表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/60

五話、花姫の淡い恋物語。


 あたしと二人きりになった花姫が、ある場所で全てを包み隠さず話すと言うので、早々にセリカさんとの約束を破った。


 『かわたれの森』。今は、『たそがれの森』。


 その入り口にあたしたちは立っているらしい。

 らしい、というのは、あたしたちがいるのも、森の中だからだ。


 この森とかわたれの森とは違う。それはあたしにもわかった。


 肌で感じる空気、と言えばいいのかな。

 かわたれの森は、守り神でもいそうな静謐さがあった。

 ここは城の裏手にある小さな森の、静かな湖畔。

 ……何か、歌みたい。


 真っ直ぐに伸びた木々の間を、涼やかな風が時折涼やかに流れてくる。

 あたしたちが見つめる先には、一本の大木がそびえ立っていた。

 異様な存在感を放つその木の根本には、例の洞。

 あたしの身長なら、軽く通れてしまう高さがある。


 黒く深い闇が、ぱっくりと口を開けているようで、その恐ろしさに震える。


 あたしはてっきり、国と国の間に森が横たわってると思っていた。

 だけど、実際は地続きではなく、空間で繋がっているらしい。

 花族の住む異空間と獣族の住む異空間を、森が結びつけている。

 この洞、じゃなくて花門は、かわたれの森に通じるゲート。転移術……が掛けられてるんだっけ?


 あたしは隣にいる花姫をうかがったが、すでにそこには彼女はおらず、湖に目を落として感傷に浸っていた。


 完全にあたしのこと、忘れてませんか?


 危うく、悲劇のヒロインを湖に突き落とすところだったよ。

 あたしは何とか冷静になり、思い留まった。


 花姫の隣に並び、透明度の高い水面を覗いてみる。

 赤が見えた。次は黄色、そしてピンク、青、緑……。水中には、何種類もの花々が咲きほころんでいた。

 あまりの美しいさに、あたしは花姫のことを忘れて見蕩れてしまった。


 スノードームみたいに、鮮やかな花びらが浮かんでは揺蕩い、沈んでいく。それをまた、繰り返す。何度も何度も、何度も……。


 ごめんね、花姫。これなら、いつまででも眺めていられる。


 あたしは感嘆のこもった息をつき、疲れた心を保養した。



            ♢




「――――あの日は、いつものようにセリカに叱られて、この場所で泣いていたのです」


 花姫がしゃがんで、湖の水を手で掬った。

 指の隙間からさらさらと零れる水は、涙のようだった。


 いつも叱られてるならいい加減慣れようよ。

 そう口に出来る雰囲気ではないので、あたしは黙って花姫の隣に腰を下ろした。


「……少しだけ皆を困らせようと、かわたれの森へ家出を」


 あたしは花姫に胡乱な目を向けた。


 子供か?家出で家族困らせるとか。

 

「わたくしは忘れていたのです。時が、たそがれの森へと移り変わることを」


 自由を満喫して、時間を忘れて遊び回っちゃった、と。うん。


 子供か!小学生か!


 夕飯よ、と親が呼びに来てくれるとでも思っていたのか。


 セリカさん、焦っただろうなぁ。

 城を、いや、国を挙げて花姫捜索に掛かったのかも。


 今度からは、書き置きぐらいして行きなさい。


「空に、夕闇が迫って来ました。わたくしは慌てて花門のある場所まで駆け、――――転倒してしまったのです」


 目に浮かぶ。見てきたかのように思い描ける。

 転んで、涙を溜めながら、足首を押さえる花姫が、あたしの網膜に忠実に再現されて映し出された。


 真っ赤な顔をして、必死に涙を堪えてたと思う。

 何て可愛、可哀想。


「辺りは闇に包まれようとしていました。その時です、あの方に声を掛けられたのは」


 ついに、王子様の登場ですか。

 期待して拝聴させて頂きます。


 花姫は頬を淡く染めて、恥じらいを誤魔化すかのように、手で掬った水を前へと飛ばした。

 キラキラと光を反射した滴が、湖面へと舞い戻り、いくつもの波紋を作る。


 というか、微妙に掛かったんだけど。

 やっぱりクリーニング代は請求しよう。


「花族の者でないことは、すぐにわかりました。わたくしは捕らわれてしまうのかと、恐怖に震えました。しかしあの御方は、こう仰ったのです。『其処にいる花族の麗しき乙女、急ぎ彼の国へと帰られよ』、と」


 花姫が無理に低い声を出そうとするせいで、あたし……吹き出しそう。

 腹筋が、苦しっ……。

 余計な小細工とか必要ないから。やめてよ。

 それに、どこの部分に惚れる要素があったの?

 あたしだって、うさぎ様に同じようなこと言われたし。


 ……あれ?嘘。まさか……、うさぎ様じゃないよね?


「それって体長三、四メートルくらいの、巨大うさぎ?」


 両腕を最大限に広げたあたしを、「何をおかしなことを仰っているのかしら?」みたいな目で花姫が見つめてくる。


 植物の精だって、しゃべる巨大うさぎとさほど変わらないんだからね!

 あたしのうさぎ様を、異な物扱いしないでよ!


 花姫はきょとんと首を傾げてから、再び話し始めた。


「足を挫いたわたくしを、あの御方は軽々と持ち上げると花門まで運んで下さり……」


 あたしがうさぎ様に恋情を抱かなかった理由がここで判明した。

 頭突きでシュートされたからだ、絶対。


 尊厳はしてますよ、うさぎ様。

 崇め奉るぐらいには。


「それからは叱られる度、森へ」


 花姫は束の間の逢瀬に勤しみ、その度に城内はパニックか……。

 セリカさん、苦労してるんだね。

 後で覚えてたら労いの言葉でも掛けて来よっと。


「しかし、わたくしの婚約が決まり、かわたれの森へは出入りを禁じられてしまったのです」


「えっ、何で急に?」


「父が決めた婚約者が、告げ口したのです。わたくしが獣族と通じていると」


 うん。実際、通じてますよね。かなり親密な感じに。


 花姫は可愛らしく憤慨し、湖を睨み付けている。


「……それで、使い魔を喚んだの?」


 はっとした花姫が、こくんとうなづき、申し訳なさそうに俯いた。


 蜂ならば、万が一でも毒針で攻撃出来ると踏んだわけね。


「蜂には何をさせるつもりで?」


「……文を、あの御方に届けて貰おうと思っていました。……申し訳ありません。芽生を元の世界へと戻すことは出来るのですが、本来の青蜂を喚ぶことが、もう……」


 花姫は悲痛な面持ちで言葉を濁した。


 きっと、時間的に間に合わないんだ。

 召喚術の準備をしている間に、結婚式を迎えてしまうのだろう。


 ていうか待って。あたし、すぐに帰れるみたいよ?焦って損した。


 だけど、花姫が遠回しにあたしへ期待寄せている。

 言葉でだめならと、潤んだ瞳であたしを籠絡に掛かる。

 あたしの両手が、花姫の繊細な手のひらに包まれた。


 止めてー、そんな目で見ないでー。

 ほだされちゃうでしょ。手を貸してあげたくなるでしょ。


「…………恋文を、届けるだけでいいのね?」


 渋々了承したあたしに、花姫は花が咲くように顔をほころばせた。

 次の瞬間、あたしたちの周囲ににょきにょきと草が生え始めた。双葉を開き、茎を伸ばし、蕾を膨らませ――――。


 えぇ!?何か、辺り一体に花が咲き始めたんだけど!咲き乱れてますけど!


 湖畔は、瞬く間に花畑を織り成した。

 ハルジオンの花たちが、花姫の笑顔に恋したかのように、花弁を淡く染めていく。

 それはもう、圧巻だった。

 花族の姫らしさを、ようやくあたしは実感した。


「あの御方に、伝えたいのです。もう、会うことは叶わないかもしれませんが、……お慕いしておりますと」


 花姫の健気さに、あたしの涙腺が緩みかけた。

 その人のことを、本気で好きなんだって伝わってくる。愛してるんだよね、きっと。

 この世界に神様とかいるのかな。

 いるのなら、少しだけハッピーエンドに天秤を傾けてよ。

 後は運命に任せるから。蜂じゃなくて、あたしを召喚した偶然に。


「その人の名前は?」


 配達ミスがないようにしないと。


 花姫が恥じらい、かすかな響きでその名を告げた。



「――――ロウゲツ様です」



芽生は青蜂に毒針があると思ってます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ