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第2話 麗人来たりて剣士を名乗る

交換日記(筋肉神)


筋肉は量より質であることの証明。

 それでも迫る足音は止みません。それどころか数が増えて。


「――っ!」


 密林の樹木の隙間から、次々とサーベルタイガーが飛び出してきました。

 どうやら群れだったようです。肉塊になった最初の一体ほどの体格ではないものの、わたしはあっという間に十四体ものサーベルタイガーに周囲を取り囲まれてしまいました。


 ――グゥルルルルル……ッ!


 獰猛なうなり声を上げて、彼らは鋭い牙を剥きます。わたしの足もとで転がる仲間の死骸など意にも介しません。

 わたしはキラキラ☆モーニングスターをかまえたまま、長い髪を揺らして周囲に視線を散らしました。

 だめ、完全に囲まれてる……。


「仕方ない……っ」


 最初の一体が、わたしの右手側で地を蹴りました。


「こんちき――っ」


 わたしはキラキラ☆モーニングスターを振り上げて、空中から迫り来るサーベルタイガーの頭部へと振り下ろします。


「――しょぉぉっ!」


 なんとも言えない音が弾け、黄色い頭部を破裂させて全身をぬかるみの中に叩きつけられたサーベルタイガーが、断末魔の声もなく肉塊と化しました。


 それを皮切りにして、獰猛なる野生の獣は次々とわたしへと襲いかかってきます。

 わたしは魔法少女装束のスカートをなびかせてかいくぐり、黄色の腹部をステッキの星で殴りつけて突き刺し、そのまま次のサーベルタイガーへとぶつけて。


「どっこいしょぉっ!」

 ――ギャォ!?

 ――ギャン!


 足を狙って地面を滑るように走り来たサーベルタイガーを高い跳躍で躱し、わたしごときの体重ではどれほどの効果があるか不安に駆られながらも、空中で三回転しながら黄色い野生の背中に両足で着地します。


「ぁよいっしょォ!」


 ゴギャッ、と骨の砕ける音が響きました。

 ああ……。切ないことに効果は抜群のようです。しなやかな野生の肉体は、なんとも珍妙な方向に折れ曲がっていました。


「……っ、もうやめてっ! こんなの不毛です! ――ぁどっこい!」


 前方三体をまとめて同時にステッキで薙ぎ払い、後方から背中を目掛けて襲い来たやつの牙を左手でつかんで、樹木へと投げ飛ばします。


 ――ガァグ……!


 肉の弾ける音がして、涎と血を撒き散らしながら獣は身を横たえました。ですが、それでも彼らは怖じ気づくことなく。


「どうか話を聞い――ぁどっせぃっ!」


 左側方からの噛み付きを顎を蹴り上げることで弾き上げ、浮かんだサーベルタイガーの腹部をステッキの星で叩くと、鈍い音とともに背中から内臓が飛び出しました。

 あたりに嗅ぎ慣れた血の臭いが漂い始めます。


 いつもそうなのです。他の魔法少女の魔法であれば、このように凄惨な現場になったりはしません。それもこれも、わたしが魔法を使えないゆえのことなのです。

 決して肉弾戦上等かかってこいコラ、などというオラつきタイプ女子ではないというのに。ほんと。ほんとに。


 わたしは魔法少女になりたい!

 なおも獰猛な唸り声を上げる残る六体に、わたしは。


「いい加減に――っ……してくださいっ!!」


 わたしは片足を上げて、力いっぱい地面を踏み込みました。震脚です。

 大地に轟く衝撃音に熱帯雨林の樹木が揺れ、まるで間欠泉のようにぬかるんだ泥がわたしの周囲で爆発しました。

 周囲に血と泥水の雨が降り注ぎます。

 それらを全身に浴びたわたしは、ステッキの先端に付着した肉片を振って飛ばし、口を開きました。


「……お願い、もうやめましょう? こんな悲しい戦いで命を無駄にしないで……」


 ようやくわたしの誠意が通じたのか、残る六体は襲いかかってはきませんでした。

 みんな背中の体毛を逆立たせ、口と目をあんぐりと開けたまま、後ろ足をがくがく震わせているけれど。


 ――ガ、ガガウ……?


 そうして彼らは、一体、また一体と森の奥へと姿を消していきました。


「よかった。わかってくれたんですね」


 一見すると脅えて逃げただけのように見えないこともなきにしもあらずですが、わたしはそうではないと信じています。信じたい。命の善意というものを。


 わたしはようやく胸を撫で下ろすことができました。

 避けられる戦いは避けるべきなのです。言葉の通じない相手でも、こうして心を通わせることができるのですから。生きてるって素晴らしい。そこら中、死骸と肉片だらけだけど。

 ゆっくりと息を吐いた瞬間、背後から草を踏む音がして、わたしは弾かれたように振り向きました。


「……」

「……」


 人です。

 それも、見たこともないほど鮮やかな青色の長い髪をした、外国の美しい女性でした。

 手足はすらりと長く、身体はとても女性らしい綺麗な曲線を描いています。顔だって全体的に整っていて、睫毛の長い瞳は切れ長で、唇なんてとっても艶やか。


 美っっ人!


 けれど、それより何より、右肩から柄を覗かせている剣はとてつもなく大きなもので、左腰部あたりから幅の広い鞘が飛び出していて、その先が地面に擦りそうになっているほどです。

 なんて大きな剣……。

 女性は地面に散らばった肉片を一瞥し、静かに艶やかな唇を動かします。


「サーベルタイガーか」

「え、あ……はい」


 声は透き通っています。それに日本語でした。

 日本語? あれ? なんだか違和感。日本語というよりも、彼女の言語をわたしの頭が自動的に日本語に変換し直しているような、そんな認識です。


 服装は奇妙なことに金属製の鎧なんかをまとっていて、まるでそう、中世の勇猛なる騎士様を彷彿とさせられました。

 …………コスプレというやつでしょうか? とりあえず挨拶をしなくては。


「はじめまして、わたし――」

「驚いたな。凶暴なサーベルタイガーの、それも群れをたった一人で壊滅させるなんて。手練れの冒険者には見えんが、この惨状はおまえがやったのか? どうやって?」


 騎士様は背の低いわたしに合わせるように視線を下げて、眉をひそめて。


「あ、えっと、わたし、わけあって……ま、魔法のようなものが使えまして……その……」


 しどろもどろになってしまいました。

 魔法少女であることは内緒なのです。正体を知られてはいけない。


 わたしたち魔法少女の存在が世間に知られてしまえば、人々は世界の敵(死神)グリム・リーパーの存在にも気づいてしまうからです。そうなってはパニックは避けられません。

 それに、魔法が使えるだなんてことを言ってしまったら、頭を疑われてしまうのは明白です。そんなふうに思われるなんて、わたし耐えられません。

 魔法少女は人知れず、世界の敵と戦い続けるべきなのです。


「なるほど、魔法使いか。ま、たしかに剣士や闘士には見えないな。(ワンド)も持ってるし」

「え……」


 なのにこの人、魔法の存在を疑わない。不思議です。

 頭は正気なの?


「あたしは流れの剣士アデリナ・リオカルトだ。おまえは?」

「あ、はい。わたしは七宝蓮華。その……ま、ま、魔法使い? です?」


 疑問系になってしまいました。だってなり損ないなんですもの。


「ふ~ん」


 アデリナは顎に手をあて、まじまじとわたしを見つめます。


「ここに転がってるサーベルタイガーどもの死骸は、まるで怪力で強引に粉砕されたように見えるんだが」

「え、へ? や、やだな~、そんなことできるわけがないじゃないですか~」


 あせあせと身振り手振りをしつつ、言葉の出ないわたしにアデリナは笑顔を浮かべて。


「だよな。そんな小さな細っこい身体じゃあ、サーベルタイガーを群れごと肉弾戦で肉片になんてできっこないだろうしな」

「え、えへへ……へへ……」


 いや~。変な汗が浮いて、すっごく目が泳ぎました。


「けど、こんな形で魔獣を倒せる魔法があったのか。おもしろいな。――れんげって言ったっけ?」

「はい。七宝蓮華です。アデリナ・リオカルトさん」


 アデリナがふわりと微笑む。


「街で一杯奢るからさ、おまえの魔法の話を聞かせてくれよ。ちょっと興味があってな」


 人知れず、わたしは右の拳を握りました。

 よっしゃ! 助かった!

 魔法の話は聞かせられませんが、街まで連れて行ってもらえるのは渡りに船。非常に助かります。

 乗るっきゃない。このムーブメント。




交換日記(七宝蓮華)


うるさいです。

引っ込んでてください筋肉神。

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