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第117話 今日だけ剣豪と、今日だけ大魔法使い

交換日記[筋肉神]


え、まじで私の筋肉使わずに終わるの?

本気で言ってる?

 眼前では完全回復した黑竜が、魔王を追い詰めていました。

 魔王は竜骨剣を刀で受け流し、勢いを殺しきれずにブーツで地を滑ります。追撃の刃を去なす金属音と火花が散って、魔王が苦しげに顔を歪めました。


 汗と血が雫となって鉄の大地を湿らせます。ぽたり、ぽたり。


 魔王の肩が激しく上下していました。


「はー……、はー……」


 それでも隙を見せないのは、侍の矜持でしょうか。

 刀を斜め前方にかまえて。

 けれど、傍目にも体力切れはあきらかです。あのままじゃもう、十秒ともたない。


「変わります!」

「……ッ」


 わたしは魔王の背中に隠れて黑竜へと接近し、長衣の彼を跳躍で越えて、特大剣ドラゴンスレイヤーを力任せに黑竜へと振り下ろしました。


「こなくそーっ!」


 黑竜はすかさず竜骨剣でそれを受け止めます。

 ゴッと凄まじい音が響いて、大地が上下しました。


 く……っ!


 びくともしません。全力で叩きつけたのに、黑竜はそれを受け止めた上でわたしの視界から消失します。

 気配で位置はわかるけれど、とでもではありませんが肉体は反応できません。

 魔王が叫びます。


「ッか野郎! そんな速さで黑竜が抑えられるかよッ!」

「それを補うのがあたしの役目だ」


 膝を曲げた魔王の背後から、橙色の軌跡を残して炎がいくつも飛びました。それはわたしの斜め後方上空で竜骨剣を薙ぎ払おうとしていた黑竜の身体に直撃します。


「――炎の矢雨」


 小さな爆発と黒煙を大量に上げながら、数百本を超える炎の矢が次々と黑竜の肉体に着弾し、その勢いで以て大地へと叩きつけました。

 炎の矢雨は黑竜を地面に貼りつけてなお、容赦なく降り注ぎます。

 アデリナは次々と炎の矢を生み出しながら、魔王に告げます。


「手を出すなよ、魔王。あたしは蓮華の動きは熟知しているが、あんたは別だ。今近づけば巻き込む」

「……」

「……十秒休ませてやる」


 その間にわたしは体勢を立て直し、矢雨の中心にいる黑竜の頸を断つため、ドラゴンスレイヤーの切っ先を鋼鉄の大地で擦りながら走りました。


 三歩、二歩、一歩――!


 きっちりそのタイミングで、炎の矢雨は上がります。

 そうして、火花を散らしながら刃を全力で振り上げます。


「えあっ!」


 ですが、黑竜は炎の矢が上がった瞬間に跳ね起きて、わたしのかち上げ斬りを空で躱します。


 大丈夫、想定内。わたしの速度では決して黑竜を捉えられないのはわかっていたこと。

 でも、彼女の魔法は別。


「――異空の刃」


 そう。黑竜が回避に使ったその空には、異空へと続く亀裂が発生していて。

 黑竜が鋼鉄の大地に着地した瞬間、黒い左腕が肩口から斬り離されて、ぼとりと落ちました。


「ギイイィィ!」


 液状の瘴気で大地を穢しながら、黑竜が悲鳴を上げます。

 けれども次の瞬間にはもう別の毒竜が空から飛来してきて、黑竜の口へと吸い込まれ、ずるりと腕を生やすのだけれど。


 黑竜は意味のない怒りの呪詛を吐きながら、アデリナへと襲いかかります。

 それを予想していたわたしは先回りをして、ドラゴンスレイヤーで野太く黒い胴を薙ぎ払いました。


「させません!」


 黒色の竜骨剣と、一点の曇りもない白のドラゴンスレイヤーの刃同士がぶつかり合い、互いに弾けます。

 火花が散って、雷轟さえも貫く甲高い轟音が響きました。


 弾かれた黑竜は後方へと足を滑らせ、わたしは勢いに押し負けて背中から鋼鉄の大地を転がって、アデリナの横で片足を立てました。


 やれる。ぎりぎり紙一重だけれど、やれています。二人なら。二人だから。

 アデリナが牽制に雷電の弩を放ちながら吐き捨てます。


「毒竜をどうにかしないときりがない」

「ですね」

「だが、生き残りの面子も考えてはくれているらしいぞ」


 アデリナの言葉に視線を散らすと、先ほどまでよりも黑竜とわたしたちを囲む毒竜の包囲網が狭まってきていました。


 先ほどまでよりも、灰色の空は低く、壁は近く。

 北方の地平にはメルさん率いる聖鉄火騎士団戦乙女隊や、ライラさんたち率いる魔王軍の姿はもちろん、南方の地平では、甚五郎さんの仲間たちがまだ踏ん張ってくれていました。


「押されたわけじゃない。人数が減った分、守る面を小さくしているんだ。だから、あたしたちにはまだ少し時間がある」


 空を見上げれば、七英雄の姿が可視できるほどに近づいてきています。

 雷のように戦場を駆けるグラノスさんが、先ほどまで魔王やわたしがやっていたように抜けてくる毒竜を遊撃で防いでくれていました。


「だが、七英雄以外のやつらはこれ以上後退するわけにはいかない。瘴気に触れてしまうからな」

「はい」


 話している間も、アデリナは忙しなく両手を動かして魔法を放ち続けます。そのどれも致命傷にはなり得ないけれど、黑竜の動きを絞る役割は確実に果たしています。

 だって彼女は通常の攻撃魔法に紛らせて、時折異空の刃を召喚しているのだから。黑竜も迂闊には動けなくなっているのです。

 すごい。本当にすごいのです。わたしの相棒は。


 偉大なる大魔法使い。少なくとも、今日だけは。


 完全体の黑竜を墜とし、黑竜の核に対しては動きの択を迫る。これほどの魔法使いは、現実の歴代魔法少女を含めたってレアルガルド中を捜したって見つからないでしょう。


 だからわたしも剣豪でいい。少なくとも、今日だけは。


 アデリナに関しては、わたしの体力同様に無尽蔵の魔素があるので息切れの心配もなさそうです。

 けれども――。

 心配なのはわたしたちの周囲で、たった一人で抜けてくる毒竜に対処しているグラノスさんです。あきらかに、彼の肉体から発生する電流のような輝きが減ってきているの。


 血と汗を飛ばし、小さな身体で雷のように駆け抜けて、毒竜に雷の剣を振り下ろす。けれどもう、彼の呼吸は荒く。

 視線を奪われたわたしの肩に、魔王の手がのせられます。


「心配すんな。おかげさまで、ちょいと休めた。おれも黑竜をぶった斬りてえのは山々だが、アデリナ嬢の魔法に巻き込まれんのぁご免だ。しょうがねえから、もっかい行ってきてやらぁな。……ただもう、おれも長くはもたねえぞ」


 そう言った瞬間にはもう、魔王はグラノスさんの背後から迫っていた毒竜の頸を両断していて。かと思えばすでに空中で納刀していました。


「かかっ。久しぶりだなぁ、小僧。しっかりついてこいや」

「……」


 おそらくはレアルガルドで最も速いと思われる二つの疾風が、迫り来る毒竜の壁に、競い合うように抗い始めます。


「蓮華!」


 アデリナの警告より早く、わたしは幅広なドラゴンスレイヤーの刃を立てます。白い刃の腹を、暗黒色の切っ先が引っ掻きました。


「~~っ」


 金属を擦り合わせる音がした直後、蹴りを放とうとしたわたしの足もとから、ふいに影が伸びました。わたしの動きとは関係なくです。


「!?」


 わたしの影は蛇のようにうねりながら、竜骨剣をなおも振りかぶった黑竜へと巻きつきました。


 アデリナの魔法? ううん、アデリナも戸惑った顔をしています。

 もしかして、この大ピンチにわたしの魔法が目覚めたのでしょうか!? キタコレ!?


 と、思った瞬間には影の拘束は黑竜に引き千切られていました。けれど油断なく放たれたアデリナの異空の刃を警戒して、黑竜は大きく飛び退きます。


「やっぱり、だめ。毒竜の瘴気から編み出された魔法では、歯が立たない」

「はっはっは、だろうねえ。無理はしちゃいけないよ、ルシア」


 女の子の声と、おじさんの声が背後から聞こえて、わたしたちは驚いて振り返ります。

 そこにはわたしと同い年か、わたしよりも少し年下と思しきフードを被った魔女と、背の高いちょび髭の紳士が立っていました。


「え……え……?」

「あんたたち、誰だ?」


 視線と指先を黑竜に向けたまま、アデリナが鋭く尋ねます。


「わたしは影の魔女ルシア」

「山岳国家アゼリアが王、ゲイル・バラカス。義によって馳せ参じた」


 ……誰?


 ふと、思い出しました。

 初めて魔王と遭った場所。アルタイルの図書館。そこで魔王はわたしたちにこう言ったのです。郷土料理の本を片手に、涎をたらしながら。


 ――アゼリアには知己がいる。


「魔王のお友達?」


 まさか彼の言った知己が、アゼリア王だったなんて思いもしなかったけれど。

 ちょび髭紳士が大仰な仕草で右手を持ち上げ、左胸にそっとあてました。


「いかにも! このゲイル・バラカス、アラドニアがリリフレイアやアリアーナと和解したと聞き、いても立ってもいられず早速馳せ参じた次第! ……麗しきお嬢さん」


 ぞわわっ、と、なぜか背筋に悪寒が走りました。

 だって、麗しいだなんて、そんな本当のことを他人から言われたのは初めてなんだもの。気持ち悪いです、このちょび髭。


 なのにちょび髭ったら、わたしの左手を両手で包み込み、顔を近づけて。


「それがよもや黑竜を相手に共闘していようとは! だが、だがしかし! おかげで貴女のような幼き――あ、いや、美しき少女との出逢いを果たすことができた……。私は魔王に、そして黑竜にさえ、感謝したい気持ちで今にも胸が張り裂けそうだ!」


 近い、近い近いです! いっそその胸、裂けてしまえばいいのに!


 紳士の尻を蹴った魔女が、険しい表情で呟きます。


「浮気」

「あぁん、冗談だよぅ? ルシアァァ~~ン?」


 うっわー……、また濃いのが出てきやがりましたよ……。

 魔王にしても勇者にしても、ろくな仲間がいませんね。


 一陣の疾風のごとく駆け抜けてきた魔王が、勢いのままにゲイル王の襟首をつかんで毒竜の壁へとぶん投げます。


「かかっ、せっかく来たんだ。餓鬼女なんざ軟派してねえで働けや!」

「どわあ~~~~~~~~~っ!?」


 危ない! そう思った瞬間、遙か上空から無数の剣が雨のように降ってきて、ゲイル王の周囲にいた毒竜を背中から次々に串刺しにしました。

 それで斃せるわけではないけれど、動きを奪うには十分過ぎて。


「くかか、腕は鈍ってねえなァ、ゲイル伯爵!」


 斬り込んだ魔王が、無数の毒竜を次々と斬殺してゆきます。


「もう伯爵ではない。王だ。まったく。キミはあいかわらず人使いが荒いね、サムライ」


 ゲイル王と影の魔女ルシアが毒竜の動きを鈍らせ、魔王とグラノスさんが斬り込む。その安定度は、先ほどまでとは比べものになりません。


「……そしていつも絶望の裡で抗うように戦っている。ラヴロフ・サイルスを討ち、はじまりの研究所を灼いたあの日のように。ドラゴン嬢を失いかけ、リリフレイアやアリアーナを敵に回すと言ったあの朝のように」

「かっ! 気色の悪ィ! そう褒めンなよ、変態(ロリコン)伯爵」

「いやいや、褒めてはいないとも。あきれているのだ。心の底から。あと、私はもう王だ」

「そいつぁ悪かったな。変態王」


 背中合わせで、二人の男は毒竜を次々と屠って。

 一人は刀を振るい、もう一人は両手のみならず、無数の剣を雨のように振らせながら。昔語りをして。

 なんだかとっても楽しそうに。


 これでようやく、わたしたちは黑竜に集中できそうです。

 ふいに、アデリナが笑い出しました。


「ふふ、あはは」

「アデリナ?」


 ちゃんと指先で魔法を放ち、黑竜を牽制したままで。


「なんだろなあ、蓮華。七英雄にも、勇者や魔王の仲間にも、まともなやつがいない」

「あはっ。でも、なんだか――」

「ああ、なんだか」


 楽しくなってきやがりましたよっ!



交換日記[七宝蓮華]


逆に、どうして使われると思ったの(。ω゜)?



交換日記[魔法神]


うぷぷっ、ぷげらっ、げぶっふぉおぉぉぉぉwwwwうぇwっっうぇw

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