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第110話 魔法少女は空を走る

交換日記[筋肉神]


筋肉一つ、いらんかね~?(チラ、チラ

最終戦で役立つ筋肉、いらんかね~?(ガン見

 黑竜に呑まれ、為す術もなく闇の中へと落ちてゆくわたしの腕をつかんだ人。


 黑竜の中にいて、胎児のような格好で繭のようなものにくるまれ、手だけを伸ばしてわたしの腕をつかんだ女性。

 彼女はお伽噺の魔女のような鍔の広い帽子に、黒一色の服装をしていました。

 帽子の鍔が広すぎて、彼女の顔を確認することができません。不思議と、どの角度からもなのです。

 

 セイラムの魔女、キザイア。

 言葉ではありません。耳からではありません。

 繋がれた手から、伝わって。


『……あなた、八人目?』


 端的な質問でした。

 声、出せなくて。


『思うだけでいい』


 抑揚のないしゃべり方でした。


『……思うだけ?』

『念話。有線だけど』


 わたしの腕をつかむ手に、ほんの少し力を込めて。言葉、少なに。


『もう聞こえているから。思って。あなたの言葉を』

『聞こえて……る?』


 証拠を示すように、うなずいて。


 念話の内容は、概ねこんな感じ。

 セイラムの魔女キザイアは、次元と時空を跳躍することのできる魔法使いのようです。

 彼女はわたしたちのいた世界のことも知っているし、グリム・リーパーというレアルガルドの旧支配者たちの存在も知っていました。

 因果の渦も知っているし、旧七英雄がどのようにして黑竜を討ち払ったのかも。


 八人目の英雄ナスターシャ。黑竜戦で散った、銀竜シルバースノウリリィのお母さん。

 彼女を除いた旧七英雄は、伝説や伝承、書物に伝わっているような、立派な正義の人ばかりでも、世界から英雄などと呼ばれるような人ばかりでも、なかったのです。


 ただ、力を持っただけの人たち。考えることは自身の欲ばかり。


 曰く、国家のため。

 曰く、他者のため。

 曰く、金銭のため。

 曰く、名誉のため。

 曰く、知欲のため。

 曰く、支配のため。

 曰く、家族のため。


 友情も信頼も、そこにはなかった。けれども、ばらばらだった彼らをまとめた剣姫ナスターシャだけは違ったの。


 彼女はまっすぐだった。人々に安寧をもたらすためだけに、剣を取った。


 とっても、魅力的な人だったそうです。

 七英雄はみんな彼女に惹かれた。眩しいほどの光に力を貸したいと願った。けれどもそれは、自身にこびりついた欲を捨てる理由にはならなかった。


 だから七英雄は連携できず、鉱山都市シャラニスで黑竜に敗北した。

 結果としてシャラニスは毒竜に蹂躙され、黑竜の瘴気を浴びて滅亡したのです。月を見上げる亡霊、大神官ナイ・カー様の哀しげな表情は、今でも思い出されます。

 あの表情は、真実の七英雄を知っていたからだったのです。


 この敗北をきっかけに、ナスターシャは考えます。

 どうすれば本当の意味で皆の心を一つにまとめることができるのだろう、と。


 けれど結局こたえは出せないまま、八人の英雄は決戦の日を迎えてしまうのです。

 その結末が、ナスターシャの死……。


 ところが皮肉なことが起こります。彼女の死が七人の英雄の心を動かしたのです。大きく、大きく動かしたのです。

 彼女に対する想いだけが、彼女を大切に思う心だけが、善や悪といった立場さえ超越して、七人に共通していたの。

 こうして一人の死をきっかけにして七人の英雄の心は強く繋がれ、黑竜を討ち払うに至ったのでした。


『その死が、仲間を繋いだ』

『そんな……』


 キザイアさんはぼそりと付け加えます。


『彼女がそれを知った上で自ら命を投げ出したのか、たまたまだったのかはわからない』


 ひどい話……。英雄譚なんて、綺麗なところばかり切り取っただけの物語なんだ……。


『けれど因果は示す。八人目の死が、黑竜にとっての大きな不都合を産み出すことを。だからあなたは死ぬ必要があった』

『でもわたし、生きてます。あなたのおかげで』

『ええ。因果を黙らせるため、わたしは八人目の死を偽装した。わかる?』


 ああ……!


『え、じゃあ……わたし……』


 死ななくても……済む?


『まだわからない。決戦で死ねば因果から逃れたことにはならない。でも、少なくとも――』


 帽子の鍔に隠されたキザイアさんの顔。口もとだけで不敵に笑って。


『死を偽装し、一度は救えた。この出来事が、黑竜にとってどのような結果を導き出すかが肝要』

『もしかして、キザイアさんが黑竜に食べられたのって……わざと?』

『因果を断ち切るため、わたしもまた死を偽装した。七英雄がそろわないことも、因果の中ではあり得ない出来事だったはず。うまくいくかどうかは自信がなかったけど』


 キザイアさんを包んでいた繭が解け、それは光の粒子となって霧散し、直後に空飛ぶ箒を形成します。

 キザイアさんはそれに横からお尻をのせました。

 箒は安定しています。キザイアさんが子供のように足をぱたぱた動かしても。


 ああ、これが空飛ぶ箒! 他の魔法少女たちでさえ持っていない魔法! どうにか貰い受けることってできないかしら!


『他の英雄とは違って、わたしには戦う力がない。だからわたしは、ありったけの知識を動員して因果の渦の破壊を試みる。あなたたちは黑竜と、わたしは因果と戦う』


 わたしの腕をつかんだキザイアさんの手に導かれ、わたしは空飛ぶ箒に恐る恐る片手でつかまります。

 大丈夫。わたしがぶら下がっても、箒は空に浮いたまま。揺れもしません。


 わあ、いいな! いいな! これ、欲しいな!


『さて、あとは黑竜が口を開けたときにで――も……?』


 彼女が黑竜の口から脱出しようと言い出した、まさにそのときです。暗黒が唐突に発生した強烈な光によって斬り裂かれ、太陽の光が覗いたのは。

 刃は高熱を発し、灼き斬った黑竜の肉体を白の炎で侵蝕していきます。


『???』

『……アデリナ? あなたなの?』

『……あで……りな?』

『あ、わたしの友だちです。七英雄の一人。これ、たぶんすっごくでっかい光波一閃って魔法です。彼女の』


 黑竜の鼓動と悲鳴が響き渡り、まるで空間そのものが破られたかのように暗幕が燃え広がりながら落ちていき、気づけばわたしたちは青空の下に浮いていました。


 アデリナったら、とんでもないですね……。魔王でさえできなかったのに、黑竜を真っ二つにしちゃった……。


「まぁ~た剣技だとか言うんだろうなあ」

「……剣技? どう見ても魔法……」

「気にしないでください。そういう人なんです」


 声、届いて。キザイアさんの声も、耳に届いて。

 キザイアさんが顎に手をあて、小さく呟きます。


「なるほど。そういうことか」

「どうかしました?」

「八人目の死が導く、黑竜が被る大きな損害。これが今の魔法を意味しているのだとしたら、つまり、八人目であるあなたは時系列順に見て、死の因果を今この瞬間に越えたかも」


 わたしが死んだと誤解したアデリナがぷっつんして黑竜を真っ二つに叩き斬ったことは、かつて剣姫ナスターシャが死んで七英雄の心が繋がれたのと同じくらい、大きな価値があったということでしょうか。


 ああ、そう。きっとそうだ。


 心を繋いだ七英雄は、完全体の黑竜を討ったのだから。今、まさに、アデリナはそれと同じことをたった一人でやってのけた。もちろん、他の七英雄たちがいなければ黑竜や毒竜の攻撃は彼女に集中するし、不可能だったと思います。

 でも、トリガーを引いたのは間違いなくアデリナ。

 かつて魔王軍と魔王、そして騎竜王が共闘し、数え切れないほどの犠牲を払いながらもやってのけたのと同じことが、彼女にはできた。


 すごい! やっぱりすごい!

 

 この先、まだ因果が渦を巻くならば。


「首……! 黑竜の……!」


 七英雄は捕り逃したのです。黑竜の核、本体を。魔王もまた、それを見逃してしまった。


 前方――!

 すなわち黑竜の口のあった方向に視線を向けると、見たこともない暗黒色の古竜が、長い長い瘴気の尾を引きながら高速でこの空域から離脱して行く姿が――その背後からは金色と銀色の古竜にのった魔王とハゲが追ってゆくのが見えました。


 これが、本当の本当に最後。

 黑竜を討つ、最後の機会。


「追ってください!」

「わかった」


 わたしはキザイアさんの箒にのって、その後ろから追いかけます。

 箒の飛翔速度は、古竜にも劣らない凄まじい速さでした。


 途中、空域を去る前に、遙か眼下の大地で大の字になっているアデリナを発見します。今は彼女を拾っている時間はありません……が、なんでドラスレ抜いてんの、あの人?


「ふふ……」


 見えるか見えないかはわかりませんが、わたしは彼女に向かって親指を立てます。


 ありがとうって! あなたのおかげで助かったよって!

 だから――。

 あとは、まかせて?


 箒は古竜の後方に張り付くように、凄まじい速度で飛翔します。なのにぶれることなく安定しているのは、前方から後方へと抜けるように風の魔法がかかっているからでしょうか。

 ラドニス上空を越え、名前もない森を越え、アラドニア支配域さえも越えて、砂漠地帯に入っても、黑竜は逃げ続けます。

 追跡を始めてから数時間は経過したでしょうか。


「く……っもう」


 キザイアさんが小さくうめきました。


「どうかしましたか!?」

「黄金竜にのってるハゲの頭が、さっきからちらちら反射して鬱陶しい」


 キザイアさんのしゃべり方に、ちょっとだけ抑揚が出た気がしました。


「ああ……」


 黄金の鱗よりも反射率高いんだ、あの頭。なんてはた迷惑な。早く生やせばいいのに。


 ぎゃっ!? こっち向きやがりましたよ!


 もりもりまっちょの裸体でネクタイを激しく暴風に躍らせながら、甚五郎さんが振り返ったのです。

 黑竜を指さし、両手を広げて、翼のように動かして。


 ぷっ、なんですか、あれ。


「何してんのかしら」

「ジェスチャー? たぶん……」


 わたしを指さして右の翼を動かし、自分を指さしてから左の翼を動かします。


 わかりました! あのハゲ、まったく意味不明ということが!


 なのにあのハゲったら満足げにうなずいて、もう黑竜の方向へと視線を戻しやがるのです。なんにも伝わってないですのに。

 ……と、あれ?

 黄金竜ゼロムゼロムと併走していた銀竜シルバースノウリリィが視界から消えていました。それを確認した直後、遙か上空から黑竜を目掛けて、銀色の閃光が恐ろしい速度で飛来します。


 リリィさんの竜撃――!?


 黑竜はそれを躱すため、ほんの一瞬だけ尾を下から前方に振り上げて飛翔速度を弛め。


「ちょ――っ!?」


 制動距離の間に合わない箒は、黑竜同様に飛翔速度に急制動をかけた黄金竜ゼロムゼロムを追い越して、黑竜の背中に激突しかけ、かろうじて進路を下方へと取って。

 けれどわたしは、進路変更に入る直前、箒から手を放していました。生身のままで、とんでもない高度の空をじたばたと駆けて。


 ひぃ~~~~! 怖い怖い怖い怖いぃぃっ!


 だって、黑竜を捕らえるチャンスは今しかないから。多少の無茶は承知の上。

 空を走るわたしと。


「ふなぁぁ~~~~~~~~~~~~~っ!」


 黄金竜の背を蹴って、同じく空を飛ぶハゲが。


「おぅらあぁぁぁ~~~~~~~~~~っ!!」


 空中で二人して足をばたばた走らせながら、同時に黑竜の翼にしがみつきます。

 ふと気づきました。


 ああ、さっきのジェスチャーの意味ってこういうことだったのね。

 ……わかるかっ、このハゲ!



交換日記[七宝蓮華]


こっち見んな。

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