第12話 伝説の剣は引き抜けない
交換日記[魔法神]
我が愛する娘の魔法がサイクロプスたちを撃退しましたぞ。
筋肉ぅ? はんっ! 野蛮っ、野蛮っ、野蛮ッ、野蛮んんんんッ!!
結局のところ、シーレファイスを襲った危機は軍部が出るまでもなく、冒険者ギルドに所属する三人の冒険者と、流れの自称魔法少女の手によって事なきを得ました。
アデリナはあの後、シーレファイスの民の要請により、「なぜ剣士がこんなことをしなければならないのだ」とかぶつくさ文句を言いながらも、土属性魔法を使用して大理石の防壁の修復まで頑張っていました。
もっとも、わたしも「なんで魔法少女がこんなもの担がなきゃいけないのですか」と言いながら一辺一メートルほどの大理石のブロックを運んでいましたが。
ともあれ例の一件で、アデリナにはわたしが魔法少女の出来損ないであったことを知られ、わたしはアデリナが剣士の出来損ないであったことを知ったのでした。
そして朝を迎え。
森林の大海亭――。
焼きたてトーストにミノタウロスの腿ハムと葉野菜、そして目玉焼きを雑多に挟み、アデリナが小さなお口でお上品に囓ります。噛み口からふわりと、良い匂いのする湯気が立ち上りました。
「んぐ、んぐ……んまい。やっぱアリッサのパンは最高だな」
わたしは向かいの席に座って、栗のスープを木のスプーンでいただきます。
温かくて、甘くて。とろりとコクもあって、とてもおいしいです。味覚が鋭敏になって、口の中がぞわぞわしちゃうくらいです。口の中が幸せ。
森林の大海亭は、ひび割れこそ大量に入っていたものの、それも深夜のうちにアデリナがこっそりと修復したらしく、今朝からすでに再開されていました。
もっとも、アデリナは「そんなことはしていない」と言い張りましたが。
アデリナが珍しく行儀悪く、木のフォークの先をわたしへと向けました。
「なんだよ、魔法使いだなんて嘘ついてさ。駆けつけたときに見たけど、サイクロプスの棍棒を盾すら持たずにまともに受け止めるやつなんて、そうはいないぞ。最初から剣士だと言ってくれりゃいいのにさ」
わたしは唇を尖らせて言い返します。
「アデリナこそ。剣も抜けないのに剣士だなんて。それに、すごい魔法使いじゃないですか。触れただけで岩石を砂にしたり、風を吹かせたり、一瞬で炎を出せたり」
アデリナが心底嫌そうに顔をしかめて、片手をぱたぱたと振りました。
「やめろやめろ。あんなもん、油断してると勝手に漏れ出ちまうだけなんだ」
あこがれの魔法を尿漏れ現象のように言わないで!?
「あたしはおまえがうらやましいよ。そんなに小さくて細っこい身体なのに、すごい肉体性能を持っていてさ。見た目も可愛いし、なんだよ、ほんと。不公平だろ」
「嬉しくありません。わたしは魔法少女です。アデリナみたいに魔法が使えたなら、どれだけ幸せだったか。それにアデリナは大人びていて綺麗だし、手足もすらっと長くてうらやましいです」
「いや~。まったくもって嬉しくないねえ」
二人同時にため息。
いっそ身体を取り替えて欲しいくらいです。
しばらく、無言で朝食を食べて。
「しっかし、こりゃ当てが外れたな」
「何がです?」
アデリナがほおづえをついて、木のマグカップに入ったミルクを飲みました。
「あたしはな、冒険者ギルドでの魔法使いの相棒が欲しかったんだよ。だから蓮華にギルドを紹介したんだ」
「あ~……」
「冒険者ギルド、シーレファイス支部の取り決めでね。前衛と後衛を織り交ぜた仲間を持たないメンバーは、シーレファイスのあるドリイル地方より外での仕事は請けられないことになってんのさ」
「はあ」
「ところがよ? なんでか魔法使いはあたしと組んでくれないんだ」
「それはそうでしょう。だってアデリナが魔法使いなんだから。後衛と後衛では規約に反するじゃないですか」
アデリナが端正に整った顔をしかめます。
「どこがだよ。こんな立派な特大剣を担いだ魔法使いなんて見たことないだろ?」
そんな剣自体、日本にはありませんでしたけどね。それにあなた、そのグレートソードを抜けもしないじゃないですか。
「規約はもちろんですが、実質的な意味でもです」
「だからー、昨日も見たろ。あたしは前線に立ってサイクロプスの棍棒を防いだんだぞ」
「魔法で」
ほおづえをついたまま、木のフォークをふりふり。よくよく目を凝らして見れば、アデリナのフォークの先っちょから小さな薄緑の風が出て渦巻いています。
漏れてるぅぅ。魔法漏れちゃってますぅぅぅ。
これが才能の差というものなの?
「んー、まあそこは否定できんが。でも、それって前線を張れるってことだろ? 人の後ろから遠距離で攻撃する魔法使いとは根本的に違うと思わないか?」
「やろうと思えば後衛もできるのでは? そうしたら、ドリイル地方の外でのお仕事だって請けられるじゃないですか」
「まあ、うん……」
歯切れ悪ぅ……。どれだけ魔法が嫌いなの……。
こちとらどれだけ気張っても筋肉しかコンニチハしないのに、全身から魔法駄々漏れであることをそんなアンニュイな表情で語られると悲しくなります。
「というか、アデリナ。その剣を置いたらどうですか?」
「え? やだよ」
きょとんとした顔で、アデリナが首を左右に振りました。
「剣を置くなんて剣士の誇りを捨てるようなもんだろ」
「でもその分の重量が減れば、体力の減りも少しはましになりますよ」
「体力の無さは自覚してるよ。だから毎朝毎晩ランニングして、腕立て伏せとかもしてるんだ。ほら、見ろよこの腕」
アデリナが誇らしげな顔で右腕を持ち上げてクイっとたたみました。
ほっそっ! なんで? 自主トレなんてしたら、わたしだったらモリモリになっちゃいますよ! こちとら筋肉をつけないために、ふだんからわざと脱力して生活を送っているというのに! くぅ~、泣ける!
「それでも抜刀できないじゃないですか、どうせ」
アデリナが不敵な笑みを浮かべた。
「へへ。こいつはそれが特徴なんだ。ドワーフの名匠クウによれば、このドラゴンスレイヤーは意志を持っていて、選ばれし英傑にしか抜くことができないらしい。あたしはいつかこれを抜ける剣士となって、黑竜や魔王を討ってやるんだ」
う、う、胡っっっ散臭ぁ~……。
アーサー王伝説のエクスカリバーじゃないんですから。
「ちょっとお借りできます?」
「いいよ。蓮華ならこれくらいの重さでもかろうじて振り回せるかもな。つっても、抜ければ、だけど」
アデリナが背中からグレートソードを外して、両腕を震わせ顔を真っ赤にしながらわたしに差し出してきました。
わたしはそれを片手一本で受け取り、持ち上げます。
「………………軽……」
「え?」
「あ、いえ、なんでもありません。くそ重いですね」
まあ、剣にしてはですが。
「だろう?」
実際問題、キラキラ☆モーニングスターの三分の一くらいでしょうか。およそ十キロといったところです。すっごい今さらですが、キラキラ☆モーニングスターって何でできてるんだろう。鉛なの?
わたしはドラゴンスレイヤーの柄と鞘を持って、軽く引っ張ってみました。
「あれ? なんか引っかかりがありますね」
「うん。たぶんそれがドラスレの意志なんだと思う」
ちょっとだけ。ちょっとだけ力を込めて引いてみます。えい。
ボギャバギィ――ッ!
珍妙な音が鳴って、鞘にひびが入ったと思った直後、ずるり、と野太い白刃が姿を現します。わたしは大あわてですぐさま納刀しました。
どばっと全身から汗が染み出ます。心臓がばくんばくん鳴っていました。
やばい……抜けちゃった……。
沈黙の時間が流れていました。
き、き、気まずい。まさかこんなにあっさり抜けちゃうなんて。
わたしは恐る恐る、アデリナに視線を向けます。
「……」
「……」
うわっ、引くほど涙をこぼしてます。
涙腺のパッキン、壊れたの?
交換日記[アデリナ・リオカルト]
何を言う、魔法神よ。
剣士は野蛮で粗野なくらいがちょうど良い。




