第37話 女剣士は眠らない
交換日記[魔法神]
騎獣、ゲットだぜーですぞー!
まるで山が動いているようでした。
のっしのし、のっしのし。わたしとアデリナを背中にのせて。
巨大オーガは川沿いを進みます。
ときには川の中に足を浸けたり、滝や岩をよじ登ったりしながら、ウクラン川をひたすら上流へと向けて、のっしのし。
「フォ!」
オーガの後頭部、角につかまりながら、ランドルフさんが何事かを命じます。
するとオーガはグルルと唸って、ランドルフさんの意志に従うように方角を変えたりもします。概ね、南西方向へと向かって。
巨大オーガはわたしたちをのせて歩いていますが、これは街道を行く馬とほとんど同等の速さで移動できているような気がします。街道よりも距離が短い分、盗賊たちに追いつける可能性がようやく出てきました。
これで野生の獣臭さえなければ完璧だったのですが。
げんなり。アルタイル入りする前に、ウクラン川で水浴びでもしましょうか。
「……まさかオーガに騎乗する日がくるとは……」
アデリナが半眼になって呟きます。
「ランドルフさんって本当に何者なのでしょうね」
「フォ! フォ!」
ぽこ、ぽこ。ランドルフさんは小さな拳でオーガの後頭部を叩いて。
まだ怒ってるのかしら?
ウクラン川沿いは木々に覆われていますが、わたしたちをのせたオーガが進むたびに、他の獣や鳥たちが大急ぎで逃げ出していきます。
まるで大名行列かモーゼの十戒です。
「いやしかし助かった。あたしの体力はまだまだあったとはいえ、これなら消耗せずに進むことができる」
ぐったりと大の字になった状態で、なぜかアデリナは強がります。誰がどう見ても限界でしょう。全身から汗を流し、呼吸も荒いままです。
川原を歩いてオーガと戦ったことで、一気に消耗してしまったのだと思います。
「でも、ある程度のところで乗り捨てないと、人里に近づけるわけにはいきませんよ、この子」
「……のせてもらった手前、利用するだけして最後に処分ってのも気が引けるしな」
「はい。ですが、問題は盗賊たちの目的地がアルタイルではなかった場合です。つまり、フラニスからアルタイルまでの街道沿いに目的地があったとしたら、わたしたちはアルタイルに向かってしまうと行きすぎることになります」
アデリナが起き上がり、胸鎧の裏から地図を取り出しました。
「…………たぶん大丈夫だろ。鎧竜の子を売り捌くとするなら、それなりに大きな国か街である必要がある。フラニスからアルタイルまでの間にそういった都市は存在しないどころか、宿さえないはずだ。それでも整備は行き届いているはずだから、街道近くにアジトがあることもないだろう」
「だと良いのですけど……」
ナマニクさん、今頃お腹を空かせていないでしょうか。
「心配するな。殺されることはないはずだ。盗賊でも顧客の要望は極力呑む。死んだ鎧竜では生きた鎧竜の価値には及ばない。入手後に殺すことはできても、生き返すことはできないからな。万能薬のエリクシルでもない限りは」
「そこまでの心配はしていませんでしたが……」
言われてみればそうですね。ならとりあえずは安心です。
「エリクシルというのは、死んだ生物を生き返らせることができるのですか?」
「肉体の欠損が少なければな。怪我も病もたちどころに治してしまう。ま、もう一国の王でも手には入らん。持っているのは魔王くらいのものだろう」
アデリナが地図をたたんで胸鎧の内側へと収めました。
「魔王?」
「魔王の騎竜は銀竜だ。エリクシルというのは銀竜の血液そのもので、現状レアルガルド大陸で確認されている銀竜は、魔王の騎竜だけだ」
なるほど。
力も知識も騎竜もアイテムでさえも、わたしたちよりも相当上のレベルにいるようですね、魔王は。
「……戦いにならなければ良いのですが」
「な~に、あたしの剣技があれば対抗できるさ」
いったいどこから溢れてくるんですか、そのわけわかんない自信! ろくすっぽ旅もできない体力なのに!
「ふ、互いに剣士同士。刃で語らい合ってみたいものだ」
「………………つっこみませんよ?」
「どこにつっこむんだよ」
全部です、全部。
いっそアデリナが後生大事に背負っているドラスレをへし折って差し上げたほうが、まだ勝ち目が出てくる気がします。
わたしの体術とアデリナの魔法があれば。
そう思いかけて、わたしはため息をつきました。
無理です。わたしとアデリナが力を合わせても勝てなかった黑竜は、魔王が斬った完全体の黑竜よりも遙かに衰えていたはずですから。
わたしたちは魔王から、黑竜の倒し方を聞き出さなければなりません。必要とあれば、助力を仰ぐこともあるでしょう。
けれど、取引とは対等の立場にあるものがすることです。
力、知識、騎竜、アイテム。わたしたちは魔王より、すべてにおいて劣っています。
足りてません。全部が。せめてそれらを補う、何か他の要素でもあれば良いのですが。
たとえばそう。異邦人。
遙か東方の港湾都市に現れたという噂のピカピカ光るとかいう胡散臭い勇者。
後光が射すほど聖人なのか、キラキラして見えるほどイケメンなのかは知りませんが、本当に勇者なる人物が存在するのだとしたなら、是非とも魔王との対話に立ち合って欲しいところです。
まあ、いるかいないかさえ定かではない人物を交渉材料に考えるのはやめておきましょう。
「この速さなら明日の朝方にはアルタイル前の街道に到着できそうだな」
アデリナがぽつりと呟きます。
すでに日は暮れ始めていて、夕焼けになっていました。
「このオーガに夜通し歩かせるんですか?」
「さてな。ランドルフ次第じゃないか」
ランドルフさんはまだ「フォ! フォ!」と言いながら、オーガの後頭部をぽこぽこ叩いています。
意外に執念深いなあ……。
「蓮華」
「はい?」
アデリナが風になびく青髪を押さえながら言います。
夕暮れ時で緋色に染まったアデリナは、とても神秘的に見えます。たぶん、勇者なんかよりもずっと。
「少し寝ていろ。明日は戦いになる。たかだか盗賊相手だろうが、油断はしないほうがいい」
「そうですね。アデリナも休んでください」
「念のため、オーガの監視が必要だ。最初はわたしがやっておく」
わたしは尋ねます。
「アデリナは眠くないの?」
「ああ。さっきまで横になっていたからな。おまえが休め」
優しいなあ、アデリナは。自分だって相当疲れているはずなのに。
「わかりました。ありがとう、アデリナ」
アデリナは「それが当然だ」と言わんばかりにただ黙って。そんな態度に、わたしはどうしようもなく惹かれるのです。彼女が女性でなければ恋に落ちていたでしょう。
わたしは巨大オーガの背中に寝そべって瞳を閉じます。
いくらわたしが体力バカとはいえ、このように歩き続ける旅は初めての経験です。戦って、歩いて、食べて、海を渡って、また歩いて……。
やはり疲れていたのでしょう。眠りはすぐにやってきました。
ところが深夜になって目を覚ましたときにわたしが見た光景は、未だにオーガの後頭部を叩き続けているランドルフさんと、わたしの隣で高いびきをかいて大の字で眠っているアデリナの痴態でした。
こ、この人……。
交換日記[七宝蓮華]
(魔法神のしゃべり方ってムッ●みたい)




