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四十九話、使い魔の閃き。


 大変な事になった。

 花姫が婚約してしまっていた事実をどう受け止めればいいのか。


「助けにいかないと!」


 慌てて寝台を下りたあたしの腕を、セリカさんが掴んだ。


「その格好で行かれるのですか!?」


 動きやすいから、これで行きますけど?


「足を晒してはいけません!」


 セリカさんは今頃になってあたしの服装に異論を唱えてきた。


「私と、婚約なさいましたよね?そのすべやかで吸い付くような張りのある魅惑的な太股を、他者へと晒すと言うのですか!?不貞です!」


 何であたしの体に関する表現だけ、そんなことになっちゃうの?むっつりなの?


「大事な部分は隠れてるし……」


「貴女の四肢も大事な部分です。出来ることならしっぽのような、毛むくじゃらになって隠して欲しいくらいです」


 卯月が、毛むくじゃら!?と絶大なショックを受けて、あたしへと泣き付いてきた。

 セクハラなしの、本気泣きだ。

 容姿に自信のある卯月だけに、毛むくじゃらは耐え難い暴言だったらしい。


「わかったから、卯月。泣かないで。卯月のもふ毛は獣族一だから、ね?」


 しかし宥め虚しく、卯月はすっかりとぬいぐるみ化しまった。

 アロエ事件以来の、リアルぬいぐるみだ。

 あんまり卯月を構うとセリカさんが拗ねるので、彼への返答も素直にしておいた。


「セリカさんがそこまで言うのなら、善処します」


 あたしはお誂え向きに失神しているミツレへとちらりと目を遣った。

 侍女服ならば、大っぴらに行動出来そう。


「でもこの服、意外と気に入ってたのにな……」


「でしたら私以外の誰もいない時にのみ、着用を許可します」


 セリカさんは頬を赤くし、しれっと言い切った。


「……」


 あたしは一応、そうでない可能性に賭けて、恐る恐る尋ねてみた。


「踏み付けられたくは、ないよね?」


 セリカさんは、あたしにぐりぐりと踏まれる想像をしたのか、悲しげに涙を浮かべた。


 よかったぁ……。正常で。


 セリカさんに変な嗜好がなかったことに、あたしはほっと安堵の息をついた。





 セリカさんに卯月を抱っこして後ろを向いていて貰い、あたしは意識のないミツレの服を剥ぎ取るという極悪非道な所業に出た。

 犯罪だよなぁ、と思いながらも、この国ではすでに処刑されるほどの害虫であるあたし。

 今更このくらいの軽犯罪に尻込みする繊細さなど、持ち合わせてはいなかった。


 侍女服へとさっと着替えて髪を団子に纏めると、とりあえずミツレにはシーツを掛けておいた。

 これで気が付いても、すぐには動けないはずだ。

 あたしの甦りを、まだ報告される訳にはいかない。


「セリカさん、いいよ」


 呼び掛けると、セリカさんは安堵の表情でこちらを向いた。


「やはり良くお似合いです。芽生さんは、慎ましやかな雰囲気が一番しっくりときますね。化粧を落とした素顔が貴女らしいのですが、今は我慢致します」


 認識の齟齬があるようだが、あたしは面倒なのでスルーした。

 恐らく目に変なフィルターが掛かっている。

 言わずもがなだが、あたしに楚々とした部分は皆無である。


「あたしだって、わかる?」


「どうでしょう……。私はすでに芽生さんだと知っている状態ですので、参考にはならないかと」


「うーん。変装と言えば……眼鏡か。眼鏡ってないよね?」


「そうですね……。都合良く落ちている物ではありません」


 欲しいときに欲しい物が落ちてるくらい、運が良ければな……。


「ところで、芽生さんだけでなく私も変装すべきでしょうか?」


 セリカさんは、卯月のぬいぐるみを腕からぶら下げて、自分を見下ろしていた。


 あ、そっか。軟禁されてるセリカさんが普通に出歩いてたらそれだけでアウトだ。


 セリカとあたしの変装――――。


 突如、あたしの頭に神懸かった閃きが降りてきた。


 ……よし。その手でいこう。


 何かを察知し身震いをしたセリカさんに、あたしは不敵な笑みを浮かべた。




            ◇




 うさぎのぬいぐるみを抱いた背が高めの侍女は、全身を完熟トマト並みに赤くして俯き、ハンカチで涙を拭いながら静々と廊下を歩いていた。

 その数歩前を行くのは、髪をうなじ辺りできゅっと纏めて、前髪を横へと撫で付けつんと澄ました男――――のつもりのあたし。

 女王蜂の演技を生かしつつ、居丈高な態度で侍女を泣かせる男を熱演中だ。

 ちなみに、あたしが前を歩いているのは、遠近法で背の高さを誤魔化すため。

 セリカさんは演技ではなく、素だ。


 卯月に引き続き本日二度目の本気泣き。

 嫌がるセリカさんを、女装をさせるのにはかなり骨を折った。

 花姫のためと説得しても聞く耳を持たず、絶対に似合うからとおだてたら余計に頑なさが悪化した。

 もうひん剥いてしまおうかと思いもしたが、「あたしたち二人の未来のために」と言うと、渋々折れてくれた。

 しかし想像以上の仕上がりに、ついぽろっと褒めたせいで涙が決壊し、今に至る――――。


「私は身を削る思いで、貴女の望みを叶えました」


 後ろで泣きながら、セリカさんが言う。

 あたしは潜めた声で適当に相槌を打っておく。

 卯月が使えないので、警戒を怠ると命取りになりかねない。


「このような屈辱は、これまでに一度だって受けたことがありません」


 はいはい。わかった、わかった。


 あたしはなるべく誰ともすれ違わないように曲がり角で、壁に背をつけて顔だけで覗く。


「あまりの羞恥に、胸が焼け爛れそうです」


 しつこいなぁ、もう。


 廊下は――――うん。気配なし。


「貴女も私の望みを叶えるべきです」


「うんうん。後で何でもするから」


 あたしはさらっと聞き流して角を曲がる。


「でしたら……、もし、帰りたいと思っているのなら、正直に言って下さい」


「……え?」


 あたしは話の流れが掴めずに振り返った。

 セリカさんは泣き顔ではなく、切なさの混じる真剣な眼差しであたしを見据えていた。


「貴女はお優しいから、私のことを憂いて残ることを決めたのでしょう……」


 女装させたせいか、身を引くことこそ美学な、悲劇のヒロインになってしまったらしい。

 確かに流されやすい性格だけど、今更あの婚約を一過性のものにされてもあたしが困る。

 帰りたくない訳ではないけど、一度決めた以上、取り消し不可だ。

 あたしは、侍女セリカさんの全身ををじっくり眺めてから言った。


「……セリカさんに似た女の子がいいね」


 くぅ……、恥ずかしい。

 でもこれも、セリカさんのモチベーションを向上させるため。そして、ひいては花姫のため。


 きょとんとしてから意味を理解したのか、セリカさんは恥じらいのままにスカートをきゅっと握り締めて上目遣いにこちらを見てきた。


 女のあたしよりも仕草が可愛いって、問題だよね……。


「もう、芽生さんは気が早いですね。我々花族は昔から、なかなか子が出来にくい種族なのですよ?」


「えっ?そうなの?」


 言われてみれば、父上殿は三人の奥さんがいるのに子供は花姫とリリアちゃんだけだし、セリカさんも兄弟はいない。

 だから重婚が認められていたり、婚期が早かったりするのか。


 あたしが何も知らなかったからか、セリカさんは真面目な説明口調になった。


「子宝に恵まれない家庭も少なくはありません」


「そうなんだ。じゃあ、花姫のところみたいに、兄弟がいる方が珍しいんだね?」


「珍しいというほどではありませんが、年々少子化は進んでおります」


 どこも同じだなぁ……。


「私は貴女に似た女の子が良いですが、芽生さんの期待にも添えるよう、日々励みたいと思います」


 内容が内容なだけに、どう答えれば良いのかわからない。


 難しいって言っていたのに、二人産ませる気なの?


「……。あ、でも。あたしたち種族は違うよね?」


「構造的には同じなので問題はないのではないでしょうか?」


 浮かれたセリカさんは楽観的にそう言った。


 まぁ、どっちでも良いか。先のことは。

 セリカさんを浮上させることが出来たので良しとしよう。


 気持ち新たに花姫の私室のある階へと辿り着いたあたしは、階段の陰から騎士たちに見張りのされた、彼女の部屋のドアを窺った。

 侵入出来る隙は今のところなさそう。


 どうしよう……。騎士から逃げる自信はあっても、倒す力はない。


 卯月のしっぽを弄りながら思索に耽っていると、唐突にドアが内側からゆっくりと開かれ、あたしは大きく目を見開いた。



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