第39話 常闇のアマゾネス
交換日記[魔法神]
にゃんにゃんにゃんにゃあですぞ?
ランドルフさんに別れを告げて、すぐに手分けをします。
アデリナはもと来た道を引き返してアルタイル西門へ、わたしは宿の手配をしに中央へ。
手近な宿で宿泊手続きだけを終えると、わたしもすぐに道を走って戻って、西門で盗賊さんを捜すアデリナと合流します。
なぜなら、わたしたちはほぼ確実に盗賊さんを追い抜いているからです。
「急がなきゃ」
馬が流しで走る速度と、巨大オーガの歩む速度は、ほぼ同じ。馬は街道という回り道を必要とする上に夜通し走ることはできませんが、巨大オーガはウクラン川沿いの直線距離を夜通し歩き続けました。
これなら盗賊さんが馬を乗り捨ててワイバーンにでも鞍替えしていない限りは、わたしたちのほうがアルタイルに先に到着しているはずです。
あの髭おじさんめ。絶対にゆるしません。ちょん切ってやります。
――にゃあ。
それにしても……本当に街のあらゆるところに猫がいますね。猫の国というのはダテじゃないです。
野良猫なのに、みんな人間を恐れないのが、なんだか不思議。時間があればゆっくり撫で回してみたいところではあるのですが――。
「あ!」
「おっと。気をつけなよ」
よそ見をしながら走っていて、大きな荷物を背負った太っちょのおばさんと肩があたってしまいました。足を止めずに玉石の通りを走りながら、わたしは謝ります。
「ごめんなさい!」
ランドルフさんが先ほどまで猫と戯れていた場所を再び通りかかると、そこにはもさもさの姿はすでにありませんでした。数匹の猫と一緒に。
「もうイルクヴァルに向かったのかしら……?」
気にはなりますが、今はそんなことをしている場合ではありません。
わたしは猫や人を避けながら走り、アルタイル西門で待つアデリナと合流します。
「アデリナ!」
アデリナは切れ長の視線を牧草地の街道へと向けたまま、風に煽られる長い青髪を片手で押さえていました。
「蓮華か。まだ来ていない。ランドルフがオーガを夜通し歩かせたから、まだ少し時間があるのかもしれないな。宿はどうだ? 良さそうなところはあったか?」
「取れました。食堂に人が多かったので、今晩は楽しめそうです」
「それはいい。ナマニクを取り返したら今夜はゆっくりできそうだ」
アデリナがふわりと柔らかに笑います。
同性のわたしから見ても、とても魅力的な笑みです。
しばらく待ちます。
「そう言えばランドルフさんがいなくなっていました」
「ああ。さっき通ったぞ。もう帰るそうだ。ふふ、猫を十四匹連れていた。一列に並んでぞろぞろとランドルフのあとをついていくんだ。可愛かったぞ~」
ええ……。ほんとにもう旅立ったんだ。あの人、疲れないのかしら。
「お金ないのにどうするんでしょう? 海峡、渡れるのかしら」
「何を言っている。他人事じゃないぞ。宿の手配はしたが、盗賊を捕まえねばあたしたちも文無しだ」
「そうでした……」
盗賊がここを通らなかったら、宿もキャンセルです。
「しかしこのアルタイルという国は、衛兵も立てていないのですね」
「必要がないのだろうな」
「どういう意味ですか?」
「アルタイルは猫の国であると同時に、賢者の国でもある。おぼえているか? 図書館の話」
「ええ。もちろん。ナマニクさんを取り返したら、図書館で黒の石盤遺跡の写本を閲覧させてもらうつもりですから」
いよいよです。うまくすれば、これでわたしも魔術師の仲間入りです。
石盤遺跡の写本は魔導書や魔術書というより、魔導技術の詳細が書かれているらしいのです。魔法の才能がない人でも、魔術が使えるようにする技術。
魔法の使えない魔法少女であるわたしには、うってつけです。正確には魔法ではないそうですから、魔術少女になってしまうのですけれど、そこはそれ。
アデリナが門に背中を預けながら、わたしに視線を向けてきました。
「石盤遺跡の写本はともかくとして、アルタイルの図書館には魔導書・魔術書も多い。つまりこの国には魔術師が多いんだ。だから衛兵は必要ない」
「えっと……? 話の繋がりがよく見えてこないのですが。魔術師が多くたって、見張りは必要じゃないですか」
「うん。あたしたちは現在進行形で見張られている。魔術で」
ゆっくりと、何もない空に視線を上げて。
「たぶん、あそこらへんが目だな。ほんの微かだが、妙な魔素が滞っている。これは自然発生した魔素の流れじゃない」
「え? え?」
アデリナが空に向けて手を振ります。
「見えているかな」
魔術機構の監視カメラのようなものがあるのでしょうか。わたしにはただの空にしか見えません。
「冗談?」
「いや。あたしは使えんが、そういう魔術もある。ここは賢者の国アルタイル、そういう国だ」
ぴんと来ません。けれどもアデリナが言うのであれば、わたしたちはすでに見られているのでしょう。どこかの誰かに。
あまり気持ちのいい話ではありませんね。
荷車を引く旅人が入国していきます。
髭おじさんではありません。子供がいたから、たぶんお引っ越しかしら。
しばらく待っていると、白馬と栗毛の馬を含む三頭の馬が引く大型の馬車が来ました。
人を運ぶためというよりは、荷をのせるタイプのようです。飾りがありません。御者はちょっと露出の多い格好をした派手な女性です。
アデリナが鋭い視線を向けて、ふぅと口から息を吐きました。
「……」
ため息は緑色に渦巻き、馬車の幌をふわりと巻き上げます。荷物を運ぶ馬車の中に、たくさんの方がのっていました。女性や、子供。男性はほんの少しだけ。
「違うな。魔素の発生源が多かったから、もしやと思ったが」
馬車はわたしたちの目の前を通り過ぎていきます。
「格好からして旅芸人の一座か何かでしょうか」
「そうかもな」
しかし、助かります。優れた魔法使いであるアデリナがいなければ、わたしはいちいち通行する馬車を停めて中を確認させていただくより他ありませんでした。
その後も数台、通り過ぎていきます。
もしかして、やはりフラニスからアルタイルまでの間に目的地があったのでしょうか。
そんなことを考えた瞬間でした。
「蓮華」
大型の馬車です。白馬と栗毛の馬が引いています。
わたしたちの馬でしょうか……。
鞍はわたしたちが使っていたものとは違い、細工の施された工芸品のようなものが散りばめられていました。
「たぶんあれだ。前に出て停めてくれ」
「え? え?」
「ほら、早く」
「――ひゃ!」
アデリナにいきなり背中を押され、わたしは大型馬車の前によろめき出てしまいました。
「――! どう、どう!」
御者の女性があわてて手綱を引きます。
すんでのところで、大型馬車は停止しました。
「あなた、危ないじゃない! 何をしてるの!」
「ご、ごもっとも……」
「早くどいてくださる? 急ぎなの」
女性です。それも、線の細い女性。身なりはとても綺麗で。
ふりふりのついた鮮やかな赤や青で彩られた幅の広いスカートと、シンプルなブラウスを着ています。ドイツの民族衣装のディアンドルに似ていました。
すっごく可愛いです。とても盗賊には見えません。
「ア、アデリナ……や、やっぱり間違いじゃ……」
そう呟いて、アデリナに視線を逃がした直後のことでした。
アデリナが右手の人差し指と中指を揃え、視線の高さで左から右へと右腕を薙ぎ払います。
「――異空の刃」
瞬間、ばん、と馬車の幌が横に真っ二つに裂けて、派手に吹っ飛びました。
な、な、何、今の魔法……?
舌打ちをした御者の女性が舌打ちをして御者席から荷台へと飛び移り、残った幌を内側から一気に斬り飛ばしました。
大きな、とても大きな、アデリナのグレートソード・ドラゴンスレイヤーに負けず劣らず大きな金属の斧で。
あ……隠してたんだ、武器……。
大型馬車の全容があきらかになります。
そこには御者の女性と似たような民族衣装を着た、三人の女性が大型の斧バトルアクスを肩に担いで立っていました。線の細い女性には、到底扱うことなどできないであろうバトルアクスを。
にやにやと、不敵な笑みで細い腰に手をあてて。
「あれれ~? な~んでばれちゃったんだろっ」
「ヤーハー! お馬鹿さんたち! ど~ぅやって先回りしたかはしんないけど、わざわざボクらに殺されにきたのかい?」
彼女たちの足もとには、リュックから首だけ出したままぐるぐる巻きに縛られて眠っているナマニクさんの姿があります。もちろん、アデリナのバックパックもです。
アデリナが胸鎧の内側からナイフを取り出して、気怠そうに息を吐きました。
「面倒な。蓮華、気をつけろよ。人間の女を相手にしているとは思うな。こいつらは常闇の眷属のアマゾネス族だ。魔王の手の者かもしれん」
魔王の――!?
交換日記[アデリナ・リオカルト]
気持ち悪いぞ、魔法神。




