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五十話、花姫救出作戦会議。


 ミツレがセリカさんを落とそうとする時間があるくらいだから、他の侍女たちも花姫の傍から離れているだろう。

 囚われの花姫が出てくるはずはない。

 だとしたら、残る可能性は後二つ。


 父上殿か、もしくは――――。


 ドアから滑らかな動作で現れたのは、最悪の結果である――――髭宰相。


 あぁぁぁぁ……花姫がぁ…………!!


 あたしは顔を覆った。

 しかし指の隙間から、見張りの騎士らを労いつつこちらへと向かって歩いてくる髭宰相が覗け、大慌てで身を隠す場所を探した。


 ま、まずい……!


 一旦下の階まで下りる時間はない。

 髭は刻一刻とこちらへ向かってきている。

 あたしだけなら階段を二歩くらいで飛び下りることは余裕だ。

 でも、階段は一段一段上り下りするもの、という常識を持つセリカさんは、普通に怒りそう。


 もだもだしている間に、着実に髭との距離が狭まっていく。


 いやぁぁぁ……!あたしを標本にしようと企む髭の影がすぐそこにぃぃ……!


 拒絶反応で鳥肌の立つあたしは、一か八かの賭けに出ることにした。

 うさぎのぬいぐるみを抱いてしゃがみ、きょとんとする侍女を壁際まで追いつめて、顔の横に両手を突いた。


 くっ……!まさか壁ドンを、する日が来ようとは。


「め、芽生……さん……?」


 いたいけなセリカさんの、少しの怯えで潤んだ瞳を見つめていると、いけないことをしている罪悪感と妙な胸の高ぶりが湧き上がる。

 あたしは混乱しつつも、「黙って!」と彼の耳元に唇を寄せて囁いた。

 セリカさんはぶわっと赤くなり、きゅっと瞼を閉ざす。


 ああ、もう!可愛い仕草しないでよ!

 こっちは必死なんだから!誘惑しないで!


 角を曲がり、階段を下りかけた髭宰相は、あたしの背後で一瞬、踏鞴を踏んだ。

 若い男女が昼間からイチャイチャしてたら、普通は眉を顰めながらも気を使ってそそくさと目を合わさないように通り過ぎるはず。


 しかし髭は、あたしの予想の斜め上をいった。


「……私も、もう少し姫様と親交を深めてきましょうか」


 とんでもない独り言を残して髭宰相は踵を返した。


 いかん!花姫が貪り食われる!!


 飛び出しかけたあたしを、セリカさんが腕を掴んで引き止めた。

 あたしが振り返ると、ぽっと火照る頬を片手で隠す乙女がそこにいた。


「芽生さんは、男装でも素敵ですね」


 どんどん乙女化していく!

 今はそんな場合じゃないからね!?


「花姫が髭に……!」


「相手はあれでも花姫様です。婚礼を挙げていないのに、花を散らすような真似はなさらないかと」


 それなら焦る必要はない……か?


 あたしが首を捻ると、セリカさんは目を逸らして、ぼそりと言った。


「……花を散らす以外のことは、なさるかもしれませんが」


 あんまりそういうこと詳しくないけど、何か駄目な気がする!

 涙目の花姫がぷるぷる震えながら醜悪な黒い雨を国全土へと降らす前に何とかしないと!


 扉が駄目なら……窓か。


 確か、蔦がびっしり生えていたはず。


「セリカさん。蔦の強度はどれくらい?」


 あたしの質問の意図を、すぐに汲み取った彼は瞠目して、理路整然とした説明で思い留まらせた。


「ここが地上何階だとお思いですか!いいですか。蔦は下から生えているのですよ?上部に不可がかかれば当然、壁から剥がれ落ちます。いくら貴女が綿毛のように軽くても、無理があります」


 あたしは綿毛のようには軽くないし、まだ綿を引き摺ってるし。

 綿の生まれる原因となったうさぎは、未だにぬいぐるみだし……。


「じゃあ、火事だーって叫んで回ったら皆慌てて避難しないかな?」


「残念ながら、ここは植物の国ですので、火の取り扱いには細心の注意を払っております。ここ数年、火災は起きておりません。恐らく信憑性に欠けるでしょう」


「そっか……。この国、燃えたら一巻の終わりだからね……」


「このしっぽを囮にしたらいかがですか?」


 セリカさんは腕にだらんとぶら下がる卯月へと、無情な目を落とした。


 これ以上苛めないであげて。

 今はいたいけな傷心うさぎなんだから。


「もっと……無難な方法で侵入は無理?」


「無難な、ですか……。いっそ、転移術を使いますか?」


 んんっ!?転移術……?


「覚えておりませんか?初めにこちらへといらした時、姫様の花畑から城まで飛んだではありませんか」


 あ、ああ!!すっかりと失念してた!

 というか、そんな便利な裏技があるなら早く言ってよ!


「ですが転移術は、日に回数制限があるので乱発出来るものではありません。それに、誰がどこで使用したかは、すぐに周囲に知れ渡ります」


「駄目じゃん」


 あたしの軽いツッコミに、セリカさんはしゅんとしてしまった。

 公にして良い長距離移動を手早く済ませるなら便利な術でも、今の状況下にはそぐわない。


「他には、術とかないの?」


「……主体である植物に変身したり、後は、召喚術でしょうか」


「セリカさんも使い魔を召喚出来るの?」


「蝶や蜂の類いならば何とか、といったところです」


「あたしを召喚した花姫は、そんなに力量はないって言ってたけど?」


 ストベルおじさんが言っていたし、髭も認めていた。


「普通は不可能に近いのですが、あの方は仮にも花姫ですので、それが影響したのだと考えております。花姫でないただの姫様ならば、蜜蜂が精々ではないでしょうか」


 蜂の召喚は定番かつ簡単らしいことはわかった。

 わざわざ新しく蜂を召喚するよりかは、苺畑の蜜蜂たちに頼る方が早いし、数も多くて現実的なので召喚術は却下だ。

 それは最後の手段に取っておくとしよう。

 かといって植物になられても、変身出来ないあたしが困るし。

 うーん。何か良い手は落ちてないか……。


「――――例えばですが」


 セリカさんがやや躊躇いがちに切り出して、あたしは顔を上げた。


「部屋に押し入るのではなく、姫様が部屋から出るのを待ってはいかがでしょうか?」


「え?軟禁中でしょう?」


「いくら軟禁中とはいえ、湯浴みくらいは許可されるのではないでしょうか?姫様は日に何度も転ばれるので、汚れていることが多く、必然的に湯浴みの回数が他者より多いのです」


 あの大パノラマ風呂か……。


「湯殿の警備はさすがに手薄でしょうし、露天なのですぐに外へと逃げられます」


 おお……、セリカさんが冴えている。

 女装のお陰だろうか。


「このような格好、二度と致しませんよ」


 まじまじ見つめていたからか、セリカさんはむすっとして言った。


 もうする機会もないとは思うと、写真に収めれないことが心残りではある。

 そうこうしている内に、花姫の部屋のドアの方に顔を向けていたセリカさんが、はっと表情を変えた。


「――――芽生さん!部屋のドアが開きました」


 何!?髭だな!


 あたしたちは誰が出てきたか確認することなく、急いで階段を下りた。

 セリカさんに叱られるという面倒ごとは避けたかったので、一段も抜かすことなく、足早に。

 今回は行動が早かったので、何とか髭との邂逅をせずに済んだ。


「このまま湯殿に行って、お風呂に潜んでおく?」


 当たり前のように尋ねると、セリカさんは目を丸くした。


「え……?もしかして、私も……ですか?」


「えぇと、今は女の子に見えるけど……倫理的に駄目?」


「倫理的には当然ですが、駄目です。ただ、夜にはまだ早い時間ですので、現状では姫様くらいしか使用されることはないとは思いますが……。こればかりは、私の気持ちなどではなく、女性側の気持ちを優先させるべきかと」


「脱衣してる人がいないなら、大丈夫じゃないかな?」


 するとセリカさんが、あたしを凝視しながらみるみる赤くなり、ぱっと顔を背けた。


 何……その反応は。


「あ、あのことは記憶ごと封印しておいたのです!今の今まで、一度だって思い出すことはありませんでした!」


 だから何の言い訳を、と訊きかけたあたしは、唐突にそれを思い出した。

 お風呂で倒れて、セリカさんに介抱して貰ったことを。


「あの、わかったから。過ぎたことはもう、いいから。それに、今後は一緒にお風呂に入ることもあるだろうし……」


「え」


 セリカさんが、何を言われたのかわからないというように、きょとんとした表情をした。


 あたし、何か間違ったことを言った……?


「湯殿はどこも男女別なので、一緒に、という意味がよくわからないのですが……」


 まさかの一家にお風呂二つ!?なんて贅沢な国なんだ!


「混浴はないの?」


「こんよく、ですか?」


「男女わらわら一緒に入れるお風呂」


 それを聞いた瞬間、卯月の片耳が立ち上がり、セリカさんは逆上せたように全身赤くして、激しく首を振った。


「ありません!は、破廉恥過ぎます!」


 黒船で来られたあの人も、こんな感じで驚いたのかな?

 日本も時代の流れで淘汰されつつあるけど、まだ残ってはいるよね。

 混浴じゃなくて家族風呂くらいだったら、まだ受け入れやすかったかも。


「この世界にはないのかぁ……。それなら、獣族の国に混浴でも造ろうかな」


 ちょっとした冗談で呟くと、卯月の両耳が久し振りにしゃきんっ!と立ち上がった。

 セリカさんの腕から勢い良く飛び出して来くると、あたしの腕へと収まった。

 いつもならそこでまったりする卯月は、今回ばかりはあたしの鎖骨辺りにたすっと前足を掛け、そのままま、ずいっと顔を覗き込んできた。

 その瞳は、期待に満ち溢れてキラキラしていた。

 それはもう、純粋なまでに不純な煌めきだった。


 まずい……。危険な煩悩うさぎの存在をすっかりと失念していた!


 その名案を早く王に!とばかりに、やる気を取り戻した卯月は、機嫌良くふんふんいいながらあたしたちを先導して歩き出した。

 あたしはとりあえず難易度を下げて、家族風呂についての説明をセリカさんへとしながら、もふもふうさぎの後を続いた。



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