちがまだ出会ったこともない上位の魔物、神格生物だ。――それも、たった一体」
「アデリナは逃げたい?」
何度も深呼吸をして、アデリナは静かに囁くように言います。
「わかってる。写本が見たいんだろ。エルドラ大神殿に恩を売っておくのは悪くないし、どさくさに紛れて読んでしまうのもいい。……あたしが逃げたって、おまえはきっと一人で行くだろう」
「もちろん!」
最後の呼吸は深呼吸ではなく、ため息でした。
そしてアデリナはあきらめたように笑うのです。わたしをあきらめさせることを、あきらめて。
「守りながら戦うのは大変ですから、ラトル様たちの先回りをしましょう。図書館の場所はわかりますか?」
「いや。だが、外に出ればわかると思うぞ。小さな魔素が次々と消滅している。南から北に向かって」
「?」
意味はわかりませんが、わたしはアデリナのことを全面的に信用しています。だから、リュックを拾い上げてから割れたステンドグラスの窓を目掛け、黙って彼女の腰を抱えて膝を曲げるのです。
「跳びますよ」
「待て。ナマニクは置いて行け」
「え……」
「あたしがここに小型シェルターを造る。大聖堂が倒壊しても壊れない強度のだ」
言うや否や、アデリナは割れた床から露出した大地に飛び降りて、湿った地面に手をつき、土属性魔法を発動させます。
なぜ? なぜ?
「説明している暇はない。あたしの予想がたしかなら、とんでもないやつが来ているかもしれん。念のため、鎧竜は見せないほうがいい」
「わ、わかりました」
アデリナには、敵に心当たりがあるのかもしれません。鎧竜の子は大変な価値のあるものですし、見せて回ることが良いこととはわたしも思えません。
わたしはナマニクさんをリュックごと、土のかまくらに置きます。
アデリナが空気穴を残して、かまくらの入口を閉ざしました。
「安心しろ。強い魔法使いかが解錠するか、もしくはあたしが殺されるか、遙か遠くに離れるかしなければ、決して壊れないようにしておいた」
「ええ。ありがとう、アデリナ」
「よし、行こう」
「はい」
そうしてわたしたちは高く跳躍し、割れたステンドグラスの窓から飛び出しました。
視線を下げれば、大神殿中庭には聖堂騎士さんたちがたくさん転がっていました。何者かの進行方向に、一直線で。
生きているのか死んでいるのかは不明ですが、誰も身じろぎ一つしません。
先ほどアデリナの言った、小さな魔素が消えていく、といった言葉の正体はこれだったのでしょう。
それにしても、なんて数……。
一〇〇名はゆうに超えているでしょう。こんな短時間で。
「蓮華、あれを辿れ」
「はい」
わたしは大聖堂の窓枠を蹴って、さらに跳躍します。空を駆け、宿舎らしきものの屋根を蹴って中庭を跳び越え、数百歩の距離を一息に。煉瓦色の尖り屋根の建物の前まで。
倒れた聖堂騎士さんたちがいるのは、この建物の手前までです。
腰の悪いラトル様は、まだ到着していないようでした。
アデリナが青ざめた顔のまま、ドアにあった金属プレートの文字を読み上げます。
「アルタイル図書館。“神殿関係者以外の立ち入りは許可を得てから”。間違いない、ここだ」
このドアから入ったのだとしたら、どうやら侵入者は人間サイズのようです。人間サイズの生物がこの大きなエルドラ大神殿を揺らすだなんて、とても信じられません。
そんなことは、わたしにだってできないからです。
「行きましょう」
「その前に蓮華、変身しておけ。あの強力な鈍器はあったほうがいい」
聞き捨てならない言葉に、わたしは立ち止まります。
「ちょっと、アデリナ? キラキラ☆モーニングスターは鈍器じゃないんですけどっ」
そう呟くと、アデリナが口角を少しだけ上げて笑いました。
「ふふ。そうだった。魔法の杖だ」
「あはは、わたしたちの国では、魔法のステッキです」
それだけで、わたしもほんのわずかだけ、心が軽くなったような気がして。
そうしてわたしは変身します。
右手にキラキラ☆モーニングスターと、目もとに黒金の仮面を装備して。
「今度こそ行きますよ」
「ああ」
交換日記[筋肉神]
かはぁ~……ふぬぅ……ッ!
ダブルバ~イセプス!
交換日記[七宝蓮華]
筋肉神にまじめな話なんてするだけ無駄ですよ。




