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燈幻郷奇譚  作者: 月宮永遠
2章:桜降る蓬莱山
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17

 縁側で一世と夕涼みをしている折に、亜沙子はふと先日聞いた話を思い出した。

 天狼をまつ千年天満ちとせてんまの里で、もうすぐ千年天満神社例大祭が開かれるという。麓では毎年恒例の夏の風物詩だと、天狼の子供らが楽しそうに話していた。

「そういえば、一世さん。千年天満で例大祭があると聞いたのですか」

「うん?」

「もすうぐですよね」

「そうだね。もうそんな時期か」

「一世さんは、いったことありますか?」

「何度かね」

「楽しかったですか?」

「うん、賑やかだよ。元々、人もあやかしも住んでいる街だけど、例大祭にはお山の神仙も大勢やってくるんだ」

「へぇ! 人間に気づかれないのでしょうか?」

「化かしあいは、我等の十八番おはこだからね。そう簡単には、見破られない」

「でも、耳やしっぽは? 隠しようがないんじゃありませんか?」

目晦めくらましくらい造作もないよ」

「便利ですねぇ。いつでも出し入れできるんですか?」

「幻惑だよ。錯覚させるんだ。本当に出し入れするわけじゃない」

「なるほど~」

「亜沙子もいってみたい?」

「いってみたい!」

 亜沙子が目を輝かせると、一世はほほえんだ。

「じゃあ、一緒にいこうか」

「いいんですか?」

「いいよ。何でも好きなものを買ってあげよう」

「わーい、一緒にいってくれるだけで十分ですよ! 楽しみにしていますね」

 はしゃいだ声を上げる亜沙子を見て、一世は目を細めた。手を伸ばして亜沙子の頭を撫でる。

「賑やかな街だよ。そうだね、亜沙子は気に入るかもしれないな」

「街で暮らしている天狼もいるんですか?」

「いるよ。天狼の城下町でもあるからね。暮らしている人間は、妖や天狼が紛れているとは気づいていないが」

「そうなんですか?」

「ああ。だが、肌で感じるものはあるのだろう。都で暮らす人間に比べて信心深い」

「へぇ……町で出会った人と妖が、結婚することはないのですか?」

 一世は、ちらと亜沙子を見た。何気なく口にしたが、際どい質問だったかしら、と亜沙子は内心で少し慌てた。

「ないこともないが、人間が妖や神仙と添い遂げる場合、人間世界を捨てて、同胞に迎え入れるのが習わしだ。上位次元の生き物は、その存在を人間から秘匿するべきである、と天帝もおっしゃられている」

「そうなんですか……」

 少し気まずい思いでいると、一世は亜沙子の手を握ってきた。どきっとして身体を強張らせると、一世は亜沙子の手を引いて、胸の中に抱きしめた。

「ねぇ、亜沙子。大きくなったら、私の嫁にならぬか?」

 亜沙子は二重の意味で衝撃を受けたが、すぐに冗談だと気がついて、おどけた風に頬に手を添えた。

「あらあら、私でいいんですか?」

「亜沙子がいいよ。かわいい亜沙子、ずっと私の傍にいておくれ」

「嬉しい。一世さんとずっと一緒にいられるなんて」

 明るくいうと、そっと顎をしゃくられた。え、と思った瞬間には、唇が重なっていた。すぐに離れていったが、亜沙子の衝撃は収まらなかった。唇を手で押さえて、茫然と一世を仰ぐ。頬を撫でられて、強く鼓動が跳ねた。目を合わせられず、視線を泳がせると、小さく笑う気配がした。

「約束したよ。亜沙子」

「え? え……?」

 一世は悪戯めいた光を瞳に灯して、亜沙子の唇に人差し指を押し当てた。

「もう、取り消せないよ。亜沙子は将来、幻燈郷で私と祝言を挙げるんだ……いいね?」

 甘やかな視線の奥に、燃え立つようなほのおがちらついていることに気がついて、亜沙子はいたたまれなくなった。

「……本当に?」

「嫌?」

「……う、ううん」

 心臓がどくどくと烈しく鳴っている。暮れなずみで良かった。茜空が、赤く染まった顔を隠してくれる。

 俯いていると、膝に置いた手に、大きな手がそっと重ねられた。

「……もう少し、話しをしていたいな。ねぇ、亜沙子、私の部屋においでよ」

「え?」

「例大祭の話を聞かせてあげる」

「でも……」

 このタイミングで、一世の部屋に二人きりになるには勇気がいる。

「おいで。ね?」

「でも、もうすぐ夕餉ですよね? その時に聞かせてください」

 こちらを見つめる蒼と金の眼差しが、無垢な想いを囁いてる気がして、亜沙子の心臓は壊れそうなほど早鐘を打った。

「……じゃあ、そうしようか」

 一世は少しも気を悪くした様子もなく、ほほえんだ。端正な顔をそっと近づけて、緊張で硬くなる亜沙子の額に、優しい口づけを与えた。

 そのあとはもう夢見心地で、どのように部屋に戻ったのか亜沙子はよく覚えていない。ただ、とても嬉しくて、幸せだった。





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