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第116話 魔法少女ハゲ侍⑤

交換日記[筋肉神]


武器なぞ筋肉だけで十分だと思った……。

あんな剣より我が筋肉を受肉したほうが~……。

 翼を失った毒竜の突進を躱しながら、ドラゴンスレイヤーで真っ二つにします。毒竜は黑竜に到達することなく、地面でその身を擦りながら崩れ落ちました。


「次――!」


 それを確認する余裕もなく、今度は上空から真っ逆さまに黑竜へと向かってきた毒竜を、わたしは跳躍しながらドラゴンスレイヤーの腹で吹っ飛ばします。


「この――っ」


 斬らなかったのは、毒竜の残骸が直下の黑竜に喰われることを恐れたため。

 わたしに吹っ飛ばされて、鋼鉄の大地を滑った毒竜は、甚五郎さんと黑竜を挟んで対極の位置にいる魔王によって、肉片と化しました。

 その魔王へと、超低空から毒竜が飛来します。牙を剥いて。


「く……ッ」

「魔王!」


 響く雷轟、走る稲光。


 毒竜の牙が魔王に到達する直前、アデリナの雷電の弩が灰色の竜を貫きました。

 魔王が顎から垂れそうな汗の雫を、手の甲で拭って叫びます。


「糞ッ、まだか、旦那! もうもたねえ!」


 毒竜との戦いには終わりがない……。


 空は灰色。青を塗りつぶすそれらすべてが毒竜なのです。彼らは黑竜を回復させるべく、自らの身を食餌として捧げようとしているのです。

 一体でも通してはだめ。黑竜は毒竜を呑み込んだ瞬間に、完全回復してしまうから。


 対する七英雄は、全員すでにエリクシルを失っていました。

 最初からエリクシルなしで戦うリリフレイアの聖鉄火騎士団戦乙女隊やアルタイル聖堂騎士団、アリアーナ羽馬騎士団はもちろん、屈強を誇るアラドニア魔王軍や黑竜退治のエキスパートであるセレスティ竜騎兵でさえ、もうその数を半数以下にしています。

 彼らは瘴気にさえ耐えられないのだから。


 とても大きなものに圧し潰されてしまいそう……。


 ですが彼らよりも、戦場の中央で今も黑竜と戦う甚五郎さんは、誰よりも過酷な役割です。

 片目を潰され、全身を自らの血で真っ赤に染めて、それでも雄叫びを上げながら黑竜へと手を出し続けます。


「……ぶは……っぬぐぅ……」


 潰れた鼻から流れる血を吐き捨て、頬を蹴られながらもその足を取り、股ぐらに手を入れて黑竜の巨体を持ち上げ、鉄板と化した大地に叩きつけます。


 パワースラム。


 黑竜の背部の鱗が弾け、黒の瘴気が液状となって飛び散ります。

 甚五郎さんは馬乗りになって、えくすたしーすぱんきんぐという手技を、雨あられと黑竜の頭部へと打ちまくります。

 鉄板の大地となった一角が、砂漠に沈んでしまうほどに激しく。何度も、何度も。


 もう彼が技名を叫ぶようなことはありません。おそらく鼻から喉へと落ちる血を、器官に入れぬように制御するだけで精一杯だから。


 殴り、殴られ、それでも技をかけ――。

 あきらめないの。あの人は。でも。


「……死んじゃう」


 あんなに血を流したら、いくらなんでも死んじゃう。

 腹を拳で突かれて、甚五郎さんの巨体が後方へと吹っ飛ばされました。


「ぅぐ!」


 黑竜はすかさず立ち上がって大地を蹴り、追撃に、彼の残った瞳へと拳を振り抜きました。甚五郎さんは首を傾けてそれを躱し、さらに距離を取ります。


「ぶはー……ぶはー……」


 血を吐きながら。それでもレスラーのかまえを取って。

 魔王もわたしも、抜けてくる毒竜の数が増えたことで手を貸す余裕はありません。南方にいる甚五郎さんの仲間たち四人も、背中合わせでじわじわと押されてきています。

 各国の騎士や戦士が減るたびに、負担が増えてゆくのだから。


 そうしている間にも、わたしと魔王は迫り来る毒竜を次々と屠って。休む暇なんかまったくなくって。

 わたしが一体の毒竜を屠る間に五体を葬り去っていた魔王の動きも、徐々に鈍ってきていました。

 考え得る最悪の状況に陥りつつあります。


 でも。

 がこん、と金属を打つ音がして。


「――っ」


 振り返ると、荒い呼吸でばしゃばしゃと身体のあちこちから血を滴らせている甚五郎さんの前で、黑竜はついに片膝をついていたのです。


「……貴様には……山ほど……言いたいことがあったが……ッ、……どうやら……言葉……思いの通じる輩では……ないらしい……ッ」


 ゴキリと右手の指を鳴らし、甚五郎さんが右腕を弓のように引き絞ります。

 怒りに満ちた悪鬼羅刹の表情で。


「……ならばもう……永久に眠れ……ッ!!」


 あ……。あの人……本当に……。信じられない……打ち勝った……。


 とくんと、心臓が胸を叩きました。目を奪われました。心を動かされました。


「嬢ッ!」


 ですが、毒竜から視線を切った一瞬。わたしが甚五郎さんに目を奪われた一瞬。

 一体の毒竜がわたしの傍らを抜けて黑竜へと疾走し、魔王の斬撃疾ばしで片腕を斬り飛ばされたそれは、暴風を伴って甚五郎さんの前で膝をついていた黑竜の口へと身を投げました。


「あ――っ!」


 ずずっと音がして、黑竜の数倍はあろうかという毒竜の肉体が、黑竜の中へと吸い込まれてしまって。


 頭が真っ白になりました。

 甚五郎さんがとどめの一撃を放った瞬間、黑竜は持ち上げた左手で、甚五郎さんの右の掌打を受け止めます。

 けたたましく響く音と、凄まじい暴風の中――。


「カカ……カカ、カ……ッ」


 黑竜は不気味に嗤って。嘲嗤って。世界のすべてを。無力なわたしたちを。


 ――まぬけな、わたしを。


 そうして右手から、新たな一振りの竜骨剣をずるりと生やして、甚五郎さんの胸を逆袈裟に裂きました。


 巨体の膝が、折れて。

 黑竜の膝が、伸ばされて。


 自ら招いてしまったあまりの失態に、わたしは立ち竦みました。

 黑竜はそれを見逃しません。一振りの竜骨剣の切っ先をわたしへと向けて、鉄板と化した地を勢いよく蹴って。


 もう……。


 切っ先が迫ります。けれどわたしには、それを避ける気力はありませんでした。だってこの結末は、自分が招いてしまった失敗なのだから。


 避ける資格も……ない……。


 なのに。魔王の叫びが虚しく響く中、必死で走ってわたしの前に滑り込んできた人影。

 アデリナ――。

 いくらアデリナの胸鎧でも、竜骨剣は受け止めきれません。きっと貫かれ、刃はわたしの胸にも刺さるでしょう。無駄になるんです。貴女の命は。

 こんな事態を招いてしまった、わたしなんかのために。


 じわり、涙滲んで。


「畜生が――ッ」


 魔王が走る黑竜へと向けて斬撃を疾ばします。

 けれど黑竜はそれを最低限の跳躍で躱しして、アデリナの胸へと勢いそのままに竜骨剣を突き出します。

 肉を貫く音が響き、わたしの――わたしたちの全身に、真っ赤な血液が降り注ぎました。熱い、熱い血液が。

 けれど当然あるはずの痛みはなくって、目を開けたわたしたちの前に広がった光景は。


「甚五郎……っ!?」

「甚五郎さん!」


 アデリナの前に立った甚五郎さんの背中から、竜骨剣の切っ先が生えていました。胸を貫通し、背中から。

 甚五郎さんの広背筋が蠢き、なおも侵蝕しようとする竜骨剣の動きを強引に止めます。


「ぐ……うっ」


 甚五郎さんの両膝が力なく折れた直後、魔王が黑竜へと斬りかかります。それを竜骨剣を引き抜きながらのバックステップで回避した黑竜を追って、魔王は怒りの形相で駆けます。


 ぐらりと揺れた甚五郎さんの巨体が、仰向けに倒れてきました。

 わたしとアデリナはそれを背中から二人で受け止めて。


「どう……して……? ……わた、わたしの……失敗……なのに……っ、こ……こんな……」


 甚五郎さんは背中から支えられたまま、わたしの腕とアデリナの腕を、傷だらけとなった大きな掌でつかみました。

 太陽のように熱い手で。燃えるような手で。

 そうしてぼろぼろと涙が止まらなくなったわたしを見て、ニカっと笑いながら言うのです。


「……あきらめるな……」


 いつもの低く太い声ではなく、掠れた弱々しい声で。


「わたしの……せいで……ごめんなさい……」


 みんな、みんな死んでしまう。殺されてしまう。ここへ集った人たちだけじゃない。この大陸に住むすべての人が、黑竜に殺されてしまうの。

 わたしのせいで。


「……あきらめるな……っ」


 幾分強く、同じ言葉を繰り返して。


 魔王と黑竜の剣戟の音が響きます。

 けれど、包囲が決壊したことで新たに三体の毒竜が黑竜の口へと飛び込んでいって、黑竜はもう傷さえ見あたらなくなってしまいました。


「……いいか、決してあきらめるな……」


 みしりと腕が軋むくらい、強くつかまれて。


「……心が折れそうなときは、大切な人の顔を思い出せ……譲れぬものを心に抱け……魔王はすでに限界を迎えている……。……だが、私は絶望などしていないぞ……。――ここにはまだ、おまえたちがいる!」


 そうして、偉大な勇者は静かに告げるのです。


「――おまえたち二人がレアルガルドに残った最後の希望だ」


 潰れた瞳と潰れた鼻。それでも、甚五郎さんは笑って。


 そうして、やがて。

 やがて、残った瞳を閉ざしました。わたしたちの腕をつかんでいた大きな手が、するりと地面に落ちます。


 どく、どく、と。心臓が熱い血液を全身に押し出します。血管を燃やしてしまいそうなくらいに熱い血が。


「なあ、蓮華」

「……」

「誰もおまえを責めないよ、きっと。だっておまえほどこの大陸に生きる人々のために戦い続けてきてくれたやつなんて、他にいないんだからな。あたしはそれをずっと見てきた」


 アデリナがわたしの肩を叩いて立ち上がります。重い胸鎧をその場に脱ぎ捨てて、身軽になってステップを切り、両手の指先を揃えて。

 長い青髪を揺らして振り返ります。


「あたしはこのハゲに火をもらった。一暴れしなければ内側から灼き尽くされそうな勢いの火だ。命すら力に変換する火だ。……おまえはそのまま泣いて終わりを待つのか? 火を熾されても燻ったまま、あきらめてしまうのか?」


 わたしはぼろぼろに破れた魔法少女装束の袖で目を擦り、立ち上がります。


「……そんなわけないでしょう!」

「だろうな」


 借り物のドラゴンスレイヤーの柄を、全力で握りしめ。


「まだ、やれるんだから!」


 激しい剣戟で、魔王を追い詰めつつある黑竜を睨み付けて。

 わたしたちは叫びながら、再び駆け出しました。




交換日記[魔法神]


おやおやあ? もしや、拗ねておられるのですかな?

みっともないですなあwwwwwっうぇwwっうぇw

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