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第101話 ハゲ、もはや人外

交換日記[筋肉神]


ちょっと休憩……。

           ∧_∧ 

           (´・ω・`) _、_,,_,,,     

       /´`''" '"´``Y'""``'j   ヽ   

      { ,ノ' i| ,. ,、 ,,|,,. 、_/´ ,-,,.;;l   

      '、 ヾ ,`''-‐‐'''" ̄_{ ,ノi,、;;;ノ   

       ヽ、,  ,.- ,.,'/`''`,,_ ,,/   

        `''ゞ-‐'" `'ヽ、,,、,、,,r'    

          ,ノ  ヾ  ,, ''";l      

         ./        ;ヽ 

        .l   ヽ,,  ,/   ;;;l      

        |    ,ヽ,, /    ;;;|   

        |   ,' ;;;l l ;;'i,   ;|      

        li   /  / l `'ヽ, 、;|    

       l jヾノ ,ノ  ヽ  l  ,i|     

       l`'''" ヽ    `l: `''"`i    

       .l ,. i,'  }     li '、 ;;' |     

 わたしの全身を、刀を振り上げた魔王の影が呑み込んで。


「……」

「すまねえ……」


 一言。魔王からぽつりと、とても苦しげに。涙を流さずに泣いているように。

 だから。わたしは。


「……約束して……。……こんなことはもう……わたしたちで最後に……」


 魔王が微かに瞳を細め、「ああ……」と小さく絞り出しました。


 けれども、ああ、なのに。

 魔王の殺気が膨れあがった瞬間、その魔王の全身さえも、もっともっと大きな影が呑み込んでいました。

 わたしは上空を見上げます。魔王の頭上、遙か上。

 空高くから。風を切って。場違いなスーツのジャケットを、激しくはためかせながら。


「な――ッ!?」


 魔王が弾かれたように後退した直後のことです。

 凄まじい震動を引き起こしながら巨体の男性が、くたびれた革靴(ビジネスシューズ)で魔王の立っていた位置に着地していました。

 大地が割れて爆ぜ、土や石ころが爆散します。

 膝をついていたわたしはその激しい風圧と衝撃に押されて、背中から転がってしまいました。


「きゃ……!」


 あわてて上体を起こし、わたしはその背中を見つけます。

 大きな、とても大きな背中でした。

 スーツのジャケットの上からでもわかるくらいに発達した広背筋には見覚えがあります。見間違いようがありません。だってこんな気持ちの悪い筋肉は、あのクソ神か、そうでなければ彼でしかあり得ないのだから。

 そして何より、ぎらぎらと太陽光を容赦なく反射する頭皮に、その頭頂部で一本だけ揺れる(マリアンヌ)


「じ、甚五郎……さん……?」

「ああ。また会えたな」


 空で高らかな咆吼を上げ、巨大な金色の竜がアラドニア首都、ラドニスへと向けて飛び去ってゆくのが見えました。


 今のは……黄金竜ゼロムゼロム――!?


 黄金竜の一族を殲滅した黑竜を憎むあまり、レアルガルドの死者を竜人としてよみがえらせ、黑竜戦の尖兵にしようとしていた最強の古竜です。


 彼女、甚五郎さんに従ったんだ……。


「ど、どうして……ここに……」

「――涙の落ちる、音がした。それだけだ」


 わたしの問いかけに振り返りもせずにそう呟くと、甚五郎さんはジャケットを勢いよく脱ぎ捨て、口を開けて唖然としている魔王へと一歩、力強く踏み出します。

 じゃり、と地面を踏んで。


「おまえが魔王か」

「なんだィ、おまえさんはよ」

「私の名は羽毛田甚五郎」


 また一歩。踏み出すたび、人間離れした筋肉をメリメリと盛り上げながら。


「羽毛田甚五郎? ああ、巷で勇者だ救世主だのと呼ばれているのはおまえさんかい。で、その勇者様が何をしにきた? 取り込み中だったんだがねェ?」


 魔王は刀の峰で肩をとんとん叩き、鋭い視線を甚五郎さんへと向けます。


「フ、知れたこと。私はおまえの涙を止めにきた」

「あぁ?」


 困惑。ただただ困惑。魔王は眉根を寄せて。


「……わけがわかんねえ」

「長く苦しいおまえの旅は、今日この場で終わる」


 けれども、わたしにはわかる気がしました。

 この魔王はずっと、痛くて痛くて泣いているのです。心が善と悪の狭間で両方から蝕まれ、すり減って、擦り切れて、もうぼろぼろになっているのです。


「そいつぁ有り難えや。おまえさんがおれを終わらせてくれるのかい」


 魔王が歪んだ笑みを浮かべた瞬間のことでした。


「――ッ!?」


 誰もが息を呑みました。わたしはもちろんのこと、アデリナや魔王でさえも。

 魔王の放つ恐ろしい殺気を受ければ、背筋には悪寒が走り、全身の肌は泡立ち、肉体と精神は恐怖に萎縮して動けなくなります。まるで蛇に睨まれた蛙のように。

 なのに、わたしたちは今、そんな中にいるのに。


「そうだ」


 微笑んだのです。甚五郎さんが。

 魔王の殺気に勝るとも劣らない、暖かく、ううん、熱いくらいの闘気を――魔王の冷たい殺気さえもすべて覆って包み込むような、一切の不純物の混ざらない、本当に純粋なる闘気を放って。

 憎しみも、怒りもない。優しい闘気を放って。


 魔王の殺気に萎縮していたわたしの肉体が、その感覚に悦びます。恐怖に押さえつけられ、むりやり奮い立たせていた心に、微かな炎が灯るのです。

 勇気――!


 ああ。わたしは今、初めて知った気がします。


 なぜこのハゲ散らかった薄気味悪い筋肉を持つ中年のオジサマが、レアルガルド中で勇者と呼ばれる存在になったのかを。

 なぜあれほどまでに頑なだった黄金竜ゼロムゼロムが、彼に自分の運命を託したのかを。

 なぜメルさんが、強大な魔王や破壊の代名詞のような黑竜を相手に、絶望に駆られなかったのかを。


 彼は暖かいの。春の日差しのように。

 わたしは――心を救われたわたしは、安堵のあまり、子供のように涙が止まらなくなっていました。動かせなくって、ただの(おもり)となってしまった両腕の痛みさえ、今だけは忘れて。


 言葉は自然と、口から出ていました。


「助け……て……くださ……」

「ああ」

「……あの人を…………どうか……どうか……、……魔王を……助けて……あげて……。……わたしたちじゃ……救えないの……」

「わかっている」


 駆け寄ってきたアデリナに引きずられ、わたしは魔王と勇者の戦場から撤退します。

 この二人の間には、入ってはだめ。立ち入っては、だめ。


 わたしも、アデリナも。魔王の剣も盾も、リリィさんでも。絶対に。

 これが誰の犠牲もなく、壊れかけている魔王の心を救う、最後の機会なのだから。


「待たせたな、魔王よ」

「別に待ってやしねえよ」


 魔王は歪んだ笑みを浮かべたまま、まだ刀の峰で肩をとんとん叩いてます。

 甚五郎さんはまるで企業戦士のようにネクタイを裸体できゅっと引き締め、変態ルックでまっすぐな笑みを浮かべました。


「そう言うな」

「……おまえさん、誰の手引きでやってきた? 涙の落ちる音がしたってのぁ、ちょいと気障が過ぎるんじゃあねえかィ?」

「む」


 甚五郎さんが渋い表情で黙り込みます。


「リリィか? それともレーゼか?」


 レーゼ様はともかくとして、リリィさんが!? 魔王の側近中の側近なのに、裏切る可能性があったってことなの!?


「あたしだよ」


 ふいに耳もとで聞こえた声に、わたしとアデリナが同時に跳び上がって驚きました。

 心臓が止まるかと思うほど驚きました。


 振り向くと、ううん、振り向くまでもなく、わたしとアデリナのすぐ隣には褐色肌をした長い耳を持つ女性が座っていたのです。


 座っていたの。ふつうに。

 いつから? どうやって? 全然わかりません。


 アデリナが掠れた声で呟きます。


「……ダ、ダークエルフ族だと!?」

「え? え? あ、あなた誰?」


 まるっきり気づかなかったのです。

 気配も魔素の流れも感じさせず、ふつうに座っていたことに。たぶん視界の隅にだって入っていたはずなのです。

 なのに気づかなかった。ううん、気にも留めなかった。留められなかった。


 それが魔法なのか催眠なのか隠密術なのかは、わたしにはわからないけれど。この人がとんでもない腕の持ち主であることは容易に想像ができました。

 魔王が女性に視線を向けて、顔をしかめます。


「ライラァ……。おまえさん、魔王の影だってのにおれを裏切ってたのかい?」

「まーね」


 ま、魔王の影!? 剣、盾、影、騎竜の四人しかいない魔王の側近のうちの一人!


 ダークエルフのライラさんが、悪びれた様子もなくあっけらかんと返します。

 ミニスカートで胡座を掻いた足に肘をついて、顎を載せて。


「もう見ちゃいられないんだよ。世界中の憎しみを一人で背負って、戦って、戦って。ぶっ壊れるまで続ける気かい? 何が悪だ。くだらない。泣き言の一つくらい漏らせよ。リリィだってあたしだっているんだから」

「おいおい……。……おまえさんがおれを魔王に担ぎ上げたんだろうがよ……」

「だからさ。そのせいであんたがそこまで苦しむなんて思ってもなかった。見出したのがあたしなら、引導を渡すのもあたしの役目だと思ったのさ」


 魔王があからさまに顔をしかめます。

 けれども、ライラさんはかまわずに続けました。


「あんたはラヴロフ・サイルスを討って魔導文明を衰退させ、ダークエルフ族の仇を取ってくれた。そして今日、石盤遺跡の破壊も達成できた。……もういいだろ、なあ。ここらでただの侍に戻りなよ。……あいつだって……リリィだってそれを望んでる。いつかおまえと終の棲家を探しにいくって、楽しそうにあたしに言うんだ」

「そいつぁ全部が終わってから考えるさ」


 ライラさんがわたしの肩とアデリナの肩に、ぽんと手をのせます。


「全部? 全部って何? この子たち二人を殺せば終わるのか? それとも黑竜を討ってからか? その次はリリフレイア、アリアーナと決着をつけてから。次はレアルガルドを戦いのない大陸にしてから。……なあ、きりがないよ、魔王」

「……」

「刀を置きな。誰ももう、あんたを責めやしない。斬って殺して、斬って殺して、斬って殺して、一太刀入れるたびに、自分自身の心を削ぎ落とす。そんなんじゃ、すべての悪を殲滅する前に、あんたの心が擦り切れてなくなるよ」


 そうしてライラさんは、もう一度同じ言葉を言うのです。


「見ちゃいられない、もう」


 ライラさんが甚五郎さんに視線を向けます。


「だからあたしは、その男に賭けた。そいつが負けたら、あたしを斬り捨ててくれてもかまわないよ。裏切ったのはたしかだからな」


 魔王が拗ねたように唇を尖らせ、うめくように呟きます。


「斬れるかよ、莫迦が。てめえは素知らぬ顔でおれの下に帰ってくりゃそれでいい。それでこの話は(しま)いだ」


 ライラさんが右手で顔を覆ってうつむきます。

 心なしか褐色肌を少し染め、長い耳を垂れ下がらせて。


「……あ~んた、本物のバカだったんだね」

「うるせえ。今さらだろうがよ」

「そう。今さら。そうだね。今さらだ」


 魔王とライラさんが顔を見合わせて、クックと笑いました。


 その関係は、王と配下なんかじゃありませんでした。

 親しい。本当に親しい友だちなのでしょう。だからこそライラさんは、魔王を裏切ったのです。


 ううん、もしかしたら彼女は、魔王のことを……。


「そんなわけだよ、羽毛田甚五郎。――頼む、あの石頭の矜持を、あんたのその若干気色悪いくらい発達した筋肉でへし折ってやってくれ」

「心得た」


 魔王が左足を前に出して右の肩越しに刀をかまえると同時、甚五郎さんがプロレスラー然として両手を前に出して腰をわずかに下げます。


「悪いね、甚五郎とやら。どうやらおれの影が、ちょいとあんたに迷惑をかけちまったようだ」

「な~に、かまわんさ」

「……そいじゃ、そろそろ始めるかね?」

「始める? 違うぞ、魔王よ」


 ニカっと、真っ白な歯を見せて。


「――おまえの長く苦しい旅は、今日で終わる」


 世界のすべてを斬り刻むかのような怜悧で鋭い殺気と、世界のどこにも等しく降り注ぐお日様のような暖かな闘気が、ぶつかり合って渦巻きました。




交換日記[魔法神]


も、もうやめなはれ!

非難囂々になってますぞ!

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