五十三話、背水の陣!
「――――ぐぇっ!」
地面へと叩き付けられたあたしへと折り重なるように、セリカさん、花姫、そして最後に卯月がぽてんと降ってきた。
あたしが一番下とか!
何順なの!?常識人順!?だったら許すかもしれないけど!
卯月は素早く花姫の背中から下りると、後ろ足で立ち上がり、耳をぴんと張って警戒を強めた。
あたしは地面に当たっている耳から、微弱な振動を感じてはっとした。
これは足音だ。それも、かなりの数の。
転移術はすぐに周囲に知れ渡るって言ってたけど、もうなの!?
「ちょっ、順番に下りて!早く逃げないと!」
花門はすぐそこなのに、と思ったあたしは、またまた自らの失策に頭を悩ませることになった。
それに、森にいる騎士たちも、黄昏時になったら帰って来るのではないか。
花姫とセリカさんがあたしの上から退いて、謝っているようだが、もはやあたしの耳には何も聞こえない。
前からも後ろからも迫り来る危機に、どう立ち向かえば良いのか、策もない。
その時卯月が、ふと空を仰いだ。
ざわっと木の葉を擦れ合わせた風の匂いに、宵が混じり始める。
まずい!次捕まったら、あたしは間違いなく処分だ。
セリカさんだって、ただでは済まされない。
二度目の謀反だ。投獄や、最悪処刑されるかもしれない。
花姫と卯月に至っては、今度こそそれぞれ別の意味で美味しく頂かれてしまうだろう。
あたしが起き上がると、卯月が肩へと登った。
前を見据えて、臨戦体勢だ。
ざっ、と枯れ葉を踏み締める靴音がして、瞬く間にあたしたちを騎士がずらりと取り囲む。
それでも、前回より少し数が少ない。
しかし森に出ている捜索組も、後から参戦してくると考えれば倍に近くに増えるだろう。
父上殿と髭宰相がいないだけ、ましだと思うのはあたしだけではなかったらしい。
花姫があからさまにきょろきょろしてから、小さく安堵の息をついた。
この子、本当に図太いな……。
状況は、最悪の半歩手前という、ほぼ最悪と変わらないくらいなのに。
「やはり生きていたか、この害虫が!我らへの報復のために、姫様を拐かす気か!」
代表格の騎士がサボ剣を構えて、剣呑な顔付きで言った。
えぇと、情報が錯綜してるのかな?
あたしは常に、悪役ですか?
騎士らは更に、肩に乗る卯月の存在に気付くと、瞠目してからみるみる青ざめていった。
「じゅ、獣族……」
獣族だ、獣族がいるぞ、何故、と騎士たちの驚愕のざわめきが広がって、収集がつかない騒ぎとなった。
「こ、この、害虫が!獣族と手を組んだのか!」
仲良くはしてるけど……。
「ひ、姫様!お離れ下さい!その獣は危険です!」
花姫はきょとんとして、卯月のはたはたしている長い耳や、ぴくぴく動く可愛い小鼻、つぶらな瞳に、もっふもふの被毛と、最後に魔性のしっぽまでじっくりと眺めて――――首が折れそうなほど頭を傾がせた。
今回ばかりは、花姫の反応が正しい。
うさぎにどれほどのことが出来ると?
そのサボ剣の方が、よっぽど危険だからね?
花姫は卯月と顔を見合わせて、右へ左へ頭を傾がせている。
卯月は遊んでいると思ったのか、花姫の動きに合わせて耳を揺らし、何だか可愛いことになっていた。
焦れた騎士は、今度はセリカさんへと白羽の矢を立てた。
「姫様……!くっ、そこの侍女!姫様をこちらへ保護を!」
やはり騎士も騙されたセリカさんの女装。
本人もいい加減慣れたのか、かすかに眉を顰めただけで否定はしなかった。
そして獣族嫌いのセリカさんだが、何だかんだで卯月とは打ち解けつつあったからか、冷静に反論をした。
「しっぽは獰猛な獣ではありません。このような小さな体躯ですし、攻撃性もありません。汚れを厭うので、畑も荒らさないでしょう」
そうだそうだ!卯月は畑を荒らどころか、一国の姫に手ずからメロンを食べさせてもらうような、甘え上手なうさぎなんだからね!
セリカさんが獣族を庇うどころか容認する発言をしたからから、あちこちから反発が高まった。
「国を裏切る気か!」
「花族の誇りを忘れたのか!」
「国に仇なすとは!」
「そこの害虫に感化されたのか!」
彼らはぎろりとあたしを睨んだ。
どんな問題でも、最終的に全責任はあたしのところへ来るらしい。
事実、あたしが卯月を引き入れた。
というか、セリカさんの裏切りについては、同族でない使い魔のあたしのせいにしておきたいという、身内意識もそこはかとなく感じられる。
『同族を罰するのは気が引ける。だから、使い魔を処分しよう』
騎士たちには、そんな身内贔屓の考えが根底にあるのだろう。
国を守る、ということは、国民を守ることに他ならない。
だからこそ、身内に甘い。
花姫とのにらめっこに飽きたのか、卯月はあたしの肩で器用に半回転し、しっぽを彼らの前面に晒した。
……いやいや、卯月。今はしっぽで籠絡する場面じゃないから。
無理してふりふりしなくていいから!
卯月の怪しい行動に、騎士たちは怯んだ。
しっぽから目を離さないようにしながら、ひそひそと言葉を交わしている。
「……あれは、一体……?」
「……何か意味が?」
「魔術的なことでは……」
愛嬌の安売りが、黒魔術的な結論に至りつつあるのは、あたしのせいではない。
いや待てよ。これを有効に使い、逃げるのも手か……。
「や、やいやいやいやい!このしっぽが、目に入らぬか!」
次の瞬間、ぽかんとしたのは、騎士たちだけでなく見方陣営もだった。
卯月ですら、頭打ったのか?みたいな目で見てくる。
くぅ……!しかし、羞恥を踏み台に、チャンス到来だ!
あたしは花姫とセリカさんの腕を引っ張り――――駆けた。
花門はすぐそこだ。
足を縺れさせながら意図に気付いたセリカさんは自ら足を動かしてくれたけど、花姫はほぼあたしに引き摺られている。
華麗に踏み切りをして、花門の暗闇へと無心で飛び込――――どんっ!
「ぎゃっ!」
「ぐはっ!」
何かに衝突して、あたしは後方へと吹っ飛ばされた。
卯月は空中でくるりと回転して、すたんっと地面へ着地を決めたが、後の二名はもれなくあたしの巻き添えとなってよろめいた。
対して、あたしと衝突した何かは、花門の向こう側へとふつりと消えた。
いったぁ……って言ってる場合じゃない!
今のは間違いなく、帰路についた捜索組の騎士ではないか。
弾かれる際、サボ剣の柄が目に入ったから、絶対に。
ままままずい!完全なる背水の陣じゃん!
って、前方からも騎士たちがぁぁぁ……!
あわわっ、花門からも騎士たちがぁぁぁ……!
ぞくぞくと捜索組の騎士たちが駆け込んできて、あたしの頭はパニック状態。
しかし、何故か彼らはあたしたちを捕らえることなく、逃げ惑うように仲間の元へと走っていく。
あたしたちを追い詰めていた騎士たちは、その異変を察知して、足を止めた。
な、何?何なの……?
あたしは恐る恐る振り返り、背後に佇む花門を凝視した。
花姫とセリカさんも、揃って花門を見つめる。
夕日が沈む、ほんの刹那、花門の黒々とした闇が揺れた。
瞬時に卯月の体が、ぴくんと反応する。
向こう側にある何か――――いや、誰かを、いち早く察したのか、ぴょんっと跳ねて、花門の脇へとつけると頭を垂れて控えた。
卯月がそこまでする相手。
考えるまでもない。
しかし、あたしの予想に反して花門の奥から姿を表したのは、夕日を浴びて輝く茶色に夜空の闇色が混じり合う、美しい毛並みを持った――――大きな狼であった。




