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五十ニ話、使い魔の郷愁。


 逃走経路は当然、露天風呂からだ。

 見張りの騎士たちに気付かれない内に、温泉が引かれている岩場を上り、外部へと脱出を図った。

 濡れた服での行動は、気持ちが悪い。

 卯月も、濡れていないセリカさんの腕にちゃっかり収まっている。


「ちなみにここはどこ?」


 外は外なのだが、城の敷地内ではありそうだ。

 視界の先には、青々と天を貫く竹林が広がっている。


「「筍の里です」」


 声を揃えて、仲良しな姫と守り役が言った。

 あたしは某有名メーカーのチョコ菓子しか出てこず、無性にチョコレートが恋しくなった。

 こういうのを、里心つくというのだろうか。たけのこの里なだけに。

 しかもただのチョコじゃなくて、あの筍型のチョコ菓子が良い。

 上のチョコから食べるか、下のクッキーから食べるか、はたまた一口で食べてしまうか、もういっそ焼いても――――。


「ここを抜ければ一つ花門が……芽生さん?どうかなさいましたか?」


 お菓子の食べ方を思案していた、とはさすがに言えずに首を振った。

 お菓子で郷里を思い出すとか、どうなんだあたし。

 友達と例のチョコ菓子を食べながらおしゃべりしていた頃が、遠く感じる。


「芽生?」


「……召喚術って、生き物しか呼べないんだよね?」


「そうですが……」


「……何でもない。行こう?」


 セリカさんが気にした素振りを見せたが、あたしが歩き出すと後をついてきた。

 花姫が率先して先頭を行く。

 城から離れたい気持ちと、獣王様に逢いたい気持ちが合わさり、ずんずん前へ前へと進んでいく。

 卯月も獣王様に混浴を造って貰うために、セリカさんの腕から飛び出て、意気揚々と花姫の隣へと並んだ。


「花門に着いても、黄昏時になるまで入ったら駄目だよ!森に、騎士がたくさんいたから!」


「わかっています!わたくしは、今度こそロウゲツ様にお逢いするのです!」


 花姫のやる気が漲っている。滾りまくっている。

 獣王様も逢いたがってるよ。と、あたしがいわなくても、わかっているだろう。


 あたしも久し振りに、うさぎ様にお逢いしたいなぁ……。


 あのむくふわな前胸に飛び付かせてくれたのなら、お菓子のことなどすぐ忘れてしまいそうだ。


「芽生さん……。元気がありませんね」


 やっぱりわかりますか。


「貴女は常に、わかりやすい顔をしているので、今更誤魔化しは不要です」


 そうだとは思ってたけど。


「……食べたいお菓子があって」


 正直に白状すると、セリカさんはほっとしたように小さく笑った。


「姫様のことが片付きましたら、ご用意させて下さい」


「でも、あっちの世界にしかないお菓子で……」


「使い魔に運んで貰えば良いのではありませんか?」


 ……うん?蜜蜂たちが、お菓子を?

 不可能では……ないか?


「どのようなお菓子かは存じ上げませんが、それくらいなら運べるかと。昔、カブトムシごと西瓜が召喚されたという事例もありましたので」


 やったぁ!じゃあいけるじゃん!

 小物くらいなら、何とかなるのかぁ。やっぱり蜜蜂は偉大だ。


「元気になられて、何よりです」


 食い意地が張ってるとか、思われてないかな?


 首を竦めて窺うと、せめてさんは生真面目に告げた。


「芽生さんは何をしていらしても好ましいです」


 しかしはっきり口にしてから、急に恥ずかしくなったらしく、ぱっと顔を背けた。


 それこそ今更だけど。あたしはちょっと慣れてきたし。


「――――芽生!来て下さい!」


 花姫がぴょんぴょん飛び跳ねてあたしを呼んでいる。

 跳躍がやたら低いので、やはり足首辺りに難を抱えているのではという疑惑がよりいっそう深まった。


「何があったの?」


 あたしはセリカさんと顔を見合わせてから、駆け寄った。

 花姫の爪先の下には、筍が頭をちょこんと頭を覗かせている。


 あの……、筍くらい、見たことあるんだけど……。


 あたしの胡乱な眼差しなどお構いなしに、花姫は嬉々として卯月に穴を掘らせようと話し掛けているが、残念なことに完全に無視されている。

 卯月は、土で爪が汚れるから断る!という顔をしているのに、花姫は筍の方へと卯月の背中を押す。

 嫌嫌して前足を突っ張っている卯月が強気に出れないのは、彼女が獣王様の麗しき乙女だからだ。

 可哀想なので抱っこすると、卯月はほっと息をつきながら、あたしの胸に脱力した。


 しかし、うさぎとしての本能はどこへ……?


「姫様。筍を食べたいのなら、ご自分で掘り起こしなさい」


 セリカさんの呆れ口調にしゅんとした花姫は、静かに掘削し始めた。


 いやいや、掘るの!?

 何で今、この時に、筍を食べようとしちゃうの!?


「筍は取れたてなら、生で食べれますよ」


 セリカさん!?何、のほほんと食べる気でいるの!?


「早く行かないと!追っ手が!というか、そんな汚れた手をしてたら、ロウゲツ様に引かれるよ!?」


 花姫はぴたりと手を止めた。自分の両手の、特に左手の甲をまじまじと眺めて、低い声で唸った。


「土で汚れた方が、どれだけましなことか……」


 婚約式で髭宰相にキスされた事実を、心が受け止めきれていないようなので、あたしは花姫の手を叩いて払い、そのまま手を繋いで立ち上がらせた。


「見たくないなら、今はあたしが隠しててあげるから。急ごう?」


 花姫の指は細くて手は小さめだ。

 あたしは子供の手を引く時のように、甲を覆う形で握った。

 彼女は驚いた顔をしていたが、急に頬を染めて上目遣いでこちらを仰ぐ。


「芽生が男性で、ロウゲツ様よりも先に出逢っていたら、恋に落ちていました」


 ここ、喜ぶとこなの?


 セリカさんに目を遣ると、完全に花姫をライバル視して拗ねていた。……また面倒なことを。


 卯月もあたしの片腕でもリラックスして抱っこされているし、やっぱり保育士さんな気分だ。

 だけどそれぞれ自由に行動させると手に負えないことが判明したので、むしろこれで良かったのかもしれない。


「花門まで、後どれくらい?」


 セリカさんは周囲をぐるりと見渡してから、花姫へと尋ねた。


「今、どの辺りでしょうか?」


 あ、そっかそっか。あたしたちは先頭を歩いていた花姫についていっただけだからね。周りなんて見てなかったよね。


「で。ジエラ、今どこなの?」


 花姫は、きょろきょろとして、うーんと頭を捻らせ、それから四方八方に広がった竹林をもう一度ざらっと眺め見てから、ようやく白状した。


「……すみません。わかりません」


 だろうね。その反応の途中で気付いたよ。

 ここは怒っていいところだろうけど、あたしも郷愁に駆られて注意力散漫だったから、花姫だけのせいに出来ないのも事実。

 あたしたちの現在の状況を、簡潔に言おう。


「迷子になった訳ね」


「姫様!」


「で、ですが……!どこを見ても竹ばかりで……」


 竹林だから、当然だ。


「卯月、道わかる?」


 卯月は、やれやれと言うように首を振って、あっち!と進むべき進路を、前足で示した。


「お利口うさぎ!」


 だろう?今からでも俺の子を孕むか?という眼差しは黙殺し、あたしたちは再び歩き出した。


 ――――結果。


 見覚えのある岩場から、もくもくと蒸気が昇っていく光景を、花姫とセリカさんと並んで見上げ、あたしは遅まきながら失敗に気付いた。


 卯月が花門の位置を知っているはずがない。


 あのまま彷徨うよりはと、来た道を戻って竹林から出ようとするのではないか。卯月ならば、匂いでそれを辿れる。

 しかしそれは、普通の迷子や遭難に限った話で……。


「いたぞ!あそこだ!」


 露天風呂の岩場を今にも越えようとしている騎士たちが、こちらを指差して、鬼の形相で向かってくる。

 その数はもう、涌き出る温泉水のごとく。


 いぃぃやぁぁぁー……!!


「セ、セリカさん!転移術!」


 あたしは茫然としていたセリカさんに詰め寄った。

 もう一方の茫然花姫よりは、セリカさんの方が確実だ。


「し、しかし転移術は……」


「今は逃げ切れない!花門まで行けば、後は飛び込むだけでしょ!?」


 鬼気迫るあたしの気迫と、危機迫るこの状況に腹を括ったセリカさんが、地面へと手をかざした。


 しかしすぐそこまで騎士たちが!


 下方から風が吹き付ける。光が辺りに溢れ出す。


 騎士の手が伸びて――――。


 あたしは卯月を抱えて花姫の手をしっかりと握り締め、タイミングを見計らい、全身でセリカさんへと飛び付いた。


「……っ!?」


 セリカさんの声にならない悲鳴と、一歩遅れた騎士らを残し、あたしたちは空間を飛び越えた――――。



筍は、ひらがなだとまんまなので、あえて漢字です。

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