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五十五話、獄中の使い魔。


 見捨てられた……訳ではないと思いたい。

 獣王様にも考えがあってのこと……だと思う。きっと。たぶん……。


 しかし依然としてあたしの生死は、死の側へと天秤が傾いている。

 その場で処分されるものと思いきや、髭の命であたしは薄暗い牢へとぶちこまれた。

 額面通りに、見事なぶちこみ方だった。

 あたしに反射神経がなければ、壁に激突していた乱暴さだ。

 その壁の天井の付近には、小さな鉄格子付の明かり取りの窓があり、月の光りが牢の床へと落ちて、いかにも独居房な趣きだった。

 情け容赦なく南京錠を掛けた騎士たちが、あたしの処分保留にぶつぶつと文句を言いながら去っていく。


 命拾いはしたけど、首の皮一枚は一体、何故繋がったのか?


 その答えを持参してくれたのは、憤怒の一言では表せないほど煮えたぎる怒りを纏った、父上殿だった。

 牢の床で膝を抱えていたあたしを見下ろして、忌々しげに吐き捨てた。


「おぞましい毒虫が!」


 害虫と毒虫……。違いがわからない。


「殺しても殺し足りん!ジエラと侍女は今頃、獣の腹の中だ!それで満足か、この疫病虫がっ!」


 いやいや、食べないし!

 獣王様は狼だったけど、そんじょそこらの飢えた獣と一緒にしないで!


 脳内の反論が聞こえたのか、父上殿に鋭く睨みつけられて、あたしは虫よりもかえるな気分で身を縮めた。


 しかし……、セリカさんはいつまで侍女で通っているのか。

 逃げたことがまだバレていないのだろうか。


「尊い犠牲だけではない!獣族の一匹を解き放ち、魔術で国を壊滅に追い込む企みまで実行したと聞く」


 あ、あれは、卯月が勝手にしっぽをふりふりしただけで、あたし関係ない……。


「更には、畏れ多くも花姫だけに受け継がれる国宝のダイヤまでも、持ち出したと言うではないか」


 窃盗の罪まで追加!?盗んでない!冤ざ……いや、うん?……ダイヤ……?


 あたしは「あ」と声を上げた。

 花姫の鞄に、特大のダイヤの指輪を入れた記憶がある。ソファの隙間に挟まっていたやつだ。


 まさか、……あれが国宝だとでも?

 だとしたら、管理が甘過ぎる!

 むしろそのダイヤを発見したあたしに、功労賞の一つでも与えるべきだ!


「噛み付きそうな顔をして……獣に感化されたか。所詮は牙を持たんただの蜂ごときが」


 は、蜂を馬鹿にすると一生蜂蜜の恩恵を得られないんだからね!

 メープルシロップはあれはあれで美味しいけど、蜂蜜とは違うんだから!


「明日の公開処刑まで、せいぜい脱獄の夢でも見てるが良い。お前の死が、獣どもと開戦の合図だ」


 不穏極まりない台詞を残し、父上殿は牢を後にした。

 あたしは間髪入れず、感情をぶつけるように鉄格子をがしがし揺らした。


 ぎゃゃゃ……!!せ、戦争!?戦争なの!?

 あたしは見せしめ!?

 魔女裁判的な感じで終るんじゃなくて!?


 戦争なんて、国民はきっと誰も望んでいないのに。

 どうせ髭辺りが、国民感情を煽って操るに決まってる。

 変な髭になんてこだわるから、独裁者みたいになるんだ。


 死んだ花姫(死んでないし、むしろ幸福の絶頂)だって、草葉の陰で泣いている……。


「そういえば……、卯月は無事にリリアちゃんのところについたかな……」


 あたしはびくともしない鉄格子から手を離して背凭れにすると、脱力して冷たい床へと座り込んだ。

 手も足も力なく投げ出すと、指先に、もふんっとした物体が触れて、何となく手慰みに弄る。

 月を眺めながら故郷を思い、また嘆息をもらした。


 それからひとまず冷静さを取り戻してから、静かなツッコミを入れた。


「いつからいたの、卯月」


「くふんっ」


 あたしがもふもふしていたしっぽをつつくと、卯月は鳴いてから鉄格子の間をすり抜け、ぴょこんと膝に乗ってきた。

 その口にはロールパンがくわえられていて、卯月はぽとりと置いてあたしへと差し出した。


「これを、持ってきてくれたの?」


 卯月は頷き、パンは歯にくっつくからな、と正直におこぼれであることを目で語る。

 リリアちゃんと感動の再開を果して、あらゆる食べ物で懐柔されたであろう卯月のぽっこりお腹を眺めながら、あたしは人としての矜持を捨てて、うさぎの施しを受けた。


 だって何も食べてないし!

 あの時、筍食べておけば良かったよ……。


 あたしはぺろりとパンを完食してから、卯月へと問い掛けた。


「リリアちゃんは大丈夫なの?」


 もう寝ている、と眠るリリアちゃんの真似をして、卯月もあたしの膝でへたれた。

 卯月は卯月で追われる身だから、逃げ疲れているのかもしれない。

 肩から背中を少しマッサージをしただけで、すぐに膝掛けになった。


「……何か、卯月の体からまた良い香りがする。一緒にお風呂に入ってるの?混浴じゃん」


 卯月は、ちらっとあたしを見遣り、やれやれという目をした。

 首を振るというわずかな動作さえも省いたあたしの膝掛けは、年長者が子供を湯に入れるのは当たり前のことだ、みたいなことを伝えて――――完全にだれた。爪の先までびろんびろんだ。


 兄弟ならば、上の子が下の子の面倒を見るのはわかる。

 獣族はよその子の面倒も見るものなのだろうか。

 というか、リリアちゃんを子供のカテゴリーに入れて良いのか、かなり微妙なところだ。

 見た目では小学生と中学生の間くらいだとは思うけど、卯月が獣姿じゃなかったら、色々問題がある気がする。


 とりあえず、兄目線で接している内は放置しておけば良いか。


 暖を取ったこととお腹にものを入れたこと、そして更にはここまでの蓄積された疲労。それらの要因で急激な眠気が襲ってきて、卯月を撫でながら、あたしはことりと意識を落とした。




            ◇




 肌寒さを感じで目を覚ますと、卯月の姿はもうどこにもなかった。

 騎士が見回りに来て、逃げたのかもしれない。

 座った格好のまま寝てしまったせいで、首と腰に鈍痛が宿っていて、顔をしかめて首を押さえていると、牢の入り口にあるいかにもな赤錆だらけの鉄製扉が、キィ……と音を立てて開かれた。


 な、何……?


 そちらを窺おうと鉄格子に頭を捻り込んだが、額ががつりと引っかかったので早々に断念して、壁際へと這って逃げた。

 隅で丸くなって遣り過ごそうと顔を膝に埋めていると――――、


「……芽生さん。……芽生さんっ」


 囁くようなその声にはっと顔を上げると、鉄格子の向こうで、セリカさんがほっとした顔で静かに佇んでいた。

 あたしは乙女のように、逢いに来てくれた王子様へと飛び付こうとした寸前で、一つだけ物申した。


「何で、迷彩服?」


 陸上自衛隊のコスプレみたいになったセリカさんは、困惑ぎみに自らを見下ろした。


「似合いませんよね……」


 似合いませんね……。


 ベラお代官様。いくら何でも、セリカさんにそれは駄目でしょ。

 これは、あれだ。プリンだと思って茶碗蒸しを食べた時並みの不味さだ。


 だけど、まぁ良いか。


 鉄格子越しに抱きつくと、セリカさんはよしよしと背中を撫でてくれた。


「何もされていませんか?」


「うん」


「……こうして貴女に甘えられるのは、良いものですね」


 普段は甘える花姫を指導して蹴散らしているのに、あたしだと嬉しいらしい。

 セリカさんのよくわからないあたし贔屓も、今は恋人の特権だと堂々と言える。

 命が助かったら、もっと甘えさせて貰おう。

 抱き合ってまったりしていると、頭にセリカさんの憂いの籠ったため息が落とされた。


「今すぐにここを出してあげたいのですが、ロウゲツ様がまだその時ではないと仰るので……」


「……うん?……ロウゲツ、様?」


 何、ちゃっかり馴染んでるの?獣族嫌いは、どこへ?


「ロウゲツ様のような人格者とならば、私は初めから反対など致しませんでした。……あのような方が姫様をお選びになられた理由は、到底理解し難いものではありますが」


 獣王様が短時間で、あの獣族嫌いのセリカさんを攻略している!?


「つまり、食わず嫌いみたいなことだったの?」


「いえ、ロウゲツ様は、許容出来るだけですので、他の方はどうかと……。一度植え付けられた恐怖心は、そう簡単に消せるものではありません」


 セリカさんは苦い顔でこめかみへと触れた。

 髪に隠れた、古傷がわずかに覗く。


「その傷、何にやられたの?」


 あたしが指で髪を退けると、セリカさんは苦笑しながらも、重たく翳った表情のままで告げた。


「…………猪です」


「猪?あたしも昔、猪と闘ったよ。勝った訳じゃないけど、咲きかけてた花たちは何とか死守したし。今度セリカさんが襲われても、あたしが助けるから」


 あたしが生きて解放されるかという問題が残されているものの……。


 セリカさんは目を丸くしていて、視線が交わると、ふわっと花が咲くように微笑んだ。

 そしてはにかみながら顔を寄せると、耳元で、それは嬉しそうな声で、囁いた。



「――――貴女が貴女で、本当に良かった」



 それ、ちょっと、……腰が砕けそうです。




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