第27話 華麗なる水上の魔法少女
交換日記[筋肉神]
魔王の正体だとぅ?
ぶっちゃけただの小汚い病弱モヤシだぞ、あやつ。
帆船は白波を立て、大海原を滑るように進みます。
黒光りオジサマが言ったように、本日は晴天。波も穏やか。絶好の出航日よりでした。
わたしは甲板に出て、船の舳先に立って海面に揺れる様を眺めていました。
ちなみにアデリナは船酔いでダウンしてます。何度も吐瀉ってますので、同じ船室にいるとさすがに臭いでわたしも酔いそうだったのです。
この船にお客は、わたしとアデリナ、そしてランドルフさんしかいません。
リナリス運輸は、主に荷物を輸送する運び屋さんだからだそうです。人間のお客様をのせるのは、わりと珍しいことのようでした。
「すまねえなあ、お客さん」
黒光りオジサマが後ろから声をかけてきました。
「何がです?」
「物々しいだろ」
甲板にはわたしの他、鎧と長槍で武装したリナリス運輸の私兵さんたちが十五名います。おそらくは海賊やダーグアオンとかいう半漁人に対する警戒でしょう。
海賊とは話がついているはずだけれど。
「仕方ありませんよ」
「ったく。魔王のクソ野郎が余計なことをしなけりゃ、安全に空から行けたんだがなあ。野郎はろくなもんじゃねえ。さっさと討たれちまえってんだ」
黒光りオジサマが空を見上げます。
「……あんなに近かった空が、今やこんなに遠くに見えやがる」
「魔導機関でしたっけ? 小型飛空挺はリナリス運輸の持ち物ではないのですか?」
「ああ、機関技術は買い取ったもんだが、魔素がろくすっぽ溜まらねえのさ。以前は魔素もアラドニア――ああ、魔王が支配した今のアラドニアじゃなくて、前王ラヴロフ・サイルスの支配していた軍事国家アラドニアから定期的に買い付けていたんだ」
なるほど。旧アラドニア王ラヴロフ・サイルスさんは、魔導技術のみを普及させておいて、魔素を生み出す技術だけは他国に売らなかったようですね。よほどの利益だったのでしょう。賢いやり方です。
「ところがラヴロフ王が魔王に討たれて魔素の輸入が途絶えちまったもんで、飛空挺は自然に溜まる魔素でしか飛べなくなっちまった。今もゆっくり溜めちゃあいるが、一年に一便も動かせりゃいいほうだ。商売にゃ使えねえ」
どうやらわたしと同じ日本人だった魔王は、人類の進化そのものを止めたようです。ふつうに考えれば大犯罪です。
けれど、どうして? どうしてそんなことをする必要があったのでしょうか?
「どうしてでしょう……」
「さてな。外道の考えることなんざ、俺にゃわからねえよ。けど、あいつらは常闇の眷属だ。敵対する光の眷属の進化を止めたいと願うのは当然のことなんじゃねえか。ましてや制空権なんざ絶対戦力だからな」
そんなことを呟きながら、黒光りオジサマは手にした双眼鏡を覗きます。
たぶん違う。魔王は、過去の人といえども日本人です。どちらかといえば光の眷属に近いはずなのです。なのに人間を捨てて異種族に一人で身を置いてまで、どうして。
わたしは頭を振ります。
行けばわかる。会えばわかる。
「あれ、そういえばランドルフさんは?」
船にのったあたりから見ていません。
まさか船底を掘っていたりは……と思ったら。
黒光りオジサマが帆を見上げて困ったように眉を寄せました。
「止めたんだが、いつの間にか勝手に上がっちまった」
見上げると、ランドルフさんは帆の上の見張り台にちょこんと座っています。それも見張り台の中にいるのではなく、手すりというか縁に座っているのです。もさもさと、潮風に長い灰色の髪をなびかせて。
なんだか不思議な、妖精さんみたいな人です。
なにげなく見ていると、ランドルフさんがもさもさの中から右腕を持ち上げて左手方向を指さしました。
わたしは釣られて視線を回します。
セラリア内海のほうではなく、大海原のほうです。水平線に微かに見える黒い影。
「黒光りオジサマ、あれは?」
「く、黒光りっておめえ……」
あ、口に出しちゃった。
黒光りオジサマが双眼鏡でわたしが指さす先を覗きます。
「なんだあ? ……海賊……か? 沈みかけてるな……」
「え? え?」
「……他に船影は見えねえ……。……阿呆どもめ、整備不良かあ……?」
面倒臭そうにため息をついて、双眼鏡を目から離して。
視線はもう針路方向です。
「え、助けないの?」
「あん? 助ける? なんで?」
「あ、ええ……。でも……」
沈んだほうが平和になるのでしょう。理屈はわかります。だって海賊ですから。
「リナリス運輸が結んだ条約は不可侵だ。同盟じゃねえ。それも小型飛空挺を使えなくなった足もとを見やがって、高え金をがっぽり要求しやがったようなやつらだ。せいせいするぜ。夜までぷかぷか浮いてダーグアオンどもの餌にでもなりゃいい。いい気味だ」
納得のご意見ではあるのですが、心がざわつくのです。
「恩を売りましょう」
「約束を守るやつらじゃねえ」
「けれど不可侵条約は守っているのでしょう?」
「景気がいいうちはな」
黒光りオジサマが双眼鏡をもう一度覗いて、ふぅとため息をつきます。
これはだめそうですね。
「まあ、人道的に問題あるってのぁ俺たちもわかっちゃあいるが――あ?」
わたしは黒光りオジサマに背を向けて帆船の左側の手すりに立ちます。
「よっこいしょ。――ちょっと行ってきます。すぐに戻るので、置いていくのは勘弁してください。せめてここらへんで待っていてくださいね?」
「お、おおお? おおい、おいおいおいおいおいおいおおおおっ!?」
わたしは手すりの上で屈伸をして、全身の筋肉をほぐします。
「変身」
そうして衣服を光の粒子へと散らし、一瞬の後には魔法少女装束へと変えて。
私服を濡らせば換えはありませんが、魔法少女装束であれば濡らそうと破ろうと、変身するたびにもとに戻るのです。超便利。最悪、服がないときは変身しっぱなしです。
「おおおおお? ええええっ!? あ、あんた……あ、ええええええ、ふぁあぁぁっ!?」
黒光りオジサマったら、驚き過ぎでしょう……。
「わたしが行っても何ができるわけでもありませんが、海賊船を捨ててここまで泳がせます。ここに辿り着いた方々は引き上げてください。海賊船さえなくなれば、彼らも否応なしにリナリス運輸の邪魔もできなくなるでしょう」
キラキラ☆モーニングスターは置いていきましょう。
これを持って泳ぐのはさすがに無謀です。いくらわたしでも沈みます。同じく錘となってしまいそうな黒金の仮面と一緒にポイです。
何気なくポイっと投げたキラキラ☆モーニングスターの持ち手が、ごかん、とリナリス運輸の甲板を凄まじい重量で貫いて、先っちょの星の部分だけを残して埋まりました。
「……」
「……」
やっちゃった……。弁償できない……。
「おおおおああああああああっ!? ええええええええっ!? 何これぇぇぇぇ!? なんでこうなるのォォォォ?」
黒光りオジサマが頭を抱えています。なかなかのリアクションです。芸人さんみたい。
じわっ、と汗が滲み出ました。
「え、え~っと、そ、そうだ! お、お代はシーレファイスのクラナス王に請求してくださいっ!! じゃ、行ってきますっ!!」
「あ、ちょ待っ、ああぁぁあぁぁぁぁっ!?」
すっごい動揺していらっしゃいましたが、わたしはかまわずに大海原へと飛び込みました。そのまま両手を掻いて海面に顔を出します。
そうして水を掻いて泳ぎだそうとしたとき、隣で小さな水音がして、誰かが空から降ってきました。
その方はわたしと違って見事にY字体勢で着水して、水面に立ちます。立ったのです。沈まずに。足を凄まじいスピードで激しく上下させながら。
「アデ――」
リナではありませんでした。だって、もさもさしていたから。
「フォ、フォ、フォ」
ランドルフさんです。
彼は海面に立って走り出します。沈没しそうな海賊船へと向かって。
ぺたたたたたたたた、ぱしゃしゃしゃしゃしゃ、もささささささささ、と。
「ええ、それ、どうやってるの……?」
ま、魔法使いなの?
結構なスピードでいらっしゃいます。わたしはあわてて両腕を掻いて追いかけようとして、子供の頃に父から聞いた戯言を思い出しました。
沈む前に足を出せばイケるって! おまえならやれるって! 昔の忍者はやってたし!
「うそぉ~……」
信じているわけではありません。父はもともとおふざけの過ぎる性格なのです。
でも、なんか目の前で水面走ってる小さいオッサンを目の当たりにしては。
ごくり、と生唾を飲み、わたしは両腕をめいっぱい持ち上げます。そうして勢いをつけて振り下ろしました。
どぱっ、と海面が水柱となり、イルカが跳ねるがごとく、ほんの一瞬だけわたしの身体は海面上へと飛び出しました。
今――っ!
足が着水する瞬間を狙い、わたしは全脚力を使って走ります。
「ふなぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
シパパパパパパパパパパッ!
で、で、で、できちゃった……。
や、やった! やりましたよ! 土属性魔法に続き、水属性魔法を会得しました!
交換日記[魔法神]
魔王の正体ですか?
頭の悪いただの野蛮人ですぞ。




