五十九話、結末はまさかのバッドエンド!?
「誠意?まさか死んだ国民を返してくれるとでも?」
皮肉げに嘲る髭宰相に、獣王様はこう返した。
「返しはせぬが、逢わせはしよう」
怪訝そうな髭宰相をそのままに、獣王様はどこかに向かって雁来姉さんの名前を呼んだ。
あたしは雁来姉さんの姿を探したが、花門のある方角からこちらへと向かってきたのは、羽を伸びやかに広げて飛ぶ、一羽の美しい雁だった。
そしてその雁が先導し、引き連れてきたのは、数十はあろう人の影たち。
近付いて来るにつれて、それが何の集まりなのかを理解した。
「駆け落ちした、花族の……?」
その中に、あたしと、セリカさんまでもがお世話になった、ベラの姿もしっかりとある。男の子も落とさないよう、腕にぎゅっと抱っこされて。
死んだと思われていた行方不明者が突然わらわら現れたのだから、あたしの処刑を偶然見物に来ていた身内は喜び、無我夢中で駆け寄っていく。
雁来姉さんは獣王様の元へと向かう途中、あたしの頭上を通りかかると、何かをぽとりと落としていった。
手を伸ばして受け止めたそれは、あたしが蜜蜂たちから餞別に貰った蜂蜜の瓶だった。
雁来姉さん!わざわざ持ってきてくれたんですか!?何て気の利く!
蜜蜂たちは蜂蜜の瓶を前に、ストベルおじさんが恋しくなったようで、あたしの傍からほろほろとリボンがほどけるように離れていった。
「ありがとう、皆!」
「「どぅいたしまして!」」
蜜蜂たちにお礼をしてから、あたしはベラが駆けて来たので、ここにいるよと手を振った。
「ベ――」
「ベラッ……!!」
ベラにも身内がいたのか、悲痛な叫びが飛んだ。
その声がした方へと何気なく目を向けたあたしは、瞠目した。
なぜなら、走ってくるベラを顔面蒼白で見つめていたのは、髭宰相だったからだ。
え……?えぇと、どういうこと?
「その解説を求める目は何ですか。私との会話を面倒がらないで下さい」
どことなく寂しそうなセリカさんに不満を言われて、あたしは声に出してきちんと尋ねた。
「ひ、宰相とベラって……知り合いだったの?」
それに対してセリカさんは、ちょっとだけ呆れたように答えた。
「知り合いどころか、異母妹ですよ」
な、にぃーー!!
う、嘘でしょ!?衝撃の新事実!全然似てない!
だってベラ、髭のことを、下種だ何だって言ってたのに……。
ベラはあたしたちと髭宰相の間辺りで、どちらに行くべきか悩む素振りを見せた。――――が。
「おひげ!」
ベラの子が、髭宰相の真骨頂である髭へと、身を乗り出さんばかりに小さな手のひらを伸ばした。
なのでベラは渋々、本当に不承不承、明らかに嫌々、髭のところへと重い足取りで歩いていった。
「おーひげっ!」
そんなベラとは反対に、ベラの子は髭宰相の髭を随分とお気に召したのか、にこにこした笑顔ではしゃいで、手まで打ち鳴らして大喜びだ。
……あたしの顔には泣いたのに。
「何故悲しげなのですか」
「あたしも付け髭を……」
「変なことを考えないで下さい」
セリカさんに窘められて、あたしは反省しながらベラたちの再会の様子を真剣に眺めた。
「ベラ……その、子供は……」
死んだはずの妹が子供を抱いている衝撃が、髭の脳内を混乱させているようだった。
「見てわかるでしょ?私の子よ」
顎をつんと上げたベラは、つっけんどんな態度だ。
「……」
言葉の続かない髭宰相。
仕方なく、ベラから口を開いた。
「名前は青陽」
「セイヨウ……」
髭宰相は、髭に興味津々な青陽くんから無邪気に伸ばされた手へと触れ掛けた時、ベラが先制するかのようにぴしゃりと言った。
「兄さんの嫌いな、獣族との子供よ?」
髭宰相は、弾かれたように手を引いて、ベラに得体の知れない生物を見るような目を向ける。
「獣族との子供を、産んだのか……?」
「そうよ。私は幸せに暮らしてるわ。皆だってそう。誰も殺されてなんかいないのよ。いがみ合って傷付け合っていたのはもう過去の話なの。良い?この国は皆頭がかっちかちで、考えが古いのよ!」
びしりと言い放ったベラに、髭宰相は反論する。
「例え……、皆が生きていたとしても、獣族が国民を拐かしたのは事実だ、ベラ」
「拐かされたんじゃなくて、自分からあっちへ行ったの!駆け落ちよ!か・け・お・ち!」
「何故……っ、何故言わなかった!せめて、便りの一つくらいあれば――」
「手紙なんて送ったら最後、騎士たち率いて連れ戻しに来るでしょう!」
ぐぅ、と髭宰相が押し黙る。
ベラ最強伝説が、今ここに誕生した。
お代官様どころじゃない。きっと魔王か何かだ。うん。
「大体、そんな変な髭なんて生やしてるから、姫様にふられるのよ!」
ベラが髭宰相のアイデンティティーを、けちょんけちょんに叩きのめす。
しかし、まだ言い足りないようだ。
「獣族と対等になるような友好関係を結ぶことくらい、兄さんなら簡単にやれるくせに、何ぐちぐち理由をつけて逃げてるのよ?」
「逃げてなど――」
「じゃあ、出・来・る、わよね?」
ベラのにっこりに、髭宰相は根負けしたのか白旗を揚げた。
「離れている間に、ますます逞しくなりましたね……」
「母ですから」
母は強し!
それでも、これにて一件落着ハッピーエンド!とはいかないらしく……。
獣族と友好関係を築くことに反対派代表は折れても、国民はまだ納得しきれていない。父上殿もだ。
「これまで敵だった獣族と、手を結ぶなど容認できん!」
「父上!」
「それにジエラ!その獣はいけすかない!」
その台詞は完全に、大事な娘を取られてごねる父親そのものだった。
「わたくしはロウゲツ様としか結婚いたしません!」
「麗しき我が妻、ジエラ。誓いを交わした私たちは、すでに夫婦も同然であろう?」
獣王様のからかいの混じる妖艶な微笑みに、ぷんすかしていた花姫は、真っ赤な顔でたじたじになった。
それを見た父上殿が、更に頑なな態度で反対をしている。
獣族との友好についても、そこかしこで議論が交わされていた。
間違えて召喚された時はどうなることかと思ったけど、本物の蜂より良い働きをしたと満足げなあたしの手を、ふいにセリカさんが掬い上げた。
首を傾げつつ、向き合うように彼を見上げる。
そしてぎこちなく苦笑する彼の表情から、わずかな憂いを感じ取り尋ねた。
「どうかしたの?」
「……いえ、こんな日が来るなんてと、感慨に耽っていただけです」
感慨に耽っていると言う割には、視線は落とされ、何かを堪えるように唇をきゅっと結んでいる。
「……嘘でしょ?」
普段嘘をつかないから、見抜くのは容易だ。
セリカさんは苦笑してから、正直に告げた。
「……貴女のことを、考えていました」
「それで?」
「私は……貴女が好きです。お慕いしております」
知ってるけど?
「あたしも、セリカさんが好きだよ」
セリカさんは微笑むが、そこにある感情は、嬉しさだけではなさそうだった。
「……ねぇ、何で、悲しそうな顔をしてるの?」
「していませんよ。私は芽生さんを――」
「静粛に〜!」
議論がまとまったのか、あたしはそちらへと顔を向けた。
何故かうさぎ様があたしの目の前まで跳ねてくる。
「うさぎ様?」
うさぎ様に集中していたあたしは、セリカさんと繋いだ手が離れたことに気付かなかった。
顔を仰がすと、初めて出逢った時のようで、懐かしさを感じる。
そんなことを思っていると、父上殿が改めて宣言した。
「昨日まで敵だった獣族と、簡単には友好関係を結べん」
それに髭宰相が、こう返す。
「そうですね。ですが、例えば……共通の敵がいるということであれば、手を結ぶことは吝かではありませんがね?」
共通の、敵……?
それを聞いた全員の視線が、ゆっくりと動き、あたしのところでピタリと重なった。
ちょ、ちょっと待って。何これ、嘘でしょ……?
「確かに。そこの使い魔は、国を引っ掻き回す疫病神のような蜂よな」
え?獣王様……?
「何だと?獣族の国でも悪事を働いていたというのか!」
父上殿が憤慨してあたしを睨め付ける。
嫌だ嫌だ、待って!何言ってるの!?
あたしは花姫へ助けを求めて目を向けた。
だが、ふいっと逸らされてしまった。
彼女はそのまま、獣王様の陰へと隠れてしまう。
「何で……?」
無慈悲な表情で、獣王様が言う。
「白帝。其処の使い魔を」
ひょこりと顔を出した花姫が言う。
「森の守り神様!その使い魔を」
――――処分するが良い!
――――処分して下さい!
あたしは、耳の奥でがんがんと反響するその声に、見開いた目から溢れた涙が決壊して、地面へとこぼれた。
たぶんこの世界に来て、初めて本気で泣いた。
うさぎ様が、王と姫の言葉を聞き届けて、頭を大きく振りかぶる。
嫌だ、待って!
「セリカさんッ……!」
あたしはセリカさんの姿を探した。
彼はあたしの、数歩後ろに立っていた。
たぶん、うさぎ様の行動に巻き込まれないように。
泣いてしまわないように拳を握り締め、全身を強張らせながら、ひたとあたしだけを見つめて。
ああ、だから、そんな悲しそうな顔をしてたのか……。
腑に落ちた途端、ふっ、と力が抜け落ちた。
うさぎ様の頭が近付いて来る間際、セリカさんが、伝わらないと思って、かすかに唇を動かした。
そして儚げな、精一杯の微笑みをする。
――――ぱっこーん!!
快音を立ててあたしを高々と打ち上げたうさぎ様は、いつにも増して、誇らしげな顔をしていた……。




