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第113話 魔法少女ハゲ侍②

交換日記[筋肉神]


蠢く筋肉たちの祭典が始まったぞ!

 言葉を体現するように、わたしは真っ先に地を蹴りました。

 黒い、黒い影のような男性体の黑竜。わたしを、わたしだけを見くびっているのか、甚五郎さんと魔王に視線を向けるばかりで。


 だから――!


「てや!」


 砂漠の砂を蹴り上げます。横に広がるよう、扇状に。

 砂が全身にかかるよりも早く黑竜は振り返り、煙幕代わりにまいた砂を跳躍で躱しました。超反応、超高速。


 けれども予想通り――!


 煙幕に追いついていたわたしは、あらかじめ地面を蹴って、きっとわたしよりも速く動くであろう黑竜の軌跡にあたりをつけていたのです。

 結果。


「……」

「やああっ!」


 わたしの跳躍力をのせた拳は、宙を舞った黑竜の腹部へと突き刺さります。

 鈍く、重く、低い音。殴った腕が痺れるような、肩が外れてしまいそうな超重量。まるで押せばたわむ鉛でできているかのような肉体。


「う――ぬにあああっ!」


 それでも、振り抜いて。強引に。

 歯を食いしばって、全身をねじり込むように回転させながら、全力で振り抜いて。

 黑竜の肉体がくの字に折れて、数メートル浮き上がります。できたての口から、吐血するように黒の瘴気をまき散らせて。


 でも、それだけ。

 本来なら数十メートルをぶっ飛ばすつもりでの一撃だったのですが、それだけです。

 黑竜はわずか数歩の距離を両足で砂を掻いて着地し、口をさらに耳のあたりまでひび割れさせて、嫌な声で嗤いました。


「ィ……イ、イィィ、イ、イ……ッ」


 けれど、それで十分。その間にわたしたちは目的を果たしました。

 わたしが黑竜をぶん殴ったあたりで、魔王は抜け目なく甚五郎さんへと、貝殻のような入れ物に入った軟膏を投げたのです。魔王の脇腹の傷を一瞬で塞いだ軟膏です。

 たぶん、エリクシル成分の含まれたもの。


 竜骨剣を片腕で受け止めた甚五郎さんの右腕は、骨まで達する斬撃の痕で、もうほとんど動いていなかったから。


 左手で貝殻の入れ物を受け取るや否や甚五郎さんは貝の蓋を器用に左手だけで跳ね上げ、指先で軟膏をすくって、いっぺんの澱みもなく流れるような動作で――頭皮へと持っていきます。


「かたじけない」


 魔王が大あわてで叫びました。


「おいこら、ちょっと待て旦那っ!!」

「うぬっ!?」


 魔王の制止の声に、甚五郎さんの左腕はびくりと震えて止まります。

 わたしは黑竜を吹っ飛ばしながら、横目で眺めて思います。


 ッあンの、くされハゲェェェ! うぬっ!? じゃないでしょうがああああ!


「腕だろっ、ふつうはよッ!?」


 甚五郎さんが瞳を閉じて空を見上げ、吐息混じりに呟きます。


「……腕……か……。……そう……か……」


 つぅと、閉ざされた瞼の隙間から漢の涙を一筋流して。

 あきらめて右腕の傷へと塗り込みます。いかにも不本意そうな顔で。


 あいつぅぅぅぅ!


 黑竜が不気味な嗤い声を上げながら、わたしに襲いかかります。


 速――ッ!


 地を蹴った瞬間にはすでに目の前にいて、反射的にクロスしてしまった両腕へと竜骨剣が振り下ろされます。


 あ……。


 甚五郎さんの筋肉を貫通するような斬撃を、わたしが受け止められるわけもないのに。

 真っ黒な刃がわたしの両腕を切断する寸前。


「――つぁいッ!」


 横から銀閃が走って刀の切っ先で竜骨剣の腹を突き、火花を散らしながら軌道を逸らしてくれました。

 一本突きの勢いのまま砂漠を滑った魔王がすぐさま跳ね上がって、背面から払われたもう片方の竜骨剣の斬撃を躱します。

 長衣の背中を、微かに裂かれながら。


「受けんな餓鬼!」

「は、はい!」

「ったく、どいつもこいつも!」


 魔王は着地と同時に砂を爆発させるように蹴って離脱しますが、その速度域にすら追いついて追撃に迫る黑竜の竜骨剣を刀でかろうじて受け流しました。

 火花と汗、そして黒の瘴気が雫となって中空に散らされます。


「ぐう……っ」


 勢いを殺しきれず、体勢を崩した魔王に焦燥が浮かびます。


「――ッ糞!」


 危ない――っ!


 左の竜骨剣が魔王の首へと放たれた瞬間、轟音伴う踏み込みとともに大きな掌が黑竜の側頭部へと叩きつけられます。

 ごぎり、と音がして黑竜の首が折れ曲がりました。


「超☆猛烈ぅぅん、エクスタシースパンキング」


 にもかかわらず、甚五郎さんはさらに容赦なく関節を入れ、腕をねじり込み、えっちな名前の手技の二段階目を叩き込みます。


「ずぅぉりゃあッ!!」


 衝撃が黑竜の頭蓋内部を破壊して駆け抜け、空間を歪ませる衝撃波となって砂漠の彼方へと消えていきます。


 す……ご……。


 あれもう徒手空拳の域を超えています。こんなの。たぶん、ゼロ距離での威力なら斬撃疾ばしと比べても遜色ないんじゃないかしら。


 黒の肉体、ぶるりと震えて。

 少し遅れて、黑竜の目や鼻、口から、どぼっと液体化した瘴気が溢れ出します。


 やった……!


 甚五郎さんがドヤ顔で、ふぅと息を吐きました。


「フ、悪く思うな、黑竜よ。どうやら我が身に宿りしこの不治なる(ハゲ)。貴様を斃さねば治すこともままならんようだ」


 ですがその直後、黑竜は折れた首もそのままに、甚五郎さんのへと竜骨剣を二振り薙ぎ払いました。左手の剣は頸を狙って、右手の剣は足を狙って。


「ぬおっ!?」


 頸骨を狙ってきた竜骨剣を両手の皺を合わせて云々の白刃取りで受け止めた甚五郎さんでしたが、足を狙った右手の竜骨剣を躱して低く跳躍したため、踏ん張りが利かずに砂漠へと頭から叩きつけられ、砂嵐のように砂を舞上げながら大地を割って上空高くまで跳ね上がり、太陽光を回転する頭皮で四方八方に乱反射させながら岩石を背中で壊して止まりました。

 遅れて大量の血液が、雨のように砂漠に降り注ぎます。


 びしゃびしゃと……。


 それは悪夢のような光景でした。

 あれほどの達人が、あれほどの怪力を誇る傑物が、立ち上がりません。たったの一撃なのに。半身を砂に埋めたまま、ぴくりとも動かなくて。


「甚――っ」

「よそ見してンな!」


 背後――!


 黒の閃光と銀の閃光が打ち合います。火花と汗、そして黒の瘴気を散らして。音すら遅れて聞こえてくるような速度域で。

 右へ、左へ、上へ、下へ。

 黑竜の黒と魔王の銀の生み出す光が、わたしの周囲で何度も何度も輝きます。汗と、血と、瘴気を撒き散らしながら。


「く……そ……ッ」


 魔王は竜骨剣をかいくぐって刀を反しますが、放つ前からもう片方の竜骨剣に迫られ、防戦一方になっています。

 打ち合うたびに飛び散る体液が、その消耗具合を示していました。


()ぁ――ッ」


 魔王の肉体に、新たな傷痕が次々と刻まれていきます。同時に、砂漠の砂に黒い点が次々と増えていって。


 竜骨剣。あれをなんとかしなければ、わたしたちに勝ち目はありません。

 けれど、甚五郎さん以外の誰がいったい、怪物のような巨体の男性体となった黑竜からあれを奪えるでしょうか。


 黑竜の筋肉。

 甚五郎さんほどの膨らみはありませんが、あれは無駄なものを一切省き、削ぎ落としたものです。おそらく人類では同種の筋肉をつけることはできないでしょう。それがわかってしまうのは、わたしがキモ肉神の聖女だからかもしれません。

 つまりあの黑竜は、キモ神と似たような生物・神なのです。ただし、わたしたちの現実世界によって産み落とされた、レアルガルドにとっては異界の神。


 わたしは黑竜の足もとへと滑り込み、魔王へと迫る刃の腹を、とっさに右足で蹴り上げます。じんとしたつま先の痛みを堪えて、左後ろ回し蹴りで二振りめを持つ黑竜の手を蹴ります。


「――~~っ」


 重い。剣閃を逸らすだけで精一杯。

 どこを見ているかもわからない真っ黒の瞳が、わたしに注意を払ったのを感じました。それだけで、息が詰まる。死を予感させるのです。

 予測。わたしは黑竜の速さについていけません。でも、甚五郎さんが見せてくれた、相手を予測する動きであれば。


 右、竜骨剣の薙ぎ払い。

 あらかじめ上体を背中に倒して回避して。それでも眼前を走る黒の刃に、数本の前髪が斬り飛ばされて。


「~~っ」


 今度は下段。暗黒のような色の全身を時計回りに回転させながらの薙ぎ払いは、上体を起こす暇もなく両足で地面を蹴って、下半身を振り上げて。

 地面と水平になったわたしの真下を、轟と風を斬って竜骨剣が通り抜けます。


 今――!


 両膝を全力で伸ばして、黑竜の胸を蹴って離脱。力の入らない空中での蹴りでは、とてもダメージは与えられないけれど。


 でも、一秒くらいは稼げたでしょう? 時間を。

 そして、それで十分なの。あなたにとっては。目配せの必要もない。


「かっ! おれを使うかよッ!」


 魔王が、黑竜に圧されて後退と同時に納刀していた魔王が、ぎらりとした瞳を見開いて上げます。


 抜刀――。


「斬撃疾ばし――」


 ――一閃。


 歪みます、世界が。

 歪み。そうとしか形容のできないもの。可視はわずか。陽炎のように。

 砂漠の砂を巻き上げ、ううん、巻き上げた頃にはもう、背の低いわたしの頭頂部を掠めるようにして通り過ぎ、それは黑竜の頸へと迫っていました。


 追い風さえも追い抜いて、歪みはついに黑竜の頸部と右腕を音もなく通過します。その後から大量の砂を伴う突風が吹き荒れて、わたしたちから視界を奪いました。

 魔王の技によって引き起こされた凄まじい風に、魔法少女装束のスカートと長い髪を激しく躍らせながら、わたしは刮目します。


 砂嵐の向こう側を。そこに立つ黒の怪物を。

 やがて砂の風が弱まる頃、わたしの視線はついに捉えました。右腕と、そして頸から上を失って立つ、黑竜と呼ばれた邪神の姿を。


 ばしゃ、ばしゃと、脈打つたびに真っ黒な瘴気の体液を傷口から溢れさせながら。


 どく、どく、自分の心臓の音が聞こえます。


 頸を……跳ねた……。……脳と肉体を……切り離した……。


 おそらく跳ね飛ばされた首と右腕は、魔王の放った斬撃疾ばしの歪みに巻き込まれて、塵となって消し飛んだでしょう。右腕の握っていた竜骨剣は、どこかに落ちているのかもしれませんが。


 終わっ……た……? 気配……感じない……。でも……。


 呼吸の音と心音、そして砂漠の風だけが、鳴っていて。

 魔王は眉根を寄せて納刀しながらも、構えを解きません。残心というものでしょう。たぶんそれは、わたしと同じ違和感を持っているから。


 もしかしたらこの場にアデリナがいたなら、これで終わらせることができたかもしれません。

 ううん、きっと終わっていたでしょう。レーゼ様でも、リリアン様でも、間違いなく彼らがいたなら、今が最後のチャンスであると気づいたと思います。


 でも、この場に彼らはおらず、わたしも魔王も甚五郎さんも、嫌になるほど異邦人だったのです。だから気づくのに遅れました。


『何をしているの! 早く――ッ』


 セイラムの魔女が念話を送ってきたときには、黑竜は胴体からずるりと新たな首を生やして、同時に叫んでいたのです。


 ――ぎぃぃぃぃあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぎゃああううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅがああああああああああぁぁぁぁぁあああああああぁああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 狂ったように。泣き喚くように。怒りに駆られたように。


「~~っ!?」

「――ぐッ!?」


 それは、息すらできないほどの音量でした。

 とっさに両手で耳を塞がなければ鼓膜を破られていたでしょう。空間をびりびりと震動させ、砂漠の砂を波打たせ、見るものの視界すら歪めて割り、皮膚さえ波打たせ、本能的な恐怖を思い起こさせるほどに。


 頭蓋が、共鳴して、割れそう……ッ!


「う……ぐっ」

「あが……っ」


 わたしも魔王も叫んでいました。脳をかき回す音の波が生み出したあまりの激痛に、ただただ悲鳴を上げていました。


 失った右腕もそのままに、黑竜はさらなる声を上げます。


 その叫びは、レアルガルド中に広がります。黑竜戦が開始されて以降、ううん、もっともっと昔。

 黑竜という名の存在が確認されて以降、各地に散らばって人々を苦しめてきた古竜クラスの怪物、眠れる旧き毒竜たちや、先ほどの戦いで産み落とされたばかりの毒竜たちへと届くまで。

 幾千、幾万の毒竜に届くまで――。


『……やく……ッ……ろすの……ッ……を……喚ん……る……!』


 黑竜の叫びが徐々に小さくなり、消滅します。わたしも魔王も全身を汗に濡らし、目を見開いて荒れた細かな呼吸を何度も繰り返していました。

 そのときになって、ようやくわたしは気づいたのです。セイラムの魔女キザイアが必死でわたしに念話を送り続けていたことに。


『殺して! 早く! 黑竜を殺して! 黑竜は今、レアルガルド中の毒竜を集めてる!』


 ――っ!?

 わたしと魔王が弾かれたように地を蹴ります。

 けれどもそのときにはすでに。


『毒竜は、黑竜の肉片! だから――』


 凄まじい勢いで雨のように降ってきた一体の毒竜を、男性体の黑竜が体躯も質量も関係なく、大口を開けてガブリと呑み込んでいたのでした。

 そうして、黒の瘴気を失った右腕に集めて、瞬時に再生させて。


『…………黑竜は……復活……する……』

「……イ、ィィ、イイ、ィイイ……ッ」


 青色だった空は、数千、数万の灰色に侵されていました。

 わたしは絶望の空を見上げて、膝を落とします。


 もう……。




交換日記[魔法神]


ぷぶっ、ぶふぉぉ~~っ!

あのハゲ、吹っ飛んだときミラーボールみたいに輝いてましたな!



交換日記[アデリナ・リオカルト]


自重しろ。



※更新速度低下中です。

 詳しくは活動報告にて。

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