第33話 鋼の山亭
交換日記[魔法神]
ランドルフ氏……。
よもや首が一回転するとは……筋肉神の親戚か何かとしか思えませんぞ。
交易拠点フラニス――。
セラリア海峡を二日がかりで渡り、わたしたちはリナリス運輸フラニス支部の港へと、二頭の馬と鎧竜の子を連れて入港します。
海賊さんたちと黒光りオジサマに別れを告げて交易拠点フラニスに足を踏み入れると、すでに日は落ちているにもかかわらず、そこは様々な露店で賑わっていました。
食べ物から武器防具、骨董品、遠くの地の名産物、特産物まで、ほんとに色々あります。
白馬を引いて隣を歩くアデリナが、ようやく船酔いから解放されたと両手を天に伸ばして背中の骨を鳴らしました。
「フラニスは今、すごい早さ開発されているんだ。魔王が世界から空を奪ったせいで各国の輸出入は海路を頼らざるを得なくなって、海岸沿いに都市ができ始めているからな。フラニスもその一つだ」
「へえ……」
たしかに、露店だけではなくシーレファイスのような四角い建物らしきものを建築している職人さんの姿を結構な頻度で見ます。
「あと一年もしないうちに、ここは交易拠点じゃなく交易都市と呼ばれるようになるだろう。シーレファイスとしても、ここに交易都市ができるのは大いに歓迎だから、多少なりと出資しているんだ。国と国の繋がりは密接にあったほうがいい。無用な諍いも防げる」
「そうですね」
さすがは一国の王女だけあります。
旅をする上でレアルガルドの内情を知れるのは、本当に助かります。
ちなみに一国の王であるランドルフさんは、入港と同時に姿を消してしまいました。目指す先が同じアルタイルですから、いずれまた会うこともあるでしょう。
「あたしたちはこれからフラニスを出てウクラン川沿いを上流へと向かい、アルタイルを目指す。アルタイルのある方角は南西だから少しばかり遠回りになるが、直接西へ向かうと密林、山岳、砂漠の三重苦を人里を通ることなく越えねばならなくなる」
「それは……」
お腹が空きそうですね……。
「特に砂漠はひどい。セラリア海峡の三倍はあるからな。まず馬が死ぬ。馬が死んだらあたしたちも終わりだ」
「わたしは終わりませんが」
アデリナが大きな胸に手を張って、自信満々の不敵な笑みで言い捨てました。
「あたしが終わるんだ」
それはたしかに困ります。
「というのが明日からの予定だ」
「今晩は?」
「フラニスで宿を取らなきゃな。夜に川沿いを馬で行くのは、これまた自殺行為だ。灯りがなきゃ踏み外してどぼん。それに馬の臭いは魔物を呼び寄せてしまう。暗闇ではなるべく相手したくないだろ」
わたしはうなずきます。
ダーグアオンの一件で思ったことは、いちいちこんなのと戦っていられないということです。もちろん人助けとなると話は別ですが、レアルガルド大陸には本当に魔物が多いようなのです。
「とにかく疲れた。一番近くの宿を取ろう」
アデリナは馬を引きながらふらふらと進み、一件の建物の前で立ち止まりました。回転看板が海風でくるくると回っています。
「鋼の山亭。ここにしよう」
ええ……。なんかおいしそうなものが出て来る気がしない店名です。
しかしアデリナの疲労を考えると、そうも言ってはいられません。一刻も早く休ませないと、明日の出発が遅れてしまいます。
仕方ありませんね。
わたしはスイングドアを押し開けて、店内を覗き込みました。
「ごめんください」
「へい、まいど」
身の細い、口ひげを生やしたおじさんが出てきます。
「この宿に厩舎はありますか?」
おじさんはわたしの肩越しに二頭の馬に視線をやって、にっこり微笑みます。
「ええ、ええ。ございますとも!」
「では部屋は空いてますか? 二人部屋がいいのだけれど」
「お嬢さん方は実に運がいい! いつもでしたらこの時間になると埋まってしまっているのですが、幸い、本日は一部屋だけ空いていますよ!」
本当かしら。食堂には誰もいないように見えるのだけれど。
わたしの視線に気づいたのでしょう。髭おじさんがあわてた様子で口を開けます。
「夕食の時間はもう過ぎたからですよ。ささ、どうぞこちらへ」
そう言って髭おじさんはアデリナのナップザックとわたしのリュックを引ったくるように手にして――。
――ぴゅぃぃ!
「ひ!?」
リュックから顔を出した鎧竜の子がおじさんの手を噛みます。
「いででででっ!?」
「あ、出ちゃだめ……っ」
わたしはすぐさま自分のリュックを取り返し、鎧竜の子の頭を押さえてリュックの中へと押し込みました――が、見られてしまいました。
竜種というものは空に無数にいるワイバーンを除けば、古竜でなくとも非常に珍しい種族だと聞きます。そのようなものを連れ歩いていることは、あまり喧伝しないほうがいいとクラナス王は言っていました。
なぜなら、そういった珍生物はお金になるからです。
ただの珍種コレクターならばともかく、殺して剥製にしてしまったり、鎧竜ですと強靱な鱗を防具の材料にすることもできるそうです。
育ちきれば自分の身は自身で守ることもできるでしょうが、この子が幼いうちはわたしがしっかり守ってあげないといけません。
「い、今のは……」
「ワイバーンの子を保護した。いずれ騎竜にするためにな」
アデリナが平然とした調子で嘘をつきました。
「ワイバーン……? ああ、なるほど。長旅のお供ということですな」
「そういうことだ。竜騎兵に倣ってな。荷物はいい。自分で運ぶ。それより早く部屋に案内してくれないか。船旅で散々酔って疲れた。それと、食堂の時間が終わっているなら食事も部屋に運んでくれ。メニュー表はあるか?」
たたみかけるように、アデリナは言葉を吐き続けます。すごい、と思いました。
おそらくこれは、主人の思考を鎧竜の子から客である自分たちに向けさせるための心理誘導だったのだと思います。
「え、ええ。こちらに」
一番近くにあったテーブルから木造のメニュー表を手にして、髭おじさんはわたしたちに手渡してくれました。
わたしはレアルガルド文字が読めないので、アデリナに任せます。
「そうだな。これと、これと、これも頼む。酒はいい。水をくれ。あと、厩舎の馬には飼い葉と水をやってくれ」
「承知しました」
アデリナがナップザックから小さな革袋を取り出し、銅貨の束を髭おじさんの掌へとのせます。
「足りるか?」
「ええ、ええ。十分ですとも!」
おじさんは満足げにうなずき、先に立って二階の部屋へとわたしたちを案内してくれました。
交換日記[筋肉神]
何をぅ?
妄言しか抜かさんところなど、魔法神にそっくりではないか。




