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燈幻郷奇譚  作者: 月宮永遠
4章:天狼と見る夢

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「離れておいで」

 一世は亜沙子を紫蓮の方へ押しやると、暁暉に向かって駆け出した。

 腰にいた刀を抜いて、振りかざす。

 キィンッ!

 鋼がぶつかり、朱金の火花が散った。

 総大将同士の激突を見て、それぞれの味方が助太刀を試みるが、凄まじい剣戟けんげきの押収にとても近寄れなかった。

 閃光のような暁暉の剣を大きく弾き、一世は尊大な笑みを浮かべた。

「なるほど。人間にしては大したものだ。いくさ上手というのは伊達だてではないらしいな」

 暁暉は鋭く一世を睨んだ。

「光栄ですよ、天狼主あめのおおかみぬしに褒められるとは」

「腕は認めるが、随分と舐められたものだ。天狼を敵に回して、勝てると思ったか?」

「不敬は承知。恐れ多いと知っていても、姫を諦められない」

「――亜沙子は渡さぬッ」

 勁烈けいれつな視線が交差し、火花を散らす。

 暁暉は刀を腰溜めに構えた。剣先にまで青い覇気がみなぎる様子が、亜沙子の素人眼でも判った。

 一陣の風が吹いた――暁暉は地を蹴ると、鋭い一閃を解き放った。

 亜沙子は小さな悲鳴をあげた。鋼の閃きを、一世は紙一重で交わすと、横一文字の閃きで大王の身体を吹き飛ばした!

「大王様ッ!!」

 周囲の護衛兵達がさっと駆け寄り、盾を突き出し、主を背に護った。

 一世は迷わず歩を進めると、盾を向ける兵士達に向けて刃を振り上げた。

「やめてッ」

 たまらず、亜沙子は叫んだ。悲痛な叫び声は、硝煙の立ち昇る戦場に、不思議なほど響き渡った。

 幾つもの視線が亜沙子に向かう。

 一世の青と金の双眸は鋭い光彩を放ち、薄闇の中でもらんと燃えていた。

「こ、殺さないで……」

 消え入りそうな声で亜沙子が請うと、一世は逡巡し、ため息をついた。キン、と刀を鞘に戻して、長い青銀の髪を煩げに手で払う。

「約束を違え、蓬莱山の天狼に銃を向けた不届き者ではあるが……亜沙子がそういうなら、仕方がないね?」

 一世は大地に膝をつく暁暉を冷たく睥睨し、次に凄艶な笑みを亜沙子に向けた。

「ッ」

 たじろぐ亜沙子の肩を、紫蓮が支えた。

「姫!」

 鋭い声で呼ばれて、亜沙子は肩を震わせた。瞳に強い光を灯した大王と目が合う。

「……ごめんなさい、郷に帰ります。もう、天狼を傷つけないでください」

 震える声で亜沙子が告げると、暁暉は苦しげに表情を歪めた。

「お赦しください。私は、どうしても貴方が――」

「二度と蓬莱山に立ち入るな。次はない」

 告解を遮るように、一世は冷たくいい捨てた。たちまち天狼の姿に変わると、首を下げ、亜沙子の顔に優しく頭をこすりつけた。大きな舌で亜沙子の頬を舐めた。

「んぷ」

 つい手で顔を庇おうとすると、その手ごと舐めてくる。顔を俯けても、覗きこむようにして追いかけてくる。唇にも舌が触れて顔が熱くなった。狼の姿をしていても、彼は一世なのだ。

「帰ろう、我が姫」

 優しく請われて、亜沙子は小さく頷いた。

「……はい」

 艶やかな毛並みに顔をうずめて、頬ずりをする。一世は目を細めて、大きな身体で亜沙子を包み込んだ。

 いつの間にか紫蓮も天狼の姿になり、亜沙子の腕を鼻先で優しく突いた。手を伸ばして頬を撫でてると、心地よさそうに灰紫の瞳を細める。

 一世は周囲を牽制するように喉を鳴らすと、集まってきた他の天狼達を追い払った。身体を伏せて、亜沙子に背に乗るように視線で促してくる。

「失礼します……」

 亜沙子は横向きに乗ると、身体を倒して太い首にしっかとしがみついた。

 一世は空を仰ぐと、オォーン、一つ啼いた。

 同胞達も遠吠えで応えると、双翼を広げて天へと舞い上がり、風のように翔け上がった。

 月明かりに照らされて、輪郭を白く縁取られた天狼達は、夜闇に光が立ち昇るようだった。

 地上には無残な爪痕と、傷ついた兵だけが残された。

 天を仰ぎ、暁暉は亜沙子の名を呼んだが、亜沙子はもう振り向かなかった。





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