五十八話、うさぎ様の降臨!
地震だ!地割れだ!と、群衆は突然の爆音と揺れにパニックに陥った。
入り乱れる雑踏の中、あたしはその元凶であるはずの、白く巨大なむくむくを仰いで、涙目で歓喜した。
だって、久し振りの再会だもの!!
「うさぎ様ぁぁぁ……っ!!」
だけど、一言良いですか?
何でまた壮絶にきんきらきんに!?
うさぎ様のきらやかさは、前回よりも更にバージョンアップしている。
黄金色に光り輝くうさぎ様は神々しく、威厳に満ち溢れていた。
ラメから金箔へと格を上げしたのか、豪華絢爛なことになっている。
それでも、うさぎ様はうさぎ様だ!
「うさぎ様ぁぁ!抱きつ――」
「ならぬ」
あたしのささやかな願望は、早々にすげなく撥ね付けられてしまった。
落ち込むあたしは、うさぎ様しか見えていなかったので、周囲の様子がおかしいことに気付くのが遅れた。
サボ剣を取り落とした父上殿が、茫然としながらうさぎ様のいる辺りへと戦慄く唇で問い掛ける。
「森の、守り神様……?」
うん?森の守り神様……?
父上殿は不思議と、うさぎ様を見ているようで、視線が微妙に交わり合っていなかった。
騎士たちも、民衆も、あたし以外は皆だ。
彼らはうさぎ様の顔ではなく、むくふわな前胸の高さへと、目を凝らそうとしている。
まるで、うさぎ様が人の姿をしていて、そこに顔があるとでもいうように。
「何……?どういうこと?」
戦意喪失した騎士に尋ねるも、何も返っては来ない。
その隙に駆けてきたセリカさんに、あたしは安全なところまで連れていかれ、事の成り行きを見守る側へと回った。
「どういうことなの?」
セリカさんもやはり、うさぎ様の前胸へと目を向けてから、逆に問い返してきた。
「芽生さんには、森の守り神様のお姿がお見えになられるのですか?」
「え、うん。今日は一段と……キラキラしてる」
「そうですか……。きらびやかな光は、可視出来るのですが……」
まさかうさぎ様のあのキラキラは、存在をアピールするための装飾みたいなもの?
「あ、そういえば、ジエラは……」
きょろきょろしていると、うさぎ様の背後から獣王様に腰を抱かれ現れた。
美男美女で、他の誰も割り込めないほどお似合いのカップルだ。
初めて揃っているところを見たけど、ほぅ、と感嘆がもれてしまうほど。
花姫の左手の薬指には、国宝のダイヤが堂々と鎮座している。
「ジ、ジエラ……?!生きていたのか?本当に?」
父上殿は花姫へと向けて、両手を中途半端に上げて彷徨わせていた。娘の無事な姿に、素直に涙している。
花姫も勝手に駆け落ちしたことは悪いと思っていたのか、「すみません……」と、最初に誠意を込めて謝った。
花姫としての教育のために厳しくあたってはいたが、実の娘。心では大切に思っていたのだろう。
感動の親子対面に、そこかしこで貰い泣きによる落涙の嵐。
当然、涙脆いセリカさんは号泣です。
……しかし、問題はここからだ。
花姫の隣にいるのは、にっくき獣族。
父上殿は瞬時に憎悪を込めて獣王様を睨んだ。
自分の娘を奪う男だ。しかも、敵の。
父上殿は涙などまるでなかったかのように、純粋な喜びを獣王様への怒りへと一瞬で塗り替えた。
「獣族が、何故この国に……!」
しかしそんな父上殿の貫禄も、うさぎ様の前では霞んでしまっている。
そしてそのうさぎ様を背景にしてしている獣王様は、父上殿の質問へと平静そのもので答えた。
「白帝……此の国では森の守り神、か。其処に存在する神の許しを得て、此の場を設けさせた。――――我が名は臘月。獣族を統べる者。平たく言えば、王よな」
「えぇっ!?え、あの、……えっ?ロ、ロウゲツ様が、おっ、王?王ってあの、王?お、おおお王様!?」
獣王様の隣で寄り添う花姫が、真っ先に驚いた。
可愛、可哀想なほど真っ青になって狼狽している。
たった今、慕う相手の素性を知らされ、遂には放心状態で固まってしまった。
……というか、何で誰も教えてあげなかったの?
あたしは意地悪で黙ってたけど。
獣族内では一般常識過ぎて、まさか番いとなる花姫が知らないとは思ってなかったのかもしれない。
「姫様は見る目はあっても、頭の方が残念ですね……」
薄々勘づいていたらしいセリカさんの辛辣な独り言を聞きながら、あたしは驚愕する父上殿へと目を戻した。
髭宰相は、獣王様の登場からこっち、無表情を貫いて傍観している。
「獣族の王が、何故ジエラを……。ま、まさか!国を乗っ取るために、無垢なジエラをたらし込んだのではあるまいな!?」
「父上!わたくしはロウゲツ様を心よりお慕いしております!ロウゲツ様だって、その……」
恥じらいながら頬を染めて上目遣いをする花姫の髪を耳に掛けて、唇を寄せた獣王様が、彼女だけに何かを囁いた。
花姫は間髪入れずに全身真っ赤となり、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいの甘さを見せ付けてくる。
花姫にしか聞かせないところがまた小憎らしいというか、何というか……。
いささか場違いにいちゃいちゃしている彼女たちに、民衆はあてられ気味でぽかんとしている。
娘のラブラブオーラに唖然としかけていた父上殿は、はっとしてから、獣王様に指を突き付ける。
「ジエラ!騙されるでない!これまで獣族どもに殺められてきた儚き命たちのことを忘れたのか!」
「違います!聞いて下さいませ、父上!獣族はそんなことをしておりません!花族との、友好を築こうと−−」
――――その時だった。
何の前触れもなく、花姫が言い募る言葉を遮るように、栗が一つ、投げられた。
綺麗な弧を描き、真っ直ぐ花姫へと落下していく。
獣王様がすかさず抱き寄せて、栗の悪意ある攻撃を躱させた。
投げ付けたのは――――髭宰相だった。
「……友好?寝言は寝て言うものですよ」
「寝言だなんて……!」
「花姫様。今あなたが生きているのは、獣どもにとって、『花姫』という存在が必要だからに過ぎません。……愛されている?何を馬鹿なことを。そこにいるのは、国を治めるあなたを籠絡して、手懐け、この国を上手く操ろうとしているだけの強欲な獣。国民を、汚らわしい獣を餌にするなど言語道断。あなたに花姫の座は相応しくない」
痛烈な批判に、花姫は口をぱくぱくとさせている。
あれだけ愛していると熱烈に付きまとってきた髭宰相に手のひらを返されたのだ。無理もない。
冷たく向けられる表情も相まり、怯える花姫。
髭宰相はそんな彼女の排斥を求めて、うさぎ様へと問い掛けた。
「森の守り神様。私の考えが国民の総意です。これまで干渉しないことで均衡を保って参りました関係を、突然、敵方の王と友好を約束したからと言われようとも、易々と受け入れられるはずがありません」
それは……確かに、髭の言うことにも一理ある。
友好関係を結ぶことが最善ではあっても、最優先事項ではない。
昨日の敵は今日の友、なんて、国単位ではあてはまらないのかもしれない。それこそ、共通の敵でもいない限り、犬猿の仲の両国が共に進んで手を結ぶ機会なんてないだろう。
長年の対立と植え付けられた、獣族への不信感。
花姫が大丈夫だと言ったところで、騙されているのでは、と疑心暗鬼になって当然だった。
髭は変態だが、国の宰相としてはまともな考えを持っているらしい。
だからと言ってあたしは、変態的にいたぶられた記憶を消し去りはしないが……。
「ふむ。ならば宰相。何を望む」
「私たちは、これまで通りの生活を。獣族は敵であり、互いに干渉し合わないこと。そして、二度と国民に危害を加えないことを望みます。次があれば、戦も辞さない覚悟です」
良く言ったとばかりに、民衆からは拍手が巻き起こる。
国民の支持は、花姫よりも髭宰相有利の展開だった。
髭宰相は、拍手の波が引くと、うさぎ様へと頭を下げて願いを告げた。
「森の守り神様。新たな神託をお願いします」
それを聞いた花姫は愕然としたのか、涙目だ。
国を捨てた時点で花姫はやめる予定だったんだから、別に良いのに、思わなくもない。
「一度決定した事を覆しはせぬ。今世の花姫はハルジエラのみぞ」
「……そうですか。ならば国を終末に導く花姫に、国民は従うことはありません。――――花姫様。これよりあなたはお飾りの姫。国の統治は私が行います。構いませんよね?あなたはその獣と一緒になるために、この国を捨てたのですから」
髭宰相が花姫を追放し、独裁者宣言をしたというのに、民意はやはり髭寄りだった。
父上殿ですら黙り込み、髭の発言に異を唱えない。
髭宰相が勝利するかと思われたその時、寂として話を聞いていた獣王様が、おもむろに口を開いた。
「花族の宰相よ。そう易々と友好を築けるとは、此方も思ってはおらぬ。先ずは此方から、誠意を見せねばな」
獣王様は端正な笑みを惜しげもなく髭宰相へと向けた。
そこからは、この劣勢状態の局面を覆すことが出来るという自信が見え隠れしている。
どうやら獣王様には、何か秘策があるようだ。




