第3話 立てば芍薬座れば牡丹、歩く速度は三歳児
交換日記(筋肉神)
“自称”魔法少女の類い希なる筋肉が、サーベルタイガーをこねくり回して軟骨ミンチにした。
そこへ謎の女剣士がコンニチワしたぞ。
アデリナはこの熱帯雨林を、まるで歩き慣れた道であるかのように背中の重そうなグレートソードをかちゃかちゃと鳴らしながら迷いなく歩いています。
「……はぁ~」
時折、樹木の幹に手甲に包まれた手を置いたりして。
迷いはなさそうだけれど、心なしか彼女の呼吸が少し荒くなっているようです。
あんなに大きなグレートソードなんて担いでいるからだと思うのですが、おそらくキラキラ☆モーニングスターという鈍器のような物のほうが遙っっっかに重いので黙っていました。
とにもかくにも、ずいぶんとお疲れのご様子です。
一刻も早く街とやらにつきたいところですが、これでは仕方がありません。
「あの……アデリナさん」
「アデリナでいいよ。疲れたのか? 疲れたんだろう?」
わあっ、待ってましたとでも言わんばかりのステキな顔!
汗だくで顔色まで青ざめています。
「え、ええ。少し」
「まったく、しょうがないな。これだから魔法使いってのは。頭だけじゃなく、身体も少しは鍛えたほうがいいぞ。少し休もうか!」
別にまったく疲れてはいませんでしたが、ここは彼女に恩を返しておきましょう。
「はい。ありがとうございます」
アデリナは比較的背の低いシダ植物の生えていた場を具足で踏みならし、わたしの座る場所を作ってくださいました。
まるで殿方のように紳士的です。コスプレとはいえ、ステキな騎士様です。
そうして自分の場を作り終えるとグレートソードを背中から外し、力つきたように膝を折ってその場に屈み込んでしまいました。
「……ゼハッ……ひゅぅ……ゼハッ……」
「大丈夫ですか?」
「何がだ?」
わあ、強がってる……。すっごい汗を滴らせて、白目まで剥いているのに……。美人が台無しですね……。
ここは触れてあげないでおきましょう。
「いえ、なんでもありません」
しばらく、そうして。
アデリナの呼吸が整ってきた頃を見計らって、わたしはもう一度口を開きました。
「アデリナ、ここはどこなのですか?」
「……? どこ、とは?」
質問を質問で返された意図がわからなかったので、わたしはとりあえず無難にこたえました。
「わたしは東京出身です。アデリナは?」
「そんな地名は聞いたことがないな。おまえは別の大陸からやって来たのか?」
「日本列島って知っていますか?」
「残念ながら知らない。わたしはレアルガルド大陸南端のドリイル地方、シーレファイスという都市国家で生まれ育った。そして今から向かう街でもある」
レアルガルドにシーレファイス。まるで聞き覚えがありません。
ですが、うすうすは感じていました。
ここは富士の樹海よりもずっと暗い。サーベルタイガーなんてものは、日本はおろか世界中を捜したって見つからないでしょうし、考えられるとしたら人類史以前の過去の世界に跳ばされてしまったか、もしくは完全に別世界に来てしまったか、なのでしょう。
グリム・リーパーは死神。死神は人間を異世界へと連れ去る邪神です。古来、何人もの人間が神隠しに遭ってきたのは、グリム・リーパーたちが人々を異世界に跳ばしたからだと言われています。彼らは神話同様、導くものですから。
それを代々にわたって防いできたのが、わたしたち魔法少女の系譜でした。世界では知りませんが、日本ではいつの時代もわずか五家――五名のみ。
東西南北それぞれに地火風水を司る四家に、全属性を司る七宝の家系です。
四家の魔法少女たちは代々、地火風水の属性を固定されていますが、七宝だけは固定がなされておらず、すべての魔法に通じていました。ところが今世になって初めて、魔法の使えない出来損ないの魔法少女が現れてしまったのです。
それがわたし、肉弾魔法少女の七宝蓮華でした。
そんな魔法少女の誕生によって、これまで均衡を保っていたグリム・リーパーと魔法少女のバランスに、当然のように狂いが生じてしまいました。
グリム・リーパーに魅入られ消えゆく人々を、わたしは幾人もこの目で見てきました。
思い出せる限り、男性はもちろんのこと、女性もいました。まだ小さな子供もいましたし、ポストに手をついて側溝に豪快リバースしていらっしゃる薄らハゲの酔っ払いもいました。
けれど、もしも――。
けれどもしも、彼らがこのレアルガルド大陸のある世界にいるのだとしたなら、わたしがこうして異世界に跳ばされてきた理由もあるのではないかと思えてきます。
つまりわたしは、彼らを見つけて日本へ連れ帰らなければならない。そして、四家の魔法少女たちと合流し、残るグリム・リーパーを駆逐しなければならない。
帰る……日本へ! 絶対に!
「おい、蓮華」
「え、あ、はい?」
思考の渦に呑まれていたわたしの肩を、アデリナが揺さぶっていました。
気づけば熱帯雨林には不自然なほどの、渇いた涼やかな風が吹いています。
気持ちのいい風。激しい運動で火照った身体が冷やされていきます。
「……平気か?」
「ええ」
アデリナは革製のナップザックから木筒を取り出すと、わたしに差し出してきました。
「飲んでおけ。もうしばらく歩くぞ」
いい人です。男性だったら好印象です。
でも、心意気はご立派ですが、そんな大量に汗を掻いて疲弊している方から貴重な飲み水を奪うわけにはいきません。
「アデリナが飲んで? わたしは平気です」
「馬鹿者。剣士に恥を掻かせるな」
仕方なく、わたしは木筒に口をつけて何口か水を飲みました。そうして、残る半分をアデリナに返します。
「半分こしましょう?」
「あ、ああ。……あたしの水筒は、いくら飲んでも枯れないんだけどな」
「うふふ、魔法の水筒ですね。でも、わたしはもう十分だから」
少しの躊躇いの後、アデリナは苦笑を浮かべてわたしから木筒を受け取り、口をつけました。
空になった木筒をナップザックに放り込み、アデリナが立ち上がります。
「よし、行くぞ。あたしの後ろについてこい。ここにはサーベルタイガーよりも凶暴な魔物だって出る。魔法を多少使えるからといって、あまり離れるんじゃないぞ?」
「はい」
そうしてアデリナは、勇ましく再び歩き出しました。ですが、その足もとは生まれたての子鹿のように覚束なく、ぬかるみを踏んで滑ります。
「きゃん――っ」
ご立派な剣士に似合わない、とっても可愛い悲鳴でした。
わたしはアデリナの鎧の背を片手で持って、危うく転倒を阻止します。あまり強くつかむと鎧に手形のへこみがついてしまいかねないので、そっと気をつけて。
アデリナは手をわたわたさせながら樹木にしがみついて……そうしてこっちを向き、真っ赤な顔で苦笑いを浮かべました。
「フ、フフ、すまない。助かったよ、蓮華」
「いいえ」
わたしはにっこりと返します。
ですが、アデリナが体勢を立て直したとき、わたしは彼女がしがみついた樹木に視線をやって驚きました。
……焦げてる。
樹皮が黒こげで、微かに黒煙が上がっています。
次に汚れを払う彼女の足もとに目をやり、再び目を剥きます。そこだけぬかるみが消滅していて、地面は固まっています。立ちやすいように。
そういえば休憩をしていた頃から、不自然なくらい爽やかな風が吹いていました。あと、先ほど彼女が言った、枯れない水筒も冗談ではなかったのだとしたら。
「さて、行こうか」
「ええ」
アデリナが再び背中を向けて歩き出します。
なんとなく、想像してしまいました。
この人……もしかして魔法少女だったりして……。
ないない。さすがにありませんね。
交換日記(七宝蓮華)
自称ではありませんっ。