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第118話 筋肉少女は反撃する

交換日記[筋肉神]


使てえな……。

私の筋肉使てえな……。

 速度も筋力も、わたしは黑竜の核に劣ります。

 けれども速度はアデリナが、筋力はドラゴンスレイヤーが補ってくれるのです。そして黑竜にとってエリクシルにも等しい存在――毒竜の供給は、空の七英雄と大地の仲間たち、最終ラインに魔王とその親友、さらにグラノスさんが防いでくれます。


 これが本当に最後の最後――!

 この防衛ラインが一つでも崩れた瞬間、人類の敗北は確定するのです。

 そして、甚五郎さんが倒れた今、黑竜と相対できるのはもうわたしとアデリナだけ。


 絶望? ううん、違う。違います。全然違う。


 闘争本能が掻き立てられるの。レアルガルドに住む人々が死力を尽くしてお膳立てしてくれたこの武舞台。

 ここで燃えなくて、どこで燃えるの。


 黒の刃と白の刃が弾け、軽く小さな身体のわたしは後方へと滑ります。けれども両足を鋼鉄の大地で踏ん張って、再び蹴って。


 もう一歩だって退いてやらないんだから!


「――大地の槍!」


 追撃の刃を正面から受け止めて踏ん張ると、側方から土の槍が黑竜の脇腹へと直撃しました。けれども土槍は黒の鱗を貫くことなく、ぶつかって四散します。


 それで十分――!

 土槍に押されてわずかによろめいた黑竜を、わたしはドラスレで薙ぎ払いました。


「えいさっ」


 バギンッと金属同士がぶつかる音がして、わたしの一撃を防いだ竜骨剣ごと、黑竜の全身が鉄板の大地を転がります。


 ダメージはおそらくないでしょう。

 片手を地面につけて跳ね上がった黑竜は、全身を宙でひねりながら着地しました。


 アデリナが舌打ちをします。予想が外れたから。

 あと一歩、あと一瞬でも黑竜が地面に手をつくのが遅かったなら、アデリナがあらかじめ設置しておいた異空の刃で黒の全身は真っ二つに分断されていたでしょう。


 でも、うん。やれています。わたしたちはやれている。

 甚五郎さんのように無尽蔵にわき出すパワーを持っていなくても。

 魔王のように超のつくような絶技を持っていなくても。

 わたしとアデリナの二人ならば黑竜とだって戦える。


 竜骨剣の袈裟斬りを躱し、追撃の後ろ回し蹴りを、ドラゴンスレイヤーの腹で受けたわたしは、吹っ飛ばされて背中から転がります。


「……ッ」


 すぐに跳ね上がって両足をつけたわたしの胸へと突き出された黒の切っ先を、鎧と剣を捨てて身軽になったアデリナが側面へと回り込み、風刃を放って弾いてくれました。


 速度も力も、まるっきり追いつけません。けれど、やれる。


 不思議な感覚です。

 竜骨剣で頬を浅く斬られ、ドラスレで返します。凄まじい金属音が砂漠に響いて、わたしと黑竜の顔が近づきました。

 白目のない黒一色の瞳。不気味。口もと、厭らしい嗤いを浮かべたまま。


「この――っ」

「……キキ、キキキ……」


 鍔迫り合い。


「……っ」


 けれど一秒ももたずに押し負けたわたしは、竜骨剣と黑竜に押し倒される形で背中から大地に落ちます。


「あう――っ」


 鈍痛が背筋に走り、顔をしかめます。


「カアアァァァ!」

「……くっ」


 白の刃が黒の刃に押されて首に迫った瞬間、黑竜は一瞬で力を抜いて唐突に飛び退きました。直後に異空の刃が、仰向けに倒されたわたしの目の前で空間を斬り裂きます。


 なんて勘の良い……!


 足を振って跳ね起き、わたしはもう一度ドラゴンスレイヤーをかまえ直しました。

 だまし討ちは失敗。演技はもう終わり。やはり正面からやり合うしかない。


 正攻法だろうがだまし討ちだろうが、当初の予定通り、わたしが黑竜の動きを奪い、アデリナが異空の刃で仕留める。わたしたちの勝ちの目は、これしかないのです。


 だけど、できるの? わたしに。


 周囲を見回しても、誰も助けになど来られません。

 甚五郎さんは倒れたまま。魔王も毒竜の相手で体力の大半を失い、戦乙女隊はメルさんを除けば残り数名。魔王軍も残り二割を切っています。聖堂騎士団はグラノスさん以外全滅。ゼロムゼロムの手勢、竜人の姿も、もうほとんどありません。

 空も、七英雄は健在ですがハルピア隊の姿はなく、竜騎兵らも今は毒竜を防ぐどころか、逃げ回るだけで精一杯の数になっています。


 ぐっとドラスレの柄を握って。


 時間がない! もうやるしかない!


「大丈夫……。できる……。力ならもらったんだから……」


 もちろんあのキモ肉神からではありません。呼びかけに応えてくれた七英雄から。ここに集まってくれた、みんなから。


 だから――ッ!


「アデリナ、今から全開でいきます!」

「おまえに合わせる。今日だけはすべての魔力を使うと約束する」


 全身の筋肉が軋みます。伸縮自在の魔法少女装束いっぱいまで筋肉を膨らませて。たぶん、しばらくは元に戻らないだろうけれど。


 あ~あ、明日から体型が戻るまで虚脱生活ですね、これは。


 笑って。

 地を蹴りました。

 ぐんと迫る黑竜の巨体、なんの反応もなく。わたしはドラスレを振り上げます。


 ねえ、わたしの速度を見誤っていたでしょう?


 魔王やグラノスさんには到底及ばないけれど、それでもさっきよりはずっと速く。疾く。


「あああああっ」

「――ギィッ!?」


 それでもぎりぎりのところで反応した黑竜が、ドラスレの刀身を竜骨剣で受け止めます。

 戦場に響く金属の悲鳴。轟音。

 受け止められてなお、わたしは力任せに強引に振り下ろすのです。黑竜の上体が前のめりに折れ、鉄板の大地に頭から叩きつけられる程度には強く。重く。


「うううぅぅっ――やあっ!!」


 甚五郎さんほどの怪力ではないけれど、それでも強く、振り切って。


 わたしの力を見誤っていたでしょう?

 とーぜん。だってこんな姿、誰にも見せたくはなかったのだから。生まれて初めて、わたしは肉体のすべての性能を使い切ろうとしているのだから。


 ドラスレを振り切った体勢から立て直すよりも早く黑竜は片手で地面を叩いて跳ね起きて――けれども上空から降り注ぐ風刃によって、その行動はコンマ以下だけ阻害され、その間にわたしは大きく距離を取ります。

 アデリナの隣まで。


「すまんな。異空の召喚を早められれば今ので斃せていたんだが」


 そう。異空の刃は発動に時間がかかるのです。無詠唱でも、狙いを定めて距離を正確に目視で計測、始点から終点まで指先でなぞって初めて発動するもの。

 他の魔法のように、瞬時に放てるものではありません。あてるだけで至難の業。


「気にしないで。チャンスは何度でも作るから」

「ああ」

「ううん、むしろこのまま――」


 ざわ、ざわ、全身を駆け巡る血潮が熱い。こんなの、初めて。


「?」

「斃せるかもしれません」


 力が湧いてくるの。身体の奥底から、どんどん。

 どこかで発散させないと爆発してしまうくらい、激しい力が。


「――! 来るぞ、蓮華!」


 ゆらり、黒の影が揺らいだと思った直後、それはアデリナの眼前へと出現します。超高速での移動。


「~~っ」


 剣と鎧を捨てて身軽になっても、アデリナには反応しきれない。

 でも――!

 わたしはアデリナへと振り下ろされた竜骨剣の側面を、ドラゴンスレイヤーの切っ先で突いて逸らします。

 竜骨剣が鉄板を貫いて大地を穿った勢いで、アデリナが大風に押されるように吹っ飛ばされました。


「誰を狙ってるの――ッ」


 わたしは上体をねじってドラゴンスレイヤーをデタラメに薙ぎ払います。バギィンと剣呑な音が轟き、黑竜の巨体が後方へと吹っ飛びました。

 鉄板の大地へ後頭部から落ちた黑竜は背中から転がり、跳ね上がって両足で着地します。


「……カ……カ……?」


 戸惑いの伝播。黑竜がまるで人間ように、額に縦皺を刻みます。

 わたしは自分の身長の倍近くはあろうかという白刃の特大剣を肩にのせ、膝をゆっくりと曲げました。


「ふー……」


 直後――!

 自分でも驚くほどの反応速度でした。


 眼前に突如として現れた黑竜の袈裟懸けの一撃を、わたしはほとんど無意識のうちに逆袈裟の一撃で防いでいたのです。


 鳴り響く金属音。共鳴する二振りの特大剣。白と黒が放つ火花。

 わたしと黑竜の足もとで、轟と暴風が巻き起こります。


 歯を、食いしばって――!


 同時に剣を引き、次の瞬間には両者の中央で火花が無数に散ります。そのたびに放たれる衝撃波と、鳴り響く轟音。

 足を止めて、全身をバネのように使って、力任せに叩きつけて。

 呼吸すら忘れ、防ぎ、斬りつけ、受け流し、互いに声にならない声をぶつけ合いながらひたすら剣を振っていました。


 魔王の速さを、甚五郎さんの力強さを――! どうか、今だけでも――!

 願いは一つ。大切な人たちのいるこの世界を守りたい。


友だち(アデリナ)が生きていくこの世界を、あなたなんかに絶対に壊させはしないっ!!」


 ぎし、ぎし、骨格が、筋繊維が軋んでいるのが自覚できます。人間の身体は、こんなふうに使われることを目的としたものではないのだから。

 だけど、それでも。


「~~っ!?」


 力負けして吹っ飛ばされ、アデリナの放った炎槌を全身で貫いて追撃に来た黑竜の突きを、わたしは左手一本のバック転でかろうじて躱します。


()――っ」


 ううん、剣を持つ右手、貫かれたけれど。

 それでも後退する勢いのまま強引に黒の切っ先から腕を引き抜いて、両足をつけます。着地と同時にドラスレを左手に持ち替え、なおも薙ぎ払われた竜骨剣を、ドラスレの腹で滑らせます。


「くあ……っ」


 ギィィと金属を擦り上げるような音がして、わたしは鉄板の大地を滑って後退します。次の瞬間にはもう、右腕は熱い魔力に覆われていて。


 アデリナの治癒魔法――!


 けれどそれを意識するよりも早く、わたしは両手でドラスレの柄を握りしめ、さらに迫り来ていた黑竜の頭部へと全力で振り下ろしていました。


「だあっ!」


 竜骨剣を立ててそれを防いだ黑竜が、弾けて数歩後退します。

 アデリナの叫び。


「三秒稼ぐ!」

「はいっ」


 虚脱。全身の力を抜いて、止めていた息、大きく吸って。限界まで吸って。休憩。


 降り注ぐ光波を嫌がるように飛び退いた黑竜へと、今度は雷電の弩が放たれます。黑竜は後退と同時に身を翻してそれを躱し、きっちり三秒後に再びわたしへと斬りかかってきました。


 深海に潜行する直前のように再び息を止め、わたしは竜骨剣の横薙ぎにドラスレの横薙ぎをぶつけます。

 互いに弾けて後退。けれども小さな身体のわたしよりも早く大地に足をつけた黑竜は、わたしの心臓を目掛けて竜骨剣の切っ先を放ちました。


「――ッ」


 空中で身を翻したわたしの脇腹を、魔法少女装束ごと浅く斬り裂いて。

 鮮血が雫となって飛び散ります。


 痛みなら、精神でのりきれる――!


 大地に足がつくと同時に身体を横に回転させ、ドラスレの切っ先で大地を引っ掻きながら、黑竜の脇腹目掛けて斬り上げます。


「あああああっ!」


 バギッと音がして白刃が黒い鱗を叩き割り、その巨体を微かに浮かせました。

 振り切ると、黑竜の巨体は鉄板の大地に側頭部から叩きつけられ、跳ね上がって背中を打ちつけ、さらに跳ねて転がります。

 液状の瘴気を大量に撒き散らしながら。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 入った……。初めて、黑竜に有効打が……。


 ぶるり、全身が震えました。



交換日記[魔法神]


……!? な、泣いておられるのですかな……!?

………………ぷぶっ、ぶふぉぉぉぉ~~~~~~っ!!っwwwwうぇっwwえぃぶっしゃああww

ふう……んくっ……ずいぶんとまたお綺麗な涙ですなあっ? はぷっ、ぷくぅwwwぷぶふぉおぉぉぉ!

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