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第119話 少女は二人で戦い抜く

交換日記[七宝蓮華]


筋肉神うるさい。



交換日記[アデリナ・リオカルト]


黙れ魔法神。

 黑竜の力の低下を感じます。

 もしも魔王がやり合ったときみたいに竜骨剣の二刀流だったとしたら、わたしの一撃などまぐれでも入ることはなかったでしょう。

 ですが、今は一振り。取り出す素振りさえ見せない。


 もしかしたら黑竜は、甚五郎さんに最初に追い詰めた時点で、わたしたちが考えるよりもずっと深い損傷を負っていたのかもしれません。

 あれだけ毒竜を喰らっても、黑竜の核は確実に最初より弱くなっているのですから。


 本当に何者なのかしら、あのハゲ……。


 もっとも、わたしとアデリナが初めて遭遇した少年体の黑竜と比べれば、話にならないくらいには強いのですが。


 あのときに斃せていれば――悲劇の拡大は防げたかもしれないのに。


「蓮華!」

「――ッ」


 アデリナの声に、弾かれたようにわたしは後退します。先ほどまでわたしが立っていた鉄板の大地を、暗黒色の大剣が貫きました。

 特大の金属音が轟く中、わたしはドラゴンスレイヤーで黑竜を薙ぎ払います。


「たああっ!」


 けれども黑竜はすぐさま竜骨剣を引き抜き、それをドラスレの一撃に合わせて同じ薙ぎ払いで弾きます。

 白と黒の邂逅。轟音と炎が弾けて。

 わたしは身体ごと後方へと吹っ飛ばされ、鉄板の大地で背中を打ちながらも後方回転で着地しました。


「~~ッ」


 追撃にきた黑竜の頭部に、砂の槍が直撃します。

 むろん、そんなもので黑竜の鱗は貫けません。けれどもほんのわずか、黑竜の追撃が遅れるのです。

 そして、わたしにはそれで十分――!


 黑竜の額で砕け散り、砂の煙幕と化した空間へと、ドラスレを突き入れます。

 切っ先は、これまでとは違った感触をわたしの腕に伝えて。

 砂煙が風で流れると、ぴきり、と音がして、黑竜の胸部の鱗がひび割れて落ちました。


 浅い――っ!


 とっさに距離を取ろうとしたわたしの頭部を目掛けて、竜骨剣が振り下ろされます。


「~~ッ」


 額を掠めた黒の切っ先をかろうじて躱し、わたしは震脚で踏み込みます。

 ずん、と鉄板の大地が上下すると同時、右から左へと大きく薙ぎ払った白刃と、逆袈裟に振り上げられた黒の刃がわたしたちの中央で弾けます。


 響く轟音――!


 痺れる両腕。つぅと、血の雫が額から流れます。


「ねえ……もう……いいでしょう?」


 けれどもそんなことにさえ気づかなくて、わたしはドラスレを振り切った状態の左方から、右上空へと向けて斬り上げます。

 黑竜の頸を狙って――!

 それを竜骨剣で受け止めた黑竜が、がぱりと大きく口を開けました。


「――ガアアアァァァッ!」


 黑竜から吐き出される高濃度の瘴気ブレス。あらかじめエリクシルを服用しているわたしには通用しないけれど、あたりは黒の瘴気に覆われて、視界を失って。

 それは、命の危機に瀕した黑竜の足掻きだったのかもしれません。魔王に刻まれ、勇者に潰され、七英雄やこの大陸に住む人々の意志に追い詰められた、黑竜の。


 わたしは氣を探ります。瞳が閉ざされても、潰されても。

 ()()は、ここで仕留めなければならないのだから。


「もう、いいでしょうッ!?」


 おまえの位置ならわかる――ッ!!


 袈裟懸け。右上方から左下へと斬り下げたドラスレの刃が、突き出された竜骨剣を弾きます。

 一瞬の後にはアデリナのおこした風が、黑竜の足掻きすらも押し流して。

 黑竜の姿を視認した瞬間、わたしの身体の中で何か熱い溶岩のようなものが爆発しました。


「あなたもう、十分殺したでしょう!?」


 ドラスレをデタラメに振り回し、何度も何度も黑竜へと乱打します。

 黑竜はそのたびに竜骨剣で受け止め、弾き、わたしたちの間では轟音と火花、そして衝撃波が幾度も幾度も散っては消えます。


「いっぱい苦しめたでしょう!?」


 空は未だ毒竜一色。戦乙女隊はメルさんだけが剣を振るい、聖堂騎士団はグラノスさんを除いて全滅、魔王軍ももう二桁を切っています。


「お願い、あなたもう……死んで……」


 竜騎兵も全滅、ハルピア族も全滅。

 空を走る聖女の雷はその規模と頻度を縮小、炎と氷の剣聖はペガサスを失って地で戦い、銀竜シルバースノウリリィは砂漠に墜ち、黄金竜ゼロムゼロムは竜体を保てずに墜落、それに伴って生き残っていた少数の竜人も黄金像へと戻ってしまって。


 わたしへと竜骨剣を振りかぶった黑竜の胸部――わたしの空けた穴を目掛けて、アデリナが指先を向けます。


「いい加減くたばれ、黑竜! ――炎槌!」


 爆風に押されて後退すると、燃え盛る炎の中で黑竜は口と胸部から液状の瘴気を流し、がくがくと震えていました。


「カ……カカ……グ……ッ」


 けれど黒一色の瞳を上げて、竜骨剣を振り上げながらまたしても迫ります。


 ブレスを吐かなくなった火竜イグニスベルの背で大斧を振るう騎竜王は、今も咆吼を上げて毒竜を叩き落としてはいますが、その全身は炎色の騎竜をも染めてしまうほどの流血で、もう長くは保たないでしょう。魔女キザイアさんの姿は見えず、念話ももう、ずっと前から途絶えています。


 魔王は足をもつれさせ、吐瀉しながらも刀を振るってはいますが、甚五郎さんは未だ瞳を閉ざしたまま。南方で大暴れしていた甚五郎さんの仲間のかたがたも、いつの間にか毒竜の大波に呑まれて姿が見えなくなっていました。


 今、空を守っているのはたったの二人だけ。

 騎竜王ラドさんと、聖女レーゼ様。たぶんもう、二人のうちどちらかでも欠けたら毒竜の流入を抑えることはできないでしょう。


 竜骨剣を受け止めて後方へと足を滑らせ、わたしは空を見上げます。


 けれど。ああ、ああ、空がほら、もうあんなにも近いの――。

 重くのしかかる灰色の空が、手を伸ばせば、すぐそこまで。

 あの空が黑竜のもとに落ちてきたら、そのときは人類の敗北なのです。それまでにわたしは黑竜を殺さなければならないのに。

 黑竜は確実に弱っています。けれど、レアルガルド連合も確実に死に始めていました。


 早く。一秒でも早く。

 わたしたちしかいないのだから。


 竜骨剣とドラスレが火花を散らします。

 鍔迫り合いは互角。黑竜の力が落ちたから。


「カ……カァァ……ッ」

「く……うぅ……っ」


 けれど――。


「――光波一閃!」


 ――わたしにはアデリナがいる。

 あなたにとっての毒竜なんかよりも、ずっと頼りになる相棒が!


 黑竜は光波を回避するために一度バックステップを切り、着地と同時にもう一度地を蹴ります。魔王のように竜骨剣を突き出しながら。


 わたしは踏み込みながら、それをドラスレの刃で滑らせて上方へと反らします。

 たん、と足をついたとき、黑竜の無防備な胴体が至近距離にありました。


 いける――っ!


「うああああああああっ!!」


 ドラスレの柄を両手で握りしめ、わたしは渾身の力を込めて袈裟懸けに――振り下ろそうとした瞬間、みしり、と鈍い音がして、わたしの全身はくの字に折れ曲がっていました。

 吹っ飛ばされて鉄板の上を転がり、跳ね上がり、頭から叩きつけられて。


 あ、あれ……?


 眩暈がするほどの痛みがきたのは、その直後。


「げぁ……っ、が……ごぇ……」


 喉から熱いものがこみ上げてきて、大量に吐血します。

 たぶん、膝。黑竜の膝がわたしの鳩尾に突き刺さったのです。竜骨剣を警戒しすぎるあまり、わたしは黑竜の動きをおろそかにしてしまった。


「蓮華!」


 竜骨剣の切っ先で鉄板を引っ掻きながら黑竜が走って迫り、わたしの頸を目掛けて斬り上げます。


「く、させん!」


 アデリナが両手を振ります。

 鉄板の形状が変化し、巨大な壁のようにせり上がって、竜骨剣を防いでくれました。ですがその直後、壁を跳躍で越えた黑竜は――。


「あ……」


 わたしではなく、アデリナへと走って。


「――っ」


 アデリナが両手を交叉し、次々と魔法を放ちます。けれど、わたしという牽制を失ったアデリナには、黑竜の速度を止められる魔法なんて一つもなくって。

 一秒もかかりませんでした。


 狡猾な黑竜は、アデリナへと竜骨剣を振るいます。

 厄介な魔法を次々と産み出す彼女の手首を、正確に狙って――……。


「~~ッ!!」


 二つの手首が宙を舞います。斬り口から真っ赤な血液を大量に撒き散らしながら。


 アデ――。


 両手首を失って仰向けに押し倒されたアデリナの喉へと、黑竜が竜骨剣の狙いを定めた瞬間には、わたしはもう無意識のうちにその背後で限界まで身体をねじり、ドラゴンスレイヤーを引き絞っていました。


「……おまえ……今……何した……」


 痛みなんて意識の外に飛んでいました。


 みしり、みしり。ドラスレの柄が悲鳴を上げます。

 わたしはただ全力で、黑竜の背へと巨大な白刃を薙ぎ払っていました。

 斬れない鋼鉄をむりやり叩き割るような音が響き、黑竜の全身が空中で不自然に折れて千切れ飛びます。

 上半身と、下半身に分かれて。


「カ……ァ……ッ……」


 液状瘴気と、内臓のような肉片を爆砕されながら。

 わたしはそれを追って跳躍し、今度は上半身へと空中で縦に振り下ろします。

 雷轟よりも轟く金属音がして、頭部を鱗ごと粉砕します。文字通り粉々の肉片に。


 着地と同時にわたしはドラスレを投げ出してアデリナのもとへと走り、彼女の上半身を抱き起こしました。

 呼吸のたびに、大きな胸が激しく荒く上下しています。


「アデリナ! アデリナ!」

「……は、や……やったか……。……はは……ははは……っ」

「黙って!」


 彼女の両手首からは、怖いくらいの血が砂の大地へと流れて吸い込まれていきます。わたしは魔法少女装束を口で裂いて、大急ぎで傷口を縛り上げました。


「……く……たた……は……、……はは……剣士……に……なり損なったか……。……これじゃ……剣も……握れない……」

「大丈夫! くっつきます! エ、エリクシルがあるんだから!」


 がちがちと歯が鳴っていました。アデリナではなく、わたしの。

 彼女はなぜか、落ち着いていて。


「そ、そうだ。リリィさんを連れてきます!」

「……よせよせ……。……効能は……しばらく復活しな……い……て……」


 リリィさんはこの戦いのため、七英雄全員に数日分のエリクシル成分を濃縮した血液を配っていたのです。だから、しばらくは彼女の血を飲んでもエリクシルの効果は現れないと言っていました。


「でも!」

「……みんな……もう……限界なんだ……。……はは……いいさ……。……あたしが……ッ……夢を失って済むなら……く………………安いもんだ……」


 い、嫌だ。そんなの。あんなにも剣士になりたがっていたのに。

 わたしを助けるために……こんなの……。


 ぽろぽろと涙が出てきました。

 あまりにも情けなくて。甚五郎さんに怪我を負わせたのも、アデリナが夢を失ったのも、わたしが原因なのですから。


「アデ……アデリナ……ごめ……ごめんなさい……」


 アデリナを抱きしめようとした瞬間、アデリナが肩を振って叫びます。


「蓮華……ッ」


 視線、わたしの後方。

 わたしは彼女の上半身を抱いたまま振り返り、息を呑みます。

 液状瘴気が意志を持ったかのようにぐじゅぐじゅと集まり、人型を形成し始めていたのです。先ほどまでの大きな黑竜核の姿ではなく、わたしたちが初めて遭遇した、あの少年体の黑竜へと。


「……もう……いい加減にしてよぉ……」


 呟いたわたしの視界の中で、鉄板で崩れ落ちていた巨体がのそりと起き上がります。


「そうだ。往生際が悪いぞ、黑竜よ。無垢なる少女の夢を奪ったその行為、万死に値する」


 汗ばみ脂ぎったハゲ頭を砂漠の陽光で輝かせ、その人は少年体の黑竜の頭部を背後から大きな掌でわしづかみにしました。

 揺れるものを失った頭皮の代わりに、裸ネクタイが風で揺れています。


「甚五郎さ――」


 アデリナが不敵に笑います。いつものように。


「……回……ふ……く……の……、……ぐっ……、……ぅ……魔法……を……かけ……ておいた……。……ふふ……ふふふ……、……ど……やら……、……頭皮……には……、……効果……なかった……よ……だけど……」


 甚五郎さんが片手で少年体の黑竜の頸骨をへし折ります。いとも簡単に。


「……カ……クァ…………!?」

「……さらばだ、黑竜よ」


 そうしてそのまま自身の後方へと、少年体の黑竜を投げ飛ばします。高く、高く。遠くまで。未だ毒竜の流入を防ぎ続けている魔王のもとまで。


「魔王! 貴様が新たな時代を作れ! おまえの旅はまだ終わりじゃあない!」


 魔王は一瞬だけ戸惑ったように視線を甚五郎さんへと向けると、穏やかに瞳を細めて跳躍します。


「すまねえ……ありがとよ、旦那……」


 為す術もなく宙を舞っていた黑竜の全身へと何度も何度も刀を振るい、レアルガルドを滅ぼさんとした一体の怪物を肉片へと変えたのでした。


 こうして――。

 こうして、何百年も続いてきたレアルガルドと黑竜との戦いは、終幕したのです。



交換日記[筋肉神]


回復魔法ではやはり毛根は甦らず……か……。



交換日記[魔法神]


ハゲの頭が気になるとは、我が娘は案外余裕ありそうですな。

まあ剣はだめでも魔法ならば口から吐けばいいだけですしおすし。

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