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五十一話、再会は突撃で!


 卯月は耳だけでなく、鼻も良かった。

 的確に、あたしたちを湯殿へと導いた。

 しかも、王族専用の湯殿へと。

 獣族の国に混浴を誘致するという野望のために、忠実にあたしの言うことを聞く、何ともお利口煩悩うさぎだ。

 あたしは迷彩服をセリカさんに却下されたので、とりあえず髪と演技をほどいて女湯を潜った。

 さすがに脱衣場には、籠がたくさん並んでいたりはしない。

 どことなく花姫のっぽい、瀟洒な椅子のふかふか具合を手で確かめながら、セリカさんへと尋ねた。


「ここを使うのは、花姫だけ?」


「昼間は、そうですね。あの方以上に汚れるお方は、そうそうおりません」


「足首弱いの?」


 純粋な疑問をぶつけると、「ただの粗忽かと」と冷静に返された。


 そしてやたら煌びやかな金のドアを開けると、そこにはあちらの湯殿と変わらない、岩に囲まれた天然掛け流し温泉が広がっていた。

 卯月はふんふんと鼻歌を歌いながらリズムに乗って耳を揺らし、露天風呂に張られた湯面を覗き込んだり、ひっきりなしに流れ落ちる温泉水の滴を浴びたりして、お風呂を満喫している。


 うさぎって、水苦手じゃないの?


 犬掻きは知ってるけど、うさぎ掻きは聞いたことがない。


「卯月?溺れるから気を付けてね?」


 一応声を掛けておくと、前足でちょんちょんとお湯の温度を確かめていた卯月は、ぴょんぴょんと跳ねて飛んできた。

 床で滑ることもなく、身体能力の高いが窺い知れるジャンプだ。

 足をたすたすして抱っこをせがまれたので、言われるがままに腕に抱くと、セリカさんが複雑な眼差しを向けてきた。


「誰にでも優しいのは……罪です」


 親切がまさかの犯罪に!?


「しっぽを甘やかし過ぎです。時には躾も必要ですよ」


 今は良い子で混浴へ思いを馳せてるし、セクハラもして来ないし……。


「芽生さんに子供たちの教育は任せておけません」


 すでに気分は父親になって腰に手を当て首を振るセリカさんは、恐らく女装をしていることを忘れている。


「……。それで、花姫はいつぐらいに来そう?」


「汚れたら来るのではないでしょうか」


 適当だなぁ……。


 呆れているあたしから、セリカさんはさっと卯月を連れ去った。

 卯月は混浴の構想に忙しく、誰に抱っこされていても気にならないらしい。


「私達は少し、外の様子を窺って参ります」


「はーい」


「……貴女は、幾度叱ればまともな返事をされるようになるのですか」


 そう言ってセリカさんがため息をつく。


 遂に叱られなくなってしまった……!

 何だろう……この物悲しさは。


 残されたあたしはちょっぴり感傷に浸りながら、縁にしゃがんでお湯を掬った。

 湯加減は少し温め。透明度が高く、滑らかな肌触りだ。

 もしかしたら、あっちとは違う源泉なのかもしれない。

 手を浸していると、細かな泡がいくつも付着した。

 だとすれば、炭酸泉?

 花姫の肌がすべすべな理由はこの温泉成分に秘密が――――。


 ――――どすんっ!


 突如、脱衣場で何かが倒れるような音が轟いた。


 て、敵襲か!?早速見つかっちゃったの!?


 あたしは身構えると同時に、ドアが壊されんばかりの勢いで叩きつけられた。もしかしたら少し、歪んだかもしれない。

 そして、そよ風に煽られた湯気の向こうから姿を現したのは、泣き腫らした顔をした花姫だった。


「芽生……!生きていたのですね!!」


 花姫は破顔して、あたし目掛けて走って来る。

 自分の粗忽さだけでなく、濡れた床の脅威までも忘れて。


「ま、待っ――」


 中途半端な制止虚しく、花姫がつるんっと足を滑らす様子がスローモーションであたしの目に映った。


 ――――走るな危険!!


 あたしはその言葉を言う間もなく、盛大に突進されて、花姫ごと湯船へと沈んだ。


「ぷはっ……!」


 ずぶ濡れの頭を湯面から出し、張り付く髪を後ろへと掻き上げ横を見ると、花姫が沈んでいて慌てて拾い起こした。

 ぐったりした花姫を横向きで床へと寝かせると、口の端からこほこほとお湯を吐き出した。


「大丈夫?」


「……こほっ、ロ、ロウゲツ様……?」


 大丈夫じゃないな、これ。お湯を飲み過ぎたか?


「残念だけど、あたしだからね?」


 花姫は焦点の合っていなかった双眸をぱちくりとして、あたしが誰だかわかると、お湯と涙の混ざった滴を眦から溢れさせて抱きついてきた。


「芽生……?本当に、生きて……?標本ではなく……?」


 髭が余計なことを吹き込んだのか、花姫はあたしの背中にピンが刺さっていないか手探りで確かめてくる。


「というか、セリカさんは……」


 脱衣場の方を見遣ると、仰向けに倒れるセリカさんと、それをちょんちょんつついている卯月が見えた。


 何てことを……。


「感動のあまり……」


 再会の感動なのか、女装の感動なのか……。

 前者だとは、思うが。


 花姫の背中に腕を回して、短い抱擁を交わすと近況を話し合った。


「――――それでは、ロウゲツ様が芽生をお助けに?」


 獣王様に惚れ直す花姫は、それでもどこか浮かない表情をして俯いた。

 手の甲をお湯につけて、ごしごしと懸命に擦っている。


「わたくしは汚れてしまいました……。芽生が亡くなったと聞かされて、セリカとも離されて……。気付いたら婚約式で、婚約をしていたのです……」


 放心中に事を進められたのか。何て卑怯な。

 花姫だけなら、何とでもなるからって。

 セリカさんがいないと何も出来ない子だ。

 それをわかっていたから、父上殿によって引き離されたのだろう。


「わたくしは汚れました。宰相様に……あの様なことを……」


 両手で顔を覆った花姫に、掛けてあげる言葉が見つからない。

 そっと背中を、撫でてあげることしか……。


「押し倒されて……」


「い、いいよ、辛いなら無理して言わなくても――」


「首をっ……、首を、噛みつかれて……うぅっ……」


 ちらっと首筋を覗くと、噛み痕ではないだろう赤い痣があった。

 噛まれたと思っている方がまだましかと思い、それが何かは、永遠に黙っておくことにした。


 というか、あたしが卯月から日々受けているセクハラとそんなに変わらない。

 可愛いもふもふうさぎと髭という点で、明確で決定的な違いはあるにしても。


 あたしも髭に押し倒されたり、背後から抱きつかれたりしたからなぁ……。

 花姫の気持ちの、半分くらいはわかる。


「そんな痕すぐに治るから、今は早く逃げよう?」


 花姫はおずおずと顔から手のひらを退けて、こちらを向いた。


「ロウゲツ様は、待っていて下さるのですか……?」


「待ってるよ。絵と置物も、気に入ってくれたみたいだし」


 花姫は涙ながらにはにかみ、あたしはお姉さんらしく涙を拭いてあげた。

 ハンカチはないから、袖で。


「ひ……、姫、様……?」


 花姫があたしの腕に目を擦り付けていたところに、セリカさんの呻きが聞こえてきた。

 卯月が揺さぶり起こしてくれたのか、胸の上でちょこんと座っている。

 あたしと目が合うと、褒めて貰いにやって来た。


「良い子、良い子」


 頭を撫でると、卯月は至福そうに目を閉じた。


「お利口な子ですね」


 花姫がそう言うと、是非王に話してご褒美を!混浴を!という煩悩まみれの訴えをした。

 こくこく頷く花姫は、たぶんほとんど分かってなさそうだ。

 そこへ後頭部を押さえて顔をしかめるセリカさんがやって来て、感動の再会の仕切り直しがされた。


「姫様……!」

「セリカ……!」


 抱き合う彼らを眺めていた卯月が、良いのか?浮気では?という目であたしに尋ねてきた。


「あそこに下心があれば浮気だけど、……全然ないし」


 卯月も前足を愛らしく組んで、確かにな、と頷いた。


「セリカ、聞きましたよ!父上と宰相様に暴言を吐いたことが原因で、部屋に閉じ込められたと」


 やらかしたみたいなことを言っていたのは、それか。

 女関係だと思ってたよ。

 遠回しな自殺だったら、もう一回怒っておかないと。


「そのことに関して、私は反省などしておりません。あの方々は、私の愛する芽生さんの命を、目の前で奪ったのです。冷静さを欠いていたことは認めますが、到底許しがたい行いです」


 ……怒れなくなった。


「わたくしも、せめて芽生を手厚く葬りたいと訴えたのですが、宰相様は標本にするの一点張りで……。寝室に飾って、毎晩愛でると仰っていました」


 ああ、獣王様……命を救って頂き、ありがとうございます!

 このご恩、花姫を連れて行くことで返したいと思います!


 あたしは獣王様の忠誠を誓った使い魔として、早速行動を開始した。



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