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第108話 魔法少女は因果の渦に呑まれる

交換日記[七宝蓮華]


どうしようもなくなったら、あなたの御力をお借りしてあげてもいいような気がしないでもないのですがやっぱり嫌です。

 いつの間にか曲がった柄だけになっていたキラキラ☆モーニングスターを、闇色の空から無数に産み落とされる毒竜へと投げつけます。


「しつッこい!」


 運悪く眼球にそれが突き刺さった毒竜が、バランスを崩して遙か下の地面へと落下していきました。

 わたしたちを護衛してくれていた竜騎兵は、もういません。ハルピア族も。


 誰も救えない。そんな余裕なんてなかった。


 闇の中で荒れる暴風の中、レーゼ様の生存を示す雷轟を縫うようにして、わたしたちをのせた鎧竜は飛翔します。

 毒竜の追撃を、ひらりひらりと躱しながら。身を翻す度、割れた鱗の欠片や血液が散っています。


 けれど。けれども――。


「――轟炎の大剣!」


 アデリナの魔法は、闇色の空を裂いて抉って。

 届いた。空に。黑竜本体に。大きな犠牲を払って。


「クソ! 効いてるのか、本当にっ!?」


 黑竜本体が大きすぎて、何もわからないのです。この闇色に染まった空が、本当に竜の形を取っているのかさえわからないの。


 轟炎の大剣に裂かれた空から、毒竜たちが次々とわき出してきます。黑竜に傷を入れれば入れるほど、そこから毒竜がわいて出てくるのです。

 ナマニクさんが少しでも飛翔速度を弛めたなら、わたしたちは瞬く間もなく毒竜に囲まれ、為す術もなく墜とされるでしょう。


「みんな、どこ……ッ!? 無事なの……っ!?」


 見えない。先ほどから七英雄の姿が。

 魔王や甚五郎さんが簡単に墜とされてしまうとは思えないけれど、これでは……。


「ふ――ッ」


 後方から追いすがり、ナマニクさんの背中ごとわたしたちを噛み砕こうとした毒竜の牙を、わたしは鼻面を殴ることで横に逸らします。

 じんと、拳が痛みました。


「~~ッ」


 一度変身(メタモルフォーシス)解呪(アンロック)してから、もう一度魔法少女に戻ればキラキラ☆モーニングスターは復活しますが、もうそんな余裕すらないのです。

 一瞬たりとも油断などできません。ましてや変身する時間なんて取れるわけもなく。


「やっ!」


 続いて側面から急襲してきた毒竜を蹴飛ばして防ぎ、前方に回り込んだ個体を、ナマニクさんの首を走って蹴りにいきます。

 アデリナの張った風の結界なんて、まるで存在しないかのように毒竜たちはわたしたちへと襲いかかり続けるのです。


 わたしもアデリナも、もう姿はぼろぼろになっていました。ナマニクさんももう、方角も定まらぬまま、ただ毒竜の姿の少ないほうへと必死で飛んでいるだけです。それでも降下だけはしないあたり、見上げた根性乙女です。


 どれくらい経った……?


 黑竜戦が始まってから。魔王に声をかけられてから。

 時間の感覚がありません。そんなものを考える余裕もありません。


 防ぎ、跳ね返す。それだけ。

 わたしには倒せない。足場がナマニクさんの背中では、踏み込めないから。氣を練る暇もないから。

 だからひたすら受け止め、受け流し、殴りつけて軌道を逸らします。


 アデリナは毒竜には目もくれず、ひたすら闇色の空へと魔法を放ち続けています。その顔色も青白く、体力的にはほとんど限界に近いことが見て取れます。

 それでも……出逢った頃は数十歩歩くだけでふらふらになっていた彼女ですが、今ではずいぶんと逞しくなったように思えます。背中の無駄な錘(ドラゴンスレイヤー)は、あいかわらずだけれど。


「蓮華!」

「……ッ」


 上部側面に迫っていた毒竜の牙を寸前で躱して、わたしは拳をその眼球へと叩きつけました。

 ずどん、と音がして、眼球から液体が溢れ出し、破裂します。

 毒竜が身をくねらせながら落下していきました。


「あれ、わ、たし……? いま……」

「呆けている場合じゃないぞ! しっかりしろ!」


 集中力が欠けてきてる……?


 アデリナに注意されるとへこみますね。

 両手で頬を挟み込むように、何度か叩いて。

 逃げるナマニクさんを先頭にして、後方からは数十、ううん、数百もの毒竜たちが追いかけてきています。


「振り切れナマニク! ――雷槍!」


 アデリナの投げた雷の槍が先頭の毒竜を貫通し、その後方三体までをも黒こげにして沈めますが、さらにその背後から焦げて弱った仲間を蹴散らして、毒竜たちが牙を剥きます。

 わたしはナマニクさんの尾を走り、喰らいついてきた毒竜の眼球を狙ってつま先を思い切り蹴り抜きました。

 さらにその背後から大口を開けてきた毒竜を防ごうとした瞬間――!


「~~ッ!?」


 光に飲まれ、轟音に全身を痺れさせ、視界が歪みます。

 戻った視界の中、後方から大量に迫っていた毒竜数百体が、その身を燃やし、焦がされ、まるで炎に飛び込んだ羽虫のように墜ちていきました。

 何が起こったのかわからないわたしの視界の中を、純白のペガサスが駆け抜けていきます。もちろん、その背中には宝石の剣を持つレーゼ様をのせて。


「レーゼの奇跡か。神の力というものは、あたしの魔法なんかとは比べものにならん威力だな」

「……助かりましたね」


 胸を撫で下ろしたわたしとは裏腹に、アデリナは眉をひそめています。


「だが、リリアンがいなくなっていた」

「……」


 レーゼ様の雷を黑竜へと集中させるため、彼女に群がる毒竜を相手にしていたはずの剣聖リリアン様の姿がないのです。

 考えたくはありません。でも。可能性は捨てきれなくて。


「未来視ができるんです。そう簡単には……」

「だといいが」


 瞬間、世界に日が射しました。


 太陽――!

 わたしとアデリナは、空を見上げます。

 毒竜の追撃を躱しながら黑竜に魔法を当て続け、方角すらわからないまま直進し続けた結果、わたしたちはついに黑竜という屋根の端から飛び出してしまったのです。

 そこで見たものは。


「ひ……っ」

「……ッ!?」


 わたしたちは息を呑みました。


 眼球。ぎょろりとした巨大な眼球。それは、ラドニス城ほどの面積があって。白目の部分は薄ら青白く、黒目の部分はいくつもひび割れていて、とても不気味で。

 それがぐるりと動いて、わたしたちを見たのです。

 それは、心臓が止まるような経験でした。氷の腕で全身をつかまれたかのような悪寒でした。発狂という言葉の意味がわかった気がしました。

 わたしたちは悲鳴を上げました。あらん限りの声で叫びました。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいやだいやだいやだいやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!


 ただただ恐怖に圧し潰されそうで。壊れかけの心を守るために叫びました。ここがどこだかさえ忘れて、騎竜の背から逃げることしか考えられませんでした。


 もしも、その空に彼がいなかったなら。

 もしも、その頭上に彼がいなかったなら。


 わたしとアデリナはおそらく、鎧竜の背から自ら落下することを選び、そして死んでいたでしょう。

 でも、いるのです。いたのです。彼らは。


 黑竜の長い首の遙か上空。

 銀竜の背から一振りの刀を納刀した状態で力を溜めている、魔王と呼ばれた侍と。


 黑竜の凶悪な頭部の上。

 傷だらけとなった金色の髪を持つ少女(女性体ゼロムゼロム)とともに、己の拳をひたすら叩き下ろし続けている非常識なハゲ勇者が。


「フハハハッ、ありがたく思うがいいハゲ竜よ! この私が、貴様のような悪党にも毛穴を作ってやるわーっ!!」


 ……ちょっと!? 何言ってんのっ!?


 その状況があまりにもあまりすぎて、わたしたちは一瞬にして恐怖を忘れてしまいました。ぽかんと、呆気にとられて。恐怖するのがアホらしくなって。

 おかげで、少し救われたけれど。


 侍が目を見開き、呼吸を胸一杯に吸い込みました。


 抜刀一閃――。


「斬撃疾ばし」


 太陽の中から、透明の刃が降り注ぎます。それは甚五郎さんののった頭部、ううん、黑竜の長い長い、本当に長い首へと降り注いで。

 大量の瘴気を抉って。


「弐連」


 魔王は反す刀で再び斬撃を疾ばします。

 けれどもそれは、瘴気を抉った瞬間にわき出してきた無数の毒竜に相殺されて。毒竜たちの身体が果物のように割れて。


「参連」


 横一文字の斬撃疾ばし。

 数十体、折り重なる毒竜を貫き。


「肆連」


 袈裟懸け。

 黑竜の真っ黒な肉片と、暗黒色の体液を大量にまき散らし。


「伍連」


 逆袈裟。

 その首を大きく、本当に大きく押し下げて。


「陸連」


 兜割り。

 貫通。雲のように分厚い首を、ついには貫通して、六つ目の透明の刃は空で散りました。

 わたしたちはナマニクさんごと、巻き起こされた疾風に飛ばされて、流されて。上下左右もわからないくらい回転して、わたしはアデリナの身体を右手で、ナマニクさんの鱗を左手でつかんで、放り出されることを防ぐだけで精一杯でした。


 精魂つきた様子で、魔王が銀竜の背に両膝をつきます。滝のように汗を流し、両肩で荒々しく息をして。


 これが、魔王――。

 魔王と呼ばれた侍。力をまだ隠していたなんて。


 当然のように突風に呑まれ、ずれた黑竜の首から落下した筋肉野郎は、けれども一瞬で竜化した黄金竜の少女によって空で拾われます。

 どくん、どくんと、心臓が高鳴っていました。


 こ、この人たち……本当に……落とした……。……首都ラドニスよりも大きな……黑竜の……首を……。なんて人たちなの……。


 ずる、ずる、肉を擦り合わせるような音を立て、黑竜の首が空中に広がった肉体からずれ始めて――でも。


「おい、なんだ、あれ……」


 アデリナの呟きに、わたしは目を見張りました。

 今にも落ちそうな黑竜の首へと、毒竜たちが次々と集まり、肉体と首を繋ぐように自らの身体を自壊させ始めたのです。血と肉に。ぐちゃり、ぐちゃりと。


 上空で待機している魔王が困惑の表情を浮かべ、中空では甚五郎さんもまた目を見開いてその様子を見ていました。


 魔王のあの驚きよう。これは初めての現象なの?


 わずか数秒。首のずれが止まり、黑竜が再び鎌首をもたげます。

 魔王が叫びました。


「退避しろ――ッ!」


 銀竜シルバースノウリリィと黄金竜ゼロムゼロムがその空域から、それぞれ上昇と下降を行ったときには、わたしたちの視界はすでに暗黒に包まれていました。

 黑竜の口蓋の中にいたの。もう、どうしようもないほどに。


 あ……。


 わたしは絶望を表情にしたアデリナを振り返って。


「……ごめんね。約束したのに」


 因果の渦(死の運命)は越えられない。

 わたしは鎧竜の背中から跳躍し、ただ一度だけ。たった一度だけ、全身全霊の筋肉を右足一本に集中しました。

 それは、あの忌々しい神の力をも借りた、最初で最後の一撃でした。


「……ッふ!」


 わたしは身をひねりながら、鎧竜ナマニクさんの肩口を蹴ります。踏み込む足場もないまま、ただ全力で。


 ――……ッ!

「蓮――ッ」


 鎧のように頑丈だった鱗が割れて砕け、血肉が弾け、骨は砕け。アデリナをのせた鎧竜を、強引に黑竜の口内から飛び出させます。

 反動で、わたしの身体は黑竜の体内へと落ちてしまうのだけれど。


 こうしてわたしは魔法少女になれないまま、黑竜の体内という絶望の淵へと落下してゆくのでした。




交換日記[筋肉神]


せっかく貸したというのに……。

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