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魔法少女をあきらめない! ~筋肉神に愛された少女~  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第七章

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第103話 ハゲ、愛の伝道者(第七章完)

交換日記[羽毛田甚五郎]


うぬっ!? まじめにやっとるわッ!!

 孤独の魔王とハゲた勇者の戦いは、若干の齟齬を含みながらも激しさを増してゆきます。

 けれども、攻勢に出続けている魔王に比べ、甚五郎さんの手数は圧倒的に少ないのです。


「む……う」


 斬撃を躱し、刃の側面を掌で押して軌道を逸らせ、前進こそするものの、手が出せていない。

 それは無手と剣術の相性の悪さに起因します。間合い、一撃、どちらをとっても、本来ならば無手が勝るところはありません。

 甚五郎さんの場合は、無手でも触れることさえできれば……とは思うのですが。


「シッ!」


 伸ばした腕を刃で払われて、甚五郎さんが手を引きます。

 下手に手を出そうものなら、その手が飛ぶのです。たとえば甚五郎さんの腕が魔王の刀と同じ硬度の筋肉を誇っていたなら、彼我の戦力差はほとんどないものだったでしょう。


 けれど、それはさすがに。

 いかに人間離れしたゴリゴリの筋肉であっても、魔王の刀を腕で受け止めるわけにはいきません。あの刀がなまくらじゃないのはたしかなのです。

 だって甚五郎さんは、すでにそれを試していたから。


 先ほど、エクスタシ……ん、んんぅ! ……あのえっちな技名の掌底を繰り出す直前、彼は魔王の刀を左腕で強引に跳ね上げました。その際、おそらく刃は甚五郎さんの左腕の骨にまで達してしまったのだと思います。

 動いていないの。持ち上げてはいるけれど、甚五郎さんの左腕はほとんど攻撃にも守備にも使われていないのです。あの瞬間から。


 もちろんそれに気づかない魔王ではありません。

 躊躇いもなく、甚五郎さんの左方へと回り込み、彼は必殺剣を何度も何度も繰り出します。血と汗の玉を飛ばしてそれを躱しながら、甚五郎さんはそれでも魔王へと近づくのです。


 なんて技量、なんて精神力――。

 両方とも、わたしから見れば雲上人です。呼吸をするのを忘れるくらい。


「ぬう……っ」


 抜刀術がまた浅く甚五郎さんの腹部を斬り裂きました。

 なのに――。

 ずんっ、と地面を揺らして踏み込むの。大きな肉体で力強く。まだ自由に動かせる右腕を伸ばして。

 それを躱すためにまた少し後退した魔王が、苦しげに呟きます。


「……おまえさんは死を恐れねえのかい?」

「怖いさ」


 さらに踏み込んで。


「大切な人に、こんな私についてきてくれるものに逢えなくなることは、怖い」


 勝機があるとするなら、それは組み技や投げ技。

 甚五郎さんはレスラーです。すでに肉体はぼろぼろの血塗れですが、それでも、ただ一度でも魔王の肉体をつかむことができたなら、形成を逆転できるかもしれません。

 ほとんど無傷の魔王にだって、見た目ほどの余裕はないはずです。


「ならどうして踏み込んでくる。いくら頑丈でも、そんだけ血ィ流してりゃいずれくたばるってのによ」

「なんだ、敵の心配かね?」

「抜かせ!」


 真横の薙ぎ払いに鼻頭を斬られ、甚五郎さんが眉を顰めます。


「……ッ」


 半歩よろけた甚五郎さんの膝が、力なく折れて曲がりました。それを勝機と見た魔王が、切っ先を向けて一気に深く踏み込みます。


「ハッ、終わりだ」

「終わらんよ」


 甚五郎さんが牙を剥いたのは、その瞬間でした。

 魔王の踏み込みに合わせて自らも踏み込むことで刀の間合いを瞬時にくぐり抜け、右腕を魔王の肉体へと伸ばしたのです。


 太い指先が長衣の襟に触れ――。


「~~ッ!?」


 一瞬の攻防。

 魔王は一本突きの体勢から踏み込む足の位置を変え、大地を転がって甚五郎さんの腕から逃れます。なおも低空タックルで追走する彼を牽制するため、魔王は逆袈裟に斬り上げました。


「……ツァッ!」

「ぬおっ!?」


 互いに弾かれたように身を引きます。


「糞! ……ッぶねえ。まんまと罠にはまるとこだったぜ。汚えぞ、おまえさん!」

「ふははっ、そう簡単にはつかまえさせてくれんか。あと一歩深く踏み込んでくれていたら、足を踏みつけて拘束できたのだが、残念だ」


 そんなこと狙ってたの!? てゆーか!

 ああもう! ばかぁ! あのハゲ、なんでバカ正直に作戦を言っちゃうんですかっ!


 けれども。

 けれども魔王は――。


 わたしの気のせいでしょうか。少し気が抜けたような表情で、魔王が歪んでいない笑みをこぼしたのです。ほんの一瞬だけ。


「……莫迦が。次からは気ィつけるぜ」

「うむ! ぜひともそうしたまえ!」


 こっちは偉そう。今にも倒れそうなくらい血だらだら流してるのに。負けそうなのに。


 ああ、でも。そう。少し。少しだけ。

 ねえ、わたしの気のせい? あなたたち二人、楽しんでいませんか?


 そうしてまた二人の追いかけっこが始まるの。間合いに入らせまいとする魔王の斬撃を縫って歩き、甚五郎さんはかわらず腕を伸ばす。

 渦巻いてせめぎ合う冷たい殺気と、熱い闘気。


 世界に絶望して魔王に身を堕とした侍と、世界に希望の光を頭皮で振りまく勇者が、命を懸けて遊んでいるみたい。わたしには、そう見えて。

 それはとても激しく、美しく、儚げで、けれども楽しそうな光景(たたかい)でした。


 魔王が刀で斬り上げながら尋ねます。


「おまえさん、さっき大切な人がいると言ったな」


 甚五郎さんはそれを半歩身をずらして躱し、膝を曲げました。


「ああ、いるとも」


 わたしの脳裏には、アリアーナで彼の帰りを待つ二人の女性が浮かびます。

 地を蹴って迫った甚五郎さんのタックルを、身をひねり込むように回転しながら躱した魔王が、その動きに連動させて刀を振るいました。


「イアッ!」


 甚五郎さんは頸に迫る刃を拳で押し上げて、弧を描くように振り上げた拳で大地を穿ちます。


「――粉ッ!!」


 地震のような震動と同時に石礫が周囲に爆散し、魔王がそれを嫌がるように飛び退きました。

 魔王の刃は疾ぶ斬撃となっていくつもの環状列石を真一文字に斬り裂き、甚五郎さんが大地に放った拳は隕石でも爆発したかのように、大きなクレーターとなって残ります。


「……っ」


 高く飛んだ列石の一つが、空からわたしとアデリナのほうへと迫って、わたしはとっさに跳躍し、後ろ回し蹴りでそれを斜め下へと蹴り落としました。


「やっ!」


 ずん、と大地が震動します。


 もはや環状列石は、すでに環状ではなくなっていました。ただの崩れた岩、それも不自然に綺麗にカットされた宝石みたいで。

 今二人が放ったのは、必殺なんかじゃない。ただの何気ない一撃同士なのです。ただ刀を振っただけ、ただ拳を振り下ろしただけ。


 こんなのもう、人間同士の戦いではありません。

 地形が変わっちゃう。


「アデリナ、絶対にわたしのそばから離れないで」

「……ああ」


 ファムウさんは気絶したままのガル・ガディアを引きずりながら這々の体で離れ、ライラさんは――わたしたちのすぐ隣にいたはずの彼女は、いつの間にか崩れた列石の上に座っていました。


 わたしは視線を戻します。

 悠然と立ち上がり、またしても堂々と歩いて距離を詰める甚五郎さんに切っ先を向け、魔王は尋ねます。


「世界に水がなかったとしよう。おまえは渇きを癒すために、おまえの大切なものから血を奪った人間をゆるせるか?」

「……まわりくどい説明は必要ない。魔導文明の礎の話ならば、私もレーゼから聞いた。おまえが担った役割もな」


 甚五郎さんの突進を刃で迎え撃つべく、上段に刀を振り上げた魔王が刃を守るものなき頭皮へと向けて叩き下ろします。


「そいつぁ話が早ええ。が、役割なんかじゃねえ」


 甚五郎さんは横っ飛びでそれを躱し、低空で追ってきた魔王の刃を掌で押し上げます。


「おれぁなァ、甚五郎。悪そのものになりたかったんだ」


 きんっ、と納刀の音がした瞬間には、すでに剣閃は甚五郎さんへと向かっていました。けれども甚五郎さんはそれを見事に躱し、雨のように降り注ぐ斬撃の中、魔王に尋ねるのです。


「悪に?」

「もう、だめだと思った。悪を斬ることで、おれぁ、ぎりぎりまで人間でいるつもりだった。悪()だ。だが、それさえだめだった」


 納刀と抜刀。剣閃。一太刀、二太刀、皮膚を剥がし、肉を削ぎ。


「旧アラドニアでサイルス一族が、周辺国家からさらってきた餓鬼や他種族を()にして、魔素なんつうわけのわかんねえもんを搾り取ってやがった実験場を見たら、だめになっちまった」


 躱し、逸らし、防ぎ、腕を伸ばすけれど、つかむは空ばかり。


「人間に失望した。人間の作ったこの世界の在り方に失望した。真実を知りながらそんな世界を享受していた民にも失望した。ラヴロフ・サイルスはそれでも人間の仲間でいたかったようだが、おれはラヴロフほどは優しくなれなかった」


 斬撃と衝撃が周囲を穿ち、瓦礫は等しく降り注ぎます。けれどもわたしは彼らの決着を目に焼きつけるべく、いつの間にか治療を終えた両腕で瓦礫を防ぎ、耳を澄ませて。


「アラドニアの民をゆるせなかった。世界をゆるせなかった。醜悪な人間どもが作ったこの世界を憎んだ。すべてぶった斬って終わりにしたくなった。人間であることをやめた。おれはもう悪人ですらない。ただの悪でいい」


 魔王が納刀します。

 きんっ、と静かな音が響きました。


「だが、ふと思うのさ。誰を斬ればいい? どこまで斬ればおれの旅は終わる? 人間は利便性のために他者を犠牲にできる生物だ。アラドニアの民はそうだった。なら、他の国の民はどうだ? リリフレイアやアリアーナは? 一皮剥けばアラドニアの民と同じか? おまえは違うと言えるか?」

「……」

「もう、わかんねえ……。気づけばおれにゃ、何もわかんなくなっちまってた……」


 けれども先ほどまでのようにすぐには抜刀せず、左足を引いて右足を深く曲げ――。


「……なあ、教えてくれよ、甚五郎……。苦しいんだ……。おれぁいったい、あのときどうすりゃよかったんだ……?」


 ライラさんが目を見開きます。ゆっくりと。驚愕したように、ゆっくりと。


「……おれぁよぅ、この世界から人間がたったの一人もいなくなるまで、斬り続けるしかねえのか……?」


 そうして魔王は、その言葉を口にしました。


「人を……斬ることに……もう疲れちまった……」


 ひどく弱々しい笑みで。

 おそらくそれは、魔王が初めて他者に漏らした弱音だったのだと思います。魔王を前にして倒れず、それどころかどこまでも喰らいついてくる勇者に対する言葉。

 対等にて対称である彼にだけしか見せることのできなかった、初めての本音だったのだと思います。


「……おまえならできるかもしれねえ……。……おれを殺してくれ、甚五郎……。……もう……限界だ……。……これ以上斬れば……おれぁもう……壊れちまう……」


 踏みとどまっていたのです。魔王は、ぎりぎりのところで。善と悪の両方に挟まれ、精神をがりがりと削り取られながら。


 ひどく弱い言葉とは裏腹に、抜刀術の構えをした魔王からは、恐ろしいほどの殺気が流れ出してきました。地を這うように広がった冷たい殺気がその場を包み込んで、わたしはほとんど無意識に膝をつきます。

 まだ攻撃が始まってもいないのに、死んだと思わされたのです。


 そうして魔王は顔を上げ、涙で歪んだ笑みを浮かべます。


「……なあなあじゃあ、生きられねえ」


 抜刀一閃。


「斬撃疾ばし――」


 空間が歪んだように見えました。

 魔王の刃から発生した透明の歪みは、見えない刃と化して急激に大地に広がり、暴風となって地表を次々とめくり上げながら甚五郎さんへと襲いかかります。


 わたしに見えたのは、そこまで。


 次の瞬間、わたしはアデリナの頭を押さえて地に伏せ、けれども気づけば天地もわからないくらいの勢いで吹っ飛ばされ、轟音と暴風に飛び交う岩石群の中にいました。

 夢中で悲鳴を上げました。ただただ怖くて、わけがわからない状況の中で、あらん限りの大声で悲鳴を上げました。けれども、耳には轟音以外の何も届かなくて。自分の声すら掻き消されて。


 次に気づいたときには、大地に転がっていました。草原ではありません。環状列石も、黒の石盤遺跡の欠片もなく、ただ剥き出しの土の大地の上に、大の字になっていました。


 何が……起こったの……今……。


 起き上がろうとして気づきます。

 手が震えて動かせない。怖い。怖かった。死んだと思った。ううん、今だって生きているのか死んでいるのかわからない。


 どうにか身を起こすと、すぐ側にアデリナとライラさんがいました。アデリナも呆然としています。何か起こったのか、まったくわからないのは同じのようです。

 けれどもライラさんは、一方向を凝視していて。その口もとには満足げな笑みがあって。

 わたしは視線を向けます。


「おまえに寄り添いたいと願うものはたくさんいたのに、おまえは誰にも心を許さなかったんだなあ。世界はおまえを愛していたのに、おまえは世界を愛さなかったんだなあ」


 甚五郎さんの右腕が、魔王を捕らえていました。

 どうやったのかわかりません。でも、あの斬撃疾ばしとかいう恐ろしい技を耐え抜き、甚五郎さんは魔王の全身をぐっと強くつかまえていたのです。

 右腕一本で魔王の全身を拘束し、逞しい自分の胸もとへとぐっと引き寄せて。


「人には闇がある。だが、同様に光もある。……フ、私の頭皮のようにな」


 そこはまじめにやってっ!?


 魔王が無反応でいると、甚五郎さんは咳払いを一つして、言葉を続けました。


「導け。おまえが王となったなら、人々を光へと導くのだ。人の心は弱い。環境や状況次第では闇にも光にも染まるものだ。おまえはほんの少しだけ、道を誤ったのだ。ラヴロフ・サイルスもまた誤った道を歩んだ」


 そうして甚五郎さんは、理想を語ります。


「石盤遺跡などに振り回されるな。闇に染まった人々には、おまえが光を示せ。そうすれば犯した罪の分だけ、人々は苦しみながらも前を向く。私はそう信じている」


 プロレス技ではなく、優しい言葉をかけて。

 回した右腕で、ぽんぽんと背中を叩いて。


 ああ、そうだったんだ、と気づきました。

 ずっとずっと、甚五郎さんは技をかけようとしていたと思っていたのですが、違ったみたい。最初から魔王の心に張った氷を溶かすために、抱きしめようとしていたんだ。


 なんて人なの……。


 しばらく、そのままで。

 がらんと音がして、魔王の手から刀が落ちました。


「ああ……、そうかィ……、そう……だな……」


 憑きものが落ちたように、穏やかな笑顔で。甚五郎さんに抱きしめられたまま、魔王はうなだれます。


「まだ……間に合うかね……」

「ああ。間に合った」


 でも、次の瞬間。


「だが――ッ!」


 甚五郎さんが魔王の頭部上方で拳を握りしめます。


「……(マリアンヌ)(あや)めたことだけはゆるさぁぁ~~~~~~~んッ!!」


 どごんっ、と凄まじい音と震動が響き、魔王の両膝が力なく折れました。そのまま仰向けに、ばたりと倒れ込みます。

 それっきり魔王は動かなくなってしまいました。白目を剥いて、泡を噴いて。


 どうやら彼の筋肉は魔王の技に耐えきれても、彼の毛根は耐えきれなかったようです。暴風の中で、マリアンヌさんはどこかに旅立ってしまわれたようで。


 甚五郎さんは、オイオイと男泣きしていました。

 わたしは思いました。


 これはまたひどい痛み分けだなぁ……と。




交換日記[マリアンヌ]


……さようなら……甚五郎さん……。



交換日記[筋肉神]


筋肉メロドラマよのう……(ノД`)・゜・。

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