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第109話 女剣士は剣技を示す

交換日記[アデリナ・リオカルト]


……借りる。


 聡明で、人形のように美しい少女だった。


 けれど彼女には、幼少期、友だちと呼べるものはいなかった。

 シーレファイス城の誰もが立場を重んじ少女を敬い、傅いた。中には王族である少女を疎ましく思い、誘拐を試みた大貴族もいたけれど、概ねのところはそうではなかった。


 もうすぐ十を向かえる年齢となったとき、それらしき存在ができた。

 亜人国家カダスの王族。獣人族のナナイ・ククナイ。優しい性格をした、獅子の獣人だった。


 初めての友だちに、少女は徐々に笑顔を見せるようになった。

 しばらくして傅く人々から人形と称されることが減ったとき、少女は初めて、自分に与えられた人形という呼び名が、揶揄であったことに気がついた。


 自身の容姿が、人の美的感覚の中心にあることにも早くから気づいていた。だが、幼い頃から感情を表すことが苦手だったことには無頓着だったのだ。


 誘拐されかけたとき、三下に腹を蹴られながら罵られた。


「どうせこいつには感情なんてねえよ」


 ああ、それはこういうことだったんだなと、ナナイとかかわるようになってから理解した。


 ――ナナイ・ククナイはあたしに、大切な感情(もの)をくれた。


 空――。

 ぎゅうと、胸鎧の内側が締め付けられた。


 二人目の友だちができた。今度は少女だった。

 ナナイと彼女を会わせることが、いつしか楽しみになっていた。


 彼女のおかげで、旅に出ることができた。その目的こそ違えど、過程で引き合わせることができたなら、それでいいと思った。


 新しい友だちは、変な少女だった。年齢よりずっと幼く見えるし、小さくて細いのに獣人並の怪力を持っていた。優しさも同じくらい。性格は、うん、まあ、全然違ったけれど。

 好戦的だし、食いしん坊だし、怪力のくせに自分は魔法使いだなどと言い張る。おもしろいやつだと思った。


 旅は苦労も極めたけれど、それ以上に楽しかった。

 けれど、もうすぐナナイのいるカダスに到着しようとする頃、カダスは滅亡してナナイは死んだ。二人の友だちを引き合わせてやることは、未来永劫できなくなった。


 自慢したかったんだ。あたしには、こんな友だちができたんだぞって。


 そして今日。

 ナナイを殺したやつに、七宝蓮華をも奪われた。


 空に、投げ出されていた。

 暗黒に覆われた空ではない。腹立たしいほど澄み渡った青空の下だった。


「なんで……こんなこと……」


 救われたのだ。少女は。アデリナ・リオカルトは。七宝蓮華に。

 死の運命から、因果の渦から、おまえを守ってやる。そう言ったのに、守られてしまった。


 耳もとで轟音のように鳴り響く風。手も足も、何にも届かない。歯を食いしばって睨むと、あまりに巨大な黑竜の顔が眼前にあった。


「ふざけるな、おまえ……」


 眼前、違う。

 距離はある。離れている。だが、それすら感じさせぬほどに、巨大。

 その眼球だけでラドニスの城を呑み込むほどの、巨躯。


 さっきは発狂しそうなほどの恐怖を味わわされた。

 だが、アデリナはもう怖じなかった。怒りが上回った。自身で制御できぬほどの魔素がわき上がるのを感じていた。


「ふざけるなぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 自称魔法少女と憎き黑竜の両方に、叫んだ。


 最初にしたことは、足場を捜すこと。

 鎧竜。騎竜。守護竜。どこだ?


 あたしはまだ戦える。


 斜め後方。掌から魔法で風を疾ばし、自由落下しながらも、気絶し、落下し続けている鎧竜の翼へと腕を伸ばす。


「……ッ……ろ…………ッ」


 声が風に掻き消された。

 ならば、と。風を制御して鎧竜の耳へと音の指向性を操る。


「起きろッ!! ナマニクッ!! 起きろッ起きろ起きろ起きろ起きろぉぉぉーーーーッ!!」


 叫ぶ。あらん限りの声で。

 地面が迫る。

 拳を握りしめ、鎧竜から滴る血液を利用し。


「――水乙女の槍!」


 鮮血の槍を、鎧竜の横っ面にあてた瞬間、鎧竜の瞼が上がった。

 黒き騎竜は一瞬で身を翻し、骨肉の砕けた肩口で破れた翼を広げながら、アデリナ・リオカルトの胸鎧を噛んで己の背中へと導いた。


 だが、上昇などとてもできる状態ではなく。

 ならば。


「着地だ! あたしを地面に下ろせ!」


 鎧竜は地面へと激突する寸前で翼をさらに破りながら空をつかみ、落下速度のみを制御する。


 凄まじい衝撃だった。

 鎧竜が前進しながらも大地に不時着した瞬間、全身がばらばらになるかのような感覚が襲いかかってきて、竜は首と肩口から数百歩分を大地で滑り、少女は大地へと投げ出されていた。

 打ちつけられ、転がり、跳ね上がり、踏ん張りが利かずに転がって、それでも膝を立てる。


「く……う……っ」

 ――グゥゥ……。


 彼女のすぐ側では、ぼろぼろになった鎧竜が伏していた。

 もはや首を上げることすらできないのか、地面に叩きつけられた体勢のまま、ただ瞼を開けているだけだ。


「よくやった。おまえは最高の騎竜だったぞ。……あとはまかせろ」


 ふと気づく。

 左腕が折れていた。不時着の際にだろう。


 だが、それがどうした。痛みなど、好きなだけこの身を犯せばいい。もういらない。こんな肉体は。

 やつを殺すことができるのなら、何も。

 あたしからすべてを奪ったあの黑竜を墜とすことができるなら、何も。


 少女は右手を背負った特大剣(グレートソード)ドラゴンスレイヤーへと伸ばす。彼女の腕力では、到底振るえぬどころか、抜くことすらままならぬほどの重量を持った剣へと。


「く……っ」


 柄をつかんで、引っ張って。動かない。ならば、と。

 折れた左腕をも伸ばし、つかんで。徐々に、ゆっくりと引き抜いて。

 激痛に顔をしかめた。


「つ……っ」


 食いしばった歯の隙間から、血が流れ落ちた。内臓の損傷。自覚あり。


「ぐ、うぅ!」


 だが、それがどうした。

 やつを墜とせるなら、死んだってかまわない!


 怒りは憤怒へと変化し、感情が抑えようもなく爆発する。


 目を剥き、徐々にドラゴンスレイヤーを抜いてゆく。時間をかけて、ゆっくり、ゆっくりと。

 ぶつん、ぶつん、と脆弱なるその身の筋繊維を、自ら引き千切りながら。


「おおおおおおおおお……っ」


 切れた筋繊維も、内臓の損傷も、折れた左腕も関係ない。

 高速回復。体内でかつてないほど渦巻く魔素を利用し、ほとんど無意識に回復魔法をかける。


 砕けた骨が繋がれ、けれども無茶な力の入れ方で再び折れ。

 損傷した内臓を新陳代謝の活性化で強引に塞ぎ、けれども再び裂け。

 千切れてゆく筋繊維を次々と繋いでは、再び引き千切り。


「はぁ、はぁ……」


 物理損傷と魔法による強引な回復が拮抗し始めたとき、少女はようやくドラゴンスレイヤーを両手で、空高くへと掲げていた。

 大上段のかまえで。


 けれども、黑竜は遠く、空高く。

 いかな特大剣といえど、届くわけもない。


 だが――。


「……いいだろう。借りてやるぞ」


 アデリナは誰にともなく、呟いて。


 そうして彼女はゆっくりと己の背に、身長ほどの長さのあるドラゴンスレイヤーを引く。倒れぬよう、右足のみを下げて。


 呼吸、整えて。

 全身の血管を浮かせて。

 歯を食いしばって。

 体内に溜まったすべての怒りを、ぶつけるように。

 前方上空、暗黒の空を睨み上げて。


 直後、ドラゴンスレイヤーが白く輝いた。白光は裡側から彼女を照らしだし、それでも足りぬとばかりに、全身から輝きを放ち始めた。

 太陽よりも、なお輝いて。


「うぅぅぅぅぅ……――」


 相棒を思い出し、涙しながら。

 口を開け、震えながら呟く。


「――光波……星斬り……」


 白の光が爆発した。

 アデリナ・リオカルトの全身から数千、数万歩にわたって強い光が縦横無尽に溢れ出し、それ以上の距離を、この世界の誰もが見たことのない異空にさえ届いてしまうほどの光刃を、ドラゴンスレイヤーと呼ばれた剣の刃を触媒として。


「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!」


 アデリナ・リオカルトは振り下ろす。渾身の力を込めて、ドラゴンスレイヤーを。その刃から遙か宇宙にまで伸びた、光の刃ごと。


 白の軌跡、残して。


 暗雲のように空で広がる黑竜の肩口から、ずむりと入った白光の刃は、アデリナの振り下ろしに合わせて黑竜本体を超高熱で灼き斬りながら進み、その周囲に群がる毒竜をあっさりと熔解しながら、黑竜の脇腹へと抜けた。


 空、光で割れて――。


 重い音がして、足もとにドラゴンスレイヤーが転がり落ちる。

 限界まで体力と魔力を絞り出したアデリナ・リオカルトは、その場に両膝をついてうつむく。

 涙、とめどもなくこぼれ落ちて。ぽろぽろ、ぽろぽろ。


「……蓮華……、……ごめん……ごめん…………なぁ………………」


 その空では――。

 真っ二つに裂かれた黑竜の全身が、熱による侵蝕で溶け始める。


 ――ア、アアア、アァアアァアアアァ……。


 悲鳴。空の悲鳴。いいや、空を覆った黑竜の悲鳴が響く。

 ぐにゃりと空が蠢いた。鼓動のような音が空間を揺らして響く。何度も、何度も。


 黑竜、悶える。侵蝕する熱に、広がり続ける痛みに、息すらままならぬ苦しみに。

 やがて黑竜は止まらぬ侵蝕から核を守るため、切り離した。自らの首を。一国の首都を覆ってしまうほどの巨躯を、自ら放棄したのだ。


「……ああ……っ……逃がさ……ないで……、…………誰……か……黑竜を…………」


 アデリナが悲壮な表情で呟く。 

 黑竜の首は形を変えて一体の竜と化し、超高速で南の空へと逃れてゆく。


 だが、その背後からは。

 金銀に輝く二体の竜を駆り、白刃を輝かせる侍と、頭皮を輝かせた男が追っていた。


 見上げる鎧竜が、弱々しい鳴き声を微かに上げる。


 ――ガァグ、グゥゥ。


 いいや、違う。鎧竜の視線の先は、さらにその背後。


「――!」


 アデリナの表情から悲壮感が消滅してゆく。

 なぜなら二体の竜から少し遅れて、箒にのって空を駆けるお伽噺の魔女のような格好をした女と、その箒に片手でつかまってぶら下がっている魔法少女が、遅れて黑竜を追跡していたのだから。


「あいつ……! はっ、あは、あっははははははははっ! 嘘だろ!?」


 額を押さえてひとしきり笑ってから、アデリナ・リオカルトはその場に身を横たえる。


「……なんだよ、生きてるじゃないか……っ」


 そして、草原に大の字となって、瞳を閉じた。




交換日記[魔法神]


そんな無駄重量の触媒なんぞに頼らずとも。

ぴーっと、遠慮なく目からビーム出せばよいものを(´・ω・`)



交換日記[筋肉神]


贅沢言うな……。

うちなんて右足だけだぞ……(´・ω・`)

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