第31話 海に響くは弔いの
交換日記[魔法神]
さすがは我が愛娘、見事な水属性魔法です。
あの魔法少女……ぷぶっ……の水魔法ごっこ……ぷぷ……っ……とは大違いでしたよ!
異様な光景でした。
ランドルフさんがぺたぺたと氷の上に這い上がります。あまりに巨大なダーグアオンの首を持ち上げたまま。
う、討ち取ったのかしら……。引きずり込まれた海中で……?
「……」
誰も言葉はありません。
船酔いとダーグアオンの臭気でダウンしたアデリナはもちろん、お頭さんを含む海賊さんたちも、ただただ息を呑んで、口をあんぐりと開けて。
「ラ、ランドルフさん?」
「?」
重力を無視したかのような怪力で、自分の肉体の七倍はあろうかというダーグアオンの巨大な首を持ったまま、ランドルフさんが首を傾げます。
わたしは恐る恐る、ダーグアオンの首を指さしました。
「そ、それ、どうしたの?」
ぱちくり、お目々を瞬かせています。
「ランドルフ、猫のおみやげにする。アルタイル、持って行く」
や、そういう意味ではなく……。
「猫、よろこぶぞ?」
「そうでしょうけども」
この人、何者なのかしら。魔法は使っていなさそうなのに水上歩行ができたり、ダーグアオンのホームグランドともいえる海中で、彼らの主らしき個体を討ち取ったり。
どう考えてもわたしと同じか、それ以上の怪力を持っていますよね。
アデリナがのろのろと起き上がって、あきれた視線をランドルフさんに向けます。そうして長い青髪を片手で掻いて。
「やめとけ、ランドルフ。生臭い。リナリスの船から追い出されるぞ。海にどぼんだ」
「猫、よろこぶが?」
「あんたがそれ持ってアルタイルまで辿り着けなきゃ意味がないだろ」
「ないかー……」
しょんぼりしました。なんか可愛い。
ランドルフさんが割った氷の隙間にダーグアオンの巨大な首をポイっと投げ捨てます。
どうやらまだ生き残りがいたらしく、通常の大きさのダーグアオンたちが巨大なダーグアオンの首に取り付いてすぐさま暗い海底へと引きずり込んでいきました。
弔うためなのか、それとも同族でも食べるつもりなのか。警戒はしていますが、これ以上襲ってこないところを見ると、食料はもう足りたということでしょうか。
あまり考えたくはありませんね……。
「さて、と。蓮華」
「はい?」
「そいつらをどうするんだ?」
アデリナに尋ねられ、わたしは海賊さんたちのほうへと向き直ります。
生存者はお頭さんを含む八名。半数以上を助けられませんでした。
「先ほど、わたしが言ったことをおぼえていますか?」
「救ってやるかわりに海賊をやめろって話ならおぼえてるぜ。いずれにせよ船を失っちまっちゃあ海での商売は続けられねえ。陸で――」
「もちろん山賊も禁止ですよ。悪さ全般をやめてくださいって意味です」
お頭さんの短絡的思考を先読みして、わたしはびっと右手を挙げました。
「……だよな」
お頭さんが苦い顔で笑います。
表情から察するに、どうやらわたしの言葉を予想していたようです。その上での山賊案だなんて、ちょっと意地が悪いですよね。
「ま、なるようになるさ。一度は失った命だ。悪さはもうやめだ。約束する」
「約束を破る方々だとお聞きしましたので、念のためにもう一度宣言しておきます。あなた方が今一度非道を働けば、わたしがあなた方を潰しにきます」
あまりこういったことは言いたくはありません。
「どこへ逃げようと、どこへ身を隠そうと、どこまでも必ず追い詰めて、今度は二度と復帰できないようになるまで、徹底的に潰します。わたしの魔法で」
けれど、彼らを助けたことで今後被害が増えるのであれば、わたしにはその責任を負う必要があります。
お頭さんが肩をすくめて唇を尖らせました。
「約束を破ることはある。だが、義理を破ることはねえ。曲がっちゃいるが海の男だ」
アデリナが呟きます。
「だったら父に口利きしてやろう。セラリア海峡を渡す船はリナリス運輸だけでは足りていないのが現状だ。海峡を渡れる程度の帆船を一艘用意してやるから、それでやり直してみろ。腕っ節に自信があるなら、ダーグアオンどもの襲撃にも今後は備えられるだろ」
海賊さんたちがざわりと騒ぎました。
「そいつは願ってもねえ話だが、おめえら一体何者だ?」
「あたしたちがどこの誰かはどうでもいい。それよりも、もしも与えた船を使って悪さをするようなら、蓮華だけではなく、もちろんあたしもゆるさない。あたしの剣で海峡ごと煮沸して皆殺しにする」
本気で言ってるのかしら……。いくらアデリナでも、たぶん海峡煮沸は無理だとは思いますが……、……でも実際に結構凍らせちゃってますし、説得力があります……。
「アデリナ? それではリナリス運輸まで消毒されちゃいますよ?」
「む。さすがに誇張表現だ。まあ、殺すつもりなのは本当だが」
ほんとに誇張表現なのかな~……。
けれど、アデリナのあまりに整った顔には説得力があります。
わたしと違い、表情をあまり変えずに淡々と言うからでしょうか。本気か冗談かもわからないくらいですから。
「海の男は義理を破らねえ。おまえらにゃ感謝してる。――それでいいな、てめえら!」
お頭さんが背後に控えていた海賊さんたちに視線を向けます。
みなさん、ようやく冷静に戻れたのか、すっかり肩を落としていました。たぶん船を失ったことよりも、仲間の大半を失ったことが堪えたのでしょう。
正直なところ、わたしもこれほどの無力を感じたことはありません。
目の前で、手の届く距離で、あんなにも犠牲が出てしまうだなんて。日本で魔法少女として戦っていた頃よりも、レアルガルド大陸でのわたしは遙かに無力です。
もっと気を引き締めないと。
思わずため息が零れてしまいました。
「よう、蓮華姐さん」
「はい? は? え? 姐さ――?」
お頭さんがわたしに頭を下げます。
「疲れてるところ悪ィが、ちょっとだけ時間をくれねえか」
「あ、ええ。どうしたの?」
「弔いだ。一曲歌わせてくれや」
お頭さんはわたしやアデリナに背を向けて胸一杯に空気を吸い込み、広大な海へと向かって歌い始めました。
肩を落としていた海賊さんたちも、一人、また一人と歌い出します。
朗々と野太い声で。最初は哀しげに、けれども最後には陽気に。
それは自由の歌でした。それは海の歌でした。それは男の歌でした。海軍を相手に大立ち回り、他の海賊たちを蹴散らして、伝説の宝島を目指す歌でした。
そして、海に還った友らへの、弔いの歌でした。
交換日記[アデリナ・リオカルト]
……? 何を勘違いしている。
海峡の氷なら、ただの局地的異常気象だが(´-` )?




